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CasaHIROKOの日記 [全1133件]
ヴェルディの故地をめぐる観光を含んだオペラツアーに、必ず持参するCDがあります。 バルバラ・フリットリの、「ヴェルディ・アリア集」。 まだ若い頃の録音ですが、ほのかな湿り気を帯び、澄んだ、清らかな、格調高くしかも端正な表現力に富んだ声で歌われるヴェルディは、何度聴いても聞き飽きません。 ヴェルディの故郷ブッセートに向かうバスのなかで、何度、このCDをかけたことでしょう。パルマからブッセート近辺にひろがる野の眺めに、その野に照り映えた夕暮れの景色に、清らかな鈴のように鳴り響くフリットリの声が重なった瞬間の至福を、忘れることができません。 今、ヴェルディのヒロインを誰で聴きたいかと言われたら、フリットリに指を折ります。声の美しさに加えて、美しく端正なイタリア語の響き、格の高さ、整ったフォーム。理想的です。「椿姫」のヴィオレッタのように、いわゆるヴェルディ歌いでない歌手もすぐれた演唱をする役もありますが、ヴェルディ一般でいえば圧倒的にフリットリです。 「ルイザ・ミラー」、「シモン」、「ファルスタッフ」。。。彼女のヴェルディに、失望したことは一度もありません。DVDやCDを含めても、もちろん。 そのフリットリ、待望の来日リサイタル。馥郁としたヴェルディ、そしてリヒャルト・シュトラウスに酔ってきました。 フリットリの素晴らしさは、歌手としての知性にもあります。彼女の演奏に決して裏切られたことがないのは、自分の声を知り、合わないものは避けてきた賢明さが大きいと思うのです。そして一歩一歩成熟してきた。白百合から大輪のカサブランカへ。こんな成熟を見せてくれる歌手は、そういません。このようなひとと同じ時代を共有できるのは、幸せなことです。 彼女の知性と意欲は、プログラムの構成にも見られました。東京で2回のコンサートは、リヒャルト・シュトラウス&ヴェルディと、マルトウッチ&ヴェリズモ。声の成熟にあわせてヴェリズモへとレパートリーを移行してきていますから、2夜通えば彼女の違う魅力が堪能できるわけです。 さて、前半のリヒャルト・シュトラウス。まず幕開けのオケ曲が、サロメの「7つのヴェールの踊り」だったのがおもしろかった。実はこの曲だけ単独できいたのは初めてでした。イタリア人指揮者のカルロ・テナンの指揮が、また思い切りがよくて躍動的。ドイツぽくないシュトラウス。1曲目から盛り上がります。 フリットリが歌ったのは「4つの最後の歌」。それは、ドイツぽくはありません。ヴェールのようにやわらかく、きめこまかい。子音をくっきりさせるドイツ語らしさもきこえないドイツ語。でも、音楽としては美しかった。思わず、目頭が熱くなってしまいましたから。テキスト云々ではなく、音楽として美しいからです。ベルカント的なシュトラウス??? 後半は、「オテロ」のバレエ音楽という珍しい選曲(パリ版で追加されたもので、めったに聴けません)に始まり(面白かった)、「トロヴァトーレ」「シモン」「運命の力」のアリア。もちろんオーケストラ曲として、おきまりの「運命」序曲も。楽しめるプログラムです。 このへんは、まったくもってフリットリの独壇場。夜の庭園の景色を浮かび上がらせる、ロマンティックな「トロヴァトーレ』。暗い藍から、朝日をすべらせ、黄金いろへと明けそめて行く海の香りが漂う「シモン」、絶対的に美しかった「運命の力」。最後の曲はまったくもって圧倒的で、ヴェルディがこれを聴いたら、満足したに違いないと思ってしまいました。最後のクライマックスでは、文字通り鳥肌が立った。世界一のプリマの貫禄です。「運命の力」も近く舞台で歌うそうで、おおいに楽しみ。聴きに出かけたい演目がまた増えてしまいました。 もうひとつ感動的だったのは、聴衆です。フリットリが何者かを知り、その歌のすばらしさを知り、昨年メトの来日公演で見せてくれた彼女の日本への愛に心を打たれた聴衆がそこにいました。最初から最後まで、会場に幸福感が満ちていたのは、演奏者と聴衆の間に存在していた信頼感のためだと思います。だからもちろん、フライング拍手もブラボーもない。ちゃんと、拍手するタイミングもわきまえているレベルの高い聴衆。幸福感に存分に浸れたのは、聴衆のおかげも大きかったと思います。 「私は、日本の聴衆を尊敬しているの」 2年前ちょっと前のリサイタルの時、楽屋で挨拶したフリットリは、聴衆の熱い反応の興奮さめやらず、感激の面持ちでそう語っていました。 「尊敬しているのよ io adoro」と何度も繰り返していた。すごく印象に残っています。フリットリと彼女を知る日本の聴衆の間には、ほんとうに「尊敬し合う」=「adorarsi」と言いたくなる関係ができているのだ、そう思えた夜でした。
