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優樹瞳夢の小説連載部屋

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2008年07月05日
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カテゴリ:小説
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Red Vapors #61 A Grand Final of Red Vapors(Last)

  最終話

 大勢の警官が厳戒態勢を敷き、看護士がドタバタと走り回る廊下とは裏腹に、病室はやけに静かだった。
 中にはコウとキヨラがいたが、その春のぽかぽかした日差しの入る室内で、だが彼らは通夜のような顔でベッドを見つめていた。
「ついて来てみろ。オタル」
 そう言って彼を連れていった先は、ジェイクの病室。

「……どんなだ」
 アキラは訊ねる。
 そこに眠っているのは、無論ジェイクである。顔面蒼白で、ミイラ男のように包帯だらけ。それから、シーツのふくらみ具合から考えても、腰から下が『ある』ようには見えなかった。
「大丈夫。『まだ』息はあるわ」
 キヨラはそう言ったが、枕元の心電図は動いてるんだかどうなんだか、よくよく目をこらさなければ分からないほどだった。

 無理もない。地上スレスレで敵と正面衝突して、立て直す暇もなく墜落したのである。相当なダメージを受けたはずだ。それが証拠に、彼の黒いグリフォン――バドは即死だった。ライダーを守るためにわざと胴体着陸したらしく、四肢もバラバラ、首周りなど原形も留めていなかった。

「……そうか」
 アキラはため息まじりに返事し、「入れよ」
 と、オタルを促した。
 彼は居心地悪そうに、おずおずと中に入ってきた。

「仲間だったんだろ? 声でもかけてやれ」
「…………」
 すると彼は自分からジェイクに近づき……何かを口にしかけてやめた。まぁ、こんな状況で言葉など見つからないのだろう。
 その、ほとんど死人のような顔を、見ていられない、といった様子で彼は目を背けた。

 と――。

『ピピッ』
 不意のことだった。
 心電図が唐突に小さな電子音を発したのである。
「……!!」
 その場にいた全員が、驚いて一斉に顔を上げた。
「ジェイク!」
 アキラは枕元に飛びつく。
「俺、メグミちゃん呼んでくる!」
 コウが飛んでいった。
 キヨラは慌てたように点滴の量を調整し、それからオタルは所在なげにそれらの光景を見つめていた。

「……アキラ、おまえなのか……?」
 だが、ようやくか細い声を出したジェイクの目は、こちらとは微妙に視線が合っていなかったのである。
 目が見えないのではないか、と想像させた。

「ああ、俺だ。目が覚めたか」
「おまえさ……あれからどうなった……。負けたんじゃねぇだろな……」
 そんなことを訊いてくる。
「勝ったさ。当たり前だ。俺を誰だと思ってる。……全部終わった」
 少しでも彼の意識を引き留めようと、アキラはやや大きめの声を出した。

「……そうか。……やったじゃねぇか。……これでようやく俺も……大手を振って飯が食える……」
 それでも彼の声は、急激に、耳をそばだてないと聞こえないほどに小さくなっていく。

「ああ! この際だから何でも奢ってやる! 何がいい……!?」
 ジェイクと交わしていた、朝食を奢るという約束。それが叶わぬ夢であることくらい、アキラも分かっていた。
 そしておそらく、ジェイク自身も。
 だがそれでも、演技し続けるのが優しさ、ということもある。

「……あんな……? ……目黒の本町大通りにさ……ステーキ屋があんだよ……。30分でいくらか食うと……タダになる店。……そこがいいなぁ……」
 彼の声はもう、口を動かすのもやっと、といったふうだ。
「ああ。じゃあ、そこに行こう。それに、デザートと酒もいるな?」
「…………」

 だがその後、彼の返事は十数秒以上も途切れ……。
「……次に……夜が……明けたらな……」
 それが彼の最期の言葉だった。

 心電図が再び機能を停止し、
「午前10時32分、臨終確認」
 キヨラの言い方は、ようやくビジネスに徹しているようにも聞こえた。

 それからしばらくは誰もが何も言えず、ただ立ち尽くし、その場が永久凍土のようでもあった。
 静寂は随分と長く続いたかのように思えた。
 あるいは5分以上、部屋の中にあるのはチクタクという時計の音と、廊下から漏れてくる人の走り回る音だけだったかもしれない。

 その静寂を破ったのは……意外にもオタルだった。
 彼は何か決心したように、突然その場に土下座したのである。

「……!?」
 何事かと思ったら、彼は床に頭をすりつけ、
「頼む! 僕が刑務所に入ってる間、残った奴らの面倒みてやってくれ! もしかするともう出られないかもしれないけど……でも、それでもあえて頼みたいんだ。お願いだ……!」

