|
カテゴリ:カテゴリ未分類
瀬田が講師室に戻ると、英語のマドンナ講師、水野加代子が採点に取り組んでいた。化粧が濃く、年齢はKGBの二重スパイ名簿よりも機密に属している。今日のように生徒にまといつかれていない姿を見ることはめずらしい。
「採点ですか、先生」 「ええ、瀬田さん、今日が事務提出の締切なんですけど、家でできなくって」 教師同士、「先生」で呼び合うのが、学校を含めた教育界の慣習だが、この水野はそれを嫌っていた。 考えてみれば互いに「先生」と呼び合う慣習は滑稽なものだ。その語感には世間知らずの教師がお互いを敬遠しあっているような響きがあり、瀬田も好きではなかった。しかし長い教師生活のなかで、自分も「先生」と呼びかけることに不感症になってしまっていることに、彼は気後れを感じた。 「小テストですね。私大文系コースに君津という生徒がいるんですが、どうですかねえ」 加代子は採点済みの答案用紙をしばらく探していたが、一枚を抜き取ると、瀬田に見せて言った。 「ぱっとしませんね。中堅私大どまりです」 彼は加代子の歯に口紅がついているのを認めたが、それを上手に教える言葉を知らなかった。 それにしてもあのやろう、推理ゲームをやってる場合じゃないだから、と思った瀬田はそのことで思いだした。 「つかぬことを聞きますが、茂原元という生徒をご存じでしょうか」 「さあ、知りませんが、何か」 「この間自殺したようなんです。うちの生徒で三浪だったんですが」 「そういう子も出るんです。この時期には」 英語教師は、それ以上の興味はなさそうに答案用紙に目を戻した。この予備校ではこれ以上の情報はないな、と瀬田は考えた。 記事が評価できたらクリックしてください 人気blogランキングへ お買い物なら楽天市場 もうひとつのブログ「ハゲんでるぞ」もよろしく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.04.01 23:23:40
コメント(0) | コメントを書く |