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「そう。最初は勝一郎を殺したときよ。あの日一人で会社で残業していた私に勝一郎が近寄ってきて、これから一緒に観照寺に行こう、と言ったのよ。すぐにあいつの意図は分かったわ。元を溺愛していたあいつは、元の前で私のやったことを糾弾しようとしているのだ、と。私はそのとき逆にあいつを殺すチャンスだと思ったわ。二人で出かけることは誰も知らない、相模川は雨続きで増水しているはず。あいつは墓参のあと必ずもぐり橋を渡って帰ることを知ってたしね。そして出かける前のわずかの時間にお宅に電話するとちょうど奥さんだけがいた。これはもう神様が『やれ』と言ってるのだと思ったわ。奥さんはデータどろぼうのことを話すと、否も応もなかったわ」
瀬田には、教授からほめられたと喜んでいた富子の笑顔が思い出された。蓮はそんな彼の回想など無関係にたんたんと話し続けていた。 「私はわけは話さず彼女に、レンタカーを借りてすぐにもぐり橋の少し下流に迎えに来るように言ったの。着替えも用意してね。ずぶ濡れの私が彼女の車に乗っていったときには、彼女驚いていたけど事情は聞かなかったわ。きっと聞くのが恐かったんじゃないかしら。私をこの近くまで送り届けた奥さんは、そのあと自分が殺人の共犯を勤めたことを知った。そうしたらもう私のロボット同然だったわね」 「まさか君津のときも?」 「奥さんはね、私の指示でやっぱりレンタカーを借りて、と言ってもあなたがたが山梨に乗って行ったものとは別の車だけど、あのお台場公園の駐車場にいたのよ。それで私が、あなたの推理したように君津君を殺してから、私たちは公園の方に歩いていって車を離れたわね。そのとき彼女は私の車の隣に自分の車を移動させて死体を積み替えたの。それからまっすぐ中央高速を使って盆堀林道に行って、それを捨てた。盆堀林道を選んだのは彼女の土地感があって、人目がなく、しかもあなたより先に自宅に帰り着ける場所だったからよ。意外に知られていないんだけど、八王子から上恩方町を通って入山峠経由でいくと結構時間はかからないのよ」 あのとき駐車場には遠くに一・二台白い車があった。そうすると・・・ 「そう、あなたとわたしのキスシーンを奥さんは借りた車のなかから見ていたというわけ」 「それを知ってて、きさまあ」 「だから、あなたは私を告発できないの。自分のふがいなさでかわいい生徒さんを殺されたことを、私を告発することで解消しようと思っても駄目。あなたはそこから一生逃れられないのよ。分かった?」 瀬田の頭にはいろいろなことが渦まいた。富子との生活、富子の老いた両親、坂野の好意。貧血をおこしたかのように体から力が抜けていった。しかし、君津の笑顔が瀬田を見ていた。彼にはそれがはっきり見えた。瀬田の胸には結論は一つしかなかった。 彼はグラスをもったまま立ち上がった。 「警察に行くよ。君津のことは君を見逃しても告発しても、どの道一生背負っていかなくてはならないだろう。富子とはやり直すしかない。僕の道は一つしかない」 それだけを言うと立ち上がってドアに向かっていく。背後から蓮の声が彼に投げつけられていたが、立ち止まることはしなかった。 「だから、あんたは世間知らずの『先生』なのよ」 記事が評価できたらクリックしてください 人気blogランキングへ お買い物なら楽天市場 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.08.09 22:16:12
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