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カテゴリ:日々の読書(学術・教養)
J.E.スティグリッツは、アメリカの経済学者で、「非対称情報下の市場に関する研究」により、2001年のノーベル経済学賞を受賞した人物である。彼が、学生だった1960年代のアメリカでは、「完全競争市場」を前提とした「新古典派」と呼ばれる経済学の流派が全盛であった。新古典派のエッセンスは、価格と供給量は、需要曲線と供給曲線がクロスする点で決まり、市場により資源の配分が効率的に行われるといったところである。これが、行きすぎると、何事も、市場原理に任せれば良いという「市場原理主義」に行きついてしまう。実際には、「市場の失敗」の例はいくつもあり、市場メカニズムが効果的に働くためには、厳しい前提条件がある。これらの前提条件の一つとして「完全情報」ということがある。これは、売り手も買い手も取引される財やサービスに関して完全な情報を持っているというものであるが、現実の世界を考えれば、これがいかに牧歌的な仮定であるかが分かるであろう。スティグリッツは、従来の新古典派経済学に飽き足らず、非対称情報下における経済学を追及してきた。 「スティグリッツ早稲田大学講義録」(薮下史郎/荒木一法:光文社)は、そのスティグリッツが、2004年に早稲田大学に招かれ、公開シンポジウム形式で行った講演を本にしたものである。講演の内容をごくおおざっぱにまとめると以下の通りである。 「スティグリッツ早稲田大学講義録」(薮下史郎/荒木一法:光文社) 内容は、強烈な安易なグローバリゼーションやIMFに対する批判である。グローバリゼーションは、1990年代には、世界中の人々に繁栄をもたらすものと思われていた。しかし、グローバリゼーションが進んで行った結果、富んだ国はますます富み、貧しい国はますます貧しくなった。 グローバリゼーションで最も成功した地域は東アジアである。例えば韓国のGDPは35年間で8倍にもなった。この成功の理由は、グローバリゼーションを独自の視点で定義しなおして、IMFの助言をやみくもに受け入れるのではなく、取捨選択をおこなったからだと言う。逆にIMFの優等生であったアルゼンチンは、国の経済が破綻してしまった。同じ南米でも、IMFの助言に対して、やるべきこととやってはならないことを取捨選択したチリは経済的な成功を収めたのである。 元々「市場は失敗しうる」という認識からスタートしたはずのIMFが、いつの間にか市場に任せておけばすべてうまくいくという「市場原理主義者」に変わってしまった。途上国においては、情報の不完全や市場の不完備により、市場の失敗が起こりやすいにもかかわらず、ちぐはぐな助言をしてきたのである。アダムスミスの言う「見えざる手」なんて結局はどこにもなかったのだ。 本書は、スティグリッツによる講演を第1部として、第2部にその講演の解説、更には第3部としてスティグリッツの経済学に対する説明までついており、内容も平易である。非対称性の経済学について勉強したい人は、入門としてまず読んでおけば、その後の理解が簡単になるのではないかと思う。 ○面白かったらポチっと1票! 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら 風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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