劇場フリークなら、自分が通う劇場の、次のシーズンの演目は何?ということは、いつも頭の隅にあるのではないでしょうか。 私にとってはその劇場は新国立劇場ですが、今日、2012−13シーズンのラインナップが発表されました。 オペラに関しては、「ピーター・グライムズ」の新制作と、「アイーダ」の再演があることは発表済みでしたが、すべてのラインナップが公になったのは(会員への先行予約案内などは別にして)、今日がはじめてかと思います。 オペラ、演劇、バレエ部門の3監督が勢揃いして、来年の演目と、その選定にあたってのポリシーについての説明がありました。 オペラは、新制作は「ピーター・グライムズ」と「ナブッコ」、そして日本人作曲家への新作委嘱である「夜叉ケ池」の3本。再演は、「アイーダ」「トスカ」「愛の妙薬」「コジ・ファン・トウッテ」「タンホイザー」「セビリヤの理髪師」「魔笛」です。10本のうち新制作が3本というのは、ちょっと寂しい気がしますが、経済状状況のきびしい折柄、仕方がないのでしょう。 生誕200年のヴェルディ(「ナブッコ」)は予想されたことですが(同じ生誕200年のワーグナーは新制作はないですが、先駆けて「ローエングリン」を、この6月に豪華メンバーで新制作します)、「ピーター・グライムズ」の作曲家であるブリテンは、生誕100年とのこと。イギリス音楽は、尾高オペラ部門監督の得意なところですから、アニバーサリーイヤーで代表作をオープニングに持ってくるのは納得がいきます。尾高監督でなければできない選択といえるでしょう。 キャストも、アームストロングの指揮、デッカーの演出と、世界レベルです。プロダクションは94年にモネで制作されたもので、新制作といってもレンタルだということですが、尾高監督が色々見た「ピーター・グライムズ」のなかで一番すばらしいものだったとのこと。興味が湧いてきました。 「ナブッコ」も、なかなか面白そうです。私がヴェルディ好きだから、ということだけではなく、キャスティングがわりと「旬」をついています。カリニャーニの指揮、ガッロのタイトルロールというだけでかなりそそられますが、演出がヴィックというのが面白そう。何しろ彼のヴェルディは、昨年の11月にチューリッヒで「オテロ」を見てとても面白かったので。演出コンセプトが届いているということで、そのペーパーをもらえるとのことでしたが、うっかりしてもらいそびれてしまいました。サイトにもアップされるそうなので、ぜひ読んでみたいところです。 アビガイッレがメッゾのコルネッティというのがどうかな、とちらと思いますが、彼女も世界的な歌手ですから、そのあたりはわかって引き受けてくれたと想像します。 日本勢も重用されていて、イズマエーレに樋口達哉さん、フェネーナに谷口睦美さん、アンナに安藤赴美子さんと、若手の実力派を適材適所で起用しています。いずれも声質に向いた役だと思いました。とくに谷口さんは、ヴェルディ・メッゾとして大きく羽ばたける素質をもったひとです。彼女と以前レクチャーコンサートをご一緒したとき、いつかアムネリスをやりたい(愛犬はアムネリスという名前だそう!)と言っていましたが、彼女のアムネリスはさぞ迫力でしょう。それに向けた助走?として、フェネーナあたりは最適かもしれません。 「夜叉ケ池」は、歌曲で美しいメロディを書かれている香月修氏の新作。演出が岩田達宗さんというのも大いに楽しみです。泉鏡花の原作にもとづくオペラといえば、つい昨日、新国の中劇場で、池辺晋一郎氏の新作である「高野聖」を見ましたが、それと比較して見られそうなのも興味深いところです。 と、新制作に関してはそれぞれ興味を惹かれましたが、再演については、「アイーダ」(ゼフィレツリによるこのプロダクションに関しては、新国という劇場を生かすように作られており、伝えていきたい財産だと尾高監督も強調していらっしゃいました)「トスカ」など、何回でも見たいファンも少なくないだろう豪華プロダクションは別として、ちょっと弱い印象を受けました。最近のプロダクションの再演が多く(愛妙」「セビリヤ」「コジ」など)「見たばっかり」という心持ちにならないかな、と懸念されるのです。もっと前のレパートリーの再演のほうが、時間がたっている分、新鮮味があるのではないでしょうか。 たとえばドニゼッティなら、「愛妙」より、五十嵐監督時代の「ルチア」のほうが、見ていないひとが多いのではないかと思いますし、やはり五十嵐監督時代にやっていたマスネの作品や、「オネーギン」なども、見ていない方は少なくないのではないでしょうか(ひょっとしたら古いプロダクションは、処分されてしまったかもしれませんが)。 主催側としては、集客のことを考えるとスタンダードなレパートリーになってしまう、ということなのでしょう。ただ個人的に思うのは、今の新国の会員の中核は、かなりなオペラファン(以前新国のスタッフにきいた話ですと、今の会員は開場当初からの方が多く、新会員はあまり増えていないそうです)。そういう方たちは、いろいろな作品を見たい、と思うのではないでしょうか。