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(フロリダ・ディズニーランドにて、2009年5月)


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誠司、09年4月、満6歳8か月



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誠司(横向き).jpg


誠司メリークリスマス2008.jpg

Mae's Room

2009-1期HP 表紙

2009-1(Jan)

2008 Christmas Card


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Dec. 2008



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誠司+クリスマス(2).jpg



近所のお子さんたちと.jpg

短い間でしたが、いっしょに遊んでくれてありがとう!
(近所のお子さんたちと!)08年5月



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誠司+ディズニー・シー


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HP表紙(+誠司).jpg


芽衣&誠司D.jpg


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誠司 満5歳8か月、芽衣 満2歳 (08年4月)

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2008年3月、誠司、満5歳8か月


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誠司&芽依


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sage and mei  Jan 2008
誠司と芽依(2008年Jan.)


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(誠司5歳4か月、芽依1歳7か月、2008年 Jan.)


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(誠司5歳4か月、芽依1歳7か月、2008年 Jan.)


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(誠司5歳4か月、芽依1歳7か月、2008年 Jan.)


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(誠司5歳4か月、芽依1歳7か月、2008年 Jan.)


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(誠司5歳4か月、芽依1歳7か月、2008年 Jan.)



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誠司・芽依 2007年クリスマス


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誠司・芽依 2007年クリスマス


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誠司・芽依 2007年クリスマス


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誠司・芽依 2007年クリスマス


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誠司・芽依 2007年クリスマス


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誠司と芽依(07年12月15日)誠司満5歳4か月、芽依満1歳7か月


誠司横顔
誠司(07-11)満5歳2か月

Jim's House
●JIM’S HOUSE (デニーズの生まれ故郷です。)


誠司&芽依.jpg
誠司&芽依(07年9月)

sage2
07年8月20日・誠司が満5・0歳になりました!


Sage 1
07年8月20日・誠司が満5・0歳になりました!



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●HPのコマーシャルルを、地元のタウン紙に載せました。


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●2007年8月PHOTO


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●2007年8月PHOTO

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●2007年8月PHOTO

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●2007年8月PHOTO

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●2007年8月PHOTO

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●2007年8月PHOTO

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●2007年8月PHOTO


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芽衣が満1歳になりました。(ちょっと、こわい顔をしています!)
07年5月


誠司満4歳9か月
誠司・満4歳9か月(07年5月)


芽衣満1歳
芽衣・満1・0歳


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誠司&芽衣、フロリダのディズニーランドへ行く(07年5月)

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芽衣(満11か月、1歳まで、秒読み)07年4月

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誠司(満4歳8ヶ月)


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●誠司が地元の新聞に載りました。しかも第一面、トップに!

07年4月

数週間前、近所の図書館の「Eggstravaganza」というイベントへ行ってきました。復活祭でよく登場するウサギのぬいぐるみを着た「バニー」、様々なゲーム、顔の塗り絵、風船を膨らませて色んな形にしてくれる人、そして目玉の「たまご探しゲーム」をする春のお祭りです。 子供達はかごいっぱいにプラスチックの卵を見つけるのを楽しんでいました。卵にはたくさんの景品が隠されていて、殆どがお菓子なんですが、中には小さな紙切れが入っている卵があって、それがあると小さな福袋と交換できます。セージは全部で40個近い卵を見つけました。 福袋の券も5枚も見つけたので、彼の友達に分けてあげました。

イベントでは新聞社のカメラマンが写真を撮っていました。セージが卵を探しているところを写真で撮ったので、セージの名前は何かと聞かれました。新聞に載るのかと期待していましたが、ソーイチはカメラマンが沢山写真を撮っていたのでセージの写真を使う確率は低いよ、と話していました。ところが、どうでしょう、復活祭の朝、セージの写真がアーカンソー州で一番有名な新聞社アーカンソー・デモクラット・ガゼットに載っていたのです。ソーイチ、メイ、私の写真も他の写真数枚に写っていました。不運にも数ヶ月前、この新聞の購読を止めてしまっていました。セージのプリスクールの先生が、新聞をくれました。ありがとう!(デニーズのBLOGより)



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Mae 11months
芽衣・11か月(07年4月)


Mae 11 months -2



誠司&Denise
誠司 4歳7か月 芽衣 満10か月 (水仙畑にて、07年3月)

Sage and Mae

mae 10か月

水仙




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誠司07-03
07年3月

芽衣0703
07年3月

07-2-11-3
(誠司・満4歳6か月)

07-2-11-1
(芽衣9か月)

07-2-11-2
(誠司、ガールフレンド?と。07年2月)


2007-1-31
誠司・満4歳5か月、芽衣・満8か月(07年1月31日)


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2007・1月(芽衣・満8か月)


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2007年1月1日、正月(誠司4歳5か月、芽衣8か月目に)

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誠司・小学校
誠司・満4歳4か月(小学校へ入学)

誠司馬06-12-27.jpg
誠司(4歳4か月)

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誠司テレビ電話2
2006年12月9日朝(テレビ電話で)

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誠司$芽衣2006-10-31
左から、芽衣(5か月)、Denise & 誠司(満4歳2か月)

誠司2006-10-31-1 4歳
誠司・満4歳2か月(2006-10-31)

誠司ハロウィンーン2006
誠司・満4歳2か月(ハロウィーン)

誠司2006-10-31-1

sage
誠司・満4歳2か月

誠司&Mae

May(芽衣?)誕生、06-05-18
誠司に、妹のMae(芽衣?)が、誕生しました。
06年5月18日の朝です。
生後直後のMae。



149092209_c98cddaf72_m.jpg 誠司&メイ


メイ メイ
生後2日目のMae。


Mae
芽衣・満5か月


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誠司060915-1
誠司(06年9月ー満4歳1か月)

誠司060915-2


芽衣0609-15-2
芽衣(満4か月)

芽衣060915


芽衣.jpg
芽衣・06年6月(生後1か月目)


誠司&芽衣
誠司と芽衣(妹)(06年07月25日)(誠司、3歳と11か月、芽衣2か月)
うれしそうな誠司と、どこか不安げな芽衣。


誠司(砂浜)


誠司06-07


誠司 06年6月
誠司 06年6月23日


誠司の赤ちゃんがえり(?)(笑い)
誠司が、赤ちゃん返り(?)
多分メイのまねをして遊んでいるのだとおもいます。(笑い)


Sage & Mae
誠司とメイ(06-06月2日)


今度、二人目の孫(Mae)が生まれたのですが、
双子と思えるほど、よく似ています。
驚きました。

ただし誠司は、男の子です。
Maeは、女の子です。

写真を見比べているのですが、
どうしても区別ができません。

上の2枚の写真が、誠司です。
3番目の写真が、今度生まれた
メイです。


誠司誕生直後.jpg
誕生直後の誠司(2002年8月)


誠司生後直後(2)
誕生直後の誠司(2)



下の写真が、今度生まれた、孫です。
女の子です。
名前はMae(メイ)と言います。


誕生直後のMae(メイ)06年5月18日
誕生直後のメイ(2006年5月18日)

生まれた年はちがいますが、双子ではないかと
思っています。

ワイフも、まったく私と同じ意見です。


不思議ですね!


