てーゲイスゲーのタガイカイ
ティンさんが左にハンドルを切った先には門があった。門である、ということがすぐ認識できないような門であった。ゲートというより砦というか。遊園地の入口というか。くぐったらマイケルが子どもと遊んでやしないか、みたいな。 ゲートつきのおうちである、ということは聞いていたのだが、ゲートって言ってもさ… やっぱりドリームランド(潰れましたが横浜)入口。高さどれくらいだろうか。記念にその門を入れて写真を撮ってもらったが、私らが粒のように風景の一部と化しているから10メートルくらいあるんだろうか。いや数字については下手に口にしないほうがいいな私。実は5,6メートルかも。いずれにしても高いのは事実である。 その門の中が門衛所になっていて、両脇が「入口」「出口」。門衛さんもちゃんといる。腰にちゃんと銃もある。結構持ち手部分が大きかったから、銃身も長いのかもしれない。 そのマイケル門をくぐると街だった。どうやらここは住宅地というか別荘地の類らしい。周辺とは文字通り一線画した領域なのである。初めて横須賀基地の中に入ったときの印象に似ている。門の中にまた町があったのだ。しかも外の町に負けない広さの道路まで走っている。 ただし基地のゲートはこんなに天高くそびえてないし(今は歩道橋まがいのが通じてるが)、基地の中にファンシーな屋敷が並んでいるわけでもない。 なんたってここにはパイナップル畑までついているのだ。「バットマン・ハウス見に行く?」とティンさんが杏ちゃんに訊く。 考えてみれば、ごく自然にこういうとこに入っていく7歳児杏ちゃんというのもすごい。 バットマン・ハウスというのは、この住宅地の中にある一軒。ティンさんたちがそう命名したらしい。つまりバットマンも住めそうな、不気味な外見と中身(中身も少し見える)のお城みたいな家なのだ。 あとでティンさんとトノと散歩したとき見物した。尖塔はあるし、壁は黒っぽく、彫像つき。ティンさんはこの家がことのほかお気に入りのようであった。 持ち主はゲイのアーティストのカップルだそうである。今はお留守で、ニューヨークかどこかに行ってらっしゃるのかも、とか。はあ。。 そうなのです。実はフィリピン、ゲイが多いのだそうだ。あとで実際お目にかかったが、いわゆる女性的な男性が多いらしい(定かではない)。完全に性転換してるのかどうかまでは追求できず。 そのため、そういう方向性のない男性の方は、必要以上にマッチョに見せる傾向もある、らしい(定かではない)。ティンさんも、学生時代に本が好きで本を一心に呼んでいたら、「女々しい」「オカマだ」とみなされた、と言っていた。 かといって、ゲイ/オカマの方が、それをことさら隠すということも別にないようだ。どっちでもいいからはっきりさせよう、ということらしい(定かではない)。 また話がずれたが、とにかくティンさんのお兄さんの家に到着。 ポーチの両側にドア。その片側を開けるとすぐソファがあり、クリスマスツリーが目に入る。2メートル以上の高さ。これはまあ、「外国」のツリーだから一応驚かないことにしてみる。が、そのツリーの前にグランドピアノがあるのだった。 ここで無理をして、まあ裕福なおうちにはあるかも、程度に収めてみるとする。が。このグランドピアノはロンドンから来たアンティークだそうである。どうだ。 はあ。 あまりにレベルの差があると、人間驚きかたがわからなくなる。ふーん、ってな感じだったりする。 ツリーの向こう側がキッチンになっていて、そこからグラディスおばさまが登場。グラディスさんがティンさんのお兄さん=ガリおじさん(ガリ、だったと思う)の奥さまである。 奥さまと挨拶したが、その後ろにも女の人がいる。ジーンズ姿の若い女性である。カウンターに腰でもたれたままだ。いいのかな、挨拶しなくて…「あの方は…?」とトノに訊いてみる。「あ、あの人はお手伝いさんです」 ・・・そ、そうですか。 思わず私もそっちに混ぜてください、と言いたくなる。「ゲストのゲストはゲスト」、では、やっぱりないような気がする。平民としては落ちつかないっす。 ツリーのあるその居間の反対側、もう一方の玄関ドア側がダイニングルームになっているのだが、なんだかレストランみたいだ。テーブルが何台あるんだろう… まあこれから数日のうちに何人も来るらしいから、これくらい必要なのかもしれないが。 ティンさんは7人きょうだい。その7人のうち、ティンさんの「双子」(冗談である)のアレクシスおじさんだけ子供がいないが、あとの5人には子供がいて、さらにその子の子もいる。私は途中から誰が誰かわからなくなったが、とにかくその人々が出たり入ったりする年末年始ということだ。 ちょっと台北のラニのおばあちゃんちを思い出す。あの時も次から次へと「おじさん」「おばさん」「孫です」「従姉妹です」と現れて、私の小さい頭ではついていけなくなったのだ。 日本も昔はこんな感じだったんだろうか。そういえば私の父方も母方も、一時は実家にたくさん人がいたよなあ。