だから、珍しい「ルサルカ」がよく売れたのではないかと想像しています。 集客というと、どうしても初心者の方に目がいきがちですが、コアなファンを意識した演目も提供しないと、「またか」と思われて飽きられる可能性がないとはいえません。 オペラ劇場での新制作は大変でしょうけれど、中劇場あたりで、日本人でバロックオペラをやるという選択肢もありだと思います。いまやメトでもレパートリー入りしたヘンデルなど、世界クラスのオペラハウスなら欲しいところです。 キャスト的には、どの演目にもそれぞれ目玉のアーティストがいて、考えられているな、と思いました。たとえば「セビリア」にはプラティコ、「愛妙」にはシラクーザ、「コジ」にはミア・パーション、「トスカ」にはおなじみのファンティーニ。「アイーダ」に至っては、ヴェントレ、カロージ、コルネッティ、堀内康雄と、スカラ座に出ていてもおかしくないメンバーです。指揮者がイタリア人でないのが残念ですが。。。(正直、新国さんは優秀なイタリア人指揮者への目配りが足りないと痛感します。マリオッティ、ルイゾッティ、ランザーニ、新国でもおなじみのフリッツァ、そして2月に二期会で「ナブッコ」を振るバティストーニなど、「アイーダ」をききたいイタリア人指揮者はたくさんいますから) ともあれ、震災と原発事故以来、文化事業がいっそう厳しくなっているのは事実。尾高監督、集客のことをいつも考えていらっしゃるそうで、たとえばカヴァー歌手の方を連れて出張演奏をし、それを聴いた方が新国に足を運んでくれる、というような企画を考えているそうです。「きっかけ」づくりですね。 それもいいですが、同じように「きっかけ」づくりをする場合、あちこちにあるカルチャーセンターのオペラ講座とコラボするのもありかと思います。初めての方がオペラに足を運ぶのはなかなか決心が要りますが、カルチャーセンターの講座で作品解説をきいて予習し、講座メンバーと一緒に劇場に出かけるようにするのです。場合によってはアフターも設定する。そうすれば楽しみも増すし、きっかけになりやすいと思います。 私も初心者の友人グループと、年に2回くらいオペラに行くことを何年もやっていますが、その友人たち、公演は十分楽しんでいますけれど、だからといって自分から動く訳ではありません。あくまで私が探してきた公演に皆で行く、というのが前提です。皆で行くから楽しい、というのもあるのです(アフターの方がたのしみ、というひともいますし)。そういう風に、年に1、2回くらいならオペラもいい、というグループを、地道に増やして行くのもありなのではないでしょうか。カルチャーセンターなどは、その対象にうってつけと思います。そちら方面への売り込みも、新国さんのほうで検討してもいいのではないでしょうか。 フトコロに余裕があり、初めての方がわりと気軽にオペラの敷居をまたいでいた時代は終わりました。今やよほどのきっかけがないと、「初心者」の方が大量に公演に来ることなど難しい。地道に、少しずつでも、オペラの楽しみを浸透させていくために、新国さんにもがんばって欲しいし、私たちも努力していかなければと改めて思ったのでした(いつの間にか視点がずれてしまってすみません。。。)。 新国のサイトの記事はこちらです。 http://www.nntt.jac.go.jp/release/updata/20001826.html
物書きには珍しくないと思いますが、書いている時間より、調べている時間のほうがはるかに長いのが普通です。 正直、しんどいときもありますが、時々、うわ、というゾクゾク感が来ることがあり、それがたまらない。 調べていて、あ、と思ったことと、記憶の底に眠っていたものが立ち上がってきて一つになったときは、快哉を叫びたい気分になります。 今、その面白さをいちばん味わえるのは、デアゴスティーニ社が出しているパートブック「NHK名曲アルバム」に連載している、「アートをめぐる」という原稿です。 「名曲アルバム」は、ご存知の通りの老舗番組。その音源であるCDを、テーマ別に編集し、ヴィジュアルがいっぱい入ったマガジンをつけてあります。このシリーズの監修と、原稿をふたつー巻頭エッセイ「名曲の背景を訪ねて」と、「アートをめぐる」を担当しています。 どちらの原稿も面白いのですが、とくに熱中してしまうのが、「アートをめぐる」。 タイトル通り、その巻のテーマと関連している音楽と美術の関係を、いろんな切り口から提供する読み物です。 ピアノの巻だったら、ショパンとサンドを描いたドラクロワの肖像画のゆくえとか、ウィーンの巻だったら、ハプスブルク家をめぐる音楽と絵画を、ベラスケスの有名なマルゲリータ王女の肖像画にからめて紹介したりとか、モンマルトルの巻なら、ここを本拠にしたロートレックと、同じパリで食通として有名だったロッシーニ、2人の「食いしんぼう」ぶりを紹介したりとか。 