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新型高病原性インフルエンザパンデミックに備えるために有効なサイト情報として以下のサイトを常時ここに記します。
http://panflu.world.coocan.jp/ 最初のサイトはH5N1鳥インフルエンザに関する最新の世界からの情報を毎日更新しているサイトです。 http://panflu.world.coocan.jp/ 次のサイトは学術的機関の発表した「緊急感染防止マニュアル」ですので一読くださって感染防止に役立ててください。 http://www.iidmptc.com/manual_img/tori_,anual.pdf ![]() 2006年の12月11日に思い立ち、かねてよりやりたかったロードゴーイングカーの製作に着手いたしました。 5年間を一応のめどとして、何処まで出来るか、自分の健康と精神力体力の続く限り、頑張ってみようと思っています。 遼 銀河の日記 [全602件]
土曜の朝早く飛行機で四国高知へ飛んだ・・・。 一泊であわただしいが、私は始めて四国の土を踏んだのです。 ![]() ↓ 桂浜の近くの龍王崎の岩場と、美しい海 ![]() 仁淀川を見たくて四国まで行ったようなものだが、やはり川はこのようでなくてはならない・・・・。 仁淀川には日本の原風景があった。 沈下橋の上に立って川を覗き込むと、透き通った川を50センチもあろうかというサツキマスが遡上して行くのが見える・・・・。 僅か数分の間に2匹のサツキマスを見ることが出来た・・・。 確かにこの川は生きている・・・自然を留めているのだ・・・。 すばらしい仁淀川、何度でも訪れたいところだ。 ![]() 石鎚山の周辺は、四万十川や仁淀川、吉野川の源流だ、峠を越えると分水嶺を越えて、別の川の源流があるのだ。 源流付近の道路は切り立ったがけの下をくねくねと走るが、ほぼ全て舗装されていた。 山岳路に馴れていなければ辛い距離のワインディングロードが続くことになる。 果てしなく続くかと思える山岳道路は好者には堪らない魅力なのだ。 ![]() 本川村あたりから松山へ抜けたが少し予定を変えて、島なみ街道へ出て、本州四国連絡橋を見に行った。今治から大島へ渡って橋が一望できる亀老山の展望台から、沈む夕日と、しまなみ橋を眺めた。 ![]() レンタカーで走ったのだが、トヨタの新型ビッツが、キャンペーンで二日で2千円で借りられた!!私のデミオと同じアイシンのCVTを積むビッツだが、CVTの制御ソフトはまるで別物でデミオの走りやすさが良く解った。 8時過ぎに道後温泉に行って温泉浴をしたが、趣の在る温泉の風情は旅の想い出に欠かせないものだ。(画像は携帯電話のカメラで撮影) ![]() あくる朝も早起きして松山城へ登った。 非常に大きく立派な城で、保存も良く素晴らしい城でした。 天守閣からの眺めも素晴らしく、松山がかなり大きな都市であることが解った。 ![]() 松山城を10:00に降りてきて、一路面河渓を目指して走り出した。 山岳路は私には楽しい趣味だが、アベレージをちょっと上げると家内の小言が始まって楽しくなくなる・・・・・笑。 画像は黒森峠へ向かう途中、眼下に見えた棚田に水が張られ、もう直ぐ田植えの時期と解る。 ![]() 石鎚山を源に発する仁淀川の源流の一つが面河川であるが、此処の渓谷の風情は秋にぜひ此処にやって来たいと思わせるに充分な場所だ、さぞかし紅葉の頃はにぎわうのであろうと想像できる。 ![]() 石鎚山の登山口になっている峠は石鎚スカイラインの終点から石鎚山頂(1,982m)までは2時間30分で登頂が可能らしく、ぜひ今度は登山の支度をしてここを訪れてみたい。 ![]() 下は仁淀川を面河渓へと遡行するルートです。 ![]()
第一生命のホームページには、無断転載禁止とあったので、電話をして許可を申し出たが、全く応じてくれなかった・・・・。 管理が出来ないという理由であったので、メディアに流布された文言を僅かでも引用してはダメなのですかと再度問うたが、川柳の文の一部でも著作権は当社にあるので許可できないというスタンスであった・・・・。 それは無断転載禁止というものではなく、一切転載禁止ということになるから、最初からそう書いて置けばよいと感じる。 真に残念ですが、そういう基本的姿勢の会社でした。 というわけで川柳を掲載できなくなりました。
以下の文は、2005年に福知山線の列車事故が起きた時に、私の別のBlogに書いた記事ですが、そのときに、高速バスの潜在的な危険性に言及していて、かなり危ない交通手段であり、いつか必ず起きてしまう事故と言う認識が私にはありました。 以下の記事は、2005年5月1日にBiglobeの「悠久のうたかた」と言う私のもう一つのBlogに書いた記事です。 JR西日本の転覆脱線事故について・・・。 2005.05.1 痛ましい事故の報道に心痛める日々でありますが、報道を見聞きする中で、脱線転覆に至る原因が、複合的で複雑なメカニズムがあるという説明を鉄道関係のアナリストが語り、マスコミは、ミスを起こした運転士が、再教育や処分への恐怖が元で過剰な速度のままカーブに突っ込んでしまったのではないか?などと原因についての推測も語られています。 こうした物理的な原因を正確に把握することは、今後の、同様な事故への対策を生み、鉄道の技術を向上させるのに寄与するであろうし、運転士のメンタル面の問題を改善できれば事故の防止に少しは貢献するのかも知れません。 しかし・・・この日本社会の企業の中で設備の安全管理に携わる人々の多くは、おそらく今回の事故が、現在取りざたされている事故の物理的側面や運転士の精神的問題より、むしろ安全な稼働を維持するためのシステムそのものに重大な欠陥を抱えていたことに気づいているのではないかと思うのです。 