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バンビの日記のテーマはずばりビジネス。 特にマーケティング、コミュニケーションに関するものが多いですね。 感想など聞かせてもらえると嬉しいです。 日記を通じて、皆さんとコミュニケーションができればと思います。 「バンビの書評」もぜひ、ご覧ください。 ↓ 2003/08/13 追加! 『経験価値マーケティング』 『ホスピタリティがお客さまを引きつける』 最近のバンビの標語 『熱意!=生きていることを心から喜び、楽しみ、人生に熱中する』
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Sweet Column from Bambi [全198件]会社にいれば、内側なんて黙っていても目につく。 それなら、むしろ、積極的に外に目を向けている必要がある。 「意味は外にある」 (あるいは「社内にはコストしかない」byドラッカー) 昨日、ひとつ書き忘れていたが、 おととい、こんな話を教えてもらったのだった。 「小さい女の子」「おばあちゃん」「お花畑」「狼」 この4つを使って物語を考えなさい。 こんなゲームをすると、 ほとんどの人が「赤ずきんちゃん」のバリエーションでしかない 物語をつくってくるそうだ。 中にはわざと「赤ずきんちゃん」を避けようとした痕跡が 見受けられる物語もあるそうだが、 結局、それも「赤ずきんちゃん」を脱しきれないそうだ。 ようするに、頭のなかにある既存の知識、イメージの呪縛とは それほど強力なものなのだ。 きっとおなじゲームを「赤ずきんちゃん」を知らない子供に やらせれば、まったく予想外の物語が出てくるだろう。 外を見るというのはそれほどむずかしいことなのだ。 ただ見ていただけでは、 いずれおなじようにしか見えなくなってくる。 だが、クリティカルなことほど、内側の目からは 見えないところに隠れていたりする。 見えない外を見えるようにするためには、 外の情報を一杯に浴びるなかで、 隠れたメッセージを抽出する作業が必要になる。 いずれにせよ、社内にはコストしかない。 コストをかけて動く組織という仕組みが 作りだすものに意味があるかどうかは、 外に問うしかない。 戦略思考。 絶え間ない仮設(内)と検証(外)のループ。 戦略とはミッションへたどり着くための道筋、方法だ。 そして、そもそもミッションは外部に依存するから、 戦略はとうぜん環境適応能力でもある。 そして戦略の実行には、とうぜん、マネジメント層だけでなく、 従業員それぞれが環境適応能力(外部への視線)をもっていなくては とてもこのスピーディーに変化する世の中で 組織は環境適応してはいけないだろう。 戦略、人、組織(システム)。 つまり、 この三位一体がどれだけ環境適応能力をもっているかが ビジネスがカギだ。
昨日、独自の人力テキストマイニングにより、 消費者の中に埋もれている貴重な暗黙知(経験のりそく)を 掘り起こすことを事業にしている方に 先方の業務の流れについて教えてもらった。 メールでのインタビュー(not enquete)で集めた定性データを ひたすら読み込んで、下線を引く(キーワードの抽出)。 それを元にディスカッションを行ないながら、 抽出されたキーワードを分類(体系化)する。 ようするに商品の生きた経験者である消費者の声から 彼らの関心を抽出して体系化することで、ことばに意味を見出すのだ。 そうした蓄積をもとにして「ことば辞書」システムを つくりたいということで相談を受けたのだが、 昨日はもうすこし考えてからでないとシステム化は 危険ですねという話をした。 なぜなら、それは抽出~体系化という作業に 意味(=価値)があるのであって、 抽出されたことばの体系自体に意味があるわけではないからだ。 ようするに「辞書には意味が書かれていない」のだ。 そのことばを口にしたのは、 この日記にもたびたび登場のK。 彼いわく「意味は外にある」。 当たり前のことですね。 商品には意味(価値)はない。 それは顧客が買って評価してくれてこそ意味(価値)がある。 アイスクリームの素材や製法がなんだとか、 どういう技術によってシステムが構築されているか なんてとこには意味はない。 