正直、その巻のテーマによっては、取りかかる前は頭のなかが真っ白、だったりしますが、とりあえずかじっているうちに、半ば強引にでも何かが見つかる(見つける)。それが、あ!そうだったの!という快感を伴ってくれるときは、最高です。 最近、この快感が味わえたのが、「日本のうた」を扱った巻でした。 ジャポニスムのことを調べていて、北斎に圧倒され、そして北斎とセザンヌが結びついたのです。 19世紀後半、日本の開国、そしてパリ万博で爆発したジャポニスムについては、ご存知の方も多いと思います。ジャポニスムは何より美術面で影響が大きく、とくに浮世絵は甚大な影響を与えたようですよね。ドビュッシーが「海」の表紙に北斎の「神奈川県沖浪裏」を使ったことは、よく知られています。 まあ、だからといって、ドビュッシーがこの絵に触発されて「海」を描いたかどうかについては、本人がそう言っているわけではないようで、微妙なところですが。 では日本音楽が影響?と思いたいところですが、これも正直、わかっていないようです。万博で日本音楽の実演はなかったようですし。万博で上演されたジャワ音楽やベトナム劇には大いに触発されたようですけれど。 逆に、日本の作曲家のなかで、ドビュッシーの音楽に「日本的」「東洋的」なものを感じて触発されたり、他の分野の文化人、たとえば島崎藤村が、ドビュッシーの音楽に「日本的なこころ」を感じる、と言っているのは興味深く思えます。このあたりの関係を論じた、佐野仁美さんの「ドビュッシーに魅せられた日本人」(昭和堂)は、力作でした。 そんなこんなを調べながら、北斎の作品にすっかり魅せられてしまいました。あの構図の卓抜さ!独創性!尽きないアイデア!ダイナミズム!スケール!あまりにも有名な「富獄36景」もだけとっても舌を巻きますが、風景だけでなくありとあらゆる分野に傑作を描いている。しかも「富獄」は70歳すぎての作品で、数えで90歳で没するほぼ直前まで現役でした。これはピカソやミケランジェロに匹敵する業績なのではないでしょうか。我が身のなんと無知でうかつだったこと。 つくづく感服していたら、ミレニアム直前、「ライフ」誌で、この1000年に影響を与えた100人という特集を組んだなかで、日本人でただひとり選ばれたのが北斎だったそうです。なるほどねえ。 で、最終的にいちばんぞくぞくしてしまった発見は、セザンヌの連作「サント・ヴィクトワール山」が、「富獄」に影響を受けて生まれた、という説でした。セザンヌは当時としては珍しいほど日本かぶれではなかったそうですが、馬淵明子氏によると、サントヴィクトワール山の連作は、ひとつの対象を繰り返し描く点でも、単独で屹立した山を描いた点でも、「富獄」に多くを負っているそうです。連作という発想はそもそもヨーロッパ美術にはほとんどなかったのですが、それを日本美術から取り入れたのはモネ。セザンヌはおそらくモネを通じて、およそ半世紀前に成立した「富獄」のことを知ったのだろうと馬淵氏は書かれています(「ジャポニスム 幻想の日本」(ブリュツケ))。 このくだりを読んだとき、なんども訪れてあちこちから仰いだ、サントヴィクトワール山の姿が浮かびました。 セザンヌは毎日、同じ場所からサントヴィクトワール山を描いていました。彼がサントヴィクトワール山を描いた場所は、今では整備されてテラスのようになっています。同じ場所からひとつの対象を描いても、その時々で対象の姿は異なる。このような発想は、ヨーロッパ美術にはなかったものでした。 馬淵氏はこの内容豊かな本を、以下のようにしめくくっています。 「 ヨーロッパの絵画において、一点の作品に、現実から抽出した、あるいはそれを理想化したいわば「概念」を描くのだという、ルネサンス以来の考え方は、さまざまな過程を経て、ここではっきりと否定されたのである。北斎はその歴史的変革に、たしかに手を貸したのであった」 革命児、ではありませんか。 サントヴィクトワール山の連作のなかに、手前に松の木をあしらった作品があります。一本の木を構図に含めた山の絵は、やはり西洋にはなかったのだそう。「富獄」には、「甲州三嶋越」という、一本の太い木を大胆に手前においた作品があるのです。 「名曲アルバム」のマガジンは、こんな感じです。 http://deagostini.jp/nma/magazine.php