そして、国有鉄道から民営化された「JR西日本」が、企業としての営利追求システムの総合的な思想の根底に、人命の安全性が確保された上で利益を追求するのだ、といった、最低限の企業倫理が存在していなかったのか、という疑問も私は感じるのです。 転覆脱線に至る物理的、力学的なメカニズムを云々すると言うことは、いわば包丁をどれぐらいの力で皮膚に押しつけ、どれくらいの速度で引けば皮膚はどんな深さに切り裂かれるかということを論ずるのと同じ事の様に思えるのですが、マスコミがさかんにその力学的原因が取りあげ、報道しているのは何故でしょう?当初、JR西日本が発表した、このカーブの絶対的速度限界は133km/hであり、120km/h程の最高速しか出し得ない当該車両では脱線は起こりえず、何らかの外乱、故障、列車妨害などが主原因で、JR西日本側に基本的な責任が無いかのような印象を与える発表があったため、そうした主張を退け、起きるべくして起きた事故であり「人災なのである」と言い切り、JR西日本の企業としての業務上過失、あるいは監督官庁の監督責任と言い切れるように、「そうした発表が真実ではない」と指摘し、結果的にこの事故を未然に防げなかったJR西日本の業務上の責任を追及しようという姿勢を示すものなのでしょう・・・。 私には、今回の事故は制御工学的な欠陥が在ったとしか思えないのですが、多くの人命を預かる輸送業務にかかるシステムは、どのような安全上の規格に基づいて整備されているのか?と言ったことも気になります。また、もし公的な基準が無いとしたら、それもまた問題ではないでしょうか?自由化、民営化、規制緩和は間違いなく必要なことだと思いますが、人命の問題にかかる最低限のクオリティーを確保する法律や規則は、多くの人命を扱う輸送業務には欠かせないと思うのです。 危険な物質を取り扱ったり、危険がある作業を安全に行うには、安全のためのシステム構築が不可欠なことで、一度事故が起きれば厳しくその責任が問われる事になるわけで、今回の事故も、やがて責任者は起訴され、厳しい審判を受ける事になるでしょう。 私が、「制御工学的な欠陥が在った」と考えるのは、私の仕事の一部である機械の設計や電機制御プログラムでも、作業者が手順を間違えた時などには、機械が動かなかったり、安全な側に振って停止させるなどのインターロックや、構造的に危険が起き得ないような物理的限界を作っておくなどの配慮が不可欠なのであり、それらの安全面での制御工学的配慮が必要不可欠であるとするのは、文明の利器を提供する側の必須の倫理であるからに他なりません。 転覆脱線のメカニズムも徹底的に解明すべきであり、運行に携わる人の精神状態でこうした大惨事になりうる可能性が有るのなら、どんなことが有ってもそれは取り除かねばならないことでしょう。 しかし、それにも増して、多数の人命を預かる業務にあっては、その安全への備えが二重三重に用意されていなくてはならず、今回のケースで考えれば、カーブの手前の或地点で速度を検知しカ-ブに進入する前に、安全とされる速度以下に減速されてしまう様な物理的自動システムが必要なのであり、運転者がどんな精神状態であったとしても、何をやってもオーバースピードではカーブに進入出来ない制御システムが不可欠であったと思う訳です。 そうした技術は鉄道では比較的簡単であるし、すでに現存し、利用されているのであり、今回はその配備が遅れていて起きたことであり、JR西日本が古いシステムであることを知りながら、早急な改善を怠ったことに主たる原因が有ることはほぼ明白と思われるし、そのような古いシステムの時は、本来、営業運転が許可されない公的な仕組みが必要だったと考える訳です。 ハンドル操作一つで何処へでも行けてしまう自動車の制御システムでは、GPSシステムとデジタルマップを利用したアクティブセーフティーシステムという物があり、たとえ初めて走る見知らぬ地域の道路でも、この数10メートル先のカーブがどれくらいの曲率であるかを調べ、現在の走行速度が曲率に対し過剰であれば、自動的にブレーキがかかって安全に曲がれる速度まで減速する仕組みがすでに数年前から実用化されています。 まだ一部の高級乗用車に於ける装備ではあっても、五百万円程度で得られる自家用車の仕組みでさえ此処まで来ている現在なのですから、数百人の人命を乗せて100km/h以上で走行する旅客列車、通勤電車が、オーバースピードでカーブに進入出来てしまう仕組みを、依然として放置しているJR各社の現状を、なんと言えば良いのでしょうか? そして、こうしたJRなどの運輸業務の監督責任が有るかもしれない国土交通省は、JR各社のこうした実態を「知りませんでした」とでも言うのでしょうか? 今回の場合、進んだATSシステムさえあればほとんど防げたと思われる事故なのですが、観光バスや高速道路の路線バスなどは、全てが運転手の能力に委ねられていて、鉄道に比べると一度に乗れる人数は少ないとはいえ、大きな責任が運転手と車両整備の担当者に科せられていて、よく考えると改善の余地が多く有りそうです。 一部高級乗用車で採用されているアクティブセーフティーシステムのようなハイテクを利用するなど、安全に関しては厳しい基準を今後段階的に課して行かないと、大きな事故が起きて問題が表面化する日が来そうな気がします。 40人ほどの乗客を乗せた観光バスが高速道路のカーブを100km/hで走行中、運転手が突然、意識不明に陥るようなことが起きたとしても、そうしたケースに対する有効確実な対策など施されては無く、「一度バスに乗り込めば、命は運の問題ですからご容赦下さい」と言うのが現状なのでしょうから・・・・。 今回の事故の教訓を、そうした他の交通機関にまで広げ、本質的な安全対策とはどういう方法があるか、専門家が集まって、想像力をフル稼働させて予見し、予防策を講じなくてはならないのでしょう・・・・しかし、いったいそうした取り組みは誰が主動的な役割を担うべきなのでしょう?