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Hassysanta

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January 28, 2012
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カテゴリ:あれこれ気になる
日本軍兵士の証言

昨年、“NHKラジオ深夜便”で「戦争インタビュー・アンコール」を聞いた.
タイトルは「その時 私は“鬼”となった」
元日本軍兵士、近藤一さんの話。

夜なべ仕事を終える頃でとても眠く、最初はぼんやり聞いていたが、次第に話に引き込まれ就寝予定時間が1時間遅れてしまった。

早速次の日この本↓を注文した。




20~30年前に、仕事先の先輩(戦争体験者)から聞いていた話と一致していたのだ。

何かのはずみで
「戦争で敵を殺ッたことありましたか?」と、言う話になり、
何故か、たんたんと喋ってくれたのを思い出す。
彼は見るからに優しそうな人で、そんな事をしたとはとても信じられない気持ちでかなりショックだった。

「中国人を処刑した事があります。銃剣で突きましたよ」

「小屋の前に並びました」

小屋と言うのはもちろん、問題の従軍慰安婦あるいは討伐の民家でのおぞましい場所。
当時の兵隊は『民家を襲撃し女狩りをやった』そうだ。

この本では特に以下のおぞましい出来事が強調されていた。
『輪◯のあと殺さずに、あとで弄ぶ為に女を裸にして行軍に連れ歩いた。
女には赤ん坊がいて山歩きで女は次第に衰弱してきた。
そこで一人の兵士が『邪魔だから」と言って谷に赤ん坊を投げ捨てたら女も後を追って身を投じた。そして、兵士達が笑っていた』と。

「私は強◯は1回だけだが、人は数十人殺しました」と、NHKの放送で流れた。
91歳になる近藤さんはあちこちで講演をしているという、貴重な戦争の生き証人。

ボクももう少し大人であったなら父親からいろいろ聞きたかったが、
18で家を出て以来しばらくは戦争の事などほとんど考えもしなかった。


近藤さんも最初は沖縄戦から喋りだしたようだ。
中国での卑劣きわまりない不名誉な告白はそう簡単に出来る物ではない.
“今だから”だろうが、勇気ある告白である。
今となっては戦争体験者は稀少であり、それも当時若かった下級の兵士のみ。したがって、近藤さんも指令部の戦略や戦況については殆ど無知のまま命ぜられるままに前線で戦ったという.


復員後、やっと復興再建の活気ある平和な日々がおとずれたが、家族はもちろん、他人にもそんな体験談ができる訳がない。
ところが、戦友会になると自慢げに話し合ったそうだ。
「俺は何人強◯した」とか「何人チ○ンを殺した」などなど

死臭ただよう戦地で自分も次の瞬間殺されるかも知れない究極の緊張状態、
帰国など出来そうにもない絶望感、そう言う状態が数年続くと通常の人でも狂気が芽生えるらしい。

現在の沖縄でしばしばアメリカ兵による強◯事件が起こっている。
戦場でなくてもその傾向はあるのだ!

勇猛果敢、お国のため、などといっても現場でやっている事はおぞましい殺人鬼、愉快犯、レイプ犯だ。











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最終更新日  January 28, 2012 05:06:34 PM
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