冬の夜、コンサートに出かけるのは、正直なところちょっぴり億劫です。 やはり寒いし、どうしても着ぶくれしてしまって、おしゃれもままならない。いえ、おしゃれな冬服を持っていないこちらが悪いのですが(苦笑)。 昼間どこかに寄ってからコンサートホール、というと、輪をかけて億劫になってしまいます。とくに、私にとっては資料調べのために定期的に行かざるを得ない、図書館経由で出かけるときなどは最悪です。いろいろ本を借りる羽目になるので、キャリーバッグを引きずっていくのですから。「ご旅行だったんですか?」と言われるのは毎度のことです。本を探しまわるのに、ドレッシーな格好もしてられませんしね(言い訳かも。。。)。かぎりなくふだん着に近い服装で、コンサートホールに向かうことになるのです。 今日も、そうでした。 いくつか進行中の原稿の下調べに、大学の図書館により、あれもこれもと欲張って、気づいたら6時過ぎ。あわてて、借りた本を詰め込んだキャリー~ゆうに十数キロ~をひきずってサントリーホールへ。 ああ、本とおしゃれくらい、そぐわないものはありません。早いところ、データベース化してほしいものです。 急いだ甲斐もなく、ホールに到着したらコンサートは始まっていました。チョンミョンフン指揮、ソウルフィル。なんと前半は、まさにいま調べていることと関係があった「海」だったというのに! 「お茶してきたほうがいいかもしれませんよ。休憩まで入れませんから」。主催者の方が「お茶」を勧めてくれるのも、無理もない状況でした。だって休憩まで30分近くあるのですから。 うーん。でも、「海」、聴きたいなあ。 ご存知の方も多いと思いますが、サントリーホールのホワイエには数カ所、モニターがあります。どこか、席にすわって、これを観ていられないものだろうか。 「すわるとこ、ないみたいですね。。。」 一緒に探してくれた主催者側の方が、すみません、という表情で言いました。 「椅子もってきましょう」 いえいえ、いいです。 そこまでしていただくのは、さすがに気が引けました。1階のバーにあるモニターの前に、スタンディングで陣取ることに決めます。こうなったら、ワインをいただこうかな。赤はイタリアワインで、ぶどうがサンジョヴェーゼだというので、それにしました。 ワインをなめながら、マエストロ・チョンがアップになったモニターを眺めていると、 「もう、長いですよね」 バーのマスターが、声をかけてくれました。 サントリーホールは、もちろん日本を代表するホールですが、私としてはその割に来ている回数が少ないかもしれない、という忸怩たるものがあります。ウィーンフィルのような看板コンサートに、いつも来ているわけでもありませんし。なのに覚えていていただけたのだと思うと、ちょっと嬉しくなりました。 「マスターも長いですよね。最初からですか?」 問い返すと、「そうです」と、頷きが返ってきました。 「もう、たくさん、亡くなった方がいましてね。寂しいですよ」 とくに、N響のお客様ですね。 ああ、そうか。年齢層が高いのかもしれないですね。 「あと、武満徹さんたちのお仲間。60人くらいいらしたんですよ。 ほとんど、亡くなられました」 指を折る仕草が続きました。 「武満さんもずいぶん前に、ね。よくウィスキーを召し上がっていました」 ああ、そうなんですね。 あの痩躯で、ウィスキーを口に運ばれている様子が目に浮かびました。 なにしろ、4半世紀以上の歴史のあるサントリーホールです。そこのバーのマスターならば、いろんな風景を目にされてきたことでしょう。 そんな想いに浸るのに、屋内に入るとほっとできる「冬」は、ひょっとしたら、似つかわしい季節かも知れない。 そう思えたことで、「海」のサウンドに浸りそびれた悔しさが、少しまぎれました。 後半の曲目であるマーラーの「巨人」は、一気呵成、という言葉がぴったりの、情熱的でカリスマ性にあふれた演奏。細かい瑕が気にならないまとめ方に、マエストロの才能を改めて知りました。アンコールはラヴェルの「ラ・ヴァルス」というサービスぶり。外の冷気と内の熱気との落差に、冬の夜、の醍醐味を思い知ったのでした。
「バッハへの旅」というタイトルで、バッハの故地や現地のバッハフェスティバルを訪ねるツアーをやって、足かけ12年になります。 音楽ツアーのベテラン添乗員さんにも、「ひとつのテーマでこんなに続くツアーはない」といわれて、ちょっと、いえ、かなり嬉しいと同時に、バッハの力を思い知らされてもいます。 もうひとつ、バッハの力を思い知らされていることに、このツアーで「同窓会」を開催していることがあります。 文字通り、旅の参加メンバーによる「同窓会」。初めのうちは、各回ごとにやったこともあったのですが、このところ、1年か2年に1度、「合同同窓会」と称して、全体に参加を呼びかけて行っています。 ちなみに「バッハへの旅」は合計18回、コースを変えて行う「続バッハへの旅」は合計6回、参加人数は延べ500名以上になります。「同じひとばかり見えいるのでしょ?」とよくきかれますが、いえいえ、大半が初めての方(「続バッハ」はリピーターが多いですけれど)。延べ500名が「同じひとばかり」では無理、ということは、わかっていただけるのではないでしょうか。 その「合同同窓会」も、今日で9回目になりました。 同窓会といっても、ただ集まるだけではもちろんつまらないので、毎回、演奏家などのゲストを呼んだり、メンバーによる演奏、発表を行うなうなど、工夫しています。 これまで、バロックヴァイオリンの寺神戸亮さん、フラウト・トラヴェルソの前田りり子さんなどが来てくださいました。 