そういう委員会のような部署は政府機関にすでにあるのでしょうか?有るとしたら、この鉄道の問題を未然に防げても良かったのだと思うのですが・・・・・。 我々交通機関を利用する立場の者として、バスや鉄道、飛行機などを利用する際、自分の命は自分で守ると言う意識を持って、現在の交通機関の安全性の優劣という問題を自分自身でもっとよく考えてみる必要が有るかも知れません。 運賃や速さだけでなく、安全に対し、高い意識と投資をしているかを調べ、業者を選んで利用することも必要なことなのかもしれないのです。 何処のレストランが4つ星だとか、何処のラーメンが人気が高い・・・等の情報ばかりでなく、マスコミや旅行雑誌やビジネス雑誌などが、交通機関の安全に対する姿勢、設備、装備などの実情を調べて、それこそ、星の数でランク付けして欲しいものです。 私たちは、鉄道などの交通機関をちょっと信用し過ぎていたのでしょうか?交通機関の安全というものが、絶対に保証し得るものなどではないことを我々は時々起きる事故などで知っているのですから、生き残るために、自分なりに「運」以上に身を守れる心がけをしているべきなのかも知れません。 事故が起き、乗客たる自分に非がなければ賠償金は出るでしょう、しかし失われた命は絶対に戻ってこないのですから・・・・。 責任とは別の次元で・・・・考えなくてはなりません
習志野警察の元署長が依願退職し、処分された警察官も多数に及んだ・・・。 いわずと知れた「長崎ストーカー殺人事件」での引責である・・・。 処分は私の感覚ではかなり甘いものだが、原子炉のメルトダウン(瞬時臨界爆発説も在る)事故までの責任を追及して処分者が出ないことや、原発を推進してきた人々や政治家・絶対安全だと言ってきた多くの学者が処分されないことを考えると、まだ、「まし」であると言わざるを得ない・・・。 石原都知事が尖閣諸島を東京都が買い取ると発言し、また、憲法の前文に書かれている文章を引用していた・・・。 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」 この瞬間から日本人の思考は停止した・・・とも書いていた。 僭越ながら、私もこの憲法前文については批判する記事を書いたから言うわけでもないが、日本はGHQの創案した憲法前文など早く取り消して、新しい憲法を制定すべき時期はとっくに過ぎているだろう。 改憲は必須だ。お仕着せの憲法を後生大事に「護憲」を叫ぶ政治家って・・・・ノータリン! 猫ひろしのオリンピック出場権・・・・・??。 常識で考えれば言うまでも無いことだろ・・・・・・あほらしい。 通学路の小学生の列に車が突っ込む事故・・・・。 今まで何度も何度も聞きました・・・・。実際人間のミスは防ぎようがありません。事故を最小限に防げるのは、強固なガードレールの設置ぐらいです。(大型車が突っ込めばそれでも危険といわざるを得ません) お金がかかりすぎるから自治体は通学路全てに頑丈なガードレールを張り巡らさないと言うことになります。 つまり、ごく稀に起こるかもしれない事故で痛ましい学童の死者が出ることは我慢してくださいという意味です。 もう一度言います、人間は過ちを犯し得る者です。一瞬でも運転中に睡魔に襲われたことがあれば理解できるでしょう? 刃物をちらつかせて金品を要求することって最近ではチンピラでもあまりやりませんが、ミサイルと核爆弾をちらつかせて食糧援助を要求するって、同じレベル以下のやり方です。 つまりチンピラ以下の者のすることです。 今の世界ってそれぐらいのことも解決できないのです・・・・暴力(武力)は依然として現実には世界を支配しているのです。 これで、教師は、どの面下げて暴力を否定するのでしょう?現実には暴力が支配しているというのに・・・・笑。 FCバルセロナがサントスFCに勝った2011年の試合を見たとき、どんなチームがバルセロナを破ることが出来るのか?と思った・・・・・。 しかし、バルサも人間の集団だから完璧とは行かない・・・・。 バルサだって負かすことは出来るのだ・・・・・・・。 F1はつまらなくなった・・・・・。 レースの楽しみ方は多様だから、ガソリンの使用量を制限して燃費の良いチームが勝つのもそれはそれで興味もある。 だけどね!寿命の短いタイヤでそのタイヤをうまく使った方が勝つのは解るけれど、それって無理やり不確定要素を増やしていて、最高峰の自動車レースに持ち込むべきでは無い気がするな・・・・。 バーニー・エクレストンの懐を肥やす為にサーキットの契約料金が高騰して、観客動員数も下降の一途、それを解消しようと、抜きつ抜かれつの混沌としたレースにして人気を高めようという、そしてDRSが登場して、さらに性能をわざと落としたタイヤを使わせる・・・。 さらには、レース中に事故が起きればセーフティーカーが入って、僅かずつ築いたアドバンテージを一気に吐き出させる・・・・。それまでのリードを強制リセットして再びヨーイドンか??? 技術も革新的で良いし、秘密の技術で勝つのも良い、お金があるヤツが勝っても良い、とにかく最少限のルールで無差別級的なレースが本当は見たいのに、ビジネスが先行している今のF1はエンターテイメントに振り過ぎで、私はちょっと興味が薄れてきたな~・・・・・。
