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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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March 25, 2007
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カテゴリ:音楽
 「蝶々夫人」にモデルはいるか?
 そのことを探ったひとは少なくない。「蝶々夫人」が上演されるたび、プログラムにはこの種の記事が掲載される。
 今回、新国立劇場で、昨年の「蝶々夫人」が再演されたが、そのプログラムにも、このことについてとても興味深い記事が載っていた。それも、決定版?と思えるほど、説得力のある記事が。
 著者は歴史作家、楠戸義昭氏である。
 
 「蝶々夫人」のモデル探しは、ずいぶん試みられたらしい。だが長年にわたる調査は、「蝶々夫人」のような人生を送った女性がいたことを実証させられずにいる。そのなかで、蝶々夫人とは異なる幸せな人生を送りながら、蝶々さんのモデルとも考えられる女性がいると楠戸氏は言う。長崎のあまりにも有名な洋館、グラバー邸の女主人だったツルである。それは「物語の発想の基礎に長崎の美しい風景があり、物語とグラバー邸からの美しい眺めがはっきり一致するから」だと、楠戸氏は推測する。

 もちろん、「蝶々夫人」の物語のような悲劇は起こっていただろうし、ツルもそれを知っていただろう、と氏は書く。ちなみにツルは、蝶の紋を着物につけており、「お蝶さん」と呼ばれていたのだった。そして彼女は、「蝶々夫人」の原作者、ロングの姉のサラと親しかった。サラは日本に滞在しており、その間ツルや、そのほかの日本人から、色々日本の事情を聞き知っていたらしい。彼女の弟が書いた「蝶々夫人」は、サラとの共同作業だったという。
 
 結局、蝶々夫人という人物はフィクションだが、ツルという女性はその人物造型にあたって重要だったのではないか、というのが、楠戸氏の結論である。

 オペラを知れば、「蝶々夫人」のような女性が本当にいたかどうか、気になるのは当然だから、はっきりしたモデルがいない、とあってはやや寂しいかもしれない。けれど、フィクションの方がいい、と私は思う。さらに言えば、原作とオペラもずいぶん内容が違う(原作では蝶々さんは芸者ではないし、オペラよりもっとしっかり者の女性である)。むしろ彼女はプッチーニが作り出した、彼の理想の女性だったように思えてならないのだ。
 





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最終更新日  March 25, 2007 11:25:00 PM


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