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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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April 5, 2016
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 メトライブビューイングも後半戦。今シーズンの話題作、といいますか、メトとしてとても力が入っていることがうかがわれる作品を見てきました。プッチーニの「マノン・レスコー」です。

 この作品、ライブビューイングでは大分前に一度上映されています。メノッティによる古いプロダクションで、主役にはマッティラ、相手役にジョルダーニという顔合わせ。舞台はそれは伝統的豪華プロダクションでしたが、歌手は今ひとつ厳しかった記憶が。(マッティラが幕間のインタビューで、ゴテゴテ衣装のままで楽屋でやっているというストレッチを披露してくれたのは楽しかったですが。。。)というのもこの旧プロダクションは、スコット&ドミンゴによる名演が映像になって出ていることもありましたので。スコットは、今、ライブビューイング全盛のビジュアル時代には厳しいものがありますが、歌はうまいです。あと、何と言ってもドミンゴが圧巻でした。

 さて、今回は新制作。メトで「カルメン」などヒット作を飛ばしているリチャード・エアによるものです。エア自身が幕間のインタビューでも語っていましたし、事前のPRでも出ていましたが、設定を1940年代、ドイツ軍占領下のパリに変え、当時の「フィルム・ノワール」の雰囲気をめざしたとか。

 実際、とても映画的なプロダクションでした。装置や衣装もですが、カメラワークがとても映画的だった。アップはもちろんですが、実にさまざまな角度からカメラが入る。第1幕でマノンを斜め下から映してみたり、第2幕のダンスシーンでもカメラがどんどん動いて臨場感満点。あの「カルメン」の名演出を思い出しました。

 衣装もすっきり、おしゃれでした。第1幕の登場シーンのお嬢さんふうのドレスから、第2幕の愛人生活の、前スリットがぎりぎり!まで入ったセクシードレスの落差。 2幕では主役の美女ソプラノ、オポライスは終始美脚を見せつけ、それは殿方は惹かれることでしょう。うーん、ほんとにビジュアル時代です。

 エアいわく、「歌手が衣装に着られてしまうような衣装は嫌い」。旧プロダクションはまさにそうでしたので、そういう意味でも対照的でした。オポライスのチャームポイントを引き立てる衣装。

 装置もダイナミック。メトの広い空間を立体的に使い、第2幕の大きな階段や第3幕の上下に分かれた船など、見ごたえ満点です。演技も細かく、ほんとに映画をみているようでした。第2幕のマノンのダンスのレッスンのシーンでは、タンゴ?のような体をぴたりとくっつけて踊るダンサーがマノンの手ほどきをし、これでもか!とセクシーなダンスを見せつけます。

 音楽との違和感もほとんどありませんでしたが、唯一、演出と音楽の食い違いが気になったのが、上にあげたダンスや音楽のレッスンのシーン。これ、王朝時代に、貴族が愛人に「教育」をするシーンなので、音楽が懐古的なのです。王朝時代の舞曲調で、ロココ風のごてごてが透けて見える。同じ原作でやはりオペラの名作であるマスネの「マノン」を思わせる。「マノン」はかなりクラシックな風味のある作品です。(「マノン」のほうが先で、プッチーニは「マノン」をかなり研究していると思います) なので、ちょっとここは音楽と舞台の間に齟齬がありました。とはいえ、その他はほとんど気にならなかったので、演出としては成功していると思います。この時代に、いつまでもコスチュームプレイの「マノン・レスコー」でもないでしょうから。実際、生で見てみたいと思える舞台でした。

  演出と音楽の齟齬がほとんど感じられなかったのは、指揮のルイージの手腕によるところも大きいように思いました。とにかくうまいです。「マノン・レスコー」といえば奔流のような音楽、というイメージがありますが、ルイージはただいたずらに煽ったりしない。どのパートもきれいに描きながら、美しい旋律も浮かび上がらせながら、決して絶叫したり力に任せたりしない。ちょっと離れたところから物語や感情を美しく描き、収まるべきところに音楽を収めていく。だからみているこちらが出来事をリアルに感じることができる。この上なく贅沢な映画音楽、と感じてしまえるくらい(もちろんプッチーニの音楽にはそのような要素があると思いますが)。幕間のインタビューで、歌手が揃ってルイージを絶賛していましたが(スコアを知り尽くしていて、自分たちを的確に導いてくれる)、そうなのだろうな、とうなずけました。

