|
カテゴリ: *高岡ミズミさん
高岡ミズミさんの、『VIP-瑕-』を読みました。
柚木和孝自身が、まず個としての存在を意識する為の、一冊だったと思います。 興信所からの電話で、幸村聡の母親が行方を捜しており、聡との同居を望んでいる事を告げられます。 和孝と聡は、厚顔な興信所と虫のいい母親に怒りと不安を覚え、改めて二人で居る時間をそれぞれが噛み締めます。 そして、聡は一つの答えを出すのでした… 前作‘蠱惑’で物語が大きくうねり出し、次なる展開は如何に…と期待させられた続編は、一見、嵐の前の静けさか、奔流に至る前の淀みのようです。 投込まれた小石が作ったささやかな波紋に、感情を大きく揺さぶられ狼狽え、その結果に打ちのめされたのは、ただ和孝だけでした。 和孝の精神的な脆弱さが、物語のこの時点で改めて露呈されています。 最初からこの物語の中に在って、ただ一人異質だったのが聡でした。 聡に、和孝に対する想いがある事は確かですが、それが本当に恋心なのか、依存からくるものなのか、判然としないところがありました。 久遠彰允の存在感を言う以前に、和孝がただひたすら久遠しか求めていない為に、到底‘当て馬’には成り得ず、存在の有無が物語の本質に何ら関わる事がないとすら思えてしまうのが、聡というキャラクターです。 聡自身、その事を十分に解っていました。だから、和孝の前から身を引いたのです。 そして、姿を消した事が、聡の存在証明になりました。 和孝は、己の孤独を痛感し、「寂しい」という感情に打ちのめされます。 どれほど自分が傲慢で残酷に、聡を精神的な拠りどころにしていたか、思い知った事でしょう。 家を出たばかりで久遠に拾われ、久遠から逃げてすぐ宮原に拾われ、そして聡を拾った和孝は、実は本当の孤独という事を知らずに来たのです。 聡によって精神的に依存する事を覚え、その存在を失って初めて「寂しい」という事の意味を解って、改めて個としての己と対峙する事になります。 結局、和孝は久遠しか要らないのです。 でも、その久遠に対するには、和孝自身の存在がまだ確立されていませんでした。 聡という逃げ場を失って、もう和孝が対する相手は久遠ただ一人しかおらず、その為には精神的な自立が必要だったのです。 和孝の心が味わった瑕が覚悟をもたらせ、確固たる個として存在できた時、真の意味で久遠と対峙する事になるのでしょう。 そしてその時が、この物語の帰結になるのだと感じています。 物語は、久遠の周囲で大きく蠢いていく事でしょう。 新たに加わった津守の存在で、その意味を深めた宮原。 今回はおとなしくして、秘かに力を蓄えているだろう田丸慧一。 次回こそは、姿を現すに違いない白朗。 そして、やはり瑕付きながら、自ら立ち上がろうとしているだろう聡の行方。 その全てを、目の当たりにするだろう和孝自身の、その軌跡。 次なる展開を、愉しみにしたいと思います… 『VIP-瑕-』 2008年5月 ホワイトハート 高岡 ミズミ * 佐々 成美 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.05.16 17:50:48
[ *高岡ミズミさん] カテゴリの最新記事
|