そして今回はなんと、あの鈴木雅明先生ーバッハコレギウムジャパン(BCJ)の創設者、指揮者にしてバッハ演奏の世界的権威ーを、ゲストにお招きし、お話を伺うことができたのです! 鈴木先生をこの会にお招きするのは、私の夢のひとつでした。 バッハの教会カンタータ全曲演奏の快挙が進行中なのをはじめ、演奏家としてすばらしいのはもちろん、お人柄もほんとうにすばらしい。 以前「バッハからの贈りもの」(春秋社)という対談形式の本をご一緒させていただいたことがあるのですが、 博識はもちろんのこと、お話が情熱的で説得力があり、泉のように湧き出てくることに引き込まれました。そして、お人柄があたたかい。 だから、BCJがここまで続いているのだと納得したのでした。 以前も、お願いしてみたこともあったのですけれど、なにしろお忙しい方ですから事情が許しませんでした(その時はたしか体調も崩されていたように思います)。今回は運良く予定があい、そして先生のほうから、「では新年会をかねて」とおっしゃってくださったので、新年早々の開催となったのです。 今回鈴木先生には、バッハやライプツィヒに関係するお話をいただければ、とお願いしました。大きな理由は、この6月に、鈴木先生とBCJが、ライプツィヒのバッハフェスティバルで「マタイ」を演奏するから。 ライプツィヒのバッハフェスティバルといえば、世界最大のバッハフェスティバルです。これまで鈴木先生&BCJも2回招かれていますけれど、聖トーマス教会で「マタイ」という宗教音楽の大作は初めてですから、期待が高まります。(今年企画している「バッハへの旅」で聴く予定です)。 鈴木先生がゲストで見えるということがポイントだったのでしょう、今回の「同窓会」、85名ほどが集まりました。ふだんは60名前後ですから、やはり鈴木先生の引力はさすがです。 オペラシティビル高層階、見晴らしのいい中華料理店。快晴の東京を見下ろしながら開宴し、30分。お酒も回ったころに、鈴木先生の登場です。BCJの合唱のメンバーでもある奥様も見えてくださいました。 「トーマス教会での「マタイ」に関係のあるお話など」とリクエストさせていただいたので、お話の中心は、ライプツィヒという街がどういう街か。そして「マタイ」が実現するまでの過程、今回の「マタイ」の演奏の特徴などについてが中心となりました。 ライプツィヒには数えきれないほど?行っている私でも、新しい発見が多々あるる内容で、興味深くききました。 たとえば、ライプツィヒには「バッハアルヒーフ」という組織が入っている建物がありますが、そこには「バッハのありとあらゆる面が凝縮されている」。つまり最上階には、バッハ研究の本拠、そして、下へ下りるに従って、博物館、さらにに一階には「ありとあらゆる種類の」バッハグッズ売り場。つまりきわめてまじめなものからきわめて俗っぽい(売り場では、「何か売れるか」真剣に考えているそうです)ものまでが同居している。 これまた何度も訪れている場所ですが、なるほど納得でした。 鈴木先生によれば、ライプツィヒは、ドイツ統一がなって再出発した時、このバッハという遺産を骨までしゃぶりつくすのだ、と決心したそうです。しかし、しゃぶってもしゃぶってもまだしゃぶりきれない、とのこと。ほんとにその通りで、笑いつつもうなずいてしまいました。 そして「マタイ」が実現するまでの経緯、について。 なんと最初は、毎年バッハフェスティバルのファイナルで演奏される「ロ短調」に登場する予定だったそう。 で、ヨーロッパまで行くとなると、1回ではモトがとれないので、そのほか10カ所ほどで「ロ短調」を演奏する予定をたて、あちこち経由して最後にライプツィヒでいざ、という日程を組んだものの、 「なんと、バッハフェスティバルの日程が変わってしまった」(よくあることです・・・)。 それで、フェスティバルのファイナルにはどうしても出られない日程になり、急遽「マタイ」ということになったのだそう。 ところが「マタイ」は、ご存知のように合唱団、楽団がふたついるなど、編成も「ロ短調」とは違います。なので、そのための人員も急遽都合した。 ところが、衝撃第2弾。「マタイの初期稿を」というリクエストがきたのです。 初期稿。つまり1727年初演稿(ただしこれは現存せず、現存しているのは1736年の自筆浄譜)ですが、これは通奏低音がひとつに統合されていて、また編成が違うのです。 というわけで、またそれに応じる編成にし直さなければならない。涙をのんで断ったメンバーもあったそう。 ほんとに大変な話ですが、一方で、上演の機会の少ない初期稿だけに、楽しみもあります。 曲や編成がところどころ違う(たとえば第1部は合唱でなく、コラールでしめくくられます)のはもちろんですが、初演場所だったトーマス教会では、なんと当時、祭壇側に小オルガンがあったそう(これも初めて知りました)で、使ったに違いない。 