 さて、歌手です。まずは予告されていたカウフマンの代役で登場したアラーニャに賛辞を送りたいと思います。プッチーニは得意な彼ですが、なんとデ・グリューは初役とか。かなり急に決まったようなので、2週間特訓したそうですが、見事な出来栄えでした。とくに第2幕以降は圧巻。泣きの入る甘い声、明るい色合いは、個人的にはカウフマンより(イタリアオペラでは)好みです。そしてアラーニャ、「カルメン」のホセもですが、このような悪女に振り回されてすがる男は抜群にうまいです。第2幕とか第3幕とか、我を忘れて自分を投げ出してしまうところの歌と演技の迫真なこと。うるっとさせてくれます。インタビューでも、「ほんとうは冷静でいなければならないのだろうけれど、我を忘れてしまうところがある」と語っていましたが、その「我を忘れる」ところが、2幕のラストとか3幕の幕切れの、マノンにすがるところ、あるいは船長たちに哀願するところで美点として発揮されていました。お見事です。

 考えてみればアラーニャ、不調な時期もありましたが、90年代にムーティの指揮でスカラ座で「椿姫」で成功して以来、ほぼずっとトップ歌手でいつづけているわけで、寿命が短い歌手の世界では相当な実力者です。一時「ポスト三大テノール」と騒がれていたなかで、残っているのは彼くらいですから(フローレスもそうですが、彼は三大テノールとはレパートリーも声質もちがうので外しておきます)。 

 対する主役のオポライス。ムード、美貌、演技力は抜群です。目を惹きつけて離しません。とにかくゴージャスな歌手で、以前ライブビューイングで見た「ボエーム」のミミよりこちらのほうが外見ではあっている。

 歌も、よく歌えています。技術的には問題がないし、声もよく飛ぶほうではないでしょうか。ちょっと濃いめの硬質な声で、とくに第2幕以降の成熟した女性にあっているように思いました。

 ただ、表現力という点では今ひとつ物足りない。たとえば第1幕と第2幕のマノンは別人ですが、それを音楽で表現できるまでにはいたらない(外見では十分ですが)。これから、というところでしょうか。まだ若いので、あまり歌いすぎて無理をしないようにしてほしいです。メトが「次世代のスター」として力を入れているのは痛いほどわかりますが(今シーズンのポスターも彼女ですし)、プッチーニの大曲をこれでもか!と歌う前に(次作の「蝶々夫人」も彼女)、いろんなレパートリーをもうすこし歌い込んだほうが、大好きだというプッチーニにも幅が出るような気がします。

 ちょっと気になったのは、「プッチーニは音楽がカバーしてくれる」とインタビューで語っていたこと。それは、もちろんそうです。聴いているだけでうっとりしてしまう。歌い手の旋律がもろに出るヴェルディとは違います。だからヴェルディのほうが難しいのでは、と思っていたのですが。

 オポライスの言葉をきいて、いや、プッチーニもやはり難しいのだ、と思い直しました。音楽に頼ってはいけないのです。少なくとも表現力は磨かれない。だからほんとうは、ヴェルディとか、できればベルカントの大きな役もやって、技術や、制限された様式のなかでの表現力、声がむき出しになる恐れにさらされて力をつけてから、プッチーニにきたほうがいいのではないでしょうか。

 フリットリが言っていました。「プッチーニは危険」だと。感情をさらわれてしまうから、冷静ではいられないから、と。だから彼女は自分の声の限界を考えて、トスカは歌わなかった。オポライスが冷静でない、とはいいませんが、プッチーニの音楽の魅力に揺さぶられすぎてしまうのは、やはり危険です。 

 あとの歌手では、ジェロント役のシェラットの怪演ぶりが面白かった。幕間のインタビューもいつもながら面白いです。前後しますが、とくにアラーニャの苦労話?と情熱には圧倒されました。2週間、毎日12時間ずつ練習したそうです。つまらない話で恐縮ですが、アラーニャ、英語もずいぶんうまくなり、インタビューの時の話が以前よりずっと面白くなりました。

 スターの魅力と、映画的な舞台。「今」のメトの総力を結集した「マノン・レスコー」は金曜日までです。  

  http://www.shochiku.co.jp/met/program/1516/






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最終更新日  April 5, 2016 02:11:30 PM


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