司法権と異物としての住民訴訟
たとえば、自治体の職員Aが自治体の財産を横領したにもかかわらず、自治体がAに対して損害賠償請求をしない場合、当該自治体の住民が住民監査請求・住民訴訟提起ができるっているのは、特に違和感ないですよね(事例1)。 じゃあ、自治体の職員Bが使ってたボールペンをうっかり壊したにもかかわらず、自治体がBに対して損害賠償請求をしない場合、当該自治体の住民は住民監査請求・住民訴訟提起できるんでしょうか(事例2)。 以下、行政内部の監督よりも司法による統制のほうが問題が尖鋭ですので、住民訴訟で代表させます。 どちらも、自治体が不法行為に基づく損害賠償請求権という財産の管理を怠っている場合であって、条文上両事例を区別する基準は何にもないんですよね。解釈論として、たとえば、事案の内容によって自治体には損害賠償請求権を行使するかしないかの裁量がある、なんて理屈が考えられるかもしれないですけど、そういう意味での裁量ってないんじゃなかったっけ。 場合によっては、監査期間徒過とか消滅時効とかで処理できるのかもしれないですけど、そもそも、自治体に何らかの損害を加えればすべてが住民訴訟の対象となるという制度自体問題じゃないかと思うんですよね。 憲法学説的には、住民訴訟を含む客観訴訟について、司法権の意義とかそういう領域で、その位置づけというかどうやって後付けするかであれこれ争いがあると。客観訴訟が本来司法権に含まれていないものとするならば、何で法律によって司法権でない権限を裁判所に付与できるのか。逆に、本来司法権に含まれているものとするならば、何で法律に定められた類型でしか訴訟提起ができないのか(たとえば、現行法上国に対する住民訴訟的な請求はできない)。かといって、客観訴訟は裁判所にあたえてもよい・与えることが禁じられていないものだ、なんていうのは結論ありきの説明概念でしょ、とかいろいろ。 いろいろ議論があるにしろ、地方自治法レベルでは、無限定に住民訴訟を認めるわけではないってのが共通認識じゃないかと思うんです。ところが、地方自治法の文言では、実体法上の損害賠償請求権が存在していてその行使を自治体が怠っていればすべて訴訟提起可能な書きぶりになっていると。 住民自治の充実のために住民訴訟を広く認めるべき、なんて論調がよく見られるんですけど、住民って言ったって一枚岩じゃないんだから、単純に「自治体対住民(全員)」あるいは「自治体-悪/住民-善」という図式が成り立つわけじゃないですよね。 住民訴訟を提起するには、実際に損害賠償請求権が成立している必要はなくって、成立していると主張しさえすれば裁判所が取り上げてくれるわけで、しかも一人でも訴訟提起できるっていうんだから、自治体の応訴負担は大変なものになりそうですよね。で、その負担は最終的には住民全員の負担になってしまうと。 それから、裁判所に事件が係属しているという事実だけでも政治的には十分利用できるんで、選挙戦の武器として住民訴訟を使うこともできますよね。 だから、住民訴訟の間口を広げれば広げるほど公益の実現がより一層進む、とはかぎらなくって、どこか適切な範囲で画さなければならないはず。 自治体に何某かの損害賠償請求権が発生していると主張しさえすれば個々の住民が住民訴訟を提起できるだなんて、直接請求を飛び越えて、直接民主主義まであと少しって感じ。 (平成14年地方自治法改正で住民訴訟の請求形態は変わりましたが)民法でいえば、無資力要件なしで債権者代位権を行使できるみたいな。 そういうことでいいのかっていうのが今回の問題意識で、結論としては何らかの制限がなければならないはずだが条文からは出てこない、なのでどう解釈すべきか、っていう問題提起です。第242条(住民監査請求) 1 普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは、これらを証する書面を添え、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。 第242条の2(住民訴訟) 1 普通地方公共団体の住民は、前条第1項の規定による請求をした場合において、同条第4項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第9項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第4項の規定による監査若しくは勧告を同条第5項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第9項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。 四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第243条の2第3項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合にあつては、当該賠償の命令をすることを求める請求