メモ:ニワトリ史
ヤフー・ニュースでこういうニュースを見た。(引用開始)<秋篠宮さま>鶏の起源や家きん化などを講演10月5日20時18分配信 毎日新聞 秋篠宮さまは5日、東京大学(東京都文京区)での「第11回人と動物の関係に関する国際会議」(同会議実行委主催)で、自身の研究テーマの鶏に関して特別講演した。学者ら数百人を前に約30分間にわたって語った。 スライドを示しながら、鶏の起源や家きん化などについて言及。野生の鶏は赤色、灰色、緑色など4種類あり、DNA調査から赤色野鶏が鶏の祖先と考えられること、家きん化は食用が目的ではなく、闘鶏、占い、シンボルとして飼われたのが始まりではないか、などと話した。 (引用終了) へええ、この宮様ナマズじゃなくて鶏が専門だったっけ?、鳥は山階鳥類研究所に出入りしてるというサーヤのほうが専門じゃなかったっけ?と思ったのだが、まあ、それはいい。 ニワトリなんて世界中どこにでもいるもんかと思っていたが、これもネコやほとんどの農耕作物と同様、ある特定の場所で家畜化され、人間の移動や交流によって世界中に広まったものであると知ったのは不覚ながら割合最近(ドイツに行ってから後)だった。実際のところ、ニワトリの家禽化については以前は世界(複数)多元説が強かったみたいなのであながち無理もないか。 DNAとかのことはわからないが、家禽としてのニワトリの歴史に興味をもったのでメモ。・・・・・・・ ニワトリの祖先と考えられるのはセキショクヤケイであるという。上述のように以前は多元説があったが、ほかならぬ秋篠宮らの分子系統学的解析でセキショクヤケイ単元説が確定したのだという(上の記事にある研究ですな。 "Akishinonomiya, F. et al. 1996: Monophyletic origin and unique dispersal patterns of domestic fowl. - Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93: 6792-6795")。このセキショクヤケイというのはインドから東南アジアにかけて分布している。なかでも今話題のビルマに住むビルマセキショクヤケイがそれらしい。 一方家禽としてのニワトリの遺跡からの出土例は、紀元前6千年紀、新石器時代中期の中国北部(山西省廟底溝、陝西省北首[山令]、陝西省姜寨など)の遺跡で見つかった骨が最古であるという。この骨は正確にはニワトリそのものではなくその祖先のものであるが、本来この地域に分布していない種類であるため、人間によって余所から(おそらく中国南部から)連れてこられた(=飼われていた)と考えてよい。どういう目的で飼われたのかは分らないが、宮様の研究発表にあるように独特の鳴き声や姿が珍重されたのかもしれない。 では原産地に近いインドではどうなのかというと、紀元前3千年紀後半のインダス文明の遺跡から見つかる例が最古になるという。上掲の中国の出土例はニワトリそのものではないので、確実な家禽種としてのニワトリの最古の出土例もこれになる。 中国古代文明とインダス文明の間の交通・交流についてはよく分からないことが多いのだが、インダス文明とメソポタミア文明の間には、ペルシア湾を通った交易網が発達していた。ほどなくメソポタミアやシリアにもニワトリが伝播し、紀元前二千年紀後半(紀元前1500年~1000年)にはエジプトにも伝わっていたらしい。紀元前二千年紀前半(えと、所謂アッシリア・コロニー時代ですね)のアナトリア(現在のトルコ)の遺跡からはニワトリ形の土器が出土している。ややのちのことであるが、拝火教が広まったこんにちのイランでは、ニワトリは神聖な光(日光)の使者として「真実」のシンボルとなった。 中国あるいはインドから世界中に広まった有用動植物というと、養蚕やサトウキビ、米、お茶などが挙げられるが、それらが西洋に伝わったのは初期中世のことだから、ニワトリはずいぶんと早い。インドと西アジアの間の交通・交渉は今後の面白い研究課題になりそうだ。 紀元前8世紀ころのギリシアの詩人ホメロスの作品にもニワトリが登場し、ニワトリは太陽神の使いの見張り役であり、アレス神とアフロディテ女神の密会を密告する。そのころまでにはアナトリアからギリシアに伝播していたと考えられている。ニワトリの骨の出土例はそれ以前の紀元前二千年紀後半の遺跡に見られるのだが、そこで飼われていたのか外部から持ち込まれたのか断定できない。ともあれ遅くとも紀元前600年頃のコリントの黒絵式壺にはニワトリが描かれている。 ギリシア人はニワトリの卵や肉も当然食べただろうが、何より好んだのは闘鶏で、その図柄が壺絵にも描かれ、また雄鶏は勇気のシンボルとなった(現代の英語じゃ「このチキン野郎」とかいうけどね。)。ギリシアの戦士は勇気の印としてその楯に雄鶏を描いた。