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LynnLynnLynnの日記 [全119件]
日曜日、ボストン美術館展に行ってきた。 ボストン美術館は『東洋美術の殿堂』と称され、100年以上にわたる日本美術を収集しており、海外にある日本美術コレクションとして世界一の規模と質の高さを誇っている。 曽我蕭白、長谷川等伯、尾形光琳、伊藤若冲など、海を渡った『まぼろしの国宝』とも呼べる日本美術の至宝が一堂に里帰りし、『日本初公開』。 そろそろ行かねば見逃してしまう。 予報では、いいお天気 よほど混んでいたらあきらめて、公園を散歩して帰ってくればいい。 第二の選択肢を残しておけば、叶わなくてもガッカリしないからね。 ところが、前日、相方とDVDを観て夜更かし。 目覚めたのが昼過ぎ。 慌てた慌てた… ![]() JR公園口から上野公園に入り直進すると、右手に東京国立博物館、ここだ。 うーん、科学博物館に寄って恐竜たちに挨拶もしていきたいが、今日はそんな時間はない。 ボストン展は3月20日から6月10日まで開催されているが今日まで日延べになっていた。 岡山の出張もあったし、仕事も混んでたからね。 今日観なければもう観れない。 ますばチケット、一般1,500円也。 ん? 中学生料金、高校生料金はあるが、シルバー料金はない。 私達はまだシルバーではないが、こういうのってお年寄りも多いだろうから、シルバーがあってもいいんじゃない? なぜ、ないの? さて、中に入り、まず音声ガイドを借りた。 500円。 相方は深キョンの声ではないのにがっかり 第1会場は『プロローグ』としてコレクションのはじまりを紹介して、『仏のかたち/神のすがた』『海を渡った二大絵巻』『静寂と輝き、中世水墨画と初期狩野派』に進む。 ショップを抜けて第2会場へ。 こちらは『アメリカ人を魅了した日本のわざ、刀剣と染織』『華ひらく近世絵画』『奇才、曽我蕭白』。 ふーん。 日本では観られない『スゴイもの』… 『スゴイもの』かどうかは、個々の価値観と好みに依るところが大きい。 1,500円払って惜しくないかどうか…それは全く惜しくはなかった。 仏像はとても美しく、山水画も静寂の中に川の流れが聞こえてくるよう。 『仏のかたち、神のすがた』も素晴らしく、「うんうん」と納得しながら進んだ。 『二大絵巻』あたりからは牛歩の歩みに多少くたびれたこともあってか、???…。 『吉備大臣入唐絵巻』の次に『平治物語絵巻、三条殿夜討巻』と並んで展示。 皆、説明を読みながら絵巻もじっくり鑑賞するから、なかなか進まない。 間になにか入れればいいのに… 次のコーナー『静寂と輝き』にきた時には、そのイラツキからか、あら捜し的な鑑賞になってしまった。 第1会場に展示してあるものは説明文を読んで鑑賞する類のものが多い。 ならばジャンル分けも大事だが、観やすいように分散させてもよいのでは? たしかに頭のなかで整理するには系統立てて展示してあればわかりやすいが、行列ができていまう。 系統立てはプリントで済ませて、展示は混雑回避型にすればいいのに…。 第2会場は満足。 会場に入ってすぐ刀剣の展示があったが、私の目を引いたのは、その先の染織。 要はキモノ。 能の衣装や武家の小袖や振袖。 小袖や振袖は、現代でも受け入れられるデザインで、なかなかのセンス。 「帯の位置がこの辺だから、こんな風に着てたのかな」「この着物にはどんな帯をしめていたのかな」などと当時の生活を想像。 ボストン美術館ではどんな風に展示してあるのかと考えた。 古代の発掘物のように展示してあったのでは、あまりに悲しい。 こういう柄にはこういうものを組み合わせる、というルールがある。 色が合うものでも、柄が季節的に合わないものもあるんだし…。 尾形光琳の『松島図屏風』…今回本物を観たが、写真のほうが素晴らしく感じた。 おそらく、金箔のギラギラと松の緑のベッタリ感が、大雑把に感じたのかも知れない。 ![]() 長谷川等伯の『龍虎図屏風』から、龍と虎のマスコットがショップにあったので、つい買おうかどうか迷ってしまった。 ![]() ![]() 見た目はゲーセンの景品と変わらない。 ![]() 相方がカバンにつけてくれるかな…つけてくれたら嬉しいな… 買ったところでカバンに付けるわけはなしと、思いとどまった。 買ってから拒否されたら、悲しいもんね。 その分、おいしいものを食べたほうがイイや!