**************************


誠司+水仙

誠司・満2歳7か月(05年03月21日撮影)






    みなさん、こんにちは!

はやし浩司のエッセー集 & 誠司(孫)の写真集です。
マガジンのバックナンバーも、お楽しみいただけます。
   一番末尾から、マガジンをお選びください。

Welcome to my Website and here in the site you can enjoy
my essays and some photos I took, though these are all written
in Japaese, sorry! Photos show my G-son, named Sage!






誠司(ジーンズ)


誠司(1歳、日本)


誠司(ベッド)


怒っている誠司(?)


誠司(よーよー)


誠司(おむつ)


幼稚園(2)
     誠司 06年2月(満3歳6か月)

幼稚園
誠司、幼稚園で


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像
     誠司 in Japan  06-1月(誠司・満3歳4か月)


HPからの画像


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HPからの画像


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誠司05-12-5
誠司、満3歳4か月(05-12-5撮影)


誠司05-11-13、満3歳3か月
誠司満3歳3か月(05-11-13)

05-11-14


2005-11-01 22:08:53
誠司、満3歳2か月、ハロウィーンの仮装より (05-10-31)

2005-07-03 17:50:10
誠司もうすぐ、満3歳(05-07-02)
多分、蝶の大移動を見ているのではないかと思います。(?)


誠司05-11

誠司05-11-2
トランポリで遊ぶ誠司

誠司、シーソー
シーソーで遊ぶ誠司

誠司、乗馬
ポニーに乗る誠司



************誠司・写真集*************

誠司笑う
誠司満3歳と10日

誠司051006

誠司0510-06-3

444

誠司オレンジ

3歳

2005-08-21 18:22:30
誠司・満3歳の誕生日で……

2005-08-21 18:22:12
誠司・満3歳に(05年8月20日)

2005-08-07 19:39:23
誠司 満2歳11か月(05年8月)

誠司&アイス
多分、おばさん(デニーズの妹、写真左端)に
アイスクリームを買ってもらい、それをパパか
ママに見せるために、走りよってくるところで
はないかと思います。勝手な想像ですが……(?)。

誠司笑い

まま&誠司

2005-08-07 19:39:39

222
誠司・満2歳10か月

050601

2005-05-09 20:20:35
誠司、満2歳9か月(05-05)

2005-05-09 20:20:20

宗市&誠司

2005-04-07 22:17:34
韓国の友人と……

誠司04-05-08
誠司  満1歳8ヶ月 (04-05-08)

誠司スパゲッティ(1)

誠司11-9-A
満1歳3か月

誠司&Denise

誠司12-12-1
誠司・満1歳3か月

誠司12-12-2

宗市
宗市、デニーズ&誠司(満1歳1か月)
(誠司は、私を警戒して、私をにらんでいる。
ときどきだまして、ママから引き離したため。)
誠司が着ているのは、浜松祭のハッピ。
義兄が、プレゼントしてくれた。

セイジ
満8か月目

0・5歳

誠司(10)
誠司・満6か月

0歳

誠司横顔
07年11月、誠司満5歳2か月


2005-08-16 17:51:22


07-01-10-2









誕生直後の誠司(2002年8月20日)

誠司ハレルヤ!
誠司・満1歳6か月
ではみなさん、またいつか、どこかでお会いしましょう!

パパやママのHPも見てください。
パパは、コンピュータのプログラマー、ママは、作家です!

はやし浩司は、ぼくのおじいちゃん!
子育てについて、いろいろ書いています!
HAVE A NICE DAY!

2005-06-08 12:53:29
誠司は、今、こんな通りに住んでいます。(05年6月撮影)
この虹を見たとき、誠司は、虹のふもとまで、散歩に行こうと
二男に強く懇願したと聞いています。


***********おまけ************

林家の3兄弟
私の家の3兄弟
左から、長男、三男、二男です。
居間で、したい放題のことをして
いたところを、カメラに収めました。

なつかしい、+貴重な写真です。
(長男が7歳、二男が4歳、三男が1歳
前後のころの写真では、ないかと思います。)


img321
昭和51年(1976年)、BW教室のサマーインでの記念写真です。

Sage, painting a picture



誠司絵画3
誠司・2006年11月作品(満4歳3か月)








日記(全文は、どうか無料マガジンの方で、お読みください!) [全9006件]

2012年2月10日楽天プロフィール Add to Google XML

●リビドーとサナトス(自己否定のはざまで) 

●自己否定(リビドーとサナトス)

+++++++++++++++++++++

どうしてああまでがんばるのか?
いや、私やあなたのことではない。
あの独裁者たちのことである。

少し前は、リビアのカダフィー。
今は、シリアのアサド。

言い換えると、「自己否定」というのは、それほどまでに恐ろしいものであるということ。
自己否定に追い込まれるなら、「この宇宙もろとも」という考え方になる。
……らしい。
だから抵抗する。
最後の最後まで、抵抗する。
国民全員が死んでも、構わない。
つまりがんばる。

日本の政治家の中にも、このタイプの人間がいる。
小沢一郎氏や鈴木宗男氏を見ていると、そう感ずるときがある。
「どうしてああまでがんばるのか?」と。

彼らは決まって、「日本のため」という言葉を口にする。
が、本当に日本のことを考えるなら、さっさと身を引いたほうがよい。
そのほうが、日本のためになる。
が、それはできない。
それをすれば、「では、今までの私の人生は何だったのか」となる。
……なってしまう。
つまり、自己否定。
生きていて、……そして長い人生を生きてきて、自己否定ほど恐ろしいものはない。
そのことは、定年退職者たちを見ればよくわかる。

