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カテゴリ: *夕映月子さん
夕映さんの、デビュー作。 山を愛する男たちの物語。 本格的な登山を趣味にしている主人公は、出向先で、登山家としてかねてから憧れていた 男と出逢い、声をかけるが冷たくあしらわれてしまう。 主人公は、かつて、男の叔父で高名な登山家と交わした約束があり、 拒絶されても男への関心を消す事が出来なかった。 休日、主人公が訪れた奥秩父の岩壁に、やはり同じく男も登りに来ていた。 それがきっかけとなり、徐々に知る事となった男の内面は、深い孤独を抱えていた… 主人公は、明るく前向きで、芯のしっかりとした好青年。 相手の青年も、優秀な営業マンであり、社会人として他者からの評価は高い。 そんな青年が、主人公にだけ顕わにした感情の元は、心の深い傷が原因だった。 結局、共通の趣味である登山が二人の距離を縮め、技量の確かさがお互いを認めさせた。 そして青年は、自分の傍らに主人公が居ない事の淋しさを自覚し、 改めて主人公に対して素顔を晒せるようになった。 主人公は、青年に対して登山家としての尊敬があり、同年ながら当初は畏まっていた。 やがて、お互いが認め合い、在るが侭で居られるようになって、言葉遣いも態度も改めた。 お互いを知って、人柄も心根も技量も認め合い、同等に並び立った二人の関係がとても清々しい。 それが、恋を自覚した時、相手を真剣に想うゆえに臆したのは主人公で、 己の心に率直になったのは、むしろ青年の方だった。 二人の距離が徐々に近付き、心の触れ合いが深まり、想いが徐々に深まる様子が、 物語の展開に沿って無理なく自然で、その恋心の戸惑いや切なさが、じわっと沁みた。 夕映さんご自身が、登山をご趣味とされておられるだけあって、山の描写が美しい。 ことにクライマックスの、穂高稜線縦走の描写は、印象深い。 以前、新穂高温泉に連れて行って貰った事があって、その時ロープウェイで上がった 西穂高山頂展望台での眺めは、それは素晴らしいものだった。 冴え冴えと抜けるような冬の青空に、雄大な穂高の峰々が連なり、その先に槍ヶ岳が峻烈に聳え、 遠く白山連峰まで見渡せたパノラマの、その清廉な美しさを思い出しながら、 この物語にとってのその存在は、青年の叔父だと感じた。 主人公と青年の胸の奥深く、核のような処に永遠に、叔父は在り続けるのだろう。 登山とは縁がなく、名峰の真の姿を知らないから、作中に表れる「西穂独標」や 「ジャンダルム」を検索して、その画像だけで背筋をゾワゾワさせてしまった。 彼らが縦走したルートを画像で辿って、ただただ険峻な、踏み込む足場も危うい崖際の連続に、 そこを共に行く彼らの、命懸けの絶対的な結びつきを強く思った。 共に、空に一番近い場所を辿りながら、彼らも互いに永遠の存在になるのだろう。 清々しく美しい物語だった。 『天国に手が届く』 2010年12月 ディアプラス文庫 夕映 月子 * 木下けい子 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.08.13 14:50:49
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