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カテゴリ:国内「し」の著者
お願いだから私を壊して、帰れないところまで連れていって見捨てて、あなたにはそうする義務がある―大学二年の春、母校の演劇部顧問で、思いを寄せていた葉山先生から電話がかかってきた。泉はときめきと同時に、卒業前のある出来事を思い出す。後輩たちの舞台に客演を頼まれた彼女は、先生への思いを再認識する。そして彼の中にも、消せない炎がまぎれもなくあることを知った泉は―。早熟の天才少女小説家、若き日の絶唱ともいえる恋愛文学。(「BOOK」データベースより)
島本理生『ナラタージュ』(角川文庫) ![]() ◎現状での推薦作 島本理生(しまもと・りお)はすでに芥川賞を受賞した、綿谷りさや金原ひとみと同年代です。島本理生と金原ひとみはともに1983年生まれですし、綿谷りさは1984年の生まれです。金原ひとみと綿谷りさは、候補であった島本理生に先駆けて、芥川賞を同時に受賞しています。受賞作は金原ひとみ『蛇にピアス』(集英社文庫、推薦予定)、綿谷りさ『蹴りたい背中』(河出文庫、推薦作)でした。 私はそのとき、島本理生の芥川賞受賞を信じていました。非常に残念でしたが、若手3人の女流作家の切磋琢磨は今後もつづくと思います。暖かく見守ることにします。しかし最近では島本理生の名前が、直木賞候補にあがるようになりました。 島本理生は早熟の作家です。15歳のときに発表した「ヨル」は、「鳩よ」の年間MVPに選ばれています。そして都立高校在学中に『シルエット』(講談社文庫、初出2001年、18歳)で、群像新人文学賞を受賞します。その後『リトル・バイ・リトル』(講談社文庫、初出2003年)で、野間文芸新人賞を最年少受賞します。母子家庭で育った自らの体験をつづった本作は、おおいに話題になりました 島本理生の代表作は、現状では『ナラタージュ』(角川文庫)に決まりです。幼さの残った硬質の文章が、一変していたのに驚かされました。本書は「本の雑誌」などで、第1位に評価された恋愛小説です。 『ナラタージュ』を読みながら、川上弘美『センセイの鞄』(文春文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)と重なってしまいました。しかし本書には切なさがあります。幾重にもなっている心のヒダを、1つずつていねいに描き出す筆力があります。早熟の作家・島本理生が、新たな世界を構築した記念碑的な作品が『ナラタージュ』なのです。川上弘美、角田光代と併走する日が近そうだと期待がふくらみました。 島本理生は佐藤友哉(推薦作『デンデラ』新潮文庫)と結婚、離婚、再婚をして現在は母親になっています。母子家庭の体験が作品にあらわれたように、この経験は今後の作品に姿をみせることでしょう。それゆえ『ナラタージュ』は、現状での推薦作と書かせていただきました。大ヒットは近いと思います。 ◎近寄る、離れる。 主人公の工藤泉は大学1年生です。アパートで1人暮らしをはじめます。そんなところへ、高校時代の憧れの葉山先生から電話があります。後輩の卒業公演に、参加してもらいたいとの要望でした。泉は古巣の演劇部へ出かけ、葉山先生と再会します。 葉山先生は奥さんと別居しています。泉は葉山先生が憧れから、恋愛の対象にかわっていくのを感じます。いっぽう泉は大学生になった男友達の小野くんとも再会します。小野くんは泉を熱愛しますが、泉の気持ちを引き寄せることができません。 年の離れた2人の男は、NとS極という異なる磁石のように描かれます。猛烈にせまる若い磁石と、近づけば遠ざかる年配の磁石です。葉山先生とは、離れ離れになっていた気持ちが、磁石のように寄り添います。寄り添った瞬間に、1つの磁石が裏返しになります。急速に気持ちが離れてゆきます。物語はその繰り返しで進みます。ありきたりの表現を借りれば、付かず離れずの状態が継続するわけです。 これまで読んできた恋愛小説は、激しく乱高下するジェットコースターのような作品ばかりでした。しかし島本理生が描く恋愛小説は、ゆっくりと回転する観覧車です。そして川上弘美のほんわりとした恋愛小説に、切なさを加えたような味わいがあります。『ナラタージュ』は、川上弘美『センセイの鞄』(文春文庫)と並ぶ恋愛小説の傑作です。 泉を取り巻く世界は、観覧車から見える風景のように、ゆっくりと動きます。読者は葉山先生や小野くんの狭間でゆれる、泉の切ない心情とつきあいつづけなければなりません。おそらく観覧車ののんびりとした動きに、いらいらしながらページをくくることになります。 切ない恋の話です。最後の章を読み終えたとき、今度は安部公房『砂の女』(新潮文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)が浮かび上がってきました。なんと、メビウスの帯になっていたのです。細い紙片をひとひねりして貼り合わせると、はじまりもおわりもない世界がになります。つまり観覧車は終点からふたたび、はじまりへと動き始めるのです。 近寄る、離れる。観覧車が一回りするまでの時間を、『ナラタージュ』はていねいに描いてみせます。次なるレースがはじまっています。綿谷りさ、金原ひとみとともに、今後の活躍を期待したいと思います。川上弘美や角田光代と肩を並べている姿が、見え隠れしています。 (山本藤光:2005.04.27初稿、2016.04.16改稿) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017年10月10日 08時13分15秒
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