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漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

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2009.04.21
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カテゴリ:紫煙のゆらぎ






                      麻雀と石井寿一氏











              手塚治虫伝 番外 いしいひさいちと玉地俊雄













覚えたての麻雀は石井寿一氏を虜にした。

漫画を描かせるとピカイチなのに麻雀は怒下手の大好きで、
おきゃ~まからの仕送りとバイトで生活する彼にとって、
500円の賭博による損失は相当な痛手であった。

僕は手塚治虫先生とお付き合いする直前に、
関西大学の哲学科に入学したかったが、
高校の担任が哲学科へ入学すれば君は自殺するかも知れないからと、
文学部の教育学科への入学を薦められ入学試験勉強など1分足りともせず入学し、
中学時代からの親友加藤孝明は法学部に入学し関大まんが同好会を立ち上げる。

そこへ何年か後輩として岡キャ~山県玉野市から、
ハツカネズミが胡瓜を飲み込んだような風貌の石井寿一という、
うらなりヒョウタンだがとても面白い逸材が飛び込んできたので、
まんが同好会挙げていてこましたおすことにした。

僕より3才年下である。

石井寿一氏の麻雀は、五目並べでゆえば3つ先が読めず、
自らの手牌がどう変化するのかという理解力に欠けた人であった。

彼の麻雀で1冊の本が出来るほどおもしろい初心者の駆け出しがずっと続き、
賭博行為の支払いは紙切れに描いた ”500円 いしい ”というサインであった。

彼の500円は他人とやり取りする時は、
その支払能力の危うさから150円ほどにしかならなかった。

麻雀に関して不沈戦艦とゆわれた僕は一万円分ほど貯金していたが何処かへ無くしてしまった。

学食のうどんが120円ぐらいの時代である。

いしいひさいち氏は朝日新聞に連載を持つ日本を代表する漫画家になって、
関大漫画同好会を立ち上げた意義は日本のまんがを大きく変えたことに尽きる。

ブレイクするかなり以前に、石井寿一氏は日本漫画家協会に入会を希望したが、
当時の大阪の漫画界はドロの底なし沼のようだったので彼を押しとどめたが、
僕の一見冷たく見える行為は好意として正解だったと今も信じている。

彼の才能はそのような権威主義を超えたものがあったと今も信じている。

















社団法人日本漫画家協会会員・参与

                              玉地 俊雄



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最終更新日  2009.04.21 12:18:27



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