カテゴリ:日記
未来の自分に言葉を託すとしたら果たしてどんな言葉を贈ればいいのやら。七志希と黒歴史的思考です。
来週には20歳になってしまうということも関係しているのか、このごろよく将来の自分について考えたりします。 と言うか、果たして自分はこのままでいいのか、と言ったことを。 人間誰しもいつかは死ぬわけじゃないですか。 そうすると、生きてる間にできることは限られてくるわけで、ゲームとかやってると不意に「今こんなことしてる場合じゃなくね?」って考えがひょこひょこ出てきたりするわけですよ。 しかしだからと言ってゲームをしなかったら何をするかって、絵を描いたりくらいじゃないかなぁ、と思うとそれもどうよって思ったりするわけでして。 まぁ、こーいったことを頻繁に考えてしまうということはワタシは中二病、高二病、大二病などを併発しているんでしょうね、ほぼ確実に。 で、そういうことを考えてるときにふと思ったりするのは今自分がここで死んだとしたら発見されるのはいつなんだろう、とか。 これから夏場だから3日も経てば相当腐ってしまうだろうと思われるんですが、そんな死後は絶対にごめんだね。 かと言って人が大勢いる中で倒れてもそれはそれで嫌だなぁ。最後に聞くのが知らない人の悲鳴とかってのは。 せめて死ぬとしたら家族のそばで逝きたいものです。鳥の詩とか聴きながら。 ニコニコで鳥の詩探して聴いてたときに大量にあったコメなんですけど、死ぬ時はこういう曲を聴きながらがいいよな、っていうの。 それってつまり、死ぬ覚悟ができてから死にたいって意味なんでしょうかね。 まーワタシは今のところ死ぬ覚悟も無ければ未練もたらたらですので間違っても死んだりしないよう日々を細々と生きております。事故に巻き込まれるのもごめんだしね。 事故といえば。 今では結構見なくなった「暴走族」などの呼称で呼ばれる方々なんですが、あの人たちは危ないことをする=度胸があることだと勘違いしてるんでしょうか。 勇気とは怖さを知ることだと、かの荒木比呂彦先生も作中で書いております。 たとえばナイフを持って暴れる人がいたとするじゃないですか。 怖さを知らない人はきっとつかみかかって止めるんでしょう。 でも、怖さを知っていて、なお止めようとする人の行動力には及ばないでしょう。 あ、話それてますね。 自分の命を守るものの無い機械に預けて疾走する、そういった姿に憧れる人もいるんでしょう。 でもワタシは憧れないね。 ワタシは臆病者だからね、あんなむき出しのものに自分の命は預けられないんだ。本当のことを言うと、実は自転車乗るのもそんなに好きじゃないんだ。一度撥ねられてるしね。 でも今はそれしか移動手段が無いから、極力安全運転を心がけながら乗っているよ。 車に乗れるようになったらきっと今まである程度の遠出感覚だった距離は車での移動にシフトするんだろうね。 でもしばらくは自転車での移動がメインのままだと思うんだ。 何せ車だって安全だとは言い切れないからね。横あいから10トンクラスのダンプカーとか突っ込んできたら普通乗用車なんてぺしゃんこだよ。 あ、また話がそれた。 でさー、とにかく暴走族でも珍走団でもいいけどさー。 あーいった人たちは自分の命を危険に晒しているっていう感覚がかなり薄いんだろうね。 そして、他人の命をも危険に晒してるっていう感覚に関してはほぼ無いと見ていいと思うんだ。 だってあったら普通やらないと思うんよあんなことは。 ただ音を鳴らしながら走ってるだけだって? は、アホらしい。 その音を鳴らすために機体にかけている負荷がどのくらいのものか考えてないだろう。 普通に走っていても故障することがあるものをわざわざ故障し易い状態にしておいて「自分たちは周りに迷惑はかけないよう走っている」とかは言えないよねぇ。 無理な追い越しをしたりで対向車に跳ね飛ばされたりとか、並列走行をして角から出てきた車に気付かず追突したりとか、絶対にしないなんて保障どこにもないのにねぇ。 まぁ、あの人たちにはあの人たちなりの美学とかがあるんでしょうけど、それは決して自分たちの中でしか分かり合うことのできない物だっていうのをわかっといたほうがいいと思うんです。 そして、一般社会に属する人たちが自分たちの考えている以上に毛嫌いしているということもキチンと理解したほうがいいと思います。 つーか、夜中にぶんぶかぶんぶかと煩いッたらありゃしない。 海沿いの民家の無い道路とかでやってくれ。そこならコースアウトしてもドザエモンができる以外の周りへの被害はあんまり無いから。 やくざと呼ばれる人たちは時代が必要としてできた社会の影でしょうけど、暴走族は似て非なるもの、という印象が強いせいかゴキブリみたいなカンジがします。どこに行っても沸いて出てくるところが。 いやー、まぁ今ワタシが借りてる部屋の近くの道がよくぶーぶー煩い走り方をする人たち多いモンでついいらっとなっちゃうんですよねー。コイツラハヤクシネバイイノニ、って思っちゃったり。危ない危ない。 なんにせよそこに敷かれたルールと周りへ与える迷惑の度合いをしっかりと知ることは今の社会で欠けているものだと思います まる 締め切りは守らないと印刷時に余計な仕事が増えるんよ、いやマジで。 雑誌の編集者が締め切り守れ、って言うのは本当に大変なことになるからなんだよ、みんなわかってあげて。 そんな金曜日。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 30, 2009 12:00:03 AM
コメント(0) | コメントを書く |
|