最近ちょっといろんなことがあり、とうとう、数日前にぶっ倒れた 本来、低血圧なのだが、ドキドキ(ときめきではなく動揺)したりして血圧が超不安定になったりすると、こうなる。 普段の血圧の低さは、入院中にナースが驚いて測り直したほど。 前回倒れたのは3月に若手のお客さん達と騒いでいる時 私は仕切りを娘に頼んで、血圧が安定するまで 何度か娘が様子を見にやって来た。 「30分おきにまた来るよ。ノックしても返事がなかったら、よじ登って入るからね。」 どれだけ安心したことか。 先日「こりゃあ、くるわ」と思った時も娘に 娘が迎えに来るまで、店の床に横になっていた。 こういう時は汚いだなんだとかまってられない。 その時、結婚生活でも似たようなことがあったのを思い出した。 元夫は、怪我とか病気になっても自然治癒を目指す。 病院に行かないのがエライかどうかは疑問。 何かの時に検査したら「以前肝炎になった形跡があるが治癒してる」と言われたことまであるのだ。 そういう人だから、私がぶっ倒れる理由が理解できなかったそうだ。 私が、自宅の廊下で貧血でうずくまった時のこと。 「どうした?」と聞かれたが、薄れていく意識の中で身体中がチリチリと麻痺したような感覚で、返事ができなかった。 返事をしないから何もできない、これが元夫の考え方。 自分が経験をしたことのないことを理解できない人はたくさんいるのだから仕方がない。 元夫は「自分にはわからない」⇒「何もできない」⇒「何もしない」。 その結果、そのまま放っておかれた。 元夫は倒れた私を跨いで寝室に入っていった。 気がついた時、元夫は寝室で 元夫に言わせれば「具合が悪くなりそうだと思ったら、そうならないように対処すればいいではないか」。 それから10年以上経って、言っていた。 「こないだ、生まれて初めて貧血ってやつになった。お前が言ってた通りだった。しかし、運転中になったら危ないな。」 感情的な意見は持たない人だから、「あの時はごめん」なんて言葉はありえない。 私にはそういう対処法しかとらなかった元夫も、私以外の人達には「そこまでする?」というほどケアしてあげる。 誤解しないように…私以外の女性という意味ではなく、友人達。 だから周りの評判はすこぶる良い。 なのに家族には無関心。 とにかく、私は誰からも軽視されがちな性格なのだ。 クルマに轢かれそうになった友達を助けるために自分が怪我をしてしまったとしよう。 「かわいそう、友達助けて自分が骨を折っちゃうんだから、いい子」 ところが、私が同じことをしたとすると「バカだよね、他人の世話を焼けるほどしっかり者じゃないのに」 昨日書いた「愛情ですよ」と言った人に言わせれば、それも愛情表現。 でも表現法がちょっと違うよね。 いや、ちょっとどころじゃない。 愛情たっぷりの「愛すべき愛情表現」と「小バカにした愛情表現」。 他の人なら褒められるのに、私は褒められない。 「子供は褒めて伸びる」なら、性格がいいと褒められた子はどんどん自信をつけ明るくなっていき、抜けてると言われた子は何をするにも二の足を踏む「出遅れ組」になる。 これを「謙遜は美徳」と言う人がいるが、当て嵌まらない。 だって、これは謙遜なんてものじゃない。 両者の違いは評価の目なのだから。 そんな評価ばかりじゃ、輝きようがないね。 毎度々々、比較されはしないが、何か言われた時に「○○さんのことはこう言ってたよなぁ」と、自分で他の人と比較してしまう。 そして「他の人なら褒められるのに、どうして私は褒めてもらえないのだろう」「私だってつらいのに、どうしてあの人ばかりが可哀相なんだろう」と考えてしまう。 私って、そういう存在にしかなれないんだろうか、と。 小さい頃から、どこかへ行ってしまいたいと思うことがあった。 目的があってどこかへ行きたいのではなく、ただ、ここから立ち去りたいという気持ち。 ここにいても別なところに行っても必要とされないのは同じなのだが、「必要とされたいのに必要とされない」よりは、ただ単に「いてもいなくても同じ」ほうがいくらかマシではないか…。 そんなことを思ってしまう数日間だった。 とても幸福なのだが、前に書いたように、その幸福には保証がない。 翌日には不幸のどん底かもしれない。 見事なダイエットをした美人がリバウンドの恐怖におののくように、長く帝王の座にいた者が勢いのある若手に気圧されるように。 私はダイエットに成功してもおらず、帝王の座に就いたこともないけどね。