意味はあくまで外にある。 彼のたとえは、さらに納得するものだった。 「癌で余命3ヶ月の人の残りの人生に意味はあるか?」 「その人がいくら自分の内側だけで考えても絶対に意味は見つからない」 「残りの3ヶ月を生きるあいだで外の人と関わることにしか意味はない」 考えるまでもなく、余命が何年あろうといっしょです。 だからこそ、人力テキストマイニングの事業には価値がある。 それは外部のことばを大量に読み込むことで、 意味を生み出す作業だから。 外部の情報を頭に大量につめこむ以外に、 凝り固まった意識の中で新しいものを発見することはむずかしい。 もちろん、自分自身、外の人間とおなじ経験が可能なら、大量の情報は必要ない。 だからこそ、消費者の声(それはVOCですらない)を大量に 脳に浴びることが必要となる。 この過程は決して、データマイニングソフトでは代用できない。 さて、先の彼がいつも言っていることにもうひとつこういうのがある。 「行為が合意だ」 ようするに「見えない暗黙知」を共有し、そこに意味を見出し、 そこからアクションプランを導き出すためには、 経験もしくは行為の共有なくしては、ありえないということだ。
日曜日に映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』を観た。 そこで、印象に残ったのが 「掟」を「ガイドライン」として捉えるということだ。 通常、「掟」というものは厳格な「ルール」として捉えられ、 タテ社会における命令、指揮系統の秩序の基盤となるものだ。 しかしながら、「掟」を「ガイドライン」として捉えるように なると、そこにはいわゆる権限委譲が発生し、 同時に個々の責任の下での判断という状況が発生する。 ようするにこれはこれまでのタテ社会の命令・指揮系統から 現在移行期にあるヨコ社会での個人権限・責任に関する 言及としてみることもできるだろう。 そんな中で活躍するジョニー・デップ扮する 一匹狼の海賊の船長の位置づけもとても印象的だ。 ジョニー・デップが演じる役どころは 非常にユニークでユーモラスなものだ。 それは強くて、カッコイイ、よくあるスター像とは 明らかに異なるものだ。 そして、何より重要に思えたのは、 「掟」が守るべき「ルール」という解釈から 参照すべき「ガイドライン」へと解釈が変わった瞬間、 それまで一匹狼だった船長は、 晴れて海賊仲間と自分の船をみずから取り戻すことになる。 ようするに、ユニークでユーモラスな船長が その環境下では仲間に慕われるリーダーとして 舵をとる役割に復帰するのだ。 ようするに、ヨコ社会におけるリーダー像とは こういうものなんだろうなという気がする。
いま書いている提案書、これまでになく 切り口、提案のストーリーが明確にできて、 作っていて気持ちがいい。 まぁ、いい感触が残る打球でも 野手の守備位置によってはアウトになることも あるだろうけど。 いずれにせよ、どんなに論理的に展開する企画書でも 決め手となるのはクリエイティブな力だと思う。 もちろん、ここでいうクリエイティブは、 デモデザインの良し悪しとかのことではなくて、 論理や提案のストーリー自体のクリエイティビティです。 そして、そして、 どんなクリエイティブでもそうだと思うけど、 クリエイティブが効果を発揮するのは、 基盤となる思考力(is not 経験!)が しっかりしていてこそでしょう。 尊敬する佐藤正美さんはこう言っています。 事実を調べて、次の対応を考えるというのが 正当なコンサルテーションである。 モデル(見本)の体系が先にあって、 体系にふさわしい事実を後から収集するなどという コンサルテーションはありえない。 事実を凝視する能力がコンサルタントの起点である。 コンサルタントの勝負点は「思考力」であって、 金輪際、「経験」ではない。 勝負点は「思考力」であり「経験」ではない。 まったく同感です。 本質を「思考力」により捉えることのない「経験」なんて 「数打てば当たる」的な確率論でしかないのだから。 これは「経験」を否定するのではなく、 「経験」を過信したり、過去の実績にたよるなという意味で。 「思考力」がなければ新しい何かは生み出せません。 ようするにクリエイティビティは「思考力」からってこと。 You Know?