定年退職したあとも、もといた会社にしがみつく。
肩書きや地位に、固執する。
そういう人たちは多い。
それもそのはず。
それを否定されたら、自分がなくなってしまう。
だからしがみつく。

と、同時に、私のように自由に生きてきた人間を許さない。
ある女性記者は、私にこう言った。
大手の新聞社で、記者をしていた。

「はやしさん(=私)、あなたのような人が成功すると、私たちは困るのです。
自己否定の世界に陥ってしまいますからね」と。

つまり彼らは彼らなりに、私のような人間の失敗を楽しみにしている(?)。
「成功者」でなくても、この世界で生きていること自体を、許さない。
だから私のような人間が失敗するたびに、こう思う。
こう思って、自分を慰める。
「ほらみろ、やっぱり人は独りでは生きていかれない。
私の選んだ人生のほうが正しかった」と。

フロイト流に考えるなら、人はつねに、リビドーとサナトスの間で葛藤する。
リビドーは、創造するエネルギー。
サナトスは、破壊するエネルギー。

皮肉なことに、生きる力の強い人ほど、破壊力もすさまじい。
このことも、世界の独裁者たちを見れば、よくわかる。
適当なところで、ほどほどにしてすますということができない。
最後の最後まで、がんばってしまう。
ときにそのエネルギーが、この世界を破滅に導いてしまうこともある。
ドイツのヒットラーを例にあげるまでもない。

+++++++++++++++++++++++

●今週は、子どもたち(小1児、小2児)に「座標」を教えてみた。
「位置の概念」を明確にするという点では、たいへん意味がある。
もう少し指導を重ねれば、「関数&グラフ」まで教えられる。
今回「座標」を教えてみて、そんな感触をもった。
4月からの実験教室では、その関数をテーマにしてみたい。

小学1年生だから、足し算と引き算……という考え方は、完全に「遅れている」。
そんなカリキュラムにしがみついているから、日本の教育はおもしろくない。
子どもたちを引きつけることができない。
1年もたたないうちに、「算数、大嫌い」という子どもが続出するのは、そのため。

「どうしてそんなことがわからないのか!」と叫んだところで、この話はおしまい。
まさに犬の遠吠え。
自分でもそれがよくわかっている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●「座標」

(小1児クラスより、一部)



(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 座標 BW教室 BW子どもクラブ 座標 浜松 はやし浩司 フロイト リビドー サナトス はやし浩司 創造と破壊)


Hiroshi Hayashi+++++++Feb. 2012++++++はやし浩司・林浩司



最終更新日時 2012年2月10日 13時6分57秒



1/2 アルツハイマー病の周辺で(知人がアルツハイマー病になったとき) 

●認知症(アルツハイマー病)とその周辺の人々

+++++++++++++++++++

ハラハラしながらの10年間だった。
それほど強く意識したわけではない。
しかしいつも心の壁に、ぺったりと張りついていた。
「私はだいじょうぶか?」と。

とうとう私の知人のHさん(70歳・女性)が、
アルツハイマー病と診断された。
私も「おかしい?」とは感じていた。
が、現実に身近にいる人がそう診断されると、
ズシンと心に重く響く。
「明日は我が身」と。

+++++++++++++++++++

●初期症状

 初期症状について、専門サイトは、つぎのように書いている。

★「健康インフォネット・HP」より

(1)自己中心的で頑固になった。
(2)理由の無い不安感にかられる。
(3)抑うつ状態になる。
(4)睡眠障害になる。
(5)幻視や妄想が重なる。
(6)人や物の名前がすぐに出てこない。
(7)新しい覚えることができない。
(8)物の置き場所をすぐに忘れる。
(9)いつもしているはずのことがスムーズにできなくなる。

ほかに、(行き慣れた道で迷う、調理手順を間違えたり忘れたりする、駅で行き先への切符が買うことができない、何度も同じことを尋ねてしまう)」と。
以上、「健康インフォネット・HP」より
http://www.kenkouinfo.net/arutuhaima-shoki/

★「健康生活・HP」より

(1) 人や物の名前を忘れる等の記憶障害。
(2) 日付が分からなくなる、お金の管理が出来ない、薬の管理が出来ない等日常の生活に支障が出てくる。
(3) 自分がいる場所が分からなくなる、徘徊を始める、介護が必要になる。
(4) 自分の妻や子供など人物が分からなくなる。
(5) 寝たきりになる、施設介護が必要になる」と数年~十数年かけて進行するのが特徴。
(6) 人の名前や物の名前が出てこない等年齢の割に物忘れが目立つものの、料理が作れる、身だしなみを整える等認知機能に障害が無く、生活に支障がない場合は「軽度認知障害」と言い、「認知症」とは診断されない。
(7) しかし、放っておくと1年に10%が認知症に移行すると言われていますので、運動や食事を工夫して認知症への移行を遅らせることが大切。

 さらに……

(1) 最も初期の症状は学習能力が落ちて新しい事を覚えていられないこと。論理的な思考力がなくなると言われる。
最近のことをすっかり忘れて全く思い出せないのは、海馬が壊れて記憶が定着しないもので要注意。
(2) 物の名前や人の名前が出なくなる。
ただ、すっと出てこないだけで、ヒントを与えると思い出したりする場合は記憶機能は壊れていない証拠でこれは良性の物忘れのことが多い。
(3) 目標に対してプランを立てたり、スケジュールを立てたりすることが出来なくなる。
(4) 家事や仕事の段取りが上手く出来なくなるのが最初の徴候。
例えば、お皿をうまく片づけられない。
調理の手順を間違える。
冷蔵庫の管理が出来なくなる、(空っぽになったり、逆に、同じ物を重複して買ってきたり)、着物をうまくたためない。
字が下手になる。捜し物が多くなる。
ガス栓などの閉め忘れをする。
飲み薬の管理ができない。
身だしなみがだらしなくなり、おしゃれをしなくなった。
風呂に入らなくても平気。
駅で切符が買えない、いつもの道を間違える。
同じことを何度も言ったり聞いたりする。
置き忘れやしまい忘れが目立つ等々が初期に出る。
(5) 短気になる。
些細なことでもすぐに怒るようになる。
(6) 物をどこに置いたか忘れることが多くなった
(7) 相手の話を聞いている時に、同時に自分が言うことを考えることが出来なくなる。
(8) 他人との会話が上手く行かない。
(9) 好きな事でも関心がなくなる、日課をしなくなる。
(10) 元気が無く憂鬱な感じになる。
あちこち身体の不調を訴える。
料理を作るのが面倒になったり、品数が減る。
(11) お金や物品を盗まれたと言うようになる。
以上、「健康生活・サイト」より。
http://www.ne.jp/asahi/web/oki/health/arutu.html

