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![]() またまたローカルなお話です(笑)。 それはまだ武蔵坊弁慶が鬼若丸と呼ばれていた頃、乱暴が余って比叡山を放逐された後、映画「ラスト・サムライ」のロケ地となったことで有名なお寺で修業をしていた時のことです。ある時、そこからちょっと離れた東方の山に登る機会がありました。 修業をしていたお寺がある山は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が降臨されたと言い伝えのあるところで、素戔嗚尊を祀っています。 東方の山とは先日の日記にも書きましたが、天照大神の孫、邇邇芸命(ニニギノミコト)が素戔嗚尊(スサノオノミコト)から天津日継(古代倭国統一の資格)を譲り受けた場所という伝説があったり、また大己貴命(オオナムチノミコト)(大国主命(オオクニヌシノミコト)とも)と少彦名命(スクナビコナノミコト)が国造りのため降臨したところと伝えられ、2神を祀り、山全体を御神体としているところです。 その山でお昼になって、弁慶がお弁当を食べていると、どこからか転がってきた小石がお弁当の中に入ってしまい、弁慶はガリッと噛んでしまいます。そして小さく砕けた小石をお箸でつまんで東に向かって放り投げました。 飛ばされた2つの石は川の東に落ちるのですが、それが平木橋の近くです。そして落ちた石はだんだんと大きくなっていったというのです。 写真の石がそのひとつ。「米俵」程の大きさと表現されています。一旦弁慶の口中に入った小石が大きく成長?したもので、修業をしたお寺にある弁慶のお手玉石くらいあるでしょうか。落ちたのは松林の中、今ではその場所は住宅街になっています。大正初期に造成される際、公民館の猫の額ほどの庭へと運ばれました。石の真中が窪んでいますが、これは弁慶がお箸でつまんだ跡だと云われています。 これもやはり弁慶の怪力ぶりを物語るエピソードのひとつです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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