|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
年末年始は3泊4日で壱岐・対馬に行っていました。
壱岐からは、快晴なら昨年仕事で訪れた唐津呼子の対岸が望めるとのこと。 私たちが行った大晦日は、曇り空。うっすらと夕日が射す程度だったので 見られませんでした。 展望台の上でガイドさんが「今話題の玄海原発から20数キロです」と説明が。 印象的でした。 壱岐にある博物館一支国博物館はすごい! 建物は丹下健三の最後の作品。 展示も手がこんでいる。 弥生時代の遺跡のジオラマのフィギュアは、島民の顔に似せて作ってある。 出土した土器に触ることができる。 見学後、埋め戻したところの上に立てられた復元遺跡を訪れると、 イメージ湧きまくりです。 復元遺跡は、吉野ヶ里遺跡のほうが規模が大きいんですけどね。 でもまだ遺跡の発掘が1割しか済んでないので、 これからです。 弥生時代の遺跡は、静岡登呂遺跡、佐賀の吉野ヶ里遺跡と ここ原の辻遺跡の3つだけだそうです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 壱岐・対馬の旅は神話の旅でした。 神社多し! どちらの島にも数百の神社が。 それも、式内社といって、古くからある神社がたくさんある。 住吉神社とか月読神社とかその他、こちらが本家本元らしいものがいろいろ。 亀卜(きぼく)という占いをする人たちも壱岐・対馬が本場らしい。 とにかく、古事記・日本書紀の世界がそこここに! 特に対馬はその地形から 国生みっていう、あの「こおろこおろとまわしてぽたっぽたっ」っていうふうに この国ができた、と素直に思えるような島々あり。 日本の最初はここだな、と、すっと納得できちゃう感じ。 ![]() これは対馬の和多都美神社。社殿のほうから海の中まで続く鳥居の列を写しました。 ![]() ほら、海の中まで続いてるでしょ? ![]() 境内のなかのパワースポット。 ![]() 巨木信仰もあります。 ![]() こちらも迫力。 ![]() 対馬の烏帽子岳からの眺め。 山そのものが信仰の対象だったために、原生林が多く残っている。 ![]() 同じく烏帽子岳から。「こおろこおろと…ぽたっぽたっと……」 なぜ対馬「つしま」というかは 朝鮮半島のほうからみると、親馬と仔馬が連れ立っているように見える、とか 「津」の多い「島」だから「津島」からきた、とか いろいろあるらしい。 それとは別に、私が思ったこと。 対馬は北から上対馬、中対馬、下対馬というんだけど、 「かみつしま」「なかつしま」「しもつしま」という音だけ聞くと 「かみつくに」「なかつくに」「しもつくに」と神話の世界を連想するとともに、 「つしま」の「つ」は、「の」の意味の「つ」なのかも、と思った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 対馬は国境の町。 快晴なるも朝は釜山が見えず。 夜、夜景を観にいく。かすかな光あり。 見えるときは、ヘヨンデの港にかかる大きな橋のライトアップが見えるそう。 展望台近くにライブカメラがあります。ベストショットの数々も公開してます。 携帯、海外課金アラートがなりまくった。 釜山まで40数キロ。九州本土までは68キロだそうですから、仕方ないか。 もうひとつ、 対馬で知ったことは、 日露戦争で日本を勝利に導いたバルチック艦隊との日本海海戦が、 対馬から見えていた、ということ。 (外国では日本海海戦でなく、TSUSIMA WARというそうです) 戦争のこと、うといからな~。 倭寇のこと、蒙古襲来のこと、朝鮮出兵のこと、対馬事件のこと、日露戦争のこと、 いろいろ教えてもらいました。 また、対馬の真ん中へんの細いところ(リボンの結び目みたい)には、 島の周囲をぐるっと回らずに逆側に行くために、 小船越(こふなこし)、大船越(おおふなこし)という地名にあるように、 いにしえから船を陸に上げ、数百メートルを移動させて通し、 ていたところがありました。 多くの海岸が埋め立てられていますが、 小船越の入り江には、昔の雰囲気が漂っています。 ![]() 小船越「西の漕手(こいで)」。 現地に行ったとき、「ロード・オブ・ザ・リング」の最後の船出を思い出した。 対馬には穏やかな舟だまりに適した入り江が無数にある。 だからこそ交通の要衝となり、朝鮮も中国もロシアも対馬を欲した。 ![]() 奥の坂から舟を引き上げていく。200メートル足らずで向こう側へ。 ただし、小さい舟しかムリ。 大船越は300メートル以上船を引いて陸地を行かねばならないが、大きな船OK。 しかし軍艦を通すには、その先の水路が曲がりくねっていた。 日露戦争のときに軍艦を通すため開削した運河とかも含め、 いろんなものを見てきました。 ![]() 万関橋の真下を通る船。500メートルにわたり、陸地を開削した運河。 ![]() 運河の先には深く入りくんだ海岸が続く。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この時期、玄界灘は時化が多く、船の出ないことも多いとのこと。 大晦日に出航したのは数年ぶりと聞きました。 帰省のために福岡からフェリーに乗ろうと帰ってきたのに、 3日間足止めをくってそのまま福岡から戻らなくてはならないこともあるらしい。 飛行機も、 長崎からは着陸しやすいらしいのだけれど、 福岡からだとタッチダウン寸前にまた機首を上げて戻ることもしばしばとか。 船も飛行機もちゃんと運航してくれて、ほんとにありがとう! 素晴らしい旅でした。 ![]() 壱岐の荒波…ていうか、こんな波は穏やかなほうだそうです。 [歴史・散歩]カテゴリの最新記事
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |