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カテゴリ:小説
うさぎ探偵! PROF.2 臭い物には乾杯(1)
01 街に冷たい風が吹き始める11月終盤になると、世の人は2種に分類される。 目先の敵に矛を身構える者と、さらにその先の未来を見据える者である。 具体的にいえば、期末試験のためにしっかり勉強する奴と、冬休みのことしか頭にない奴だ。 んで、目の前にいるこのコギャルどもはどうかってぇと、どう見たって前者には見えなかった。 なんせ今いる場所が場所で、やってることがやってることだからね。 ライダースーツに身を包み、端麗な眉をなびかせる(一見)美少女の佐々木愛菜(ささきまなな)。 それから、その後ろを、親のあとを追う仔ペンギンのようについて回る、テケテケちんまり由川萌子(ゆかわもえこ)。 「ねぇ、愛菜、ホントに飲むの? それ……」 場所は小田原城下町。 駅から少し離れた商店街の脇にバイクを停め、彼女が手に持っているのは、単なるジュースの缶だった。 「何言ってるの、そのためにここまで来たんじゃん。ちゃんと写真撮ってよ。飲んだっていう証拠になるんだから」 「う、うん……」 不審がる萌子に、愛菜は何を今さら、とコンパクトカメラを手渡す。 萌子の反応は無理もない。 なんせ愛菜の缶。ラベルに《うこんサイダー》とか書かれてたりするのだ。 いわゆる、クチコミで有名な『アレな奴』である。 しかも、それを飲む『だけ』のために、都内からわざわざやって来たというのだから、気合いというか馬鹿々々しいというか。 「好きにやらせとけよ! 気にしてやるだけ時間の無駄だ」 だが不意に、女子高生2人組だけのはずのその場に、男の声がした。 「だって、うんこサイダーだよ!? お腹とか壊したりしないのかな……」 返事をして萌子が目を向けたのは、背中のリュックの中。 「うこんだよアホ! それに、仮に奴が死んだとしても、馬鹿が1人減って人類の進化に貢献するだけだろうが」 そう言って、ひょこっとリュックから顔を出したのは、何とうさぎだったのである。 茶色くて、ふわふわで、耳が長く、ちょっと偉ぶった表情の小動物。 「えー!? 愛菜が死んだら困るよ! あたし、帰り道知らないんだから!」 「心配するな。俺が知ってる。電車での帰り方はヤフー路線で調べてある」 「あ、そなの? それなら……」 萌子は手で小槌を打ちかけ、「って駄目じゃん!」 と頭を抱える。 「……ははは」 その反応を見て、そいつは苦笑したのだった。 つまるところ、普通のうさぎがしゃべってるのだ。しかもネットも使いこなしているらしい。 無論、周囲を通る通行人の人達はギョッとしてこちらを見つつ、ボソボソと噂して行くのだが、当の萌子はうさぎがしゃべるなんて普通のことだ、という顔をしていた。その辺り、この少女ももう駄目かもしれなかった。 彼の名は紋次郎。 この萌子のペットだ。胸にぶら下がるスピーカー形のペンダントは、飼い主いわく『バンダイで開発されたうさぎ語翻訳機の試作品』。少なくとも彼女自身は、紋次郎としゃべれるのはそのおかげと信じているようだ。 だが彼は本当に人間のようにふるまうので、たかが機械を取って付けたくらいでそこまでできるモンなのかは分からない。 「ぐわぁ! まっずー! この会社、こんなもん作っててよく倒産しないわよね~」 萌子と紋次郎の会話も聞かず、愛菜はうこんサイダーを飲んでいた。そんなに美味しくないなら飲まなきゃいいと思うのだが、実に楽しげである。 「おまえみたいなのが買うからだ!」 「愛菜ちゃん、お小遣いもったいないよ。もっと有意義に使おうよ」 「何言ってるの萌子! お金を回さなきゃ日本経済は成り立たないのよ!」 佐々木愛菜。 ワケ分からなすぎ……。 こういうことにだけ目の色を変える親友の姿に、萌子は我知らず、ため息などをついていたのである。 *** この少女。 日本全国津々浦々の奇品珍品をバイクで収集するのが趣味で、とりわけゲテモノじみた食べ物が大好きという、かなり人生爆走気味の女の子だ。なまじ顔だけはモデルみたいに端正であるだけに、余計タチが悪い。 それにいちいち付き合う萌子も、人がいいというか友達を選ばないというか。