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かれこれ20年程前にカリフォルニアのある会社でバイトをしていた時、そこの会社はいわゆるシンクタンクと呼ばれる研究所だったが、昼休みになると会社のカフェテリアで4、5人の研究者達がどこからとも無く集まってきて、そのうちの二人が四角いテーブルの向かい合った位置に座り、二組のチェス盤を机のそれぞれの席にセットし、一方は黒を、もう一方は白を自分の方に向け、二組のセットの間にはベニヤの板を置いて、お互いのセットを相手の視線からさえぎるようにした。その二人を両側に見る形で三人目の研究者が席を取った。彼が審判で、向かい合った二人はめくらチェスのプレーヤーだった。
「さてと、黒、どうぞ」と審判が声をかけると、黒、白、黒とかわるがわる自分の側の駒を動かす。そのうち、「黒、きみトライだよ」と審判が告げる。すると、黒のプレーヤーは白の駒、つまり自分の盤の上の相手側の駒をあれこれ動かして、まるで自分のポーンの一つが相手のポーンを捕獲できるかのように設定し、そのポーンをとる動作をする。トライとは、相手の何らかの駒を取れる可能性がある状況を指すのだ。 ここで審判は「ノー」というかもしれない、ということはそこには相手の駒が存在しないのでポーンはそこに動けない、という意味だ。チェスではポーンは斜め上のこましか取ることができない、が相手の駒を捕獲できないときは斜めに動くことは出来ない。つまり、相手の駒をとらない時には直進しか出来ないのだ。 審判が「ノー」といえば、黒は自分の仮定した駒組を急遽改定して、別のシナリオを組み立てた上で別の動きを試す。 もし、黒のプレーヤーの最初の想像通りにそこに相手の駒があったとすると、審判は「黒、白のポーンをキングの4で取ったり」と発表することになる。もしかすると、それはポーンではなくナイトかもしれない、その場合は「黒、白のナイトをキングの4で取ったり」となるわけだ。キングの4とは盤上の位置だが、これが正しい呼び方だったかどうか、もう忘れた。 白は取られた駒を盤上から取り除き、この情報もとに黒のこれまでの動きを推測し、自分の盤上の黒の現在の状況を組み立てる。 こうやってチェスのゲームが進んでいくのだが、相手の動きの情報の一部しか手に入らない、限られた情報をもとに相手の動きを推理しながら自分の動きを決めるという、米軍の戦略研究を専門とするこの研究所ならではの昼休みの娯楽である。 Krieg Spiel(戦争ゲーム)と名づけられたこのめくらチェスの常連の一人は、それこそゲーム理論の研究者、ロイド・シャプリー(Lloyd Shapley)という男だった。髭面で当時60歳前後かと思われる気さくな男で、僕にも戦争ゲームの手ほどきをしてくれた。面白いのは、ゲーム理論に如何に優れていようとも、この戦争ゲームでは必ずしも勝てない、ということだ。僕は下手だったが、僕のバイト仲間の若者がロイドをやっつけるのはそれ程稀ではなかった。 さて、このロイド・シャプリーがジョン・ナッシュ(John Nash)の友人だったこと、ナッシュがこの研究所で働いたことがあること、そしてこの近くの公衆便所で逮捕されたことなどを知ったのはずっと後になって、映画「A Beautiful Mind」の原作を読んだ時のことだった。 旅行や病気に中断されないことを願って、この続きは次回に。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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