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2007.03.11
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テーマ:たわごと(26728)
カテゴリ:そのまんま系
お世話になっている人のご母堂が亡くなられて、お別れ会が催された。
渋谷から私鉄線に乗り、幾つか目の駅で下車する。駅を降りると小さめな商店街があり、すぐに閑静な住宅街が続く。住宅街のなかの上り坂を登り、角を曲がると突然、大通りに出る。環状7号線だ。セレモニーホールというのだろうか、そこが会場だった。会は無宗教でとりおこなわれる。

享年94歳。
結婚し、男の子3人の母となった。夫は演劇畑の人で、とにかく貧乏だった。子育てをしながら、私立女子校の教師として家計を支えた。子どもたちがそれぞれに独立した頃、夫を亡くした。教師の仕事は70を過ぎるまで続けることができた。
この人は今から10年ほど前に、手記を自費出版された。末の息子が出版関係の仕事をしており(この人に私は世話になっている)、この本の編集を手がけた。出版にかかった費用は3人の息子が出し合った。

お別れの会では、会場の照明が落とされ、スライド上映がされるなか、その手記の一部が朗読された。夫の実家は裕福な家であったらしい。しかし戦後、すぐに没落する。都内でも高級住宅街で知られる地域であったけれど、「あばら屋のような」貸屋に家族で引越をする。夫は芝居の世界にいる。新しい演劇学校の創立に尽力するが、収入はほとんどない。学校の生徒たちが連日のように家に訪ねてきて演劇論を語り合い、酒を酌み交わす。彼女は講師として学校になんとか職を得る。
そんな頃、念願の風呂を購入する。1950年代の初頭と思われる。末の子は4歳だったか。風呂は中古である。木製の小判風呂だ。使い込まれているけれど、思いの外、いたみは少ない。5月、その風呂桶がリアカーに乗せられて届けられる。職人さんが、物置のようにして使っていたトタン張りの小屋に、据え付けてくれる。急場で排水溝も設置する。水を張る。風呂釜も中古だったか。
やがて湯が沸く。最初に入るのは夫だ。子どもたちがいまかいまかと待ち受けている。5月であるのに、待ちきれず、ほとんど裸になって騒いでいる。妻は菖蒲湯にしたい。菖蒲をくくって準備していたのだが、末っ子が飛び込む。父親の膝の上ではしゃぎ出す。そうして上の子ふたりも駆け込んで、大騒ぎになる。

そんなエピソードが読み上げられる。スライドには、30代だろうか、質素な和服姿のこの人がはにかむように笑っている。あるいは夫に身を寄せる姿、そしてひょろりと痩せた3人の少年たち。私の席からは、今ではすっかり白髪頭となったそのうちのふたりの息子が座っている、その後ろ姿が見渡せる。次男は数年前、先立っている。

こんなエピソードもあった。戦前のことだろう。結婚して数年、すでに子育てが始まっている。夫の実家に身を寄せている。あわただしい日々だ。早朝、夫に起こされる。これから出かけよう。どこへ? いいから、ついておいで。子どもをあわただしく姑にあずけ、裏木戸を二人して抜ける。私鉄に乗る。休日なのか、時間もはやく乗客は少ない。それからいくつかの電車に乗り換える。東京にまだなじみがないので、自分がどこへ向かっているのかわからない。やがて下車する。夫に手を引かれてしばらく歩くと、突然一面の桜に遭遇する。桜、桜、桜。まるで夢のようだ。

お別れ会はそのようにして進行し、出席者はそれぞれに献花する。ささやかな席が設けられている。私は失礼しなければならない。知り合いの何人かに挨拶する。煙草が吸いたくなって、灰皿を探す。ホールの通用口を出たところに灰皿がある。そこで一服する。目の前には枝振りも見事な桜の老木が一本立っている。遠目にも、新しい芽が膨らみつつあるのがわかる。






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Last updated  2007.03.11 14:29:55
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