つい6日ほど前だろうか?年の頃24~5歳の青年が我が家のチャイムを鳴らして、光インターネットを100メガビット/sから、1000メガビット/sに変えられて、しかもお値段が安くなるのですが、如何ですか?と言うのだった。 安くなるという話は、各社様々なサービスで安さを武器に競っているから、これまでも色々と案内やセールスも来たが、1ギガビットの速度になって、しかも今までより、ひと月に支払う金額が安いとはどんなプランなのかと聞いてみると、AUが1ギガビットプランのインターネットと光電話サービスを近々この地域でも開始すると言うのだ・・・! どうやら「AUひかり ホーム」と言う商品で、日本中何処でも加入できるわけではないらしく、加入できる地域はまだ少ない様で、我が家の在る地域で、AUが携帯電話やスマートフォン用の無線通信の為のアンテナを立てることになったために実現したようです。 AUやソフトバンクはNTTの高速光回線を借りたいと言えば、NTTは、嘗て公社として税金を使ってインフラを独占整備していた過去があり、有線回線はほぼNTT東西の占有状態が出来上がっている為、電気通信事業法では競合他社の要望に応じた通信設備の接続義務が課せられていて、競争相手のAUに対しても、こうして自分たちの敷設した光回線も貸し出さねばならないのである。 今回はたまたまAUの無線基地の拡大計画で、我が家の在る地域にアンテナを立てることになった為、高速の光回線をアンテナ基地までNTTから借りた為、この1Gネットサービスがそのアンテナ基地の近くの地域に提供できると言うことで、我が家の周辺の地域では初回100戸が募集対象と言うことでした。 光ファイバーはすでに7年ほど前にNTTによって引かれていたのをそのまま使い、光通信用モデムをAUのものに取り替えて、ルーターもギガビット用へと変更になると言うことで、それらの費用は5月31日までの契約申し込みを条件に永年無料で提供してくれるキャンペーンもありがたいことでした。 さらにAUが提供するホームゲートウエイと言うルーターは無線ルーター機能も持っていて、無線LAN用子機にAU製品をレンタルした時には理論最大速度が450Mbpsで利用が出来、通常の無線LAN規格のIEEE802,11a,n,b/gなどとの混用でも最大実効速度で220Mbpsの無線LANが利用できるのですが、この速度は他社の汎用製品と比べてもトップクラスにあり非常に速いものです。 ただ、今まで使っていたIP電話が使えなくなってしまうと言うのがやや残念だが、IP電話を双方向で使って通話費用を下げていた取引先との付き合いも現在では薄くなって、殆ど意味もなくなっていたから、即決でAUの1ギガインターネットサービスを契約することにした。 これまでメールの署名部に載せていた050で始まるIP電話番号を削除し、名刺のIP電話番号も削除することにして、IP電話にかかってきていた取引先にIP電話が使えなくなることを連絡すれば良いだろう・・・・。 7年ほど前に光ファイバーが入って、近所がまだあまり光インターネットに加入していなかった頃には70Mビット/sほどの速度も出ていたが、最近では30Mも出ない状況になっていたから、1ギガビット通信が安価に導入できるのはありがたく、「渡りに船」とはこのことか?と言う様なものであった・・・。 私のLAN環境はすでに全てがギガビットイーサ通信にフィットさせてあるので、後は我が家までのファイバーラインをギガビットの契約さえすればよかった訳だったが、NTTのギガビット契約が高額だったので、これまでの共用Bフレッツで我慢をしていたわけです。 6月には開通するそうなので速さがどれぐらい違うのか?ちょっとだけ楽しみではありますが、回線の速さより、コンテンツを置いてあるサーバーの規模や、どんな通信バックボーンに繋がっているのか?混み合うサーバーやサイトであるか?のほうが速度に影響は出やすいから、体感的に劇的に速くなる等とは全く期待していないが、サイズの大きなデーターのダウンロード等を行う時等にはその速度の恩恵を享受できるのかも知れないと思っている・・・・・。
このまま、ネット社会の個人認証技術がより完璧なものへと成熟してゆけば、ネット環境での個人認証はほぼ確実なものになって、選挙やその他の意志表示の作業もネットで行い得る時代がやってくるだろう。 そう言うと、成り済ましや、ハッキングによって不正な行為がまかり通ると考える人も多いことだと思う。 現段階では、やはりそうした不安も少なくないのだが、セキュリティーの確実なPCからのネット上での買い物や銀行振り込みが安全に行い得るということは、すでにネット経由の選挙投票の確実性は、現金の振込み作業程度の確実性を持っているということを示している。 去年の暮れにはIPアドレスが枯渇し、新たなIPアドレスへのシフトが模索されているわけだが、世界中の個人が固有のIPアドレスで認証を受けられるような時代もやがて到来するだろうし、現在もゲーマーにとっては固定アドレスの取得は必須になりつつあるはずだ。 日本の政府が国民に背番号を振ってコンピューター処理を容易にしようとすると、それを嫌がる人も多いのだが、同姓同名などの問題から、個人を誤り無く識別し個人認証を行うにはIPアドレスの例を持ち出すまでも無く、番号や記号での確実な識別が不可欠と言えるだろう。 逆にネット社会の固定IPの必要性を説く者達の立場はそれと異なり、番号や符号での個人認証が不可欠であることを良く知っていて、人間を番号で識別するということが非人間的である・・・というような情緒的な主張が旧時代のもので合理性に乏しいということを自然に理解していると言えるのだろう。 さて、本題だが、高度な技術に保証された個人認証技術によって保たれたネット社会では、議院内閣制は必ずしも必要不可欠な政治的決定手段ではなくなることを意味しないだろうか? 代議員制と言うのは、国が広大で人口も多い為、技術的に全ての市民によるリアルタイム決議が不可能になることが問題とされることの解決法として生み出された民主主義の実現形態であるから、近未来ではネット社会の個人認証技術が確実にさえなれば、直接民主主義政治が可能になるのである。 つまり、現在のような議決権を持った議員先生は不要になるのです。 ただし、数千万人の市民が別々に意見を述べ別々に法案を出すということは効率上極めて不合理であるだろうから、その部分での代表を設けて議会を運営することは止むを得ない手法であると考えられ、これからもそういう意味での議員と言うのは選挙で選ぶ必要があるかも知れない。 