厳しい採点しか受けられないタイプっているよね? 私ってそんなタイプ。 「あの子、頑張ってるよね」的な褒め言葉はもらったことがない。 試行錯誤で頑張っても、いただく点数は減点法。 「ここまで頑張ったね 足りない分など、他人様に指摘されなくてもわかっているのに。 他の人なら「あの子も苦労してるね、かわいそうに」と言われ、私はどんなに辛い経験をしても「響かない性格だからね」なんて言われるだけならまだしも、笑い者にされることもある。。 それを褒め言葉という見方もあるが、実際はどうなんだろう? 「それも愛情ですよ」と言う人もいるが、そんな愛情をもらって嬉しい人がどこにいる? 「だってその証拠に、○○さんは常連さんだし、アフターに誘ってたし」と続くが、ただ単にからかう相手が欲しくて連れて歩くだけだとしか思わなかった。 最近は、相方のおかげで他のお客様にあまり誘われなくなったので、すご~く楽になった。 言葉の上だけとは言え、接触する場がお店しかないのだから、まだ我慢できる。 いじめられずに済むって、なんて気持ちが楽なんだろう。 何を言われても気にしない人もいるが、私はつらい。 そういう時は必ず、他の誰かと比べられてるから。 何度、悔しい思いをしたことか。 例えば、誰かの服装をメチャ褒めしといて私の服装をコケ落とすとか…似たような服なのにね。 歳が歳だからババ臭いのは仕方ないとしても、女性に対して言うことかな…? 「愛情ですよ」と言った人に言わせれば、そう言った人達は私に好意を持っていたらしい。 信じられない。 「信じられない」どころか、そんなことを言われてまで閉店後に付き合っていた自分が情けなくなった。 他の女性は褒められ、私はけなされ、その場から消えてなくなりたいと思った。 私はコメディアンではない。 他人をコケ落として笑いをとる人がいるが、ターゲットは私以外にしてほしい。 私じゃなくても、他の女性も同じ思いだと思う。 親しき仲にも礼儀あり。 ある人が「オレンジとかピンク系のシャドーをつけると色気を感じる」と言っていた。 つけてみた。 いきなり化粧を変えたら目立つから、徐々に徐々に、変えていった。 全く、気づかれなかった。 気づきもしなかっただけではなく、しばらく後で「最近、寝不足?」と聞かれた。 同じ色系の化粧品なのに誰かの化粧は色気を感じて私は腫れぼったさを感じる。 そういうこと。 要は、私は異性として見られないのだ。 みんながみんな「ママは10人いたら3番以内に入る」と言ったとしても、お世辞。 その証拠にレディ視は、していない。 ママとして店にいる時はその方が楽なんだけど、時々自問した。 それでいいの? 全員にレディとして見てほしいとは思ってなかった。 1人だけでいい、ちゃんと私の中身を見てほしいと思ってた。 レディと思っていたら、服装や化粧が笑われるようだったら、誰もいないところで言ってくれればいいのにね。 人前で言って、笑うようなことではないと思う。 子供の才能を伸ばすには、まず褒める、と何かで習った。 褒めないとやる気がでない。 褒めてやる気を出させ、おもしろいと思わせる。 すると、子供は伸びるそうだ。 子供も大人も同じ。 ぶっさいくでも、輝いている人がいる。 芸能人だって、綺麗どころだけが生き残るわけではない。 褒めて褒めて褒めて「私はスター」と暗示をかけてあげる。 するとどんどん輝いていく。 街中の輝いている人達もそう。 誰かの絶対的な支持を得て、「私は花」と思い込み、綺麗になる。 この「綺麗」は必ずしも綺麗ではない。 ぶっさいくでも綺麗になるのだ。 輝くのです。 それは安心感でもある。 私は愛されてる。 私は守られてる。 彼女達の防壁は、彼女達の涙で作られてはいない。 だからピンク系のシャドーをつけても、腫れぼったくはならず、色気を感じるのだ。