それを再現するのは不可能ですが、なるべく近い形にしようと、トーマス教会内の小オルガンを使用、そしてコラールを歌うボーイソプラノを、その近くに置く、という編成にするのだそうです。これは、トーマス教会でないと体験できないかもしれません。 ボーイソプラノには、トーマス合唱団のメンバーをリクエストしたのですが、フェスティバル期間中とあって「忙しい」と断られ、その代わりに、テルツ少年合唱団のメンバーが参加するとのこと。これまた、レベルが高いだけに楽しみです。 そんなこんなで、舞台裏の苦労もお話いただきながら、今回の「マタイ」の聴き所がばっちり頭に入ってしまった、貴重な時間でした。 最後に「バッハの魅力をひとことで」と無茶なお願いをしましたら、 「バッハは白いご飯のようなもの。日々欠かせないのです。カンタータ全曲演奏ももうすぐ終わるけれど、別の視点からもう一度繰り返したい。やればやるほど奥が深く、発見があって飽きることがない」ということでした。 うーむ、バッハの音楽を好きになると、頼もしい友人が増えた気がするのですが、それにも通じるところがあるでしょうか。 お話のあとは、記念撮影、そしてあとは自由にメンバーと交流していただきましたが、サイン攻めにも写真攻めにも嫌な顔ひとつなさらず、皆の質問にも誠実に、楽しく、熱っぽくこたえてくださり、先生を囲む輪がいつまでも絶えませんでした。日本人がこれほどバッハの、とくにカンタータを中心とする声楽作品に親しむようになったのは、鈴木先生の功績大と、改めて確認したひとときでした。
今年のおすすめコンサート、「一押し」と言えばひとつだけ、なのでしょうが、もうひとつご紹介。 こちらは、なかなか渋いコンサートです。歌手のリサイタルといえば、ソプラノやテノールが定番なのに、バリトン&バスのデュオコンサート、だというのですから。 実は私は、男声のなかではテノールより低声のほうが好きです。追いかけ回している歌手だって、世紀のロッシーニテノール、フローレスは別として、バスのスカンディウッツィやバリトンのヌッチといった、イタリア系低声歌手。テノールの、この世のものとも思えない声の快楽もいいですが、バスやバリトンは、もっとしみじみと心に迫るものがあります。成熟した大人の声、というのかな。複雑さもだせますしね。 バスやバリトンが好みなのは、(バスやバリトンが重要な役を与えられている)ヴェルディのオペラが好きだから、というのも多分にあると思いますが。 とはいえ、このようなパートの歌手がリサイタルをやるのはなかなか難しい、と思います。やはり、地味ですからね。バリトンがたとえばシューベルトのリートを歌うなら話は別かもしれませんが、リサイタルとなると、ヌッチや、あるいはパーペあたりのクラスでないと、脚光は当たりにくいように感じます。 そんな状況にもかかわらず、実力派のバスとバリトンによるデュオという、よく企画してくれました!というコンサートが、6月に予定されています。 出演は、バスのミケーレ・ペルトゥージと、バリトンのルーチョ・ガッロ。 ペルトゥージは、日本での知名度はそれほどないかもしれませんが、オペラファンの間では知るひとぞ知る?名歌手ではないでしょうか。ロッシーニをはじめベルカントものに向いたノーブルなバスで、スカラ、ウィーン、メトなどそうそうたる大劇場で活躍しています。 メトのライブビューイングでは、《オリー伯爵》、で伯爵の教育係を演じていました。ペーザロのロッシーニフェスティバルの常連でもあります。 日本でもリサイタルをしたことがありますが、バッソ・カンタンテというのかな、やわらかく美しいリリックなバスで、魅了されました。もちろん海外では、オペラを何度も聴いていますが、裏切られたことがありません。バルトリが主演した《ノルマ》でも、オロヴェーゾを歌っていましたが、素晴らしかった。裏切られたことがない、というのは、名歌手の条件のひとつだと思っています。 一方のガッロ。彼は新国にもよく出ているので、ご存知の方も多いかもしれません。新国では《西部の娘》、《オテロ》、《椿姫》などに出ていますね。《西部》は、メトのライブビューイングでも歌っていました。なかでとくによかったのは、《オテロ》のヤーゴだと思います。イタリア出身ですが、ドイツオペラも得意にしていますし、そのせいもあってか、性格表現がくっきりしています。加えてイタリア的な響きもありますし、貴重な歌手です。 その2人の共演。これは、とても楽しみです。 曲目はといえば、これも渋いといいますか通好みといいますか、なんと《シモン・ボッカネグラ》のハイライトである、バスとバリトンの、最初と最後の二重唱。主役2人の決裂と和解の、曲の要というべき2つの二重唱です。(《シモン》はバス、バリトン好きにはたまらないオペラですから。。。)泣けるかも。 あとは《マクベス》や《アンドレア・シェニエ》などの大曲。そして後半は歌曲と、聴き応えたっぷりです。 リサイタルは6月ですが、東京公演の日程は海外に出る予定が。かろうじて日本にいる大阪公演にかけつけようかと、迷っている最中です。 詳しくは「東京プロムジカ」さんのサイトで。 http://www.tokyopromusica.jp/concert/michele.html
