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私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2024年05月10日
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カテゴリ:認識の歩み


日本の統一的支配者の座を獲得した義満は、
その晩年、上皇になることに意を注ぎます。

その証左は、夫人の日野康子を
後小松天皇の准母としたことで明白です。

夫人が准母なら、夫の義満は
自動的に天皇の〝准父″となるわけで、
その地位は事実上、上皇と変わりません。

だが義満はこれだけで満足せず、
最愛の二男義嗣(よしつぐ)を天皇の位につけ、
名実ともに備わった上皇の座につこうとしました。

義満は、天皇の北山第行幸の折、
まだ元服前の義嗣を廷臣中の最上座に据えて
親王並みに遇するなど、
義嗣の尊貴化につとめました。

その義嗣は、北山第行幸の翌月二十五日、
内裏の清涼殿(せいりよう)において、
天皇の面前で元服の式をあげました。

この儀式はすべて親王に准じられ、
事態がこのまま進行すれば、
義嗣が即位する可能性はたかまります。

しかし、野望達成を目前にひかえながら、
当の義満が流行病にかかり、
あっけなく急死してしまいました。





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最終更新日  2024年05月10日 05時00分10秒
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