わたしを束ねないでわたしを束ねないで新川 和江作 わたしを束ねないで あらせいという花のように 白い葱のように 束ねないでください わたしは稲妻 秋 大地が胸を焦がす 見渡すかぎりの金色の稲妻 わたしを止めないで 標本箱の昆虫のように 高原からきた絵葉書のように 止めないでください わたしは羽ばたき こやみなく空のひろさをかいさぐっている 目には見えないつばさの音 わたしを注がないで 日常性に薄められた牛乳のように ぬるい酒のように 注がないでください わたしは海 夜 とほうもなく満ちている 苦い潮 ふちのない水 わたしを名づけないで 娘という名 妻という名 重々しい母という名でしつらえた座に 座りきりにさせないでください わたしは風 りんごの木と 泉のありかを知っている風 わたしを区切らないで 「、」(コンマ)や「。」(ピリオド) いくつかの段落 そしておしまいに「さよなら」があったりする手紙のようには こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章 川と同じに はてしなく流れていく 広がっていく 一行の詩 中学3年生の教科書に載せられていたそうです。 作者は、女は家にいて家事と子育てが当たり前という時代を過ごしてきた人です。 それなのに、この詩には今の私たちにも当てはまるところがたくさんあります。 この詩から、何を感じて、何を得て、何をするために一歩踏み出しましょうか… (2004年8月) |