なおニワトリが食べられていたのはシンポジオンといわれる有力者の宴会に限られ、また古代ギリシアにおける養鶏の中心地はデロス島であったと推測されている。 ニワトリは古代ギリシアの文学作品にも登場しているが、紀元前5世紀の詩人クラティノスはニワトリを「ペルシアの警報」と呼び、またアリストパネスの喜劇「鳥」(紀元前414年)ではやはり「メディア(現在のイラン)の鳥」と呼ばれているところからみて、ギリシア人は東方起源というこの鳥の来歴をなおも記憶していたらしく、また家禽化されていたとはいえなおもエキゾチックな鳥だったことがうかがえる。ニワトリは同性愛の美少年への贈り物として好まれ、ゼウス神がお気に入りの美少年ガニュメデスにニワトリを贈る図柄も残されている。 なお紀元前399年に毒を仰いで自殺させられた哲学者ソクラテスの最後の言葉は「「クリトン、アスクレピオス(医の神)に鶏を一羽、お供えしなければならなかった。忘れずにやってくれ」である。ニワトリが高価な供物として神に捧げられていたことをよく示している。 ヨーロッパへのニワトリの導入経路には、ギリシアのほかに地中海ルートがあり、北アフリカやシチリア島、イベリア半島などに入植したフェニキア人によって、ギリシアとほぼ同時期の紀元前8世紀ころにスペインに持ち込まれたものとみられている(これはオリーヴやブドウの栽培と同じですな)。 フェニキア人と交易したギリシア人やエトルリア人を通じて、ニワトリはさらに北方のアルプス以北のケルト人の領域にもに持ち込まれ、ホイネブルク(ドイツ)から出土した紀元前6世紀(ハルシュタット文化)のニワトリ骨が、アルプス以北で最古のニワトリの出土例である。この頃のニワトリはまだ飛ぶことができたらしく、放し飼いではなく小屋の中で飼われていたようである。スイス(ゲルターキンデンおよびメーリン)でも紀元前4世紀ころのニワトリが出土している。 しかしヨーロッパにニワトリを定着させたのはなんといってもローマ人である。ローマ人は養鶏を商業レベルにまで発展させ、コルメッラは地方ごとのさまざまな品種や餌の調合、去勢など詳細な飼い方を伝えている。ミルクを浸したパンを与えられて丸丸と太ったニワトリの料理が好まれ、アピキウスは17種類のニワトリ料理のレシピを伝えているが、多くは煮て甘いソースをつけて食べる料理である。当時ニワトリはガチョウよりも高価だった。 一方でローマ時代の後期(4世紀ころ)にはニワトリの卵は再生のシンボルとして墓に副葬されるようになり、これはキリスト教にも取り入れられた。イースター(復活祭)に隠した卵を探す習慣があるが、これはキリスト教以前の信仰が取り入れられたのだろう。ニワトリを使った占い(小屋にとどまるか飛び去るか、食べ方はどうかなどで判断)が行われ、またニワトリが左から現れるのは縁起が良いとされていた。第一次ポエニ戦争の際の紀元前249年に行われたドレパナの戦いでは、餌を食べないニワトリの様子を見たローマの将軍の「食べなければ、飲むだろう」という事前の予言どおりに、ローマ海軍は大敗して海水を飲む羽目になった。 ニワトリの原産地である東南アジアからは、ポリネシア人が船に乗って太平洋の島々に伝えている。南米にはスペイン人の来襲(16世紀)以前からニワトリの一種がおり、ニワトリ家禽化多元説の根拠にもなっていたのだが、チリで発掘されたニワトリの骨の年代測定やDNA分析から、このニワトリはコロンブス以前にポリネシア人がもたらしたものと結論付けられた(リンク)。 なお日本だが、これはおそらく弥生時代に稲作とともに中国大陸から伝わったと考えられる。神社の鳥居が象徴するように、鳥は稲魂を運ぶ神聖な生き物である。日本神話では天岩戸の物語にもニワトリは登場するし(常世長鳴鶏)、闘鶏も行われていた。 日本語のニワトリの語源は「庭の鳥」という以外に「丹羽鳥」、すなわち丹(硫化水銀)のように赤い羽の鳥という説もあるが、秋篠宮の講演にあるように赤色野鶏(セキショクヤケイ)がニワトリの祖先ということなら、後者の方が噺としては面白い。・・・・・・・・ なお世界の2004年の鶏肉生産量は以下の通り。1.アメリカ 1553万(トン、以下略)2.中国 947万3.ブラジル 866万4.メキシコ 225万5.インド 165万6.スペイン 126万7.イギリス 124万8.日本 124万9.フランス 113万10.インドネシア 110万 :14.トルコ 94万 ドイツは20位以内に入ってないのか(その分ガチョウなどが多いのかも)。鶏肉が結構高い訳だ。まあ世界的に鶏肉が安くなったのはアメリカで産業的養鶏が始まった1950年代以降らしいけど。イスラムやヒンズーといった宗教の禁忌にも引っかからないし、割合ヘルシーだというので世界的に消費されている肉である。 僕は鶏肉が好きではなかったが、加齢とともに食べるようになってきている。ただ煮たものより焼いたのが好きだな(煮た鶏の匂いが苦手)。あと毛穴が分かる皮とか臓物系は今もダメ。