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テレビを見て、あまりの惨状に、勝手に涙が頬を伝います。 昭和39年の新潟の震災 海岸沿いの家で被災しました。幼児で2階に1人で寝ていた私は崩れた家から助け出されました。「顔の前に木が重なっている向こうから光が差し込んでいる」記憶しかありません。でも後遺症なのかもしれません。閉所恐怖症と先端恐怖症です。乳飲み子で記憶もほとんと無くても後遺症は残ってしまいました。 今、報道されている様な避難生活をしたと聞いています。 生きている。では無く「生かして貰った。」です。 有り難いと思っています。 被災された皆様、ご家族様にお見舞い申し上げます。そして 頑張ってこの難局を乗り越えて欲しいと願っています。
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最終更新日
2011年03月14日 11時46分15秒
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