■小説「どん底塾の3人」015:どん底塾への疑問
◎あらすじ
配置転換、リストラ、倒産で転身せざるを得なくなった3人。つぶれそうな定食屋「どん底」で店主亀さんの熱烈指導を受ける。授業料はいらない。ただし定食屋「どん底」の再建に力を貸してもらいたい。あの「世界一ワクワクする営業の本です」を、新たなものがたりにリメイクしました。(山本藤光)
◎第015話
「ちょっと飲んで行かない。なんだか、混乱しちゃって」
加納の誘いに、大河内がうなずいた。大河内にしても、同じ思いだった。縄のれんをくぐり、2人はカウンター席に腰を下ろす。ビールとつまみを注文するなり、大河内が口火を切った。
「亀さんはおれたちをトップセールスに育てるっていってたけど、それがなぜ『どん底』の再建なのだろう?」
「わたしもそう思う。何だか利用されている、って感じがするの。だって、定食屋のニュービジネスを考えることが、わたしたちにどんなプラスになるっていうの」
「おれも引っかかるんだ。有給休暇まで取って、定食屋の手伝いをする。亀さんはおれたちを、一流の営業マンに育て上げるといっているけど……」
「この前のブレストだって、やりっぱなしでしょう。何にも取り入れられていない」
生ビールが置かれた。2人はジョッキーを合わせて、待ちかねていたように口に運ぶ。
「まあ、乗りかかった船だ。沈没しそうになったら、飛び降りればいいだけだろう」
口についたビールの泡を飛ばしながら、大河内が提案する。
「わたしたちが乗るのは泥舟。早急に沈む予感がするの。でもわたし、泳げないのよ」
「そのときは、おれがボートに変身するよ」
「ボートって、乱暴をはたらくやからの方じゃないわよね」
「暴徒か、そりゃいい。百合子がジョークをいうのは、珍しいことだ。成長したな、知らないうちに」
離婚してから、加納は明るくなった。新しい加納百合子を発見して、大河内はうれしくなった。
「このノートが、人生のベースキャンプだっていっていたわね」
カバンからノートを取り出しながら、加納は最初のページを開いた。大河内が宙を見上げて、記憶をたどっている。
「RPDCサイクルか。新しい何かを発見をする。たくさんの失敗をする。あれ、計画と検証のところが思い出せない」
「計画は、1日の成果を思い描く。検証は、発見と失敗を明日の糧にする。なんだか、違う世界のことみたい」
「おれは気に入った。亀さんというよりも、この亀さんノートがおれを変えてくれるような気がする。人生のベースキャンプなんだよ、このノートが」
カバンからノートを取り出し、大河内は表紙を叩いてみせる。
「しばらく様子をみましょうよ。どん底塾は、スタートしたばかりなのだから」
※ダントツ営業の知恵
学び、考えたことを1冊のノートに蓄積すると、自己変革につながる。