立法等の作業ではそうならざるを得ないだろうが、議決では国民の有権者が投票する直接政治が行い得るから、極めて民主的になり、政党政治や派閥の力で国の進むべき方向が決められてしまう不条理な状態は起き難くなるだろう。 しかしながら、そういう政治手続きへ変えるということも、現在の間接的議院内閣制という日本の政治システムの中で変革せねばならず、国会議員自身の権利が大きく狭められる結果になることになるそういう法案がスムーズに国会を通り、法制化されるとは考えにくく、実現までには既得権を守りたい保守的な議員達の大きな抵抗があるはずだし、投票率が低い選挙を望んで止まない組織票で議席数を保っているような政党も、民意などはそっちのけで自分達の利害だけで行動するはずだし、多数を占める民意が正しく反映されるそうした改革法案でも、きっと大反対すると思われ、なかなか簡単には変えられないだろう。 それでも、多くの国民が直接政治に変えたいと思うならば、やがて日本人の多くがそう考えるようになって法案も通ると思えるから、問題は多くの市民が政治に関心を持ち、自分たちの国の決定は自分の投票行動で変わるほうが良いのだと気付くことであり、その可能性がネットインフラの整備と個人認証技術の進歩で可能になるという事実を知ることが不可欠なのだと思うわけです。
東日本大震災に伴う甚大な被害と東電福島第一原子力発電所のメルトダウン事故のことを考えると、防げたはずの人的被害や国民の財産を保護する事への対策の失敗があるにもかかわらず、想定を越えた規模の地震と津波であると言って、その責任が何処にも無いとして良いものだろうか? 日本は四つの大きなプレートがせめぎあっているから出来た弧状列島であると言うのに「どうして日本の社会システムは地震や津波に周到な準備を怠ってしまったのか?」どうしてその部分を誰も深く追求しないのだろうか?。 私はその問題点が本当は何処にあったかをちょっと考えて見ました。 考えて気付いたことは、多大な人命に関わる重要な判断であっても、その判断を下した人達には、明確に責任を取るという意志も覚悟もないし、そうした事柄に対して責任を取らせると言う仕組みも殆ど機能しないに等しい状態が日本には在るのではないかと思えることです。 日本国政府や地方自治体の防災を受け持つ部署の人間や、オブザーバーである学者にも責任があると思うのです。 「想定を超えた」と言う発言が政府関係者の口をついて出て来るのは、彼らに本来負わされた国民の人命と財産を守るという責任を果せなかったことへの追求が起きないようにしたいと言う意志の現れであり、責任逃れ以外の何ものでもないのです。 原子力安全委員会における会議で「全電源喪失と言う事態は想定不用である」という決定を下した者達には責任が有り、業務上の過失があったと考えられるわけですが、会議に於いて議決権を持つ者達に責任を取らせるという仕組みが出来上がっていないから、どんな決定も本当に被害に遭う者のことを省みないような、いい加減なものになって行くわけです。 日本海溝付近で起きる地震による津波は、東日本大震災以前にも何万人もの命を奪って来たわけで、充分その脅威は知られていたのだから、大きな津波に対する準備不足も明かな人災であり、原子力発電のメルトダウンも経済性を求める企業側の圧力に依って引き起こされた人災なのです。 誰も責任を取らないで済む決定だから、いい加減な限度設定で対策が行われ、その結果2万人もの国民が死に、広大な農地や山林、住宅地や河川、湖沼、海洋が放射能で汚染されたのです。 千年に一度起きるかどうかという災害を想定した設計をしていたら商売にならないと言った者は責任を取って頂きたいのです。 全電源喪失は想定しなくても良いと決めた会議のメンバーも、近年の記録に残っている規模以上の地震や津波より大きな規模を想定しなくても良いと、決定した者達も、責任を取らねばならないのです。 徒らにスケープゴートを作る様な行為は戒めるべきであるが、「非常に重大な決定が、責任を取る覚悟など微塵もない、ひどく無責任な輩によって決められている事が原因になって、このような人災が起きたと言い得るのではないか?」ということなのです。 重要な判断を担った者は、失敗すれば重い責任を取らされるという社会通念や法的仕組みが出来ていれば、人は罰を受ける結果にならないように慎重に予測し決定することになるはずだから、人災は最小限にとどめることも出来たはずであり、結果的に責任者が罰せられるということも起きにくくなるのではないかと考えられるのです。
その1の続き 高速道路の制限速度が100km/hと決められたのは名神高速が出来た時だったでしょうか?いったい何時の時代なのでしょうね?シートベルトも義務付けられていず、ヘッドレストさえ無い車が売られていたのです。 しかし、車の性能や安全に対する取り組みは大きく進歩しました。特にブレーキやタイヤの性能の向上、アンチロックブレーキなどのドライバーズ・エイドも付く様になり、40年前には思想さえなかったような衝突時の衝撃を吸収するボディー構造で車は作られるようになり、もっとも安価なグレードの車にさえエアバッグが搭載されています。 現在の高速道路の制限速度は、そんな原始的な自動車ばかりだった1963年頃に定められた速度制限であり、その頃の性能の車で100km/hを許容するなら、現代では制限速度を150km/hにしてもその危険度が当時よりにわかに増すとは考えられないのです。 警察の死亡事故撲滅への取り組みが無駄であったとまでは言わないが、昨今の交通事故死亡率の低下は、警察の努力が実ったと言うよりは、安全に繋がる車両性能の向上と、車そのものの安全性が向上したこと、道路インフラの整備、シートベルト着用義務の法制化、飲酒運転時の罰金の強化、救急体制の充実、若年層の車離れといった理由で事故死する人数が減ってきたと思うのだが如何だろう? 