 こうして各サイトの初期症状を読んでいると、この病気の概要が、おぼろげながら浮かんでくる。

●Hさんとの電話

 Hさん(前述)について言うなら、これらすべてが当てはまるから、恐ろしい。
が、それだけではない。

たとえば電話にしても、(1)話している途中で、話題がポンと飛ぶ。
(2)同じことを、繰り返し言う。
(3)心に余裕がない話し方をする。(いつもピリピリしている。)
(4)一方的にしゃべるばかりで、こちらの言うことを聞かない。
(5)ネチネチと、いつまでもグチを言う。
(6)途中で電話を切ろうとすると、突然、怒りだしたりする。
(7)解決策を示してやると、即座にそれを否定する。
(8)つぎに電話をすると、前回話した内容を、すっかり忘れている。
(9)批判は、タブー。批判したとたん、混乱状態になる。

●私の立場

 アルツハイマー病については、いろいろなサイトが取り上げている。
が、その周辺で苦しんだり、キズついたりする人については、ほとんど取り上げられていない。
もちろんその人がその病気とわかっていればよい。
が、ふつうはわからない。
「?」と思うことはあっても、わからないまま、その人に引き回されてしまう。
私のワイフもこんな経験をしている。
この話は、4、5年前のBLOGに書いたことがある。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●ワイフの友人

その女性は、65歳くらいから、おかしな言動を繰り返すようになった。
突発的に興奮状態になることもあった。
70歳をすぎてから、音信が途絶えたので、様子はわからない。
しかし何かの脳の病気になり始めていたことは、じゅうぶん疑われる。

●こだわり

 その女性は、ことあるごとに、弟氏の悪口を並べた。
「法事に来たが、タクシーに乗ってきた」
「夫が話しかけたが、形だけの返事しかしなかった」
「法事というのに、柄物の靴下をはいてきた」
「供養の袋だけで、供物を何ももってこなかった」などなど。

 まるでその場をビデオカメラか何かに収めたかのように、ことこまかく悪口を並べた。
が、そうした(こだわり)のほうこそ、大きな問題だった。
その女性は、それに気づいていなかった。

●3つの教訓

 最近では、脳の活動の様子を、リアルタイムでそのまま知ることができる。
それによっても、こだわりの強い人というのは、脳のその部分は活動しても、ほかの部分が休眠状態になることがわかっている。
このことは、私たちに3つの教訓を与えてくれる。

 ひとつは、(こだわり)はもたないほうが、よいということ。
脳はいつも、平均的かつ全体的に、活動していたほうがよい。

もうひとつは、(こだわり)を少なくするため、いつも新しいことに興味をもったほうがよいということ。
平凡は美徳だが、老後の平凡は、美徳でも何でもない。
警戒すべきは、単調な生活。
変化に乏しい生活。
へたをすれば、そのまま死の待合室に直行……ということにもなりかねない。

 そして3つ目は、こだわりが強くなったら、脳の変調を疑うということ。
老人性のうつ病の主症状は、(老人にかぎらないが)、こだわりと考えてよい。
うつイコール、こだわり。
こだわりイコール、うつ。

●脳の老化

 そうでなくても、脳の老化は、日常的に経験する。
記憶力の低下、集中力、気力の低下など。
好奇心の低下は、そのまま自分の住む世界を、小さくする。
来る日も来る日も、同じことを考え、同じことをするようになったら、脳の老化はすでに危機的な段階に入っていると考えてよい。

 それに(こだわり)が加われば、そのこだわっている部分はともかくも、ほかの部分が一気に老化する。
その女性については、こんなことがあった。

●ボケ症状

 ワイフのクラブの会費を、その女性がなくしてしまった。
その数日前まで、こう言っていた。
「会費は青い封筒に入れ、バッグの中にあります」と。
が、ワイフがその数日後に電話すると、こう言った。

「私、そんなお金、知りません」
「青い封筒など、知りません。そんな話をした覚えは、ありません」と。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●青い封筒

 この青い封筒の話は、私もよく知っている。
その電話のとき私は、ワイフの横にいた。
こうして文章にして書くと、そのときの緊張感がうまく伝わらないかもしれない。
ワイフは、相手のこの言葉に、かなりキズついた。
怒るというよりも、ショック状態になってしまった。

 その話を思い出しながら、Hさん(前述)について、ワイフはこう言った。

「その人や、家族の人たちもたいへんだということは、よくわかるわ。
しかしそうであるなら、周囲の人たちにも、それを知らせるべきよ」と。

 が、実際には、家族は、それを隠そうとする。
あるいは家族(配偶者や息子や娘たち)が、それ以上に無知であることが多い。
ある別の知人は、私にこう言って、怒鳴った。
「家内は、こだわりは強いが、頭はいい!」と。
私が「奥さん、だいじょうぶですか?」と言ったときのことだった。


最終更新日時 2012年2月10日 11時30分26秒

2/2 アルツハイマー病 



●Hさんとの思い出

 昨日、ワイフとHさんの話になった。
いろいろ思い出してもらった。

(事例1)行き先をまちがえたHさん

 ある日の午後、ワイフのところに電話がかかってきた。
仲がよかったAさんが、突然、入院したという。
Hさんは、こう言った。
「湖西市のX病院に、入院しました。奥さんにお伝えください」と。

 そこで私は近くにあったメモ用紙に、その旨、書きとめた。
書きとめたあと、Aさんの病状についても、聞いた。
で、電話を切るとき、念のためにと思い、メモを復唱した。

私「湖西市のX病院ですね?」
H「……私、湖西市なんて言っていません。鷲津(わしづ)です」
私「エッ、先ほど、湖西市とおっしゃいましたよ」
H「おとといも病院へ行ってきましたから、まちがえるはずはありません」
私「でも、確かに……。メモも取りましたから……」
H「どうしてそういうウソをつくのですかア!」と。

