九尾の狐と言えば我が国の伝説の中でも、最凶の妖と言っても良いだろう。玉藻前という絶世の美女の姿で宮廷に入り込み、害を成していたが、やがて正体を暴かれ、安倍泰親率いる軍勢によって討伐された。しかし、そのためには数万の兵を必要としたという。九尾の狐は、討伐された際に「殺生石」という毒石に変化して、近づく者の命を奪っていたが、玄翁和尚という高僧によって、打ち砕かれ、その欠片は各地へ散って行ったと伝えられている。本書は、この殺生石をモチーフにした伝奇小説だ。作者は、「心霊探偵八雲」シリーズなどでおなじみの神永学である。
ヒロインは、咲弥という亡国の姫。生まれた時から体に殺生石の欠片を宿し、それを狙う武田の軍勢に追われている。咲弥の体に宿る殺生石の欠片は、生き物の命を吸うことにより力を蓄えていき、やがては九尾の狐が復活してしまうという。優しい咲弥は、このことに心を痛めているが、だからといって死ぬこともできない。たとえ咲弥が致命傷を負っても、殺生石が、周りの生き物の命を吸って、傷を治してしまうからだ。ただ一つの希望は、那須岳にあるという、玄翁和尚が殺生石を砕いた「封魔の槌」。咲弥を守るのは、元々の護衛役である紫苑、咲弥を助けた少年の一吾、玄翁和尚の志を継ぐという玄通、そして凄腕の忍者だが、何か思惑のありそうな無明と矢吉。敵は、武田晴信(信玄)を操る魔人山本勘助とその手先の妖魔、これに武田の忍びである百足衆が加わり、咲弥たちの行く手を阻む。
殺生石を宿すという非情な運命を背負った咲弥。育ててくれた真蔵を、妖魔との戦いで失った一吾。二人は、果たして自分たちの運命を切り開いていけるのか。無明たちの思惑は、いったい何なのか。また、この作品では、殺生石は9つに割れたことになっており、ひとつは咲弥の体に宿っているが、後の8つは、果たして物語に大きく関わってくるのか。この巻では、壮大な物語の幕開けといった観が強く、これからの展開に期待を持たせてくれる。
※本記事は、
「本の宇宙」に掲載したものの写しです。