一昨日の日記に「防壁を作るなら、外の声も中の声もきこえないように」と書いた。 そして「作った本人が自ら防壁にヒビを入れるような真似はしてはいけない」と書いた。 作った本人は、普段は防壁を守りひたすら厚く厚く嘘を塗り重ねる。 重ねて重ねて、完璧な壁にしようとする。 しかし、一度一線を踏み越えると、ヒビを入れるような言動をしはじめる。 それは壁にとってはただのヒビだが、作った人にとっては真実の露見。 ついつい油断して、本音をチラつかせてしまうってわけ。 よく言うでしょ、「嘘をつくと、バレないために、もっともっと嘘をつくことになるって。 映画の続編と同じで、どんどん「嘘っぽいウソ」「子供騙し」になっていく。 嘘がちゃっちいから、ヒビも簡単に入るし、入ったヒビは壁が乾燥すると、手身近な人間…作った当人目掛けて崩れてくる。 首から下を瓦礫に押し潰されて助けを求めても無駄。 「お水ちょーだぁい」なんて言っても、だれも水をくれない。 周りの人達は彼(彼女)の言動を見て、聞いているから。 「あぁ、またいい加減なこと言ってるよ」「またいつものように心にもないこと言ってるよ」と、通り過ぎていく。 周りの人達は、彼(彼女)が壁の中にいる人に言ったことを聞き、したことを見ている。 そして壁の外にいた人に言ったことやしたことをも知っているから。 だからせいぜい、苦笑いして通り過ぎていくだけ。 壁の中にいる人や壁の外の彼(彼女)に同情してのことではない。 同情するほどの関わりもなければ、彼(彼女)に加担する関わりもない。 「身から出たサビ」と距離をおいて冷視。 DVなどでギリギリまで我慢する女性がいる。 「酔ってないときはイイ人なのよ」とか言って、周りからは「理解できない」「まだ愛情があるんだ」などと思われているが、それは違うと思う。 一歩踏み出すのが怖いだけ。 知らない世界に飛び出して行くより、この防壁の中でひっそり息を潜めてじっとしていたほうがまだマシと思っているだけ。 たとえ、彼(彼女)の嘘を自分の涙でこねて作られた壁だとしても。 踏ん切りをつけて歩きだすのを、一日延ばしにしているだけ。 諦めの境地…かな。 でも、その壁が壊れて、作った人が瓦礫から首だけ出して情けない顔で助けを求めてたら、今度は涙を流した方が笑う番だよね? 彼(彼女)の目の前で優しくニンマリ笑って、しゃがみ込んでオシッコでもしちゃうのかな。
さて、日食の話題に一段落したところで、私、日食、いきます! 最近、週末は毎週、相方のお手伝いで仕事部屋に泊まり込み。 週末といっても私のお店の定休日は日曜だけ。 土曜にお店が終わってから一緒に仕事部屋に帰って月曜の夕方まで。 相方は金曜の仕事が終われば火曜の朝の仕事までフリー。 あーあ、土曜のお店がなければ、腰を落ち着けて手伝えるのに。 何ヶ月か前に今回の「日食」の話を聞いた。 「え!真っ暗になって、日食って天変地異とかおこるんだよね?怖いから早く帰って来て!」 「大丈夫、月曜だから。俺、休み。」 少し安心した。 ところがだんだん日が近づいてくると、日食が起こる時間は早朝だというではないか。 しかも、その話を聞いた時はまだ徹夜のお手伝いはしていなかった頃。 月曜の朝に仕事部屋に行くにしても、交通機関がストップしたら、どうしよう… そんなことは起こりはしなかったが、世間知らずで怖がりの私は心配でしかたがなかった。 さて、土曜。 相方は仕事部屋でパソコンに向かい、私はお店へ。 帰ったのは深夜1時近く。 例によって、相方が駅まで迎えに来てくれていた。 翌朝早起きしなくちゃならないからと、この日はどこにも寄り道せずにまっすぐ仕事部屋に帰った。 ちょっと仮眠して目覚めたのが4時近く。 さぁ、お手伝い、お手伝い。 相方の仕事を手伝ったり、手伝ってるフリをしながら皆さんのブログにおじゃましたり…。 相方のパソコンがあるのはダイニング。 