ロバート・マツイ（Robert Matsui）という日系アメリカ人が６３歳で死んだ。milo displastic disorder　という非常に稀な幹細胞の病気が原因だった。

マツイは太平洋戦争の勃発する数ヶ月前、1941年9月17日、カリフォルニア州の州都サクラメントに生まれた。アメリカ国防省にはマツイについてのファイルがある。

個人番号　25261Ｃ
生年　1941年
移転収容所　ツール・レーク（Tule Lake）
父の出生国　アメリカ合衆国
父の出生国　アメリカ合衆国
本人出生国　アメリカ合衆国
日本滞在期間　なし
日本での学歴　なし

マツイ生後6ヶ月の時、合衆国大統領行政命令9066号（Executive Order）によりアメリカ国民・マツイの両親とマツイは強制連行されツール・レークの収容所に入れられた。11万5000人余りの他の日系人たちもマンザナ（Manzanar）やハート・マウンテン（Heart Mountain）などの10の収容所に強制収容された。65%はアメリカ生まれのアメリカ国民だった。

裁判もなくその罪名を告げられることなく。

3年半余りを収容所で過ごし日本の敗戦でやっと日常を取り戻したマツイ一家、松井の父も母も収容所の経験について訊かれると貝になった。小学4年の時、歴史の時間に教師が松井に質問した。

「ボブ、あなたはあの収容所にはいっていたわよね、戦争中に日系人の人たちを収容したキャンプに。よかったらみんなにその時のことを話してくれる？」

マツイはその瞬間のことを振り返る。体が震え顔色が変わり口から出た言葉は嘘だった。「先生、何のことを言ってるんですか？そんなことは知りません」

授業が終わって校庭で遊んでいると友達がやってきた、仲のいい友達だった。「きみはスパイだったの？だからそこに収容されていたの？」

アメリカに生まれアメリカに育ち他のアメリカ人と少しも変わらないアメリカ国民でいながら、日系アメリカ人達に着せられた汚名。その屈辱感に塗れた経験を数多くの日系人たちはずっと長い間言葉にしたくなかった。言葉にしたら生きていく気力を奪われそうな気がしたのかもしれない。

太平洋戦争が、真珠湾の奇襲が、この理不尽な強制収容の原因ではない、とマツイは強調する。日本との戦争は単なるきっかけに過ぎない。アジア人に対する差別はそれ以前に社会を侵食していた。

1920年サンフランシスコ知事、後の上院議員、James Phalen 「中国人や日本人は真正のアメリカ市民ではない。彼らの『素材』はアメリカ市民のそれとは違うのである。我々は日本人に対して敵意を持ってるわけではないが、何しろ彼らは我々と同化しようとしないのだ。彼らの文化は我々の文化とは全く異質なのだから、失礼のないようにある程度の距離をおこうではないか」

1920年東部在住の作家、Madison Grant 「差し当たり、黒人という人種に呑み込まれてしまうような危機はないと言えよう。だが、白人種がアジア人種に呑み込まれてしまう危機は眼前に存在している。だから、白人は障壁を立てて自分達を守らなければならない」

こういった反アジア人、反日本人感情が、戦争の勃発で一気に吹き上げた。1942年2月、時のカリフォルニア州司法長官、後の連邦最高裁判所主席判事、Earl Warren 「この国で生まれ育った日系アメリカ人の方が日本で生まれ育った日本人より、アメリカの国家保障に対しての危険因子だと言えよう」

マツイは忠告する、あれからアメリカは公民権を確立し自分の過ちを認め人種差別の撲滅に勤めてきたが、今回の同時多発テロに関連してアラブ系市民に対する人権侵害が起こらないように、しっかり見張っていなくてはならない。

1981年、日系人の強制収容に関して連邦議会の調査がはじまり、1987年とうとう強制収容は間違った行為だったことが確認された。政府は正式に謝罪し生存者に対して一人2万ドルの謝罪金が渡された。

ロバート・マツイは父のもとにブッシュ（父）大統領からの謝罪の手紙を持っていった。母はこの日を待たずに逝った。

父は手紙を読み泣いた。

マツイの父の心に閉じ込められていた収容所の屈辱の記憶が堰を切って溢れてきたのだろうか。

ロバート・マツイ、1978年に連邦下院議員に選出され、ストイックな勤労倫理と経験に裏打ちされたリベラルな理念で質の高い議員活動をこなし、今年1月1日に急死するまで26年間民主党下院議員を勤めた。数少ない日系人の政治家だった。

祖国から裏切られながらも捻くれることなく政治の世界で戦い続けた静かな闘志、忘れないようにしたい。



参考
http://www.jfklibrary.org/forum_matsui.html