あけましておめでとうございます。 みなさまには、どんな新年を迎えられたでしょうか。 激動の2011年でしたが、今年は内外ともに穏やかな年になりますよう、願わずにはいられません。 そんな今年、やっぱり私の元気のモトは「音楽」です。 いただいた年賀状で、あるいはメールなどで、「今年のおすすめは?」と何人かの方にきかれましたので、調子にのって、新年初ブログは、今年のイチ押しのご紹介を。 すばり、今年ぜひ聴いていただきたいのは、5月末に来日するヘンゲルブロック&北ドイツ放送交響楽団、です。彼は昨シーズンから、このオーケストラの首席指揮者として活動しています。 トーマス・ヘンゲルブロックに関しては、このブログでもさんざんご報告していますが、今いちばん魅了されている指揮者のひとりです。 もともとはヴァイオリニストで、アーノンクールの「コンチェントゥス・ムジクス」のメンバーだった古楽畑育ち。「フライブルク・バロックオーケストラ」の創設に加わり、その後、自分のオーケストラ&合唱団である、ピリオド楽器による「バルタザール・ノイマンアンサンブル&合唱団」を立ち上げ、オペラや古楽の分野で精力的に活動してきました。 ちなみに「(ヨハン)バルタザール・ノイマン」は、ドイツ・バロックを代表する建築家。ヴュルツブルクのレジデンツなどを手がけています。総合芸術的なアプローチでも知られていたそうです。このひとの名前をつけたところからも、ヘンゲルブロックの音楽に対するアプローチ、考え方がわかるように思います。 私とヘンゲルブロックとの出会いは、ケーテンのバッハフェスティバル。私が企画、同行している「続バッハへの旅」というツアーで訪れる、バッハのくらした街ケーテンで、2年に一度開催されるバッハのフェスティバルです。いつもとても水準の高いフェスティバルなのですが、そこで偶然、ヘンゲルとバルタザール・ノイマンの、モテットやカンタータを聴いて震え上がりました。ひとりの声で歌っているように聴こえるモテット(合唱団メンバーひとりひとりの驚異的なうまさ!)も、バッハがなじんだバロックオルガンの響きに限りなく近いカンタータの音響世界も、ほんとうに目からうろこ、という感じだったのです。 ツアーに参加したみなさんも異口同音に感動していましたが、ご自分も合唱団で歌っているある女性が、バスに乗り込むや否や「こんなの、あり!?」と呆然とした表情を見せていたのが忘れられません。 その後も、バルトリと共演した《ノルマ》(コンサート形式)、ライプツィヒ・バッハフェスティバルでの《ロ短調ミサ曲》、パリ、オペラ座でのピナ・パウシュ振り付けの《オルフェオとエウリディーチェ》など、鮮烈な経験を何度させてもらったことでしょうか。終演後、いつも思うのです。「こんなの、あり!?」 古楽がブームになりはじめたころ、その奏法で音楽の印象が変わることを、レンブラントの絵を最新の技術できれいにしてみたら色彩ががらりと変わったことにたとえた文章を読んだことがありますが、彼の場合、レンブラントというよりミケランジェロ。もっと鮮烈感が強いのです。何年か前にシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」が修復されましたが、その時の印象の変わり方くらい、あざやかに違う、という印象を受けます。けれど決して奇をてらうわけではないので(《ノルマ》で、演奏用にわざわざ自筆譜から楽譜を起こしなおしたのはよい例です)、とても納得してしまうのです。 モダンの、それも名門オーケストラの主要なポストにつくのは初めてと思いますが、今月発売になるCDもとてもよかった(メンデルスゾーン&シューマンの交響曲)。最初から最後まで、躍動的できっぱりと鮮烈なヘンゲル節が炸裂していて、退屈する暇がありません。 来日公演の曲目は、《フィガロの結婚》序曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(独奏はテツラフ)、ブラームスの交響曲第1番、と名曲中の名曲ぞろい。なんとベタな曲目か、と一瞬思いましたが、このくらいわかりやすいと、ヘンゲル節による「違い」もわかりやすいはず。ヴァイオリン独奏が、これもドイツの俊英、テツラフというのも嬉しいです。ぜひ、足を運んでみてください。 コンサート情報はこちら。kajimotoさんのHPでみられます。 http://www.kajimotomusic.com/concert/index.php?main_content_exp=546&year=2012&month=5#ja
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