ごはんを食べながらも仕事してる。 私のパソコンがあるのは東向きの隣の部屋。 カーテンを開ければ、道路の向こうは河原で障害物はなにもなく、眺めは最高だ。 「ねぇ、ねぇ、お日様が昇ってきたよ。何時くらいになるの?」 「7時半くらい。」 「ねぇ、ねぇ、7時だよ。まだ?」 「どれどれ。」 サングラスをかけてしかめっつらでアパートの窓から空を見上げる熟年2人の前を、怪訝な眼差しをなげつけながら、登校途中の小学生が通って行った。 時々実物を確認しながら、携帯のテレビで映像も見ていた。 相方が言う。 「テレビのほうがキレイに見えるよ。」 そりゃあそうだけどサ。 日食に限らず、花火だってテレビのほうがキレイだよ。 でも実物が見たいって言うか、一緒に観たいんじゃん、デート気分でサ! 相方が、私がプレゼントしたデラックスな座椅子に陣取り、日食鑑賞を始めた。 「特等席だ!」 とはしゃぎ始めた。 ついさっきまで、テレビのほうが…なんて言ってたのに。 雲がかかっているせいか日食のせいかわからないが、急に肌寒さを感じた。 日食用のメガネは、相方が「不要」と主張し買わなかったので、サングラスと色つきガラスの二段構え。 しかもチラ見鑑賞のみ。 座椅子にデーンと構えた相方が唐突に言った。 「パソコンで何を見てたの?」 画面がどなたかのブログのまんまだった。 浮気をしている男性のあやしい行動パターン。 「俺、いくつあてはまってる?」 相方の場合、仕事が仕事だから時間はごまかせるし…数え上げたらキリがない。 そんなこんなを話しているうちに日食もピーク。 相方はデラックスな座椅子で「特等席」でご満悦の様子だが、実は私のほうが「特等席」。 相方にダッコして日食鑑賞しました!
今現在、とても幸福。 ただその幸福には何も保証はない。 それは誰でも同じなわけで、私だけ特別不安というのではないのだけれど。 この世界で、一体、どれだけの人がその一個人を必要としてくれているか、好いていてくれるか…気にかけていてくれるか。 血のつながった近親者はその人を気にかけてくれているだろう。 特に子供、そして両親兄弟くらいは…まぁ、例外もあるだろうけど。 近親者にしてみれば、その人の替えはいない。 子供が何人いようとその子はその子だけだし、もしその人に子供がいるなら、子供達にとって母親/父親はその人だけなのだから。 ところが、世の中には血がつながっていない人にも必要とされているラッキーな人達もいる。 愛情の対象として。 他の誰がどんなに傷つこうと、その人を護る。 たとえ、その防壁が嘘と他の人達の流した涙で塗り込められたドロ壁だとしても、中にいる護るべき相手は、風にもあたらず雨にも濡れず安全だ。 護っている人も護られている人も、この防壁が嘘と涙の壁であることになど、頓着しない。 する必要もないのだ。 壁の中は安全なのだから。 壁は厚ければ厚いほうがよろしい。 外で泣き叫んでいる他の人の叫び声を聞かせずに済む。 中で音楽でも流せば、一層、外の叫び声は聞かせずに済むね。 嘘と涙の壁だとわかっていても、聞かせずに済むならそれにこしたことはないだろう。 「嘘ならいらない」などと、知ったようなことを言う人もいる。 私に言わせれば、そんなものは「知ったかぶり」の戯れ言だ。 護られたことのない孤独感、寂寥感を知らない人の戯言である。 一度二度傷ついたことがあったくらいで孤独感、寂寥感を知ったつもりになり、護られている安心感に浸りきっている人の、知ったかぶりの寝言。 空威張り。 たとえ嘘と涙の防壁であっても、わざわざ築いてくれた人がいるなんて、なんと幸福なことではないか。 築いた人は、中の人の柔肌にかすり傷さえつけたくないから、わざわざ防壁を築いてくれたのだから。 こういう話に、男なら女ならというのもおかしなものだが、私は女なので敢えて言わせてもらう。 女なら護られてみたい、が本心だと思う。 これは、私が護られたことがなかったからなおさらそう思うのかも知れない。 おかげ様で、「男と女の世迷い言」的な話ならいくらでも書けるほどの経験をした。 