事故撲滅と交通事故死を減らすには、法整備という仕組みづくりと、社会インフラの向上、科学技術による事故を起こしにくい、怪我をしにくい車作りという3要素が大きな効果を上げてきたと言えるだろうから、100km/hという高速道路の制限速度は、相対的に人間にとってより安全な速度に変質させてきたと言うことなのであって、ネズミ捕りや白バイ、覆面パトカー等の活躍があることで、人々が罰金や免許停止への恐怖感がつのって事故死を減らしているわけではないと言えるから、今後の交通事故対策は効果が証明できる上記の3要素に集約して行くべきと言えるでしょう。 そもそも、日本の道路の速度規制は諸外国の制限速度と比べても、低すぎるわけで、誰が低くしようとしているのでしょうか?制限速度を低くすることで交通事故での死亡者を減らす為に警察の力を使って大金をかける前に、国としては、年間の交通事故死者の3倍を越える自殺者を減らす工夫と努力をすべきであり、そのほうがはるかに不幸になる国民の数を減らすことに繋がるのと思うのです。 ![]() 明らかに高速道路の制限速度は遅過ぎるし、警察は刑法犯罪の防止に力を注いで、交通取り締まりに多くの人員を割くのは対費用効果の点でも止めるべきだし、事故を減らすことは警察の責任ではなく、行政によるインフラの整備と、事故を起こせない構造の車両を義務にすべきであり、運用責任は法律に従う個人のものなのです。 低い設定の制限速度という交通法規を守らせることで事故の件数と死者を減らそうと言う方法は一つのアイデアであり、効果もあることは認めるが、人間の本能的欲求も現実社会での必要性も短時間で移動を完了することを希求していることもあり、科学技術はそれを安全に実現しようとして進歩しているのだし、速度を落として安全性を高めると言う手法はそろそろ終わりにして、科学技術によってできるだけ速い移動速度を許容すべき時代になって来ていると思うのです。 高速道路の制限速度違反の取り締まりなど警察はさっさと止めにして、ICチップの入った免許証を車のID認証装置に差し込んで指紋認証しないと運転できない様にするのです。 そのID認証装置が走行速度などを自動監視し、違反と罰金と言う発想ではなく、鉄道の特急料金と同じように、速く走る車両から高い利用料金を徴収する仕組みを導入して、制限速度を撤廃するか大幅に上げるべきだと考えるのです。 道路交通法をよく守っている優良ドライバーには高速道路の速度に対する超過金を減免する特典を与え、道路交通法を守らずに居ると、速度超過による料金の減免特典が無くなるだけでなくマイナスのマイレージが溜まるようにして、高速道路での特典や速度超過を一切認めない措置をして、危険な一般道路での違反行為も抑制するのです。 つまり、高速道路を速く移動したい人は料金を多く払うことである程度の速度は自由に出せるようにするのです。そして基準速度を守って走る人には安い道路利用料で提供するのです。 無事故無違反の特典としてマイレージが溜まると、そのマイレージによって高速道路の速度を高く保っても基準速度と同じ利用料金で走れるようにするのです。例えば10年間の無事故無違反で100ポイントのマイレージを溜めた人は基準速度120km/hの道路で140km/hまでは同じ金額で料金が増えないと言う具合です。 マイレージが100ポイント以上溜まると、超過速度が認められるようになり、基準速度より速く移動したい時には速度超過料金を払えば許されるようにするので、例えば基準速度に対して20%速度が増えるたびに基準税の2倍を払うことでそれを許容するのです。基準速度の2倍の速度で走ると10倍の利用料を払うことになりますから普通は5千円の料金で走れる道路が5万円を払えば倍の速度で走ることを許可されるわけです。 僅かな時間でも、そういう速度を出したことはICチップに記録され、高速道路などの出口で直ぐに読み出されて中央のコンピューターに知れるので、逃れることは出来なくなり、そうすれば速度をオーバーして走る人など居なくなるはずなのです。 運転のミスでは事故が起きにくい車両になっていれば事故は殆ど起きないはずですが、事故の責任は当然個人が負うのであり、強制自動車保険は車とのセットではなく、免許証とセットにすべきでしょう。 以前ETCの可能性で書いたことに良く似ていますが、そういう方法に変えてゆくべき時代と思います。 制限速度を設けてそれに違反する可能性を常に国民に与え、違反を犯しやすい環境を作り置き、罰金を採り上げる手法は、警察に特別な権力意識を与えてしまうばかりでなく対費用効果として非常に効率の悪い集税法だから、止めてもらって、高価なパトカーや覆面パトカーを使って燃料費や維持管理費を浪費する税金の無駄使いを止めさせましょう! 自己責任を重視する道路交通法へシフトし、交通事故を減らす責任を警察に押し付けない。高速道路も鉄道の特急料金と同じように速く走る車両から高い利用料を徴収する仕組みを導入して行くべきではないかと考えているのです。
