猫のいた生活14~ブルーの首輪~
人懐っこくて優しい性格としか表しようのない長男、ともたろうが、わたしの不注意によって、どれだけ苦しい一夜を明かしたのか、十数年経った今でもハッキリと思い出すことができます。もはや自己満足以外に意味をなさない励ましの言葉をかけ、ぐったりとなった彼を抱え、日曜も診療している動物病院を探して連れてゆく。ともたろうは尿毒症でした。そう言われても、その恐ろしさがわからない。無知が一番の罪だというのを嫌という程、思い知らされるのです。知らなかった、知らなければ仕方がない、ただそれだけのことだけれど、その間にも確実にひとつの命は『死に向かっています』診察を終えた優しそうな初老の先生の口から、わたしに向けられた言葉はそれでした。たった24時間前に、ともたろうがトイレに座っているのを見て、わたしはそのまま仕事に行っただけだったのに、今、わたしは穏やかに、彼の死の宣告を受けている。猫の尿毒症。だけど、もう駅に行かなければ。電車に乗らなければ、仕事に間に合わない。わたしが急に休んでも、代わりにレッスンを引き受けてくれる講師はいないから。電車に乗ろう。祈りというのは通じるのかしら。優しい先生にお願いして、奇跡を信じる事以外、何もできない。昨日の昼に、無理をしてでも、連れて行っていれば。その日の昼に、ともたろうの経過を知らされたわたしは、ホッと胸を撫で下ろすのでした。山はどうやら脱したらしいと。よかった。だって、ともたろうが死ぬわけないんだもん。あんなに元気に走りまわって、肩車だっていつもしてあげてるのに。あんなに体重があって。抱っこが大好きでいつも、飛びついてきてわたしの仕事服は一体何着、穴を空けられたかしら。その日の日記に、こう書いています。3/7(日)朝 風雨たろうが 病気になった昨日 出がけに 嫌な予感がしていた私は 気付いていたのに それを見逃したそして たろうは ひどい病気になったたろうが 突然 いなくなるなんて考えられないし 考えたくないけれどたろうは 助かるんだろうか私は 何も してあげてないどうか たろうを お守りくださいどうか たろうを 死なせないでください 12:30家に 二度目の電話をしたたろうは 苦しんだけれどたろうを見守ってくれている見えない力と病院の先生の手によって少しずつ 良い方向へ 導かれていくのだろうたろうを助けてくれてありがとうございますそれから数日経った日の朝、偶然、早く目覚めたわたしは、別な部屋で両親が話をしているのを何とはなしに聞いていました。かわいそうで、いわれん・・昨日・・病院から電話・・ほんとはもう、ダメとってともたろうは。安楽・・決めてって・・ わたしは布団に入ったまま、両親に気付かれないように、声を出さないように。懐で眠っているつれみを撫でながら、謝りました。ごめん、ごめん、ごめん。わたしは、あなたの大切な息子を。決められないよ。そんなこと、決められないよ、わたしには。 * * *ともたろうは、最期まで優しいコでした。わたしに、その日を決めさせることなく、逝きました。知らないことは、罪。知ろうとしなかったことも、罪。わたしは二度と、同じ間違いはしちゃいけないんだろう。ともたろうが逝ったその日は、山口の湯田温泉というところへの遠出の日でした。3/12 a.m たろう永眠奇跡は 起きなかった私は 泣かなかった家の そばに埋めた私は たろうのかたみの首輪をポケットに入れて今 山口へ行く 新幹線の中に 居るともたろうの首輪は晴れた空の色のような、青色でした。