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カテゴリ: *高岡ミズミさん
『紅の誓約』(イラスト:実相寺紫子) 2007年7月 SHY NOVELS
中国人と日本人の間に生まれた主人公は、母の帰国に伴い日本で成長し、その後アメリカに渡り仕事も恋も充実した日々を送っていました。 ところが、父の死が知らされ、その日を境に主人公の運命は一変します。 幼少期以来久し振りに訪れた上海で、主人公は己の血ゆえに、最早この地から離れられない事を思い知るのでした… 一族の大当主が没して起こるのは、言うまでもなくお家騒動です。 父の葬儀が終ったらさっさとアメリカに帰るつもりだった主人公は、一族の長老によって足留めをくらい、まんまと長老の思惑に嵌っていく…という物語だと、ヨボヨボなじーさんの大策士っぷりに翻弄される若輩者って図式になるんですけどね。どうやらこのじーさんは、そこまで悪爺ではありませんでした。 おそらく感付いてはいただろうけど、最後まで一番身近に居てくれた孫を信じたかったんじゃないかなぁ… やっぱ、いくら直系とはいえ疎遠だったし、ましてや母親は日本人だし、そうそう理も情も伴いやしませんよ。 でも結局は、じーさんには最悪の、そして物語的にはお約束の結末に、落ち着くわけです。 で、そんな物語の華は、主人公に影のように寄り添って窮地を救い続ける、美貌の青年です。 主人公はちょいと粗忽者で、初対面の彼を女だと思い込んだりしてますが…その後、京劇の役者姿で再会した際に、胸の有無をいきなり掴む事で確認するあたり…如何なものか。 で、その青年なんですが、一族ご贔屓の京劇団の女形で、しかも「花郎」と名乗っているところに、個人的に「え?」ってモノがむくむくと湧き上がってしまいました。 そもそも京劇は、歌舞伎と同様に女形が存在していたのですが、文化大革命で弾圧を受け、その後は女の役は女優が演ずるようになったと思います。 私は数えるほどしか京劇を観てはいませんが、全て女の役は女優でした。 以前、女形復活の試みが行われていると聞いた事があって、やはり女形の魅力は女優とは全く別種の趣なので、是非復活して欲しいと熱望しています。 あるいは、劇団によっては既に女形が存在しているのかもしれませんが、まだ今のところ「京劇の女役は女形」とは一般知識じゃないと思うのです。 そうなると、主人公がいきなり胸を掴むという名/迷シーンは、存在できなくなってしまうんだけど… そして「花郎」。「ファラン」という音が字面に合って、何とも美しい印象です。 だから記憶に残ってたのですが、これはかつて朝鮮半島に在った新羅の青年組織が発想の原点かと思いました。 新羅の青年貴族たちの教育制度とか、青年による武装集団とか、美青年結社とか、宗教的意味合いを持つ集団とか、様々な説があるようです。中でも、「美貌の青年が化粧して女装した集団」っていう説もあって、これはシャーマン的な意味合いもあったらしいとか…日本でも、ヤマトタケルが女装してるし… 時代がもっと下って李朝期になると、「花郎」はシャーマンであったり、それから派生して芸人とか舞童とか、果ては男娼までいくらしいのですが… そんな、様々な意味合いを複合させた「花郎」をわざわざ名付けている意図を、あれこれ勘繰ってみると…この物語でも、「花郎」は個人名ではなく、ある集団の名…実に興味深くて、つい勝手な妄想をしてしまいました。 この物語の愉しみ方としては、実に邪道なんですけどね。 実際は、変貌著しい上海を舞台に、家督相続に伴い人間の思惑が蠢く中、秘めやかに咲く恋…というところでしょうか。 実相寺さんの、ちょっとクラシカルな画風が、良く合っていたと思います… 『弁護士成瀬貴史の憂鬱』(イラスト:水名瀬雅良) 2007年8月 ホワイトハート かつて検事であった主人公は、ある脅迫を受け、今は暴力団のお抱え弁護士という身分。 ある日突然、かつての同僚と再会して、しかも彼が押しかけ居候になってしまった為に、持病の胃炎が悪化して、とうとう胃に穴が4つ出来て、大喀血…という物語。 自分で書いといてナンですが…身も蓋もない…↑ でも、この主人公ってば災難体質…それも‘男難の相’…で、灰汁の強いのや得体の知れないのや、身の回りにややこしいのが群れてます。 で、その本命は、やっぱり押しかけ居候の、押しかけ嫁の、結局は押しかけ共同経営者の、鈍感っぷりかも…意地とか張ってないで、欲しいモノは欲しいと言えばいいし、疑問はハッキリ問い質そう! ま、これは、主人公も同様。 主人公を脅迫してお抱え弁護士にしちゃったヤ様が、実にクセモノです。 本当に獲物として狙っているのは、主人公の方なのか、それともどちらなんでしょう? って言うか、この男なら、双方手中にして飽きるまで手元で転がしてるってのが、一番似合いだけど。やっぱ最後は、双方ともポイ棄てするのかしらね? 