中国のネット上で話題になったことがある「日本人の民度の高さ」についてだが・・・。 驚くべきことに、交差点で車が一台も通っていないにもかかわらず、日本人は赤信号を守り道路を渡らなかった。そしてだれも信号待ちの先頭に出ようともしないのだ・・・。やがて信号が青に変わると先を争うことも無く順番に道路を渡って行った・・・・。 赤信号でも渡れると思えば渡る中国人が、いつもの習慣で、つい信号無視をして日本の町の交差点を渡ろうとしたら、車がやってきてぶつかりそうになった。間一髪のところだったが、そのドライバーはクラクション一つ鳴らさずに止まってくれた。 これらのネット上の書き込みは、日本に旅行した中国人が日本で経験した驚きを書いたものだが、皆さんは何を感じるだろうか? 中国人の多くが、日本人の民度の高さを賞賛しているのは解るが、私にはやや耳が痛い思いもするし、実際には些細なことでもキレて暴力を振るう日本人も居て、そういう日本人に出会わなかった中国人旅行者はある意味幸運だったと言えるかもしれない・・・・。 確かに、私も今の車に替えて4年目になるが、クラクションは3回ほどしか鳴らしていないし、人が飛び出して来ても、止まれるならクラクションは鳴らさずに止まることだろうから、それは事実には違いないだろうが、車の来ない赤信号でも信号が変わるのを待ち、それまで道を渡らない日本人に疑問を感じないことも無いのだ。 尊法精神と言うかコンプライアンスとして、道路交通法を守ることが悪いとは確かに思っては居ないのだが、交通量の極少ない時間帯などに、赤信号で待つ歩行者も、車も、見渡す限りの見通しが出来る交差点で、車が来る気配さえ無い場所でも信号が青に変わるのをじっと待つことに疑問を感じないことは如何なものだろう? 私の昔の古いBlogにも書いたことがあるのだが、もしそういう状況で信号無視をした者が居たとしたら・・・、そしてそれを警察官が物陰から見ていたとしたら・・・・、何が起こるか皆さんは想像がつくでしょう。 たとえ危険が無くとも、車が来ないことを確認して安全を確認していたとしても、車の運転者がそれを行えば違法行為として見咎められ、違反切符を着られて罰金を払うことになるのです。 私は恥ずべきことだと思っていますが、日本の警察はそういう取り締まり方を、未だに普通に行っていますね。 このBlogの過去記事に書いたことだが、以下を参照してください。 20年ほど前のドイツの片田舎での話しだ。 私の仕事上の知人がレンタカーで確かデュッセルドルフの郊外を移動中、殆ど車が通っていない交差点で、赤信号で止まったそうな・・・。 そこに、たまたまおまわりさんが居て、車に近寄ってきて、赤信号にもかかわらず、発車しろと合図を送るのだ・・・??? 知人は信号を指差し、「赤だから・・・」止まらなくてはいけないと言う・・・。 おまわりさんはさらに近寄ってきて、「自分の目で安全が確認できて車も歩行者もいないのに止まっている必要は無いだろう、貴方にも眼は有るんだろう」と言ったそうな・・・・・。 これが、先進国、文化国家と言う物だろう、さすがに速度無制限のアウトバーンを維持する国だけのことはある。このドイツの片田舎の一警察官のしていることが法律と言う物の原点を物語っていると思う。 立法の精神とはそういう意味であり、重要なことなのだと思う。 何故信号機が出来て、信号に従えという法律を作ったのか?・・・それはラッシュアワーなどの交通量が多いとき、交差点が危険だから信号機を設けた訳で、交通量が激減する時間帯に、一旦停止し安全が確実であるなら、自分の判断で信号は無視しても、実害も無く、安全も確保できるなら、そこへ硬直した規則など充てないということなのだ。 日本の地方の郊外で見かける、黄色点滅や赤点滅の信号機はそういうことを自動的におこなう仕組みを持った信号機と言えるが、ドイツの田舎のおまわりさんは、たとえ信号機が赤だとしても、自分で確認して安全かどうか判断するのが本来の安全確保の基本的姿であることを教えてくれている。 例えば、目の前の交差点にタンクローリーが立ち往生している時、信号が青だからと言って、タンクローリーに突っ込んでゆく者がいるだろうか?・・・丁度その真反対のことをそのおまわりさんが示唆したのです。(注:ドイツのおまわりさんが全てこういう認識であるかは確認していない) 法律とは市民の安全・平和のためであり、法のための法ではないという解り易い例だ。 本来、法律や規則もそうでなくてはならない。「法多ければ国危うし」のことわざの通り、硬直した法治国家は危険で、決して成熟した豊かな国の姿ではないのだ。 物陰に隠れ、一時停止違反等を見とがめて違反切符を切る日本の警察の心貧しさ品の無さ、警察組織全体の心得の違いが、日本の現状レベルを投影しています。・・・・残念ながら、我が国はそうした部分では大人になっていない国なのです。 ここは世界一安全な国、日本ですが、くれぐれも信号が赤でも自分で安全を確認できるからと言って信号無視はしませんように・・・・物陰で警察官が見張っているかもしれません、違反切符を切られてから、警察官に立法の精神を説いてみますか?・・・ここは日本、自己責任の認識の高い先進国ドイツではないのですから。 いわゆるネズミ捕りという取り締まり方も同様です。ドライバーから隠れて、運転者が速度違反をしたところで捕まえて罰金を科すやり方は、交通違反などを未然に防ごうと言う行為ではなく、犯罪者を作っておいて捕まえて罰金を徴収する手法ですから我国の警察の程度はかなり低いのです。 10人ほどもの警察官を配備して、ネズミ捕り方式の一斉取締りをするなら、その10人を危険が多い場所に立たせて置いたほうが違反者を作ることなく安全が保たれるはずですが、ネズミ取りというやり方は、何処で取締りがあるか解らないようにして、常に違反をさせないようにドライバーの利害意識に訴えかけて速度違反を抑制しようとするやり方ですから、いわば恐怖を与えて違反者を減らそうと言う手法と言えるわけです。 しかも、その取締りの根拠となる制限速度が正しい設定かどうかについて運転する側に異論を唱える余地が与えられていないのです。 多くはスピードが出せる様な道路状況にしては低い制限速度が設定されていたりする場所で一斉取締りが行われる傾向が有ると感じています。 本当に事故や危険な違反行為を減らそうと言うのであれば、幾らでも他に方法があるにもかかわらず、このような取り締まり方をしている本当の理由は何でしょうか? 例えばMシステムと言う警察庁が大金をかけて設置している仕組みを応用すれば、特定の車両のある地点からある地点までの平均速度が解るから、論理的に速度違反無しで到達できない時間で2点間を通過したと言う事実を持って違反として呼び出すことも技術的には可能だし、高速道路では入り口と出口の通過時間と距離との演算でも同様に違反の有無が解る訳だから、その部分の法整備だけで、実際に速度違反などはほぼ根絶できてしまう可能性が高い。 