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山口小夜の不思議遊戯

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2005年10月21日
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 楡の木のたもとで物思いする豊の回想は、おそろしく最近に立ち戻っていた。

 実はその日の昼に、豊はその少女とともに食事の輪を囲んでいた。

 橋本先生は、集落ごとの分裂を避けるために、お弁当の時間にはくじでグループを決めて一緒に食べさせるようにしていた。

 そして、今日は偶然にも豊はその少女と同じグループであったのだ。

 ただし、くじ運のいたずらで、今回のグループに女の子はその少女しかいなかった。豊は同じ集落の者として、この少女に声をかけてやるべきかとも考えたが、少女が自分ひとりがあまっちょであることなど気づかない様子で他の集落の少年とも楽しげに会話しているのを見て、べつだん手助けすることもないことをさとり、そのまま静かにしていた。

 実に少女はよくしゃべった。この子は二度と話をやめないのではないかと豊が感じたほどだった。なにかの物真似もして、そのときには同じ輪のなかにいた神生(かにゅう)の大将までが笑った。めったにないことだった。

 だが、このときには少女はすでに豊と不思議文字の関連を意識していたのであり、彼女の大仰とも呼べる振る舞いが、逆に身のうちに隠そうとする思いを雄弁に語ってしまっていることにまでは、豊は今にいたるまで思い至らなかった。

 こうしてその日の昼までのことを思い出すと、豊はこの少女が書きつけた紙片を懐に投げ入れた。

 そして、立っていき、結び文があった楡の大木と対峙した。その幹に過去に綴った歌のいくつかが書きつけられているのに気づき、豊はそれにひとつずつ目を留めはじめた。自分の書いたうたの中身にときどきは笑わされたものの、読んでいくほどに奇異な感じがした。それは古く遠い、過去の暮らしの遺物だった。まるで楡の木が、奇妙な方法で彼になにかを告げようとしているかのように、これらの記録は自分が書きつけたものであるのに、今の豊の目からはまったく別のなにかに映った。

 樹肌へ一句を奉じることは単なる記録のたぐいで、彼の未来に意味を持つものではないことが、今や豊にははっきりと腑に落ちていた。

 豊はこの時期の少年にままあるように、残酷なほどあっさりと神聖文字に対する興味を捨てた。

 そして、ふと目を転じたときに折りよく楡の幹にいくらかの空白を見つけ、ここに最終章を記すのがふさわしいのではないかという気まぐれな思いが浮かんだ。たぶんなにか、気がきいて謎めいたものを。

 だが、うたをひねり出そうとして目を上げたとき、褐色の無骨な幹の上にはその少女の姿しか映らなかった。彼はなにを書くべきかさとった。それがうたとなって命を吹き込まれるのを見ると、深い満足感が湧き上がった。

 豊の左の薬指がすいと上がった。指が樹に触れ、それをすべらせる先から不可思議な文字が次々とその樹肌から浮かび上がってきた。

 Θфлзб 」ПЭБэ¬ ∂∠Ψι∝

 それは、精霊の森に結び文を残した者があの少女ならば、きっとそれとわかるような内容にしぼったものであった。存在を消す呪はほどこさなかった。あまた書きつけられたうたのうち、これだけが誰の目にもとまるよう、いっさいの呪を慎んだ。

 豊は左手をゆっくりとおろし、後世への謎としてこれを残していこうという気まぐれな考えを楽しんだ。

 立ち上がったとき、楡の木の歌声が消えているのに気がついて、豊はほっとした。もう二度と彼のうたを聞くことはないだろうことを悟り、祖父たる古霊に祈りを捧げ、彼に残された年月が良いものであるように願った。

 それから身支度を整えると、神々のことばでさよならと叫び、全速力で森を駆け抜けていった。その声は原生林の隅々にまで響きわたり、豊は自分の声がふだんよりずいぶんと低くなっていることに気づかされた。

 樹上の結び文を見つけてからわずか半時しか経っていないのに、すでに豊の身体には神々からその成徴を幸(さき)わう様々な烙印が押されていた。

 もう二度と、子供の刻(とき)には戻れないのだ──。
 豊は心と身体を灼く、ちりりとした割礼のごとき痛みとともに、これらのことをすべて受け容れた。

 そうやって森を往く豊の耳元で、ふいに古丹の囁きが肌をかすめ、過ぎ去った。

 ──ゆけ、醇(まったき)風よ。

 彼が驚いて肩ごしに楡の木を振り返ったとき、そこにはもう、枝々の波打つ森の影しか見えなかった。

 豊という一陣の風が古代からの風景を切り裂いて去ったのち、楡の大木にはひとつの詩(うた)が永遠に遺された。

 Θфлзб   」ПЭБэ¬  ∂∠Ψι∝
 醇風や 乙女こもごも 春の膳


                                 この章のおわり 

 本日の日記---------------------------------------------------------

 またまた手前味噌な話題で申し訳ないのですが、本文中の‘受け容れる’ということば──この「受容」ということばは、くだんの祖父の造語なのです。
 祖父の著書である『西洋文化受容の史的研究』(←もちろん絶版☆)という題名から‘受容’ということばが広まったものと聞いております。

 で、このことばを造った本人いわく、
 ──受け容れるとは、自らのかたちを変えてしまうこと。
   他(た)に価値を見いだしたならば、自分をつくり変えてでも受け容れよ。
   
 これぞ、‘創造的愛’なのだそうです。

 さて、祖父の熱弁は止まりません。

 ノアの箱舟からギルガメシュ叙事詩まで、世界には100ほどの洪水伝説がありますが、日本は古代国家のあった国のなかで、唯一洪水神話のない国だそうです。

 これは何を意味しているのかというと、バビロンの捕囚やユダヤ民族の散逸などに例を挙げられる、大きな破局に対しての耐性が我々日本人にはないことを示唆しているのだそうです。

 祖父の持論では、日本は太平洋戦争まで民族的な破局を体験したことがないため、民族の再創造、言い換えればわが身の創造の更新に長けていないのです。戦後処理などの数々の問題への対応が遅れに遅れて今にまで至ってしまっているのも、これが所以です。

 けれども、一時的な破局を機として善いものを受け容れ、さらなる調和をめざして自らを創りかえていくならば、そこに実に豊かな実りが得られるはずである──これは、太古の翁の戯言として聞いてください。

 さて、明日でこのブログをはじめてちょうど二ヶ月目になります──私はもうずっと前から皆さまにお会いしているかのように、思いっきり錯覚しておりますが(笑)。
 皆さまからの応援にあずかり、私の文章は日々、再構築、再創造をおそれることなく進んでおります。皆さまが寄せてくださる愛情によって、この物語もより深い文章に作りかえられてゆくのを感じております。
 出会うべくして出会う人々との交流は、実に豊かな実りがあります。

 明日は第三章のはじまり●小夜、豊を見いだす●です。
 豊の書きつけを見た小夜は──。
 実は、明日からの第三章は本当は第二章の中に入れるつもりでした。ですが、あまりにもトーンが違うので章を分けることに致しました。
 前章を引き継ぎながらも、明日、物語は新たな展開を迎えます。
 タイムスリップして、小夜と一緒に森に誘われてきなんせ。






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最終更新日  2005年10月23日 08時07分16秒
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