…と、ちょっと考えてしまったのだった。古き良き時代、とは言い切れないが、やはり一種郷愁を呼ぶところはあるもんです。 居間にも廊下にも絵がたくさん飾られている。なぜかそれがすべて裸体画なのだ。おじさんはヌードに何か思いいれがあるのだろうか(追求できず)。 ガリおじさんは目も鼻も口も大きく、身体も大きい。社長さんなのか実業家なのかとにかくいわゆる「お偉いさん」の部類には違いないが、とっても気さくな人である。おじさんはヌード画の一枚をさして、「このモデルが誰だかわかるか」と訊いた。私が悩んでいると、「グラディスだ。若いころだけど」。「え~! そうなんですか?」・・・ 嘘だった。 おじさんもだが、血なのか何なのか、ティンさんもジョークが好きである。ここに来るまでの車中では、誰が一番すごい大法螺を吹けるか、という競争をしていた。といっても、実際に参加してたのはティンさんと杏ちゃんだけだが。 杏ちゃんがすごい。ティンさん相手だから当然英語でやっているわけだが、駄洒落とかたいしたもんである。しつこいようだが7歳。末頼もしいと言うか恐ろしい。実際おばさんとしては将来を見つめていたい。ほとんどジャニーズをジュニア時代から追い続けるおばさんのようである。 杏ちゃんの中では英語も日本語も母国語なのである。相手によって使い分けてるらしい、というのはトノから聞いていたが、すごいなと思ったことがあった。 このマイケル住宅地を杏ちゃんと並んで散歩してたときである。杏ちゃんが街路樹の木を見て、その枝振りが何かに似ている(何かは忘れてしまった)と言ったのだ。英語であった。 一応私は言われた意味はわかったのだが、質問でもなく独り言めいてたこともあり、反応するタイミングを外して黙っていた。 すると、なんと杏ちゃんは、日本語でもう一度言ったのである! つまり、「あ、今の、通じてなかったな」と思ったのだろう。それで即座にチェンジしたのだ。 すごくないか、これ? 羨ましい。羨ましいにも程がある(日本語まで破綻した)。杏ちゃんの頭の中がどうなっているのか覗いてみたい。 つまり訳しているのではなく、両方が同時に出るというか、あるというか。ひっついて学ばせてもらいたい。 面白かったので、その後杏ちゃんが二十日鼠(あとで出てくるのだ)を見つつ、非常に口語的表現を発したときに、「今のってどういう感じ?」と、非常に上曖昧な質問をさせてもらった。というのは、その意味は字義的にわかることはわかるのだけれども、どういうときにそういう言葉が使われるものなのか、語感というか気分がいまひとつ掴めないのである。肌感覚は一般日本人にはなかなか得られない。肌年齢だけはどんどん手に入る。関係なかった。 トノがアンティーク・グランドピアノを弾く。トノの演奏を初めて聞いた。さすがご幼少からやっているだけある。ああ羨ましい。ティンさんも弾く。杏ちゃんも弾く。なんかこう、上流社会っていうんですか? そういう雰囲気。ああ麗しい。私? 弾けないさっ。 楽器ができる人っていいな。なんだかうらやんでばかりいるみたいだが。私も本当は習いたかったの、ピアノ。 いいなあ、というと、杏ちゃんが「今からでも習えばいいよ」という。 うん、あなたは正しい。 そうなんである。杏ちゃんは正しい。 この日の夕食は、まだ一族の方々が到来する前だったため、ティンさん一家とおじさまおばさまに平民一名(私だが)で円卓を囲んだ。 グラディスさんは「xx(=私の名前だ)、Eat!」と、ほとんど間髪入れぬかのように勧めてくれる。 だが途中で杏ちゃんが私のひじをつついてそっと言った。「食べすぎ」。 さらに続けて、「いいんだよ、言われても気にしなくて」。 大人である。しつこいが7歳である。 だがこの日、ティンさんやトノとお出かけしましょうということになったとき、家にいたかった(実はテレビを見たかったらしい)杏ちゃんは、「えー行っちゃうの? おうちにいようよ」と私に言い、手を引っ張った。「ねえ、行かないでー」 か、がわいいっ。 じーさんばーさんが孫に甘くなる気持ちがわかった。どうしてこれに耐えられようか。 だが外国産の父と外国仕込みの母は違うのである。大人には大人の世界。大人の時間ってものがあります。「大丈夫、行きましょう」とトノ。 やわい私は、このまま私はおうちに・・・と言いそうだったが、おそらくトノにはトノの考えがあったのだろう。後ろ髪ひかれつつも三人でマイケルタウンから外の町へ行ったのでありました。 ところで、実を言うとこれまだ12月27日の話なのだが、気づけば既に大晦日になっているのであった。困ったな。どこかで飛ぶと思っていたのだが、このままでは日本に帰った1月7日あたりが元旦になってしまいそうだ。なんかこう、どんどんずれ込む多重債務みたいな。 困ったが、先のことは先考えよう。てーげーな国フィリピンである。テイク・ユア・タイムのお国、ゲイのお国。 で、とにかくふたりのTさんと車に乗って、タール湖を眺めに出かけたのでありました。以下しつこく続く。