 そのままHさんは、激怒、電話は、大混乱になってしまった。

(事例2)なくなった老眼鏡

 クラブでのこと。
帰るとき机の横に置いておいたはずの、ワイフの老眼鏡が消えていた。
みなで探してもらったが、見つからなかった。

 で、先に帰った人のだれかが、老眼鏡をまちがえて持ち帰ったのではないかということになった。
Hさんもその中にいた。
が、老眼鏡は必需品。
そこでワイフは家に帰ると、先に帰った人たちみなに、電話で問い合わせた。
みな「知りません」と答えた。

 で、その翌週のこと。
再びワイフが老眼鏡を話題にした。
が、みな、「知りません」と。
が、見るとHさんだけが、近くのゴミ箱の中を探していた。
ワイフは、そのとき、「そんなところにあるわけがない……」と思ったという。

 で、いつものように例会が始まった。
が、そのとき、外から声がした。
「ありましたよ!」と。

 見るとHさんが、会館の横にある生ごみ専用のごみ箱を、ひっくり返しているところだった。

H「ほら、こんなところに!」と。

 見ると老眼鏡は鼻の部分で2つに折れ、ティシュペーパーに包まれていた。
ワイフはHさんに感謝したが、そのあと、Hさんへの疑念がどんどんとふくらんでいった。

(事例3)ガスコンロ

 Hさんの家には、1人の老人が同居していた。
Hさんの実母である。
その実母(当時、85歳前後)が、ときどきガスコンロの火を消し忘れるという。
Hさんは、たびたびワイフのところに電話をかけてきて、それをこぼした。
「あぶなくて、外出もできません」と。

 そこで、つまりその話を聞いたので、私は、ネットで検索をかけてみた。
「消し忘れ防止付きのガスコンロ」というのが、市販されていることがわかった。
そこでそれをプリントアウトし、ワイフにもたせた。

 が、そこで奇妙なことが起きた。
ワイフがHさんにその書類を渡すと、Hさんは、こう言ったという。

「どうしてこんなもの、私にくれるんですか。あなたに頼んだ覚えはありません」と。
そこでワイフが、「だって、あなたお母さんの消し忘れに困っているとおっしゃったでしょ」と。
が、これに対しても、「私は、そんなことをあなたに話した覚えはありません」と。
ワイフはその書類をそのまま、私のところにもって帰ってきた。

(事例4)繰り返される内容

 Hさんは、もう1人、Hさんの実兄のめんどうをみていた。
Hさんの実兄は、郊外にあるグループホームに入居していた。
「週に1度の面会」が、義務付けられていた。
それでHさんは、毎週、週末に、そのグループホームへ足を運んでいた。
それについて、ある日、Hさんから電話がかかってきた。

「私、死にそうになりました。
車を運転していて、突然、気がスーッと抜け、道路脇の電柱にぶつかりそうになりました」と。

 Hさんは、自分の苦労をことさら大げさに訴えた。
ワイフはHさんの聞き役に徹した。
途中で電話を切ると、Hさんは、混乱状態になる。
当時、すでにワイフは、そのことをよく知っていた。
「そうですか、たいへんですね」「ごくろうさまですね」と。
それだけを繰り返した。

 が、Hさんは、しばらくすると、また同じ内容の話をする。
しかもことこまかく、ていねいに……。
「私、死にそうになりました」と。
こうして電話が延々と、1時間以上。
ばあいによっては、2時間近くもつづいた。

(事例5)

 しばらくすると、ワイフは、Hさんから距離を置くようになった。
電話がかかってきても、居留守を使うことが多くなった。
そんな矢先、例の「青い封筒事件」が起きた。
預かっておいたクラブの会費を、Hさんが、紛失してしまった。

 Hさんは、「青い封筒に入れてしまってあります」と言った。
しかしその翌週、「そんなお金のことは知りません」「青い封筒の話など、知りません」と。

 結局その会費は、全額、ワイフが立て替えることになってしまった。
が、その前に……ということで、夜遅く、Hさんの家に電話を入れた。
Hさんの主人が、電話口に出た。
そこでワイフが、クラブの会費のことを伝えた。
が、Hさんの主人は、ワイフの電話に逆ギレ。
「うちの家内は、こだわりは強いが、頭は利口だ。そういう言いがかりをつけるのは許さない」と。

 一事が万事。
万事が一事。
 こうしてワイフとHさんとの関係は切れた。
ワイフの心は大きくキズついた。

●ピック病※

 似たような病気に、ピック病というのもある。
こちらも、アルツハイマー病のような前兆症状を伴う。
わけのわからないことを言う……というよりも、わけのわからないことをし始める。
家人がそれを知っているばあいは、まだよい。
ふつうは、家人もそれに気づかない。
気づかないまま、周囲の人たちが先に、トラブルに巻き込まれる。

 ……実は、私の近所にも、それらしき老人がいる。
見た目には、「まとも」だが、行動がおかしい。
私もワイフも、トラブルに巻き込まれるのがいやだから、いつも遠巻きにしてその人を見ている。
が、その人のほうから、からんでくる。

 年齢は、現在、75歳前後。
男性である。
一応、他人とは、ふつうの受け応えができる。
ガスや電気の検針員さんたちとは、ふつうの(?)会話をしているよう。
が、突然、何をどう勘違いしたのかわからないが、私の家に怒鳴り込んできたりする。
「報復」と称して、窓ガラスを割られたこともある。
(そばに、「報復」と書いた紙が、張ってあった。)

 が、そういう人にかぎって、(先に書いたHさんも、そうだが)、病院へは行かない。
Hさんのばあいは、夫のほうがそれを拒否した。
近所の男性のばあいは、奥さんのほうが、認知症気味。

 ……というような例は多い。
この先、さらに多くなる。
老人の数に比例して、多くなる。

加害者になるのも、被害者になるのも、「明日は、我が身」。
私自身がそのアルツハイマー病になるかもしれない。
あるいはすでにピック病になっているかもしれない。
みなに迷惑をかけるようになるかもしれない。
けっして、他人ごとではない。

 要は、いかに自分自身を正常(?)に保つかということ。
そのためには、何をすればよいかということ。
方法がないわけではない。
その第一。
「社会との関わりを失わない」、である。
私が観察した範囲では、社会との関わりを失ったとたん、(あるいはその逆もあるが)、一般的なボケは、一気に進む。
あとはその悪循環の中で、ますます社会との関わりを失い、ボケ症状は進む。
アルツハイマー病やピック病は、「病気」。
早期発見、早期処置が重要と言われている。
社会との関わりがないと、それもできなくなる。
変化をとらえることが、できなくなる。