「分ける」ことは「分かる」ことです。 ある人と別のある人を「分ける」ということは、 2人の人の違いが「分かる」ということです。 自分と誰かの違いが「分かる」ということは 相手と自分の特徴を「分ける」何かに気付いているということです。 ビジネスにおいても「分ける」ことで「分かる」が数多くあります。 市場をセグメント化する、顧客をセグメント化するというのは、 市場や顧客について分かることです。 組織を職能別部門に「分ける」ということは 組織が価値を生み出す業務のフローとそれに必要な役割が 「分かる」ということです。 チーム内で役割分担を行なうということもおなじです。 役割を「分ける」ことはやるべきことを誰にやってもらえばいいか、 チームメンバーそれぞれの得意なことと照らし合わせて「分かる」 ということです。 シックスシグマで使うCTQツリーも 顧客の要望を分別し、枝ごとに分けることで、 どの要望が最もクリティカルで、どの要望の枝を優先的に 改善していかなくてはならないかを分かるためにあります。 その意味で、 顧客セグメント化を行なうということは、 顧客に合ったソリューションを適切な価格で、 提案できるようになるということにつながると思います。 もちろん適切な価格で、適切な効率で作業が進められることで 適切な利益があがるようになります。 すなわち、 分けられないということは分かっていないということです。 また、 分け方を知ることは分かり方を知ることだとも言えます。
B to Bのビジネスを行なっている企業は、多くの場合、 顧客企業のビジネスに貢献する(販促、コスト削減など)ものを 提供しているはずだが、ここでひとつむずかしい点があるのだと思う。 昨夜、彼女と話していて話題になったのだが、 ようするに、ある企業が商品なりサービスを導入する際には 必ず窓口として立つ人間あるいは部署がいるものだ。 たとえば、それは購買部であったり、総務部であったり、 広報部であったりと提供する商品、サービスによって異なるだろう。 いや、むしろ、顧客企業が何のために、どういう目的で、 商品、サービスを導入するかにより異なる。 企業というのは顧客に価値を提供するための、 複数のプロセスを組織化するために、それに応じた複数の部門に分かれて、 それぞれのミッション、タスクを管理し、実行するものであるから、 とうぜん、商品、サービスの導入(購入)も 部署ごとのプロセスのタスクの一部といえる。 さて、そこで問題なのは、商品、サービスを売る側の企業にとって、 顧客企業のビジネスへの貢献が必ずしも窓口として立つ個人への貢献と 一致しない場合があるということだ。 たとえば、 ・提供する商品、サービスが窓口となる部門だけでなく他の部門にも 貢献するような価値をもったものである場合 ⇒この場合、導入決定は窓口に立つ部門が行なったとしても、 実際にはそのために支払うコストは、他の部門への貢献のための コストも含まれる。ようするに自部門だけで必要なコストは その一部と考えることもできる。 商品、サービスの導入コスト総額と自部門への貢献度を比較した 場合、費用対効果に見合わない数字がでてくることもあるだろう。 売る側としては、顧客企業への貢献を100として、50のコストの商品を 売ったとしても、実際に窓口に立った部門に対する貢献が50以下なら そこだけを見ると費用対効果がないようにも見えるだろう。 ・顧客企業の部門の評価と個人の評価システムが一致していない場合 ⇒これは完全に顧客企業側のシステムの欠陥だが、 商品、サービスの導入やプロセスのアウトソーシングといったタスクが 組織の課題としてはあがっていても、その窓口に立つ担当者の個人の目標 とは重なっておらず、評価にもならない場合、担当者は決してその業務を 好んではやろうとはしないだろう。 担当者レベルでは商品、サービスの導入が自社のビジネスに 効果をもたらすことが理解できていたとしても、決済権限をもつ上層部が その商品、サービスへの理解が低く、担当者に必要な社内調整コストが 多くかかるほど、個人評価に直結しないような仕事をするのはなかなか むずかしい。 ほかにもこういったケースがあるだろう。 ようするに、これはシステムとしての組織に欠陥をもっているということである。 組織のミッションと個人のミッションは有機的で矛盾のない連携ができていないと たがいのミッションがぶつかりあい、結果として双方に悪い影響を与えてしまう。 組織は人材こそ貴重な経営資源だといいながら、こうしたことを見落としていたりする。 事業の現場に対する知識への貪欲さが欠ける経営陣は、 机上の理論だけで、個人をよりよく働かせようとする評価システムを作ったりするが、 実はそれが足かせとなって個人の能力を封じ込め、しいては組織そのものの能力を 減退させる。 それは決して数字だけを見ていてもわからないし、 形式ばった報告だけを受けていても決してわからない。 知識には形式知と暗黙知があり、暗黙知は経験の共有、時間の共有によってしか 共有化、移転ができない。 事業の現場の人材に関する知識にはこうした暗黙知が数多く含まれる。 それを理解せずに、現場を知っているふりをする経営陣には、 本質的な意味で「費用対効果」が理解できない。 とはいえ、企業のほとんどは多かれ少なかれ上記のような問題を抱えている。 B to Bのビジネスを行なっている企業はこうしたことも踏まえて、 自社の商品、サービスの販売を行なわなければいけないだろう。
自分で信じてないものは売れば売るほど自転車操業になります。 ツールは適切な使い方をしなければただのお荷物になります。 短期的な売上額をあげるために、無理やりな販売をして 自社の価値を下げる、自社商品の価値を下げるということは いたるところで起きています。 愉快なことを考えず、肉体的な努力だけで汗水垂らして 販売するのはあまり誉められてことではないのです。 泥臭さは必要です。 ただ、その泥臭さの中にも一筋の洗練された感性と信念が必要です。 他人と自身にともに向けられた感性と信念のない努力は ただのはた迷惑です。 はやく。はやく、そのことに気付くべきです。 |一覧| |
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