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7章.女王の恋人 前編

  天空の黒 大地の白
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7章.女王の恋人

ユベールは女王の部屋近くに一室をあてがわれ、そこで寝起きをしている。
レティシアは、人目のある場所で彼と必要以上に接することはなかった。
日中はあくまで女王と臣下の一人であり続け、彼女のユベールに対する想いと熱情は、二人きりで過ごす夜に注がれる。
「・・・レティシア様・・・・っ。」
耐えきれなくなるのは、大抵ユベールが先であった。
「ん・・・だめよ、ユベール・・・ねぇ・・・・。」
レティシアは、本心では愛おしくてならないのに、わざと意地の悪い事をしては、ユベールの焦れる様に酔っている。
だが、彼女の口づけは、ユベールの脳髄を溶かすほど甘い。

とはいえユベールも、溺れてばかりはいられなかった。
「あなたを、愛玩動物にする気はないの。」
レティシアの宣言と共に、大量の家庭教師が送り込まれた。
フランスでもフライハルトでも、何かと不安定な生活を送ってきたユベールは、同じ年頃の貴族の子息に比べ、学問、実務経験共に不足している。
レティシアは彼の聡明さに目をかけ、ゆくゆくは高位にと考えているようだが、馴れ合いを嫌う彼女は、本人のためにも、まず地力を付けることを優先させた。
周囲に自分の能力を認めさせてみろ、というのである。
「はぁ・・・。」
学問は嫌いでないユベールだが、毎日出される課題を前に、げんなりしている。
「やぁ!ユベール殿。どうしたんです、しょげた顔しちゃって!」
気分転換に、図書室へ課題を持ち込もうとした所を、レオンハルトに捕まった。
「課題ィ?ンなもん、誰かに押しつけちゃえば?人生、要領、要領。」
「・・・・・。(この人、本当にアルブレヒトさんの弟だろうか。)」
「今、何考えたか分かる気するけど・・・。で、もうここの暮らしには慣れた?」
「えぇ、皆さん、親切にして下さいますし・・・。」

それに、ここには自分を露骨に嫌う者がいなくて安心したとユベールが言うと、レオは吹き出した。
「あ、あの・・・?」
「いや・・・悪い悪い。だって”あの”兄貴を連れて宮廷中練り歩いといて・・・」
「・・・・・っ!」

ユベールはようやく、アルブレヒトが女王を離れ、自分と数日を過ごした意図に気づいた。
あのとき黒獅子の騎士は、無言のうちに、ユベールが女王の完全な庇護の下にあることを宮廷人たちに知らしめたのだ。
「レオさん、すみませんっ。僕、もう行きますから!」
ユベールはレオを置いて、図書室へ真っ直ぐ向かった。
レティシアの気遣いが、ありがたくもあり、苦しくもあった。
ジークムント公の寵臣達に”罪の刻印”を刻まれたことを、多くの者達は噂で知っているだろう。
そのような自分をレティシアが、こうも”あからさま”に庇っては、彼女の立場が悪くなりかねない。
ユベールに出来ることは一つだけである。
彼女が求める通り、自分の力を証明してみせること・・・。
「女王のお気に入り」にふさわしい人間であると、周囲に認めさせることだけだ。


約束の時間から既に1時間が過ぎているというのに、一向に姿を表さない恋人を、レティシアは少し恨めしく思いながら待っていた。
今日は、オーストリアからピアノが届いた。
この国にはこれまで、ピアノの前身であるチェンバロしかなかったが、ユベールがピアノをたしなむと聞いて、レティシアは、わざわざスタインのピアノを取り寄せたのである。
スタインは、かのモーツアルトも愛用する、名器中の名器だ。
ユベールの驚く顔を想像すると、レティシアはもう一時でも待つことなどできそうになかった。
図書室に入るのを見たと聞き、レティシアはいそいそと恋人のもとへ向かう。
自身、幾度通ったか知れぬこの部屋の扉を開け、ユベールの姿を探したレティシアは、逆光を浴びて窓辺に座る男のシルエットに、視界が歪むようなめまいを感じた。
(あ・・・・っ!)
夕暮れ近い外界から吹き込む風に髪をそよがせ、うつむきがちに書物に視線を落とす・・・左手は気だるげに前髪をかき上げ、ゆっくりとページをめくる、あの指・・・・。
(違う・・・・この人は・・・・違うのよ・・・!)
「・・・ユベール・・・・!」

レティシアの呼び声が、こわばった。
「レティシア様?どうなさったんですか?」
彼女のただならぬ様子に、ユベールが不安げな顔で立ち上がる。
(そう・・・違う。あの人は、こんな表情は決して・・・・。)
脳裏に浮かんだ造影との違いを、彼女は必死でたどろうとする。
「ユベール・・・お願い・・・抱きしめて・・・」
寝室の外で、このような要求を受けるのは、ユベールにとって初めてだった。
レティシアの体がユベールの腕に収められ、強く抱かれると、彼女はようやく安堵して、甘えるような仕草で彼の背を指でなぞった。

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