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幕張本郷の小さなフレンチレストラン   サンク・オ・ピエのオーナーシェフ、中村雅信の日記ページ

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Jan 19, 2014
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カテゴリ:シェフの雑記帳

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 肉を熟成させる。と、よく言いますね。熟成には二つの意味があります。一つは布やキッチンペーパーなどに包んで、あるいはドライエージング(最近ちょっと流行ってます)といってあえて裸で肉を冷蔵庫に入れたりして、水分を抜くということです。包む場合は最初は水分が多いですから、半日くらいで布やペーパーを替えてやります。そうやって水分を抜くと当然味が凝縮してうま味が濃くなります。それからもう一つの意味は、本来の意味の熟成で肉自体が持っている分解酵素の作用でたんぱく質が分解されてアミノ酸ができてその結果肉のうまみが増し、さらに柔らかくなります。生き物は死ねば必ず最後は腐って朽ち果てるわけですからそのまあ始まりの段階ですね。


 肉の熟成のことをフランス語では、faisandageフザンダージュといいます。これは、野鳥の雉faisanフザンから来ている言葉です。というのは、伝統的なフランス料理では雉は肉が固いので十分熟成させてから料理することになっているからです。昔の本をみると「軒先につるしておいて腐って首が落ちた頃が本当に美味い。」なんて言う強烈な話も見ますが、いくらなんでも、、、という気がしますね!


 まあ、微生物や酵素の力で食品が変化することのほとんどは腐敗なんですが、その中で人間にとって都合が良いものを発酵とか熟成とか呼ぶわけです。酒もワインもヨーグルトも味噌や醤油も納豆もあるいはチーズや一部のサラミやハムなども発酵食品です。つい100年もさかのぼれば、そのメカニズムを知っている人なんて誰もいなかったわけですが、人類は2000年かあるいはもっと前から発酵食品を作って食べてきました。すべて、経験と勘と伝承に頼ってやってきたんですね。考えてみれば、納豆なんてあんなもの初めて食べた人はすごいと思いませんか?クサヤとか鮒寿司なんていう強烈な臭いのものもありますよね。ヨーロッパにもこれは絶対に腐ってるとしか思えないようなすごい臭いのチーズとかありますね。シュールストレミングというスウェーデンのニシンの腐れ缶詰も有名です。熟成や発酵は腐敗と紙一重ですから、多かれ少なかれ臭いは付きまといますね。


 で、肉ですが熟成を長いことやると確かにうまみは増します。ただし、大きな肉の塊でないと熟成しません。たとえば、スライスした肉などはいくら冷蔵庫においても、賞味期限を1週間も過ぎたらたいてい傷んで食べられません。熟成に向く肉は最低でも牛ならサーロイン1本とか、大きい状態でないとだめです。出来れば枝肉といって、骨がついたままの牛や豚半身なんかだと、熟成には最も適しています。


 先ほど書いたように、熟成と腐敗は紙一重ですから大きな肉を長く熟成させた場合、肉の表面は黒く変色して臭いも出ます。ちょっとべたべたしたり、場合によってはカビが生えたりもします。そのくらいまでやると、確かにすごく柔らかくなるしうま味も明らかに増します。ただし、食べる時には変色したり臭くなった表面は全部そぎ落とさなければなりません。業界用語で掃除するといいますが、普通の肉なら掃除といっても固い筋や多すぎる脂身を少し切り取る程度ですが、長期熟成肉の場合はかなりたくさん掃除しないと使えません。ですから、本気で熟成かけると、水分抜きと掃除で3割くらいは肉の重量が減ります。つまり、10キロ仕入れた肉が7キロ程度しか使えないわけです。つまり、たとえばキロ¥5000で仕入れた肉が¥6500以上になる計算です。かなりのコストなんですね。しかも熟成が終了したら、あとは限りなく腐敗に向かって進むしかないですから早く売りさばいてしまわねばなりません。


 コストがかかりしかもリスキーなんです。ですから多くのお店では肉の熟成を本格的にやることは少ないはずです。


 私の場合は水分抜きはしっかりとやりますが、変色したり臭いが出るほどは熟成はかけません。肉のブロックが大きくてお店がたまたま暇だったりしても、若干色が黒ずむくらいのうちにはたいてい売れてしまうか、自分で食べてしまいます。


