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ニッポンとアメリカの「隙間」で、もがく。

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2005.08.10
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カテゴリ:仕事
6月末に花屋の仕事がなくなって、キャリア面では何となく宙ぶらりんになっていた。
自宅で花を教える仕事は続けているが、じゃあ、これを学校組織にまで発展させたい
とまでは思っていない。あくまで、今の規模とペースが心地よい。
花屋を持とうとも思わないし、フリーでウェディングや生け込みの仕事を定期的にやろうとか、
そういう風にも考えていない。でも、この先ずっと、細々と自宅で花を教えるだけじゃ
何だか物足りない。じゃあ、どうしたいの???といつもの堂々巡り。

そんなところに、訳書が出版された。
これまで翻訳の仕事って、あくまで副業というか、小遣い稼ぎぐらいにしか捉えていなかった。
翻訳の仕事を始めて10年になるが、通常は受注先から依頼される内容を
明日、明後日の納期で、内容もよく吟味できないまま追われるように仕上げるということが
ほとんどだからかもしれない。
だが、今回、訳書が世に出て、翻訳の果たす大きな役割というものを改めて認識した。
英語が読めない人、読めても時間がないから日本語で読む方が楽な人にとっては、
日本語に訳された本が役に立つ。日本語に訳されることによって、一部の人しか手にすることの
なかったであろう本が、多くの人によって読まれる。
それが翻訳という仕事の「意義」だと、初めて感じたのである。
これまでも同様の意義を感じていないわけではなかったが、
これまでは、私の訳したものを目にする人というのはその当事者だけで非常に限られていたので
今回ほど実感がなかったのだろう。

英語の本を翻訳するということは、英語圏の国の文化を伝えるということであり、
それは日本の人にとっては新たな考え方を伝えるということになる。
私自身、アメリカには腹立たしい思いをしたことも多々あるが、それと同じぐらい、
アメリカの文化やアメリカ人のモノの考え方に救われたこともある。
それを翻訳という手段で日本の人たちに伝えることができるとしたら、それは
私がかねてから仕事を通じて実現したいと思っていたことなのではないだろうか。

幼い頃に海外生活を経験したこともあって、陳腐な言い方ではあるが、
日本と海外の架け橋になるような仕事をしたいとずっと思ってきた。
その手段として通訳・翻訳の仕事をした。そこで言葉の限界というものを感じて
言葉を超えたところで世界の誰にでも通ずる何かを仕事にしたいと思い、花の
仕事に行きついた。その選択は決して間違っていなかったと思うし、最初に書いたように、
これからも教えるなど何らかの形で続けて行きたいし、仕事だけでなく、毎日の生活の中で
自分の心を表現する手段としたい。
でも、この翻訳の仕事を通して、また私の原点に戻ってきたような気がするのだ。

もしかしたら、花の仕事と翻訳の仕事は、全く相容れないものでありながら、
私の中に限っては共存しうるものなのかもしれない。
ないがしろにして来た自分の原点を再認識し、ほどよいバランスを探っていくのが
一番私らしい選択なのかもしれない。





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最終更新日  2005.08.11 12:41:14
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