今日の技術レベルでは、自動車のシステムマネジメントコンピューターのメモリの中に、速度情報記録メモリエリアをシェアするだけでも、後で読み出して速度違反があったかどうかを簡単に調べられる仕組みも構築できるのは殆ど誰にでも解るはずだ。 それなのに、そういう確実な方法を採らずに、高速道路などに配備する大量のパトカーや覆面パトカー、オービス等への設備投資やネズミ捕りに必要な人員の人件費に莫大な費用をかける取り締まり方を続ける意味は何処にあるのでしょうか?税金の無駄遣いを罰金で補おうとでも言うのでしょうか? それとも、違反者を沢山検挙し、罰金を多く取り上げて国庫に収めるノルマでも存在するのでしょうか? 一般道はともかく、全国の高速道路の制限速度は殆どが低すぎる設定だと思うのです。 低い制限速度を設定していれば違反者が相対的に増えるから、取り締まって速度違反者を作りやすく、罰金を科しやすい訳です。 その2へ続く
早速計測用のソフトをインストールして、速度を確認してみたが、プレクスターのSSDはCドライブのシステムディスクなので、他のHDDのようにデータだけを扱っているわけではないので速度を純粋に比較することは出来ないかもしれない。 なぜなら、Webで見かける報告よりはかなり速度が低く、マザーボードがネイティブに対応しているSATA6GとASUSのU3S6のボードをPCIx8のスロットに入れたところに接続した場合の違いなどもあるかも知れず、どうやら正確な比較検証は出来ないと感じている。 ![]() 上の画像はプレクスターのPX-2563MPのデータで、上が普通に接続した物で下がアイオーデータ製のディスクアクセス高速化用バッファリングソフトのマッハドライブを使って計測したものです。 ASUSのU3S6に問題があるのか?スロットはPCIX8に挿してあるから問題はないと思うが・・・。 メーカーの謳う読み込み540MB/Sには程遠い数値だ・・・。書き込みもかなり遅い・・・。 ネイティブでSATA6Gを保証するマザーボードでないとやはりこんな感じなのだろうか? とは言えHDDに比べれば速いので・・・まあよし・・・でしょうか?? Webのレビューなどを見るとSSDの速度計測は、データディスクとしてOSを入れていないドライブに書き込んだり読んだりして、速度が出ていると書いているのですが、私はCドライブで計測したのでOSが入っているのだけれど、そういうドライブで試してもらわないと、どうもデータだけのドライブとは速度は違うと感じるけれどな~・・・・。 アイオーデータ製のソフト、マッハドライブを使ってもSSDの速度のほうがHDDより低い結果となった??? マッハドライブの威力は、速度の向上より書き込み回数の激減と言うことがSSDの寿命にとって福音となるのだろう。 体感的にマッハドライブで早くなっているとはほぼ感じられない。 マッハドライブを使うならHDDでも充分か?? ASUSのU3S6というインターフェースボードを使ってSATA6G・・・・あれドライバー入っていない!!・・・何故動いたのだろう??ドライバ無しでも機能するということか?それで速度が充分出ないという事らしい・・・・笑。 マーベルのSATA3ドライバー当ててみたら、さらに遅くなってしまった・・・・・よく解らん??結局ドライバーを外した・・・。(自動的に標準のAHCIが当てられていたから?) (DELL・T7400という3年前のワークステーション・XEON5482/3.2GHz×2CPU・メモリ16Gb。) 参考の為ですが、3台目のワークステーションDell T7500のCドライブ(SATA3G接続)に取り付けたIntelの320 Series SSDSA2CW160G3K5のデータを貼っておきます。(上がマッハドライブ無し、下がマッハドライブ使用時のデータです) ![]() 以下に、HITACHIのHDDとMAXTORのHDDのデータを比較のために計測したものをアップしておきます。 ↓は、HITACHIのHDS723020BLA642の計測データ(U3S6接続です。) ![]() HITACHIのHDS723020BLA642は流石に最近のHDDで、キャッシュメモリーも64Mbと多く、SATA6Gに対応しているから、なかなか速い・・・。(ASUSのU3S6インターフェースボードを使っているので、まあ、多少は良いかもしれない) マッハドライブを使うと何故かランダムの小さなデータのときHDDのほうがSSDよりかなり速い???。 ↓はMAXTORのATLAS10K5-147SAS BP00のデータで、DELLのワークステーション専用SAS接続です。 ![]() SSDはCで、システムドライブだが、MAXTORやHITACHIのHDDはデータドライブだけなので、その違いが数値に出ているかもしれない。 一時代前のSASのHDDって、こんなものでしょうか・・・?? 10000RPMでも、回転数で稼ぐやり方って、7200rpmと比べても僅かな違いだと気付く・・。 マッハドライブを使う時に限れば、SSDより成績は良い。 SAS接続の威力であろうか? こと速度に関して言うなら、マッハドライブを使う限り、書き込み速度を向上させるにはHDDのままで充分と言えそうだが、実際のストレージからの読み込み速度は何処のどんなファイルを読もうとするか作業者にもわからないことも多いので、ダミー用のデータをあらかじめ置いておくテスト計測のようには行かないはずだ!!従って読み込み速度は、計測データを鵜呑みにするわけにはいかない・・・。 このソフトによるテストでは書き込み速度は信用できるものだろう。 |一覧| |