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新国立劇場の「ローエングリン」、初日に行ってきました。 当代一のローエングリン歌い、クラウス・フローリアン・フォークトがタイトルロールを歌う、今シーズンの新国立劇場のハイライト演目です。 フォークトが新国立劇場でローエングリンを歌うのは、2012年に次いで2度目。前回は、現在のプロダクション(マティアス・フォン・シュテークマン演出)のプレミエのときでした。とても評判になりましたが、その年は海外ツアーの仕事と重なって行けなかったので、今回はとても楽しみにしていたのです。 フォークト自体はなんどか聴いています。最初に聴いたのはドレスデンの国立歌劇場での「さまよえるオランダ人」(現在のプロダクションではなく、ヴォルフガング・ワーグナーの古いプロダクションの時代)。「オランダ人」のテノール役は主役ではなく脇役ですが、断然目立っていてびっくりした記憶があります。輝かしく柔らかい美声とすらりとした容姿。暗く激しい物語のなかにあって、フォークトの存在は満月の光のような明るさをもたらしていました。 以来、「マイスタージンガー」なども聴きましたが、やはり、「この役が最高!」との声が高い「ローエングリン」の題名役を聴いてみたかったのです。 念願叶って聴いた「フォークトさま」の「白鳥の騎士」(ローエングリン)は、それはそれは待ちわびただけのことはありました。 公演自体、相当な水準の高さでしたし、ほかの主役たちのレベルも高かった。エルザ姫役のマヌエラ・ウールは容姿も可憐なら(美人!岩下志麻を若くして可憐にしたような感じ)声も可憐で美しく、純粋で思い悩める姫にぴったり。明るく澄んでいますが奥行きのある声で、激しい情感の表現も上品にこなします。オルトルート役(ワーグナーオペラのおそらく唯一の悪女役)のペトラ・ラングは各地の一流歌劇場で大活躍、もうベテランの域だと思いますが、大胆不敵な魔女のダイナミックな表現は圧倒的で、メッゾにしては軽々と張る高音もお見事でした。 そんな素晴らしい歌手陣のなかで、けれどフォークトは、やはり際立っていました。 何よりその「声」です。 フォークトは不思議な声の持ち主です。ワーグナーの英雄的なテノール、いわゆる「ヘルデンテノール」ときいて想像される、しっかりしたヒロイックな声、というのとはちょっと違う。やわらかく、澄んで、明るくて、あたたかい。とはいえイタリア系の声という感じでもなく、リリカルなモーツアルトテノールのような声、つまり「魔笛」のタミーノ役にあうような声なのです。けれどそれでいて声量は自在で持続力が抜群。スタミナの配分も見事でまったくむらがありません。こんなテノールがワーグナーを歌うというのがちょっと不思議、と思ってしまうような声なのです。 そして今回気づいたのは、フォークトのドイツ語の美しさです。 今回の主要なキャストで海外から招聘されたのは5人ですが、すべてドイツ人です。だからもちろんドイツ語はきれい(なはず)なのですが、フォークトが歌いだすとその言葉の美しさの前にほかの歌手たちがかすんでしまう。そんな瞬間がなんどもありました。やわらかく輝く繊細な声の海に、くっきりしたドイツ語の輪郭が浮かび上がる。まるで、朝日が差し込んできた朝もやのなかに煙る古城を見るような美しさ。(ルートヴィヒ2世が「ローエングリン」に憧れて作った「白鳥城」のような。。。)そのくっきりした発声が、銀色の声の海のかなたへ吸い込まれていく、えもいわれぬ不思議な光景。 誰かに似ている。一夜明けた今朝、しばらく考えていて思い当たりました。ルチャーノ・パヴァロッティみたいかもしれない、と。 フォークトとパヴァロッティなんてまるで違うテノールじゃないか。そう思われる方もあるでしょう。でも、声の明るさ、美しさ、柔らかさという点では、2人は共通していると思います(フォークトはドイツっぽく、抜けるというよりわらわらと上昇する声、パヴァロッティはスコーンと抜けのいい、いかにも地中海的な声ですが) そして何より、発声のよさです。パヴァロッティのイタリア語の美しさというのも抜きん出ていると思う。彼がイタリア語を美しく話せば、そのまま歌になってしまう、そんな感じです。イタリア人歌手全盛の時代にあっても、パヴァロッティの発声のよさ言葉の美しさは際立っていたと感じます。あんなテノールは、今のイタリア・オペラ界には見当たりません(またいつもの愚痴で恐縮ですが、ワーグナーのトップ歌手にすべてドイツ人が顔をそろえる今時のワーグナー上演と、ロシア東欧アジア南米の歌手が欠かせない今時のヴェルディ上演の落差よ。。。)。得意なレパートリーが比較的限られる点も、似ているといえなくもない。 オーケストラはまだ100パーセント仕上がっていない感じですが、回を重ねればよくなるはず。テイストはモダンですが、「白鳥の騎士」が天使のような金色の台にのって天上から降りてくる登場シーンをはじめ、スペクタクル場面にも事欠かない演出は安心して見られます。まさに旬を迎えているフォークトのようなテノールが聴ける「ローエングリン」、これはやっぱり、聴かなければ損、かもしれません。 新国立劇場「ローエングリン」、上演はあと4回、平日夜は若干残席があるようです。 http://www.nntt.jac.go.jp/opera/performance/150109_006154.html
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最終更新日
May 24, 2016 12:46:49 PM
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