 ……ということで、今朝は「アルツハイマー病」について考えてみた。

(注※……ピック病)

日本大百科全書(小学館)には、つぎのようにある(YAHOO百科事典より転載)

「ピック病(ぴっくびょう)
Pick's disease
限局性大脳萎縮疾患。精神医学者アーノルド・ピックArnold Pick(1851―1924)によって1892年に報告された。
ピック病は大脳の萎縮性疾患だが、大脳の前頭葉や側頭葉が侵される「前頭・側頭型認知症(FTD:frontotemporal―dementia)」である。
アルツハイマー病が頭の後方から委縮が始まるため、後方型認知症とよばれるのに対して、ピック病は前方型認知症とよばれることもある」(以上「日本大百科全書」より)と。

(はやし浩司 教育 林 浩司 林浩司 Hiroshi Hayashi 幼児教育 教育評論 幼児教育評論 はやし浩司 はやし浩司 アルツハイマー病 ピック病 Hさんのケース)


Hiroshi Hayashi+++++++Feb. 2012++++++はやし浩司・林浩司







最終更新日時 2012年2月10日 11時29分45秒

2012年2月9日

0/2 依存性とドラ息子論(メタ認知能力)

【メタ認知能力】byはやし浩司 2012-02-07日編

●私を知るために

+++++++++++++++++++++

 今朝は、午前4時に目が覚めた。
しばらくそのまま目を閉じていた。
が、そのうち、GIVE UP!

起きるとすぐランニングマシンに。
30分の運動。
ほどよい汗が、全身を濡らした。
で、そのまま書斎に。

肌で感ずる生暖かい風。
時おり屋根を打つ、はげしい雨。
今日も始まった。

2月07日。
午前5時。

++++++++++++++++++++

●活動開始

 昨日、大きな講演会の申し込みが、ひとつあった。
8月x日。
8月!

 こういう寒い日々がつづくと、8月の、あの暑さが恋しい。
本当に、今年も夏が来るのだろうか。
そんな思いが、ふと、心の中を横切る。
……というか、それまで無事、生きているだろうか。
そんな心配も、同時に心の中を横切る。

 が、今、こう決めた。
「どんなことがあっても、8月まで、生きていよう」と。
(少し悲観的すぎるかな?)
その日に合わせ、体力と気力を整える。
毎日の運動と精進(=もの書き)を怠らない。
その講演を目標とし、前に向かって進む。

●恋愛

 先日、恋愛について、エッセーを書いた。
その中で、こう書いた。

同じ「愛」という言葉を使うが、若い人がする恋愛は、「愛」ではない。
愛と思い込んでいるだけ。
辛らつな言い方をすれば、「ベッドの上で、裸になってからみあう」、
それを若い人たちは、「愛」と錯覚している、と。

が、そんなことなら、そこらのイヌやネコでも、している。
そこらのイヌやネコでもしていることをしながら、「愛」と。
バカバカしい……。
(だからといって、恋愛を否定しているわけではない。誤解のないように!)

●子育て

 子育てについても、同じ。
若い父親や母親は、それが一大事とばかり、子育てをしている。
(一大事には、ちがいないが……。)
しかしその中身と言えば、本能に操られているだけ。
(だからといって、子育てを否定しているわけではない。誤解のないように!)

 最近の脳科学によれば、こういうこと。
あの赤ん坊ですら、無意識のうちに、親ごころを誘導しているということがわかってきた。
あの赤ん坊が、だぞ!
(もちろん無意識だろうが……。)
自分をかわいく見せ、親ごころを自分にひきつける。
乳児が見せる「エンゼルスマイル」もそのひとつと言われている。

 言い換えると、親はその赤ん坊に操られる。
操られるまま、「かわいい」と思う。
頬ずりする。
同時に自分の中に潜む、本能に操られる。
操られるまま、「かわいい」と言っては、子どもを抱く。

 さらに……。
このとき母親の脳内では、何かの麻薬を服用したときのような反応が起きるという。
つまり甘い陶酔感に襲われる。

そういう相互作用があり、親は子育てをする。
子どもは、親に育てられる。
子孫が後世に残される。

●メタ認知能力

 が、本能は本能。

だからといって、ブレーキをかける必要はない。
赤ん坊をかわいいと思いたければ、思えばよい。
子育てをすればよい。
(それがまちがっているというのではない。誤解のないように。)

 ただ人間というのは、そのつど、本能に操られて生きている。
無意識の世界からの命令だけに、本人がそれに気づくということは、まずない。
ないが、それに気づくかどうかによって、「私」の見方が大きく変わってくる。

つまりこういう自分を超えた視点に自分を置き、自分をより高次な立場で見る。
これを「メタ認知」というが、この地球上では、人間だけがそれをできる。
その能力を、「メタ認知能力」という。

 「メタ」というのは、「高次な」という意味※。
「メタ認知」は、英語では、「Metacognitive」という。

ウィキペディア百科事典には、こうある。

『メタ認知(メタにんち)とは認知を認知すること。
人間が自分自身を認識する場合において、
自分の思考や行動そのものを対象として、
客観的に把握し認識すること。
それをおこなう能力をメタ認知能力という』と。

ウィキペディア百科事典にケチをつけるのも気が引ける。
が、少し意味がちがうのではないか。
「メタ認知」というのは、「無意識下における自分の思考や行動を、客観的に知ること」。
私はそういうふうに、解釈している。
またそういうふうに解釈すると、意味がよくわかる。

(注※……「meta…英語の meta- は、後から(after)、超えて(beyond)、共に(with)、変化(change)などのニュアンスを持つ接頭語です。
「それまでの機能に加えて、後から機能を追加するためのもの」といった意味でしょうか」(Yahoo辞書))より。

●知的能力

 メタ認知能力は、学習と訓練によって養われる。
もちろんそれを身につけるためには、それなりの知識と、知的能力が必要である。
理性や知性が、大きく影響する。
言い換えると、本能に溺れるまま行動している人には、自分の姿が見えない。
私は私と思いながら、私でない部分に振り回される。

 先に書いた、若い人たちの恋愛にしても、そうだ。
若い父親や母親の子育てにしても、そうだ。
(だからといって、それがまちがっていると言っているのではない。誤解のないように!)

