東アジアにおける英字新聞の挑戦
ジャパンタイムズ創刊110周年、東大創立130周年記念事業として共催された国際シンポジウムが今日あった。東大構内に初めて入ってみるというミーハー心もあって行ってみた。300人の会場はほぼ満席で、日本在住の外国人ジャーナリストも多数参加しているようだった。東大に戦前からあった新聞研究室が、新聞研究所、社会情報研究所という組織変更を経て、2004年から大学院情報学環という名の、300人の学生に50人の教員を擁する学際横断的な研究機関となっている。「グローバルなネット社会の中でジャーナリズムはどこへ行くのか?」この茫漠とした問いに対する一つの切り口として、「東アジアにおける英文メディアの存在意義」という視点から見ようとする試みが面白い。主催者側からの挨拶の後、国境なき記者団日本代表であるフランス人ジャーナリストのミシェル・テマン氏より、「西欧のジャーナリストから見た日本のメディア状況」という基調報告があった。ミャンマーで銃弾に倒れた長井健司さんに哀悼の意を表し、イラクなどの紛争地をはじめ、世界中でいかに多くのジャーナリストが生命・身体の危険に遭っているか、あらためて警鐘を鳴らす。日本国内に関しては、記者クラブの閉鎖性やメディア全般の保守性など、確かに外国人の目に映っているであろう日本のメディアの姿として拝聴した。続いて、アジア人の登場だ。ソウル大学言論情報研究所所長や台湾大学新聞研究所所長のプレゼンテーションと、彼らに各国英字新聞の現役ジャーナリストを加えたパネルディスカッションがあった。ジャパンタイムズの報道部長、韓国のKorea Heraldの論説委員、台湾のTaipei Times主筆。ジャーナリストがいずれも40代そこそこの女性であったのが頼もしい。ジャパンタイムズは1897年創刊。明治時代に日本の情報を外国人に報せるために英語で発行されたのが始まりである。戦前の軍部による検閲、戦後はGHQによる検閲…などなど時代の影響を絶えず受けつつ発行され続け、部数をジリジリ減らしながらも今日に到っている。Korea Heraldは1953年創刊と歴史は長くないが、発行部数20万部は立派。韓国のトップ英字新聞で市場シェア50%ということは、全体では40万部も英字新聞が発行されているというのが人口比から考えると驚きだ。しかも読者の70%は韓国人。また、Taipei Timesは1999年創刊でまだ8年半しか経っていない若い新聞だが、ふんだんにカラー印刷を使った紙面が元気で魅力的。台湾という国際的に難しい立場にある存在を理解するための英文媒体として国外でも広く読まれているという。いずれも読者は、国内在住の外国人、国外でその国に関心を持つ外国人、そして、英語を勉強したい自国民…とバラエティに富む。さらに、インターネット時代にあって、どこの新聞社もウェブサイトを持っており、過去記事も含めて、世界中から24時間アクセスできる。ジャパンタイムズの場合、ウェブは8割が海外からのアクセスである。もちろん、自国語で書かれた主流紙とは比べものにならない小規模組織。マイナーメディアではあるが、内容は決して地元紙の英訳版ではない。人員の制約に苦心しつつトピックを選んで取材し、外国人スタッフと議論しながら本日のトップ記事を決定するなど、独自の編集方針を持つ。同じ事件やトピックに対しても、自国一般紙とは違った扱いになることがしばしば。たとえば、日本で言えば、捕鯨の問題や、入国審査で外国人に指紋と顔写真の提供を義務付ける改正入管難民法の問題に関して、日本の一般紙よりかなり大きく紙面を割いた。「非英語圏の英字新聞は、インサイダーでありアウトサイダーである」というジャパンタイムズ報道部長の発言が印象的だった。日本人読者にとっても、単に英語の勉強という意味合いだけでなく、国内紙とは違った角度からの報道により、複眼的な視点を提供するものと言えよう。ふと韓国の大学教授が問題提起した。「英語はいったい誰の言葉なんでしょう?欧米?オーストラリア? アジアの国々をつなぐ役割を英語が果たしうるのでしょうか?」今日のパネリストをつとめたメンバーはみな英語ができる人達であろう。ホスト国ということで、日本人は、出席者の便宜を考えてか日本語で話していたが、韓国人も台湾人も英語がべらぼうにうまかった。留学経験などのプロフィールを見て納得するが、自国内で見ると特殊な世界の人達なのだろうか?台湾の女性主筆がさらりと返した。「言語はコミュニケーションのツールにすぎません。そして、英語は重要な言語です」韓国の女性論説委員は「タイ、インド、シンガポールなど、アジアのメディアをつなぐネットワークがあり、そのコミュケーション言語は英語です。当面、英語以外にその役割を果たしうる言語はありません」とも。私が英字新聞でバイトを始めたのは、ほとんど偶然のようなご縁だったが、ここで引き続き働こうと思うのだったら、まずはツールとしての英語力をもっとつけないと話にならないな・・・と思い知らされた。そして、もっと重要なのは、英語というツールを使って誰に対して何を発信して行くのか?である。それがダイレクトに世界中に伝わる可能性だってあると思うとちょっと身震いしてしまうが。(今頃言うなって?!)なかなかユニークなポジションだと思う。