カテゴリ:ヒロ伊藤流?仏弟子修行
![]() 「すべての法(存在)には、 実体がない。」 (『法句経』第279偈) 「色即是空」 形あるものは、空(実体がない) であるというという真理の元に なる言葉です。 原始仏教に『ミリンダ王の問い』 という仏典があります。 西北インドにあったギリシア人の 諸王朝のひとつの王様ミリンダ王 (ギリシア名:メナンドロス、紀元前155~130年頃の在位)が、 仏教僧ナーガセーナ長老と3日間236にも及ぶ問答の後、仏教に帰依したという、けっこう生々しいドキュメント風の仏典です。 ミリンダ王は、ギリシア思想や哲学に根ざして質問を発しています。 そのはじめの部分で王が「あなたはナーガセーナさんか?」と問い、 僧が「そのように仮称されている」と答えています。 本人が面前にいるのに、仮に呼ばれているとは何だと訝る王は 「では、その実体とは何か?」と問い、 僧が「ナーガセーナという私は、目、耳、鼻などの肉体及び嗅覚、触覚などの感覚作用、さらには様々な意識や心の働き、あるいは物事について考える思索作用の総合によって成り立っているにすぎない。実体はない」と、般若心経にあるそのままに答えています。さらに 「王よ、あなたは立派な馬車に乗って来られたが、では、伺いたい。 王車とはいったいどれをさしていうのか、馬か、車輪か、轅(ながえ)か、 轡(くつわ)か、天蓋か?」と問う。 王は「そのすべてだ」と答える。 「そう、それらすべてが相依りあって王の馬車は存在している。 これらをことごとく解き去ってバラバラにしてしまっても王車は残るか? 残るのは“王の車”という名、仮称に過ぎないではありませんか。 この世の一切は複合的産物であり、縁によって結ばれているに過ぎず、 (因縁生)実体はないのです」と、僧は説きました。 つまり、諸法無我。 すべてのものには実体がない。すべてのものは我がものにあらず。 日頃私たちが固執している「我」などというものはないのです。 そう悟ったとき、苦しみは除かれるという有り難いオマケ付きですよ。 あなたの悩み苦しみがなくなりますように! 合掌 観学院称徳 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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