優勝を目前にしながら走ることをやめ、感化院長らの期待にみごとに反抗を示した非行少年の孤独と怒りを描く表題作等8編を収録。(内容案内より)
■シリトー『長距離走者の孤独』(新潮文庫、丸谷才一・河野一郎訳)
◎シリトーの死を悼む
アラン・シリトーが亡くなりました。夕刊の訃報欄をみて驚いてしまいました。「怒れる若者たち」というグループに名を連ねていたので、まだ若いとばかり思っていました。80歳を超えていたとは、思いもしませんでした。
アラン・シリトー作品で私がもっているのは、『長距離走者の孤独』『土曜の夜と日曜の朝』(いずれも新潮文庫)の2冊しかありません。丸善に探しに行きました。文庫も単行本もありませんでした。
1950年代後半、「怒れる若者たち」と呼ばれる作家グループがありました。別になかよし集団ではなく、作風が似ていたのでひとまとめにされていたのです。「怒れる若者たち」というグループの特徴は、社会への反抗を作品のテーマにしていることでした。いずれの小説も、読んだことはありません。紹介だけさせてもらいます。ただし文庫化されてる作品は、1つしかないようです。(清水義範『世界文学必勝法』筑摩書房を参照しました)
ジョン・オズボーン『怒りをこめてふりかえれ』(原書房)
キングズリー・エイミス『ラッキー・ジム』(三笠書房)
ジョン・ウェイン『急いで下りろ』(晶文社)
コリン・ウィルソン『アウトサイダー』(上下巻、中公文庫)
シリトーは、イギリスの貧しい労働者階級のこどもでした。14歳で小学校を卒業すると、旋盤工として働きました。18歳で英国空軍に入隊し、マラヤへ派遣されましたが、肺結核のために本国に送還されています。療養生活を地中海のマジョルカ島でおくり、デビュー作『土曜の夜と日曜の朝』(新潮文庫)を発表しています。
◎キーワードは「誠実」
物語は「おれ」という1人称で、手記風につづられています。「おれ」は17歳、スミスという名前です。評判のワルは、パン屋に押し入り現金を奪います。しかし警察に目をつけられ、ドジを踏んで逮捕されます。感化院送りとなりました。
「おれ」は感化院で、長距離クロスカントリー選手として育成されます。感化院院長には野望があります。全英長距離選手権で優勝させ、トロフィを獲得してもらうことです。主人公・スミスは、院長の期待に応えたふりをして、ひたむきに練習に励んでいます。走ることは嫌いではありません。
本書のキーワードは「誠実」だと思います。スミスは院長から、感化院での生活は、「誠実をむねとする」ことをくりかえし説かれます。しかしスミスは、院長がいう「誠実」と、自分の考える「誠実」は同じものではないと考えています。
規律の遵守。長距離走者として院長の期待に応える。それが院長のいう「誠実」です。スミスは院長に反発しません。練習に励んでいるスミスを、院長は「誠実」であると評価しています。スミスは、走ることが楽しいだけなのですが。
――おれにもクロスカントリー長距離走者の孤独がどんなものかがわかってきた。おれに関するかぎり、時にどう感じまた他人が何と言って聞かせようが、この孤独感こそ世の中で唯一の誠実さであり現実であり、けっして変わることがないという実感とともに。(本文P58より)
全英選手権の日がきました。スミスは圧倒的な走力で、トップをキープしています。スタンドでは、院長のこぼれるような笑顔が待っています。この先については、ふれないでおきます。だれもが予想できる結末が、待っているからです。
『長距離走者の孤独』は、河野一郎が翻訳しています。他の収載作「アーネストおじさん」などは丸谷才一の訳です。1冊の短編集に、2人の訳者があるのも味わい深いものです。『長距離走者の孤独』は、『王国記』シリーズの花村萬月の訳文でも読んでみたいと思いました。
丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士『文学全集を立ちあげる』(文春文庫)では、アラン・シリトー(『長距離走者の孤独』)、ゴールディング(推薦作は『蠅の王』新潮文庫)、オズボーン(推薦作は『怒りをこめてふりかえれ』文庫なし、単行本絶版)で1冊と提言しています。『文学全集を立ちあげる』は、なかなか味のある対談集です。いずれ紹介させていただきますが、欠点は絶版の本が散見されることです。早く本物の「文学全集」を、立ち上げてもらいたいものです。
(山本藤光:2010.04.29初稿、2015.03.12改稿)