彼女と幼なじみだったのが運の尽きだ。 場所を少し変え、小田原城裏手。 目抜き通りを抜けた外れにポツンとある《喫茶・人生の山場》は、彼女の第2目的地。 店内はカントリー調のいい雰囲気なのだが、昼時だというのに他に客は1組しかいない。 それもそのはずで、そもそもメニューがおかしいのである。 悪魔の毒々シスターズ 魂(かたまり) ムーミンらしきもの 寝言は寝て言え アルミ缶の上にアルミ缶 ギニュー特選隊 最後の晩餐 全品値段適当 ――メニュー、全く意味なし!!! 萌子はかなり激しくツッコミたかったのだが、自分がそういうキャラじゃないことは理解していたことだし、何も言えなかったのでなく言わないであげたのだと、自分を信じてあげることにした。 店の壁の目立たないところに、長年の風月ですっかり黄ばんだ紙が張ってあり、そこにようやく『トーストセット500円』という字がうっすーく残っているのを見つけなければ、自分はきっとムーミンらしきものを泣きながら食べただろう。 「えーとね、えーとね! これとこれとこれと……やっぱ最後の晩餐は最後よね!」 愛菜は、久しぶりに少女に戻りました、という顔ではしゃいでいる。 「おまえメニュー制覇する気かよ! とりあえずアルミ缶いっとけ!」 何だかんだいって紋次郎も楽しげだ。テーブルの上に乗って、メニューを覗き込んでいる。 どうやらブルーデーなのは自分だけらしい。 と――。 「ねぇ、やっぱうさぎしゃべってるわよね? あたしの幻覚じゃないわよね?」 「そ、そう見えますけど……でも集団幻覚かも……」 「おまえ達、他のお客様の話はやめないか」 「いや、でもホントにしゃべってるぞ? ロボットかな?」 「着ぐるみじゃないのか?」 「中の人ちっちゃ!」 和やかに談笑していた隣の客が、不意に黙ったかと思うと、急にひそひそとこちらの話をしだした。 彼らはこの店のもう1組の客で、男性3人女性2人の取り合わせ。全員が20~30歳といったところ。中央にいる小太りの青年がやけにふんぞり返っていて気になった。どこぞの金持ちのお坊ちゃんといった風体。 1人が付き添いの執事、残りは友達のように見えた。だが執事っぽい人が女性を『おまえ達』と呼んでいるので、彼女らも実はメイドさんかもしれない。(今の世の中、本物の執事だのメイドだのが、その辺にゴロゴロいるとも思えないが) 当然、紋次郎はすぐに彼らの会話に気づいたのである。 ほっときゃいいのに、いつものようにガンと胸を張って啖呵を切った。 「おい、おまえら! 人前でこそこそといい度胸だ! この十字額の紋次郎、生まれながらの鉄砲玉! 痩せて枯れても女子供に手ぇ出しゃしねぇが、裏の輩は話が別だ。知らずの所業は1度許すも2度はねぇ。さぁ! お天道様に顔向けできるってんなら、堂々と名を名乗りやがれ!」 背後に花吹雪とか舞いそうな感じで。 うさぎのくせに。 相手方はしばしポカンとしたのち、 「大変失礼しました。私どもは《変な味巡りの会》と申します。会長はこの曲垣俊太郎。私は付き人の沢口です」 執事風の男が、流暢な抑揚で挨拶した。ビジネスに慣れている様子を伺わせた。 それから彼は、自分が会長と呼んだ人物の方を向き、 「俊太郎様、ご挨拶を」 と振り返る。 だが。 「…………」 当の俊太郎は頭をフラフラさせていて、何も言わなかったのである。 「俊太郎様……?」 と、次の瞬間。 ゆっくりと彼の身体が傾いたかと思うと、椅子から落ち、派手な音をたてて倒れてしまった。 受け身もとらず、床に頭から突っ込んだように見えた。 「俊太郎様!?」 「お客さん? 大丈夫ですか?」 沢口さんと店長が慌てて駆け寄る。 「ね、ねぇ、何があったの?」 愛菜は必死でメニューを見てて何も聞いてなかったようだ。 「さ、さあ……」 だが萌子にも何も言えなかった。 ふざけてるのかと思ったのである。 つづく こちらも絶好調連載中!! 公式HP お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年10月26日 00時25分12秒
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