終章(9/18UP)

真冬のすばる
(終章)


夜汽車というのは人を感傷的にさせる。
凍てついた空の下のプラットホームには風が行き場を失い迷っている。
「オマエが知らせるなというんでほんとに知らせなかったがよかったのか、これで」
わたしが言うと
「顔を見ると決心が鈍るだろ」
テツトは少し照れくさそうに笑った。


                    ☆

「やっぱりこの街を出るよ」
とテツトは言った。
「オヤジさんは打つ手は全部打ったと言うけど当分姿を隠したほうがいいと思うんだ。
タカヤにはもう危ない目に会わせたくない」
それに、とテツトは続けた。
「アイツはオレよりずっと強いヤツだ。オレなんかいなくても、いや、いないほうがいいんだ」

確かにタカヤは、神崎に銃身で殴られて頭にこぶをこさえ伸びていたわたしよりもずっとずっと強かった。
タカヤは神崎を、可哀想だと言った。孤独な病人だと言った。
手さえ差し伸べようとした。
そのときすでに勝負はついていたのだ。

穏やかな顔でタカヤは銃口の前に立った。
神崎の引き金に当てた指が一瞬躊躇した。
だからわたしのこの錆びた腕でも一発で仕留められたのだ。
その銃声にタカヤの体は反応し、事が終わったあと、ヘナヘナと座りこんだ。
そしてわたしに向かって恥ずかしそうに微笑んだ。

                    ☆


「タカヒロの田舎に行くんだ」
テツトはそう言った。
チビとトラックに乗っているらしい。
部屋を空けることが多いんだ留守番してくれよ、と電話があった、と言った。
「なんとかやっていくさ」
「そうか」
わたしはガラにもなく見ていた夢を手放すことを、こんなに淋しがっている自分に驚きうろたえている。
タカヤとテツトとあの下宿でまるで「親子」のように暮らすこを。
タカヤは卒業しいずれ旅立っていくにしてもテツト、オマエとはこのままずっといっしょに居られると思っていたが。
そうクチに出せばどうだろう。
気を変えてくれるだろうか。
ひょっとしたらそう言って欲しいのかもしれないとも思った。
強がって粋がって無理に孤独な道を選ぼうとしているこの青年にはなんのてらいもなく正直な言葉がいちばん必要かもしれない。
しかし、それはこの無粋な男にはいちばん苦手なことなのだ。
わたしは結局言わなかった。

お互いに損な性分だな、テツト。

                  

                   ☆


「じゃぁな」とわたしが言うと、
「うん」とテツトは答えた。
なにかよくわからない会話だがわたしたちにはそれで充分だった。
いや、それ以外に言うことがなかった。
いや、そうじゃない、言いたいが避けていることがある。


発車のベルが鳴り、ガタンと列車が動いた。
と同時に後ろから叫ぶ声がした。
「テツトーーーッ!」


顔を真っ赤にしたタカヤが走ってくる。
テツトは思わず窓を開けた。
列車が線路を滑り出す。
タカヤは手を伸ばすだけ伸ばして窓から身を乗り出すテツトを捕まえようとする。
「テツトーーーーッ!」


なにか言おうとして開いたテツトのクチから言葉は出てこなかった。
その顔が遠くなる。
ホームの最後の最後まで走ったタカヤを列車はとうとう振り切った。


膝に手をつき肩で息をしているタカヤの後姿からわたしは背を向けた。

小さく息を吐きわたしは空を見上げた。
満天の星だった。

青白く見えるのはすばるだろうか。
生まれたての星の集団だ。
広大な宇宙の中でそれは頼りなさげに見えた。

いや、
それは、
それは確かに頼りないが希望のカケラの集団かもしれない。
わたしよりずっとたくさんの未来の時間の集団かもしれない。
確かに、
この広大な世界の中で頼りなく不安であっても、、、。

                     


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「テツト、元気ですか。
もうあれから1年経ったね。
その間ずいぶん手紙を出したのに全然返事をくれなかった。
筆まめな性格とはもちろん思っていなかったけど、一度くらい返事をよこしてもいいじゃないか。
大家のオヤジさんは便りがないのは元気な証拠といつも言っているけど、ほんとは淋しいんだ。

ボクはもうじき卒業です。
念願の教師になる夢はなんとか叶えられそうです。
教育実習ではいろいろ失敗もした。
生徒は生意気だし。

そう、テツトみたいなツッパッてるヤツもいる。
強がってるけどまっすぐそうな目をみるといつもキミのことを思い出すよ。

あの時「勇気があるな」と言ったね。
ほんとに勇気なんてなかったんだよ。
ボクがなんで自分ばかり犠牲になるんだと聞いたら、そうじゃない自分の問題だってキミは言った。
そうなんだ、あの時もボク自身の問題だったんだ。
ボクは自分自身を裏切らなくてよかったと思っている。
いやそれよりもキミを裏切らなくてよかった。
親友を裏切って後悔するのは死ぬより辛い。

ボクはあんあまり立派な教師にはなれないかもしれないけど、ひとつだけ胸をはって言えることがある。
それはキミという男に出会えたことだ。
その男を親友と呼べることだ。

もうじき引越します。
新しい住所を書いておくよ。

またあの時みたいにひょっこり訪ねてきて「とうぶん泊めてくれよ」と言ってくれ。
待っているよ。

                                 タカヤ」


              終わり


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