「…………」
 それを聞いてアキラは、彼の考え方が少し分かった気がして、ため息をつきたくなった。

「頼むよ! 他に……頼る人もいなくて……このままじゃあいつら、野垂れ死になんだ!」
 頼みたくなる気持ちはともかく、何となく彼の頭の下げ方を見て、少し違うと思った。彼にとって『人に物を頼む』という行為は、一世一代の決意とともにやるものなのだ。

 だから……。
「……おまえ、人を見くびるのもいい加減にしろ!」
 少しだけ、声を荒げずにはいられなかったのである。
 途端、オタルは竦み上がった。
 こちらが何を言いたいのか分からなかったようで、彼はしばし黙った。

 アキラは自分がイライラしているのが分かって、それが抑えられない自分に余計イライラして、だからオタルから目を逸らすように、出口へ向かったのである。

 ただ、ドアを開ける直前、
「すまんが、こいつを部屋に連れてってくれ」
 と、キヨラに言付けるのと、それからもう一言は忘れなかった。

「おまえが俺の立場なら……、頼まれなきゃそんなこともしないのか!? 土下座して頼むとこじゃねぇだろ! 俺達は……言われなくてもそれくらいやるさ!」

 それっきり、アキラはもう彼の顔を見なかったものの、最後に彼の顔がパッと喜んだことは横目でも分かった。
 ――人は、何だかんだ強がったところで、誰かとは支えあっていなければ生きていけない。
 ふと、そんなことを思った。


   エピローグ

 病院の屋上駐竜場でルプーに駆け寄ると、彼はパッと顔を上げた。
「終わった!?」
 いの一番に、彼はそう訊ねてくる。
「……ああ。終わった。おまえも……今までよく頑張ったな! 事件解決だ」
「うん!」
 嬉しそうにほおずりしてくるので、アキラはなるだけていねいに首筋を撫でてやった。
 味方も大勢死んだし、捜査本部全体の雰囲気として騒ぐどころではないのだが、それは顔には出さないようにした。
 ――せめて、喜ぶところは喜びたい。
 事件はたしかに終わったのだ。

「おーい! アキラ! 飯だ、飯!」
 不意に、コウが駆けてきた。
 たくさんのドラゴンが駐竜されているそこを、縫うように走って来る。
「おう! なに食う?」
「武山警部が寿司おごってくれるって!」
「なに!? タダ飯か!」
 途端、アキラは目の色を変えた。

 それから、そのすぐ後ろから、メグミが階段を上がってきて、
「あのー。そろそろ集合時間なんですけど……。ご飯の前に本部の解散式がありますんで、出席してくださいね」
「あ、りょうかーい!」

「みんな、ちょっと待って!」
 それにキヨラが、カメラを持って走って来て、「記念撮影やるわよ! ほら、メグっちも並んで!」
 と、メグミの背中を押す。
「ええ!? こんなところでですか!?」
「当たり前でしょ! 大きな事件が終わったんだから、撮らなきゃ!」

 彼女の言い草に、アキラはハッとした。ようやく少しだけ嬉しくなってきたのだ。
 まだまだこれから取り調べや裁判が続くとはいえ、犯人逮捕にはこぎつけた。多大な犠牲を払いながらも、自分達の役割だけは果たしたのだと――。

「記念写真にはちょっと色気ない背景だなぁ」
「いいのよ、アキラ。後ろにドラゴン並べるんだもん。背景入んないって」
「よし! 俺様をハンサムに撮れなかったら、キヨラの奢りな」
「あー、コウは無理! 眉毛の塊しか写んないって」
「だぁら眉毛ゆーな!」
「あ、じゃああたしはここで……」
「メグっちそこ遠慮しすぎ! 入んないよ!」

 キヨラがみんなを並べるのに四苦八苦していると、後ろのドラゴン達――ルプー、ヴァルド、オズの3匹が、何事かとレンズを覗き込んで来た。
 それでちょうど全員がフレームに入ったようで、チャンスとばかりに彼女はタイマーをセットした。
 大急ぎでこっちに走ってきて……。

「うわっとっと! ぎゃー!」
 と、何もないところで突然けっつまずき、みんな丸ごと押し倒してしまった!
「うわ!」
「きゃー!」
「いてぇ!」
「ガアアアアア!」
 ちょうどそこでパシャリ。

 その日は、晴れだった。

おわり

今までお読みいただき本当にありがとうございました!^^
これまでの連載はこちら↓です。
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最終更新日  2008年07月05日 21時00分15秒
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