 が、自分の中に潜む本能を客観的に知るだけでも、「私」に対する見方が大きく変わる。
同時に「私」が何であるかが、よくわかるようになる。

●妄想性人格障害者(パラノイア)

 たとえば私には、妄想性人格障害的な傾向がある。
「パラノイア」ともいう。
ものの考え方が、どこか独裁者的?
あくまでも自己診断だが、私は、そう判断している。

(この自己診断が正しいかどうかということは、問題ではない。
「そういう傾向がある」というだけ。
またそのようにして、あれこれと自分を疑ってみることは悪いことではない。
そのつど、私は私をよりよく知ることができる。)

たとえば、私はひとつのことにこだわり始めると、脳内が一気に、不安定になる。
妄想が充満する。
不安や心配が、どっと大きくふくらみ、自分でも収拾がつかなくなる。
他人を信用しない。
疑り深くなる。
「パニック障害」とちがうのは、身体的症状を伴わないこと。
精神状態だけが、きわめて不安定になる。

 もちろん症状にも軽重がある。
まただれにも、そういった症状はある。
だからといって、「おかしい」とか、「欠陥人間」と決めつけてはいけない。
(私も、私のことを、そのように思っていない。誤解のないように。)

 が、それが私の弱点でもあり、欠点でもある。
パニック状態になると、大声で叫んだり、わめいたりする。
が、そんなときでもメタ認知能力があれば、自分を客観的に判断することができる。
「ああ、今の私はおかしい」と。

 そういう点では、メタ認知能力は、役にたつ。
自分をそのつど客観的に見ることができる。
それによって、自分をコントロールすることができる。
まずいのは、そういう「私」に気づかず、同じ失敗を繰り返すこと。
そこでこんなことを診断してみるとよい。

(1) いつも同じ失敗(トラブル)を繰り返す。
(2) そのつど、「二度としない」と心に誓う。
(3) が、時間がたつと、また同じ失敗(トラブル)を繰り返す。
 
 相手が配偶者であろうが、友人であろうが、知人であろうが、それは問題ではない。
ほとんどの人は、私であって私でない部分に、大きく操られている。
その原因がわかるだけでも、こうした失敗(トラブル)を未然に防ぐことができる。
「すぐに……」というわけにはいかない。
しかし時間が解決してくれる。

そのためにも、つまり「私」を知るためにも、心理学は、たいへん役に立つ。

(注※……『妄想性人格障害』について、ウィキペディア百科事典には、以下のようにある。

「この症状は、拒絶・憤慨・不信に対して過剰な感受性を示すとともに、経験した物事を歪曲して受け止める傾向に特徴がある。
普通で友好的な他人の行動であっても、しばしば敵対的や軽蔑的なものと誤って解釈されてしまう。
本人の権利が理解されていないという信念に加えて、パートナーの貞操や貞節に関する根拠の無い疑いであっても、頑固に理屈っぽく執着する。
そのような人物は、過剰な自信や自己指示を誇大にする傾向がある。
なお、この文脈で『偏執病』(パラノイア)という用語が意味するのは、単なる妄想や精神病の存在ではなく、人々に対する猜疑心や不信が理由もなく進行中であることを意味している」(以上、ウィキペディア百科事典より)。

●性Yからの解放

 もう何度も同じことを書いて、申し訳ない。
また同じことを書く。

……私は55歳前後に、「男の更年期」なるものを、経験した。
男性にも更年期があるかどうかという議論もある。
そうした議論は別として、そのころ私は、性YOKUから解放された。
(BLOGによっては、「禁止用語」というのがある。
ここでは「性YOKU」と書く。
「YOKU」というのは、「欲」のこと。
以下「性Y」と表記する。)

 最初にそれに気がついたのは、どこかのレストランで、雑誌を読んでいたときのこと。
巻末に、女性の裸の写真が載っていた。
かなりきわどい写真だった。
そのときのこと。
いつもなら、じっと見入るはずの私だったが、そのときは、ちがった。
その女性が、脂肪の塊(かたまり)のように見えた。
言葉はきついが、「ラード(脂身)」の塊ように感じた。
同時に、こうも思った。
「どうして今まで、こんな写真を見たがっていたのだろう」と。

 性Yからの解放というのは、それをいう。
とたん、脳の中を実にさわやかな風が流れるのを覚えた。


最終更新日時 2012年2月9日 10時59分22秒

1/2 依存性とドラ息子論



●性的エネルギー
 
 あのフロイトは、たいへんおもしろいことを言っている。
「人間を原点で動かしているのは、性的エネルギーである」と。

 この言葉は、若いころから知っていた。
が、それを実感したのは、そのときだった。
恐らくフロイトも、ある年齢で、私と同じ経験をしたにちがいない。
伝説によれば、フロイトはかなりの好色漢だったという。
それだけに、よけいに大きな落差を感じたにちがいない。
そして気がついた。

 「今まで私を動かしていたのは、性的エネルギーである」と。

 これは私の勝手な解釈によるものだが、それがそのとき、よくわかった。
はっきりとした輪郭(りんかく)をともなって、よくわかった。

●講演の感想

 話題を変える。

 こんなメールが届いていた。
それを紹介するのは、どこか自慢たらしい。
よくわかっている。
が、うれしかったので、原文のまま、紹介する。

『本日の教育講演会、ありがとうございました。
本校の教頭が、授業で講演会に出られなかった先生方に
自慢のように先生の話をしていました。
担任はなかなか時間がとれないのでつらいところでありますが、
大目的である保護者の方には充分に時間を取ることができました。

あんなに保護者の方々が大きな声で笑ったり、うなずいたり、
自分を振り返ったりする姿は初めて見ました。

楽しい時間、すばらしい時間ほどあっという間に過ぎてしまいます。
私も本日お聞きしたことを、今とこれからの子どもたちにぶつけて
いきたいと思います。

今後とも、よろしくお願いします。
本日は本当にありがとうございました』(K市O小学校、主幹S先生より)と。

●ハゲタカ!

 もうひとつ、話題を変える。

 「ヘッジファンド」と呼ばれる、訳の分からない組織がある。
平たく言えば、マネー(現金)そのものを売買する組織。
モノ(商品)を売買するように、彼らはマネーを売買する。
おかしな組織だが、その組織が、世界の表舞台を今、堂々と渡り歩いている。

 今度のギリシャの金融危機に際しても、大量のギリシャ国債を買い入れている。
ならば、ギリシャがデフォルト(債務超過=国家破綻)すれば、損をするはず。
……と、だれしも考える。

 が、ヘッジファンドは、損をしない。
デフォルトも予想しながら、ちゃんと保険をかけている。
「クレジット・デフォルト・スワップ」(CDS)というのが、それ。
万が一、ギリシャがデフォルトしても、元本は保証される。
金融派生商品のひとつ。

 わかりやすく言えば、ギリシャ国債を購入するに際し、購入先の銀行から同時に、CDSを購入する。
だから今度のギリシャの金融危機でも、ヘッジファンドだけは、涼しい顔をしている。
前例がないわけではない。
10年ほど前、アルゼンチンがデファルトしたとき、ヘッジファンドだけは、大儲けした。

 つまりハゲタカ!