 私の流儀は、肉の柔らかさは焼きの技術で十分に表現できる!ということです。


 今日も初めてみえたお客様が鹿のローストを食べて、「以前他で食べたら鹿肉が臭くてパサパサしていたのに、今日の鹿は柔らかくて臭みもなくて美味しかった。」と感想を訊かせてくれました。それで、私は「今でも鹿などのジビエは肉を熟成させないと柔らかくならないと思っている料理人が多いんですよ。熟成させると臭みが出るので、その表面を多めに切り捨てて料理すれば確かに柔らかくておいしいのですが、それではコストがかかるのでちょっと削ってあとはワインでさっと洗ってごまかすような仕事が多いんです。しかもパサパサなのは焼く技術もなってない証拠ですね。うちの場合鹿は新鮮なものを 焼く技術で柔らかく出してますから臭みなんてないんですよ。」と、説明しました。


 私が駆け出しのころ、一世代上の料理人の中には「鹿やイノシシなんて、ちょっと固くて臭いのが通好みなんだ。」なんて言っている人が多かったですね。まあ実に無責任な話ですよ。そういう人たちはさらに「牛のステーキの焼き過ぎは駄目だが、豚の焼き過ぎは恥にはならん。」なんてさらにに無責任なことを言っている人もいましたね。私が根っから素直な若者でそういう先輩たちの言うことを信じていたらひどいことになっていたでしょうが、あいにく自分で納得しないと人の言うことなんて聞かない生意気な子でしたから、こうして無事上手に肉を焼けるようになりました。(笑)


 少し考えてみれば分かると思うのですが、、、ジビエ料理というのは秋冬のフランス料理においてトップクラスのご馳走です。当然お値段も高いです。そういうものが臭かったり固かったりパサパサだったりでいいのでしょうか?そしてそういう食べにくい料理を喜んで食べるのが通なんでしょうか?私は素直に!!「そいつはおかしいだろう!!」と思ったんですよ。新鮮な肉なら雉や鹿でも変な癖はありません。ただ、ジビエは当然野生動物ですからもともと食用に生きてきたわけではありません。牛や豚のように品種改良されたりしてないですよね。ですから、乱暴な火の通し方をすると固くなります。パサパサになります。しかもどんな肉にも言えるのですが、焼き過ぎた肉はちょうど良く焼けた肉より臭みが強いです。その上過度に熟成させて肉を臭くしてから調理したら最悪な結果というわけです。逆を言えば、高級和牛のヒレステーキならどんなボンクラが焼いても何とかなるんですね。肉が良いから、、、。


 細心の注意を払いながら、繊細な火入れでしっとり焼きあげれば野生動物でも固くはありません。素材が生かされれば、鹿らしい風味は出てもいやな臭みは出ません。普通に素直に子供でも分かる美味しさです。実際うちの子供たちは、3歳くらいから鹿を大喜びで食べてましたよ。私は自分の子供に食べさせることでずいぶんと勉強になりました。私にとっては今でも一番手厳しいお客といえます。ちょっと手を抜くとすぐにばれますからね!その子供たちに熟成肉をきちんと掃除せずに出したら、「今日の鹿臭くて食えない」と言われました。子供は正直です。
 最近はフランスでも肉の過度の熟成はしません。私のように鮮度を生かして焼きの技術で美味しく出すというのが主流です。日本の料理人はいまだに熟成させる人が多いです。若い世代でも多いですね。臭くて固い通好み?の鹿料理を食べたいというお客も多いのかもしれません。通ぶった人のブログなどで「ジビエの癖のある味わいがたまらない!」なんて書いているのをこの時期見かけますからね、、。


 まあ、しっとりして癖もなく柔らかい鹿のローストの方が良いな!という方はサンク・オ・ピエに来てください。という話でした。






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Last updated  Jan 19, 2014 07:31:13 PM


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 madame-H@ キッシュに入れてます。 相かわらず、手間のかかるスープを楽しん…
 ゆり777@ こんにちは。 美味しそうですね~。 チキンがジュージ…
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