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カテゴリ:徒然
浴衣に袖を通すと親父を思い出す。
あれは何年前だったか。当時母は町内会の役員をしており、盆踊り大会の世話の為に忙しくしていた。 本番の夜、浴衣姿で粧して出掛ける母の後ろ姿と遠く聴こえる音頭に誘われて、親父はぼそりと呟いた。 『儂も行こうかな。』 だがその望みは叶わなかった。 母の居ぬ間に意気込んで引っ張り出した青年団時代の親父の浴衣は、虫食いや染み汚れでとても着られたものではなくなっていたのだ。 傷んで惨めになってしまった浴衣を前に、無言で座っている親父の背中は寂しそうだった。 だから社会人になったばかりだった俺はそんな親父の背中に無言の約束をしたのだ。 『今はまだ稼ぎが少ないけど、いつか親父に似合う渋い浴衣を買ってやるから。』 結局、その望みも叶う事は無かった。 翌年の春先。 親父が倒れたという知らせに、俺は仕事着のまま会社から戻った。 靴を脱いで上がる間も無く、玄関口で母は俺の顔を見て一言こう言った。 『寝間着の浴衣、買って来てくれる?お父さんに着せるから。』 その言葉で、俺は親父がもう助からなかった事を悟ったのだった。 単車を飛ばして、近所の雑貨店に向かう。 店先にはおおよそ渋さとは程遠い、入院患者が着るようなガーゼ製のてれんとしたダサい浴衣がパック詰めになって売られていた。 少しでも格好良く見えるものを、と吟味する俺に店員が世間話をして来る。 『どなたか入院なさるの?』 ええまぁ、と曖昧な返事をして一着買う。 違う。 俺が買いたかったのはこんな浴衣じゃないんだ。 中年になって、下腹の出た、でも背が高くて体格のいい親父に似合うカッコいい浴衣を買いたかったのに。 悔しくて泣ける程、その浴衣は安かった。 夏。 俺ももうそれなりの年になり、あの頃よりも自由になる小遣いは増えた。 けれど浴衣を着て一緒に歩いてくれる親父は居ない。 一度でいいから、二人で涼みながら呑んでみたかったなぁ、と、そんな事を思う。 毎年、浴衣を着る度に。 *+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+* ぎゃ~ハズカス~! 久々に書いちゃった。なんちゃって小説。 文系人間で、物書きの経験も少しあるのでたまにやっちゃいます。 恥ずかしいなら公開しなきゃいいのに(笑)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006.08.22 04:18:19
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