経験が多すぎて、人の裏ばかり見てしまう。 たくさん傷ついたからといっても傷つくのがクセになってるわけではないので、やはりもう傷つきたくはない。 そのためには、得られないとわかっている期待はしないに越したことはない。 例えば、拒否されると目に見えてわかっているときは要求しない。 可愛く甘えるのが上手な人がいる。 よく「甘え上手」と言われている人。 こういう人は拒否されないのかというと、それはまた違う。 相手が拒否するかしないかのタイミングを見計らうのが上手いのだ。 くっつく時ついて、離れるべき時にサッと離れる、それが上手いのだ。 だって、もう一方がどんなに辛い状況でもあなたに用事があれば、無理は無理でしょ? そして、こういう人には断り方も、はねつけるような断り方は誰もできない。 今までの恋愛経験の中で、嘘には「ウソ」と貼紙がしてあった。 当然、そんな貼紙は見て見ぬふりをした。 だから、防壁の涙は他の人の涙ではなく私の涙だった。 壁の厚みはとても厚かったが、それは私の泣き声が洩れ出さないため。 外では楽しそうな笑い声しかしなかった。 防壁を作るなら外の声も中の声も聞こえないような壁にしなければ。 そして何があろうとも、築いた本人が自ら防壁にヒビを入れるようなまねはしてはいけない。 涙はいつかは渇く。 涙が渇いた時に壁は乾燥し、ヒビは全体に広がり、壁を築いた人に崩れかかる。 自業自得。 ざまあみろ、だ。
従姉妹に3回結婚した人がいる。 イイな、と思った。 この「イイな」というのは価値観であって、感じる人の経験や願望によって基準が違ってくると思う。 3回ウェディングドレスが着れたのねと思う人もいれば、3人も人生の伴侶となる人がいたのねと思う人もいる。 また反対に男運が悪いのねと思う人もいれば、少なくとも2回は逃げられたんじゃないのと思う人もいるだろう。 私が「イイな」と思ったのは、彼女の3回の結婚生活は男性側の裏切り行為で破綻したわけではないからだ。 2回の離婚はその他ののっぴきならない理由からだから、両者に責任はない。 離婚後お互いに干渉しない(わざわざ会うことはなかった)のは、離婚後のお互いの人生を尊重してのこと。 だから、恨みっこなし。 彼女に言わせると「みんな、いい人だった」。 彼女に言わせなくとも「みんないい人」なのだ。 一度目の結婚で子供を1人。 二度目の結婚でもう1人。 二度目の旦那様はその子と先の子と区別することはなかった。 三度目の旦那様はずっと年上の人で、彼女もそれなりの年齢になっていたし、子供はできなかったが4人で仲良く暮らしていた。 ただ歳が離れていたので、先に逝ってしまった。 私はその方には会ったことがなかったのだが、周りで誰が好き勝手していても、いつも恵比寿様のようにニコニコしていた人だったそうだ。 「最後の夫があの人だったから、他の人に魅力を感じない」と。 だからもう再婚はないだろうということらしいのだが、3回も結婚したんだからもういいじゃない、一度も結婚できなかった人だっているんだからサ。 前の2回の結婚が酷いものであれば三度目はなかっただろう。 懲りない性格というのがあるが、彼女の結婚は懲りるというよりハマるほど幸せだったのだと思う。 私が「イイな」と思った最大の理由。 それは、結婚生活が続こうが続くまいが、彼女には3人も「彼女をオンリーワン、またはナンバーワンと感じた男性がいた」という点だ。 人数で張り合っているのではない。 そういう人が存在したという事実は、とても素敵なことだ。 プロポーズされるのって、ただでさえ、難しいもんね。 今週末も相方と仕事部屋に籠っている。 相方の手伝いの息抜き、日食までの時間つぶしのつぶやき… だんだん空が明るくなってきたゾ。 あと1時間?2時間? ここで仮眠をとってしまったら、絶対寝過ごす。 寝たらアカンのです。 お腹すいた… |一覧|おすすめアイテム
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