途中から登場した金融会社の社長ってのが中途半端な存在で、得たいが知れなくて気味が悪いし、ヤ様との関りも良く判らないし…主人公を手に入れたいだけなのか、そのあたりもハッキリしません。 この二人の思惑は、まだまだ本当のところまで曝されてないと思うので、やっぱりこれはシリーズ化かな?と… 主人公の恋は、それまでの自傷気味なぐるぐるっぷりがドコへやら、成就に向って雪崩れ込んでいきます。 それまでのあれやこれやも、大喀血のインパクトには叶わないという事でしょうか。 押しかけ嫁を尻に敷いて、開業したヤメ検事務所も結構繁盛しそうだし、なかなか愉しそうな今後です。 主人公は、自分の仕事を卑下していません。いくら脅迫されたとはいえ、後ろ指差される暴力団のお抱え弁護士という仕事に、彼は真面目に取り組んでいて、遣り甲斐や喜びを実感しているあたり、なかなか現実的で強かな一面を持ち合せていると感じます。 後は、男難だけに気をつけて、胃炎を悪化させないように…そのあたりは、押しかけ嫁の手腕発揮も望みたいところです。 是非シリーズ化希望なんですけど…そうなると、物語としてはやっぱり胃炎を悪化させるような展開が望ましいトコでしょうねぇ…お気の毒。 クライマックスは大喀血…ナンてのは、恒例化しないで下さいね… 『天使の爪痕』(イラスト:奈良千春) 2007年7月 ルチル文庫 『天使の啼く夜』のスピンオフ。田宮知則の兄の、桐嶋東吾が登場します。 彼が何故、何軒もの店を経営し、夜の街で力を得てきたかが明らかにされるのですが、前作を読んだ時に、どれ程の強かな内面を持ち合せ、如何様な物語を顕わにするのか期待していたのですが、見事に覆されました。 まさか、これ程に慎重で純な心根を持っていたとは… 自分の望まぬ境遇に生まれ、でもたった一つの真実の為に心を改め、その後の人生は平凡に生きたいという主人公のささやかな望みは、ことごとく潰されていきます。 ただ、現在の決して幸福とはいえない状況が続いてくれさえすれば、主人公には十分だったのに、彼の生家はそれを許しませんでした。個人である主人公には何ら意味はなく、雁字搦めに捕らえ型に嵌め込む事だけが、目的でした。 主人公は絶望し、決して自分では開けるまいと戒めていた真実を、桐嶋に向けて開いてしまいます… 主人公の哀れさは、最初に諦めてしまう事が全ての根源になってしまっている事です。 自分の人生に対し決断できずまず諦めてしまう事を、脆弱だと卑怯だというのは簡単なのですが、子供の頃から親身になってくれる存在が無く、心の根底に何かすがれる存在や信じ切れる存在を得られないまま成長した主人公に、それは酷だと感じました。 高校に入ってようやく出逢えた桐嶋を、最早その存在を得ようとは思えぬほどかけがえの無い唯一の人とした主人公の想いは、どこまでも哀しいです。 これでもし、桐嶋が極平凡な育ちをしていれば、桐嶋からのもっとストレートなアプローチが期待できただろうし、そうなればまた別の人生が主人公にも桐嶋にもあったと思うのですが、残念ながら桐嶋も複雑な育ち方をし、その経験が独りで在る生き方を選択させてしまっていました。 だから、この物語の最後は、この二人がよく思い切って決断できたな…と、むしろ感じてしまいました。 前作の主人公田宮と、そして伊佐も登場するのですが、伊佐と桐嶋はますます険悪な関係で、顔を合わせていれば罵りあっています。 その様は田宮を挟んでの恋敵同然で、可愛くて仕方ない田宮に向ってこの件でだけは桐嶋は不満を剥き出しにします。 この物語で、唯一素直なやり取りをしているのがそんなシーンで、微笑ましいような切ないような…田宮と伊佐は、幸福になる努力を懸命にしているので…思いがしました。 そんな頑なな態度をさらしていた伊佐が、最後に桐嶋の事を「格好いい」と評価するのは、桐嶋たちの旅立ちに何よりの餞別けでした。 彼らの決断が、決して破滅的な結末にはならない事、きっと未来がある事を予感させてくれるもので、嬉しかったです。 そしてきっと、伊佐は桐嶋に対して、晴れ晴れと敗北を認めていた事でしょう。伊佐は、かつて田宮の前から姿を消したのだから…そして、その過去を払拭できる現在を、伊佐は掴み取っているのだから… 高岡さんは、シリーズの次作で桐嶋たちのその後を語るつもりはない、と仰っています。 彼らのその後は、読み手の想像に委ねられるという形で、私は良いと思います。彼らはきっと、この空の下のどこかで共に在るのだろう…という想像で私は十分です。 でも、やはり彼らを心配する声が多かった様で、同人誌という形で掌編が書かれ、それまでとは変った彼らの表情を感じさせてくれました。 彼らは旅の空の下で、二人で共に在る事実を味わっています… お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.08.23 17:26:19
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