テーマ:TPP反対(51)
カテゴリ:水のメモ
国会でもメディアでもTPPを推進する意味が「理解できない」と90%の国民が言っている。
TPP推進派が、TPPの知識を持つ国民の理解を得られないのは、彼らの目的が市場原理主義の実現であって、国民の幸福ではないからだ。 ピーター・ドラッカーは「経済は目的ではなく手段である」と喝破している。 目的を、国民が希求するものを見失ってはいけない。 国民が求めているのは自由貿易でも規制緩和でも微々たるGDP増などでもはない。 ましてや、TPP推進派が「外圧で破壊せよ」と気炎を上げる農協や医師会の打破など興味もない。 国民が求めているのは、ただ、ささやかな「国民の幸福」のみだ。 ゆえにデメリットを誠実に語らないTPP推進派が国民から支持されないのは当然だし、「国民の幸福に反していけない」と主張するTPP反対派が圧倒的に支持されるのは必然なのだが、市場原理主義者はそのことに気づく様子がない。 いや、TPP推進派の中には「自由貿易、規制緩和で経済を活性化すれば、国民を幸福にできる」という識者もいる。 だが、これは耳触りこそよいが、まさに目的と手段を意図的にすり替えた典型だ。 読んでのとおり、彼らの目的はあくまで市場原理の実践であって、国民の幸福は手段にすぎないと宣言しているのだから。 もし、TPP推進派の誰かが「国民の幸福のために、TPPや市場原理主義がいかに有効であるか」を分かりやすく説くことができれば、彼らは拍手で歓迎されることだろう。 だが、寡聞にしてそのような高説を聞いたことはないし、そもそも彼らが国民のために懇切丁寧な説明をするかどうかもかなり疑わしい。 一般にTPPを推進する識者は知識が豊富で、持論に強固な自信を持ち、反対意見にぶれない。 要するに頭が固い。 彼らにとっては、「市場原理」という主義主張を堅持することが唯一の目的であり、国民の幸福は大した問題ではないからだ。 そんな市場原理主義者の実態を端的にあらわす実話がある。 市場原理主義全盛の1929年。世界大恐慌が起こった。 世界中で失業者があふれかえり、アメリカなどは失業率25%という未曾有の国難に陥った。 当時の市場原理主義の重鎮アーサー・セシル・ピグーは、「市場に任せておけば、必ず失業問題は解決する」と豪語したが、ますます状況は悪化いった。 しかし、ピグーは自説を曲げず、ついには「経済学は間違っていない。間違っているのは労働市場のは方だ」とまで言った。 ピグーのような市場原理主義者は、アメリカや中国のように国民の90%が貧困層に墜ちて失業にあえいでも、残り10%の富裕層によってGDPが増大しさえすれば満足なのだろう。 大恐慌とまではいかないが、日本経済はかなり厳しい。 内閣府の世論調査で、現在の暮らしについて「きわめて不満」と答えた人が平成11年にはじめて10%を超えた。 平成22年度の調査でも「不満」の割合は9.3%で全く改善する様子がない。 現在の暮らしに強い不満を感じている人が国民の一割もいるということは、国が「最小不幸社会」を実現する政策を誤ったか、そもそも行わなかったということだ。 そんな状況なのに、昨日(11/18)のASEAN首脳会談で野田首相が2兆円規模のインフラ整備支援を表明した。 大震災の影響で深刻な苦境から抜け出せていない国民が数十万人いる状態で、他国を支援する余裕があるのなら、一人でも多くの国民を幸福にするのが先であり、他国への支援は後回しにするべきだ。 他国民のことはさておき、自国民をまず守る。 それの何がいけないのか? だが、なんとなくわだかまりを感じる人はマザー・テレサの言葉に耳を傾けるといい。 1981年に来日したマザー・テレサは「日本人は(当時極貧国だった)インドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです」と世界一の対外支援国でありながら国内問題を解決しようとしない日本政府を非難した。 戦争や超貧困という容赦ない現実の中で愛を実践してきたマザー・テレサの言葉は、どんな偽善者の言葉より誠実で正しい。 マザー・テレサに言わせれば国民の同意も得ず、他国の支援を確約したりする野田首相は偽善者だろう。 それどころか、国民に断りもなくで消費税増税を国際公約したり、国民に情報を隠してTPP協議参加を表明したりする行為は、主権者軽視どころか裏切りですらある。 民主主義国家の政治家が、主権者たる国民を軽視し、他国を優先させるようなことは決して許されない。 ISD条項すら知らずに「TPPバス」に駆け込んだのは、国民よりアメリカ大統領の不機嫌を恐れた愚かな首相であり、その首相に国家の命運を丸投げしたのは、自分がどの国の政治家であるかを忘れた民主党だ。 そして、こういう愚かな首相や政治家を生み出したのは、自らで考えること放棄し、扇情的なメディアに振り回されっぱなしの我々国民である。 高度成長期が終わって40年、日本政府は国民を置き去りにして他国におもねってきた。 アメリカ、ロシア、中国、韓国・・・テロ国家の北朝鮮にすら「配慮」をした。 40年間、日本はすべての国との関係を守ろうとし、結果すべての国との関係を損なった。 日本外交が失敗してきたのは、外交が下手だからだけではない。 「国民のための外交」という目的が無かったからだ。 いま必要なのは、「国民主権」の原点に立ち戻り、国民を幸福にするためでない外交方針を捨てる勇気である。 それが分からないかぎり、日本はいつまでも負け続けるだろう。 ※この記事は、池田信夫氏のブログ記事「捨てる勇気」に感銘を受けて書きました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011/11/20 10:28:36 AM
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