「十三夜の面影」18
「香水だけで一糸まとわず寝る。」
かぐや姫はそんな刺激的な言葉を残して、
銀座のバーの勤めに出かけてしまった。
まあ、昨日初めてで、今日休む訳にはいかないだろうけど。
僕をこんなに惑わして、どうするつもりなんだ。
以前、キスだけ許してそれ以上は拒んだくせに。
誘惑してるのか、無邪気なのか分からない。
かぐや姫でなければ襲ってしまうところだよ。
悶々として眠れない。
明日も朝早くから仕事だというのに。
そのうちに彼女が帰ってきた。
合鍵でドアを開け、そうっと入ってくる。
僕は布団をかぶって見ないようにしている。
彼女はみんな脱いで、ベットにもぐりこんだようだ。
こうして別々のところにいるのに、
気配を感じて、分かってしまうのだ。
それゆえ、じっと息を殺してしまう。
もう寝たのだろうか。
かすかな寝息が聞こえてくる。
こんなふうに裸で寝られるなんて、
信頼してくれるのだろうけど、
男として見てくれてないよな。
布団から頭を出し、起き上がった。
彼女はベットの中で、安心したように休んでいる。
まるで穢れを知らない童女のようだ。
この無邪気さは可愛いと思うが、
時には憎らしくもなる。
僕をじらしているのでは思うほどだ。
カーテン越しの月明かりに照らされて
白く浮かび上がる彼女の顔。
唇だけが紅く息づいて別の生き物のようだ。
少し開いて何かを言おうとしている。
聞き取ろうと、耳を口に近づける。
かすかに僕の名を呼んでいた。
やはり僕のことを想ってくれてるのか。
愛しくなって、思わず唇を重ねてしまう。
彼女は瞳を開けて、僕を見た。
まだ夢でも見ているかのように、
ぼんやり見つめていたが、僕だと分かると
急にベットにもぐりこんでしまった。
「ごめんよ。驚かせて。」
僕は慌てて謝ったのだが、
かぐや姫の返事はない。
「赦してくれないか。」
哀願して、布団の上から頭を撫でる。
カタツムリの角のように手が出てきた。
そして、ゆっくり顔をのぞかせる。
「キスはいいの。」
でも、それ以上は駄目なの。」
「なぜだい。こんなに好きなのに、辛すぎるよ。」
彼女の頬を両手で包み込む。
「私も好きよ。でも、地球の人と交わってしまったら、
命が絶えてしまうの。」
声まで消え入りそうだ。
「そんなことってあるのか?」
「月は地球と一緒にはなれないから。」
「月食があるじゃないか。」
そんなこと関係ないのに、
つい感情的になって言ってしまう。
「それは影になるだけ。
交わることではないわ。」
冷静に言われると、ますます血がのぼる。
「それじゃあ、なんのために
何も身に着けずにいるんだ。
僕を苦しめたいのか。」
もう悲鳴になってしまう。
「ごめんなさい。
でも、せめてあなたに見てもらいたいの。」
彼女まで悲痛な声をあげる。
起き上がり、僕の横をすり抜けたとき、
彼女から芳醇な香りが漂う。
それだけを残して、窓際に立った。
月明かりで、彼女のシルエットが浮かび上がる。
ウエストのくびれがはっきりと分かるほど。
横を向いて、胸やお尻のラインまで見せてくれた。
僕はそばに行きたいと思ったが、
自分を抑える自信はない。
ただ見ているしかできないのだ。
とても綺麗だと思った。
でも綺麗な分かえって、
彼女に触れられない哀しみが募り、
もっと辛くなるのだった。
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