 が、その分だけ、CDSを販売した銀行団が、大損を被(こうむ)ることになる。
大損を被った分だけ、ヘッジファンドは儲ける。
が、問題は、それだけではない。
各国がいくら会議を重ねても、ヘッジファンドだけは、それを拒否している。

EU「ギリシャの借金を、7割棒引きにしてやってくださいよ」
ヘッジ「いやだね」
EU「そんなこと言えば、ギリシャが破綻してしまいます」
ヘッジ「ハハハ、私は構いませんよ」と。

 ここでへたに救済策に加担すれば、それこそ利益が吹き飛んでしまう。
ヘッジファンドにしてみれば、ギリシャをデフォルトさせ、その分、銀行団から、保証金を得たほうが得。
だから、ハゲタカ!

 が、これは日本の近未来像でもある。
すでに世界のヘッジファンドは、この日本を標的にし、動き出している。
「つぎは日本!」と。
が、こんな連中が、堂々と渡り歩いているところが、へん。
異常。
資本主義体制の矛盾が、ここに集約されている。

 コツコツとまじめに働いている人たちがいる。
わずかな給料で、何とか生き延びている人たちがいる。
が、その一方で、パソコンの画面をながめながら、一国の破綻を、今か、今かと楽しみにしている連中がいる。
扱う金額も、ハンパではない。
今や、1兆円単位!

 こんなことが許されてよいのか?
……ということで、話を戻す。

●依存性による魔力

 最近、こんなことをよく考える。
題して、「依存性による魔力」。

 もう少しよいネーミングがつけられないものかと思うが、私は苦手。
たとえば横文字で、「サイコパシー」という言葉がある。

(簡単に言えば、親切な人に出会ったりすると、その人を金儲けのカモととらえる。
心のゆがんだ人のことを、「サイコパシー」という※。)

そういうようなネーミングができたらよい。
そのサイコパシーと、ここでいう「依存性による悪魔」は、どこか共通している。
こういう例で、説明してみよう。

(注※……精神病質のひとつ。反社会性をもつことで、よく知られている。)

●線条体

 その前に、欲望論について。
「欲望」は、線条体に受容体と作りやすい。
その受容体ができると、条件反射的に、欲望を満たしたくなる。
よく知られた例に、アルコール中毒やニコチン中毒がある。

 これらの人たちは、ビールのコマーシャルを見ただけで、ぐいとビールが飲みたくなる。
どこかでタバコのにおいを嗅いだだけで、タバコを吸いたくなる。

 受容体は、子どもほど、できやすい。
たとえば、買い物依存症。

このタイプの人(子ども)は、それが必要だから、それを買うのではない。
「買いたい」という衝動が先に起き、そのものを買う。
ゲーム中毒の子どもが、新しいゲーム機やソフトを、狂ったようにほしがることがある。
それが、その1例ということになる。 

 ……だから、子どもには、安易にものを買い与えないほうがよい。
買い与えることで、子どもの中に中毒性が生まれる。
……という話は、この世界では、常識。
ここではもう一歩、この話を先に進めてみる。


最終更新日時 2012年2月9日 10時58分51秒

2/2 ドラ息子



●お人好しの祖母

 一度、この受容体ができると、常識的な感覚が通用しなくなる。
たとえば、こんな例で考えてみよう。

 どこかにお人好しの祖母がいたとする。
(祖父母というのは、たいていお人好しだが……。)
その祖母が、孫の子どもに、数万円もするゲーム機器を買い与えたとする。
(よくあることだが……。)

 こういうとき、買ってやった祖母は、こう思う。
高価なものを買ってやったのだから、孫は感謝しているはず、と。
またそれによって、たがいの絆(きずな)も太くなったはず、と。

 ふつうの常識で考えれば、その祖母の思いは正しい。
しかしそのとき、孫である子どもに、受容体ができていると、そうはいかない。
高価なゲーム機器を買ってもらった子ども(孫)は、こう思う。

「しめしめ、うまくいった。
このバーちゃん、甘いぜ。
うまくだませば、もっと高価なものを買ってもらえる」と。

 依存性がベース(基本)になっているから、「買ってもらって当然」と考える。
もちろん感謝などしない。
それで絆が太くなるということもない。

 これが、私がいう、「依存性による魔力」である。

●ドラ息子

 依存性というのは、そういうもの。
一度、保護、依存の関係ができると、それを断ち切るのは、容易なことではない。
それがその人の常識になる。

 先日も、私が書いたBLOGにこんなコメントが付いた。

「……親が、息子(娘)に老後のめんどうをみてもらいたかったら、息子(娘)に、そう頼めばいい」
「私は自分の子どもは、親のめんどうのことで、束縛したくない」(千葉県、E.H.氏より)と。

 若い父親らしいが、少なくとも私のもっている常識とは、180度ちがう。
それに驚いた。

その第一。
「親が、息子(娘)に頼め」という部分。
ドラ息子、この一言に、極まれり。

 その第二。
子どもが親のめんどうをみることを、この父親は、『束縛』ととらえている。
親は子どものめんどうをみる。
しかし子どもに、親のめんどうをみさせることは、束縛、と。
もう一度、繰り返す。
ドラ息子、この一言に、極まれり。

 こんな息子(娘)に、自分の老後のめんどうをみてもらいたい思う親は、い・な・い。

 そう言えば、昔、こんな高校生がいた。
「老人のような役立たずは、早く死ねばいい」と。
そこで私が、「君だって、いつかは、その老人になるんだよ」と話すと、その高校生はこう言った。

「ぼくは、それまでにうんとお金を稼いでおくからいい。
みんなに、迷惑をかけないからいい」と。

●「結婚式をやってやる」

 問題は、そういう子どもがいるということではない。
どうしてそういう子どもになるか、だ。
その理由の第一が、先に書いた、「依存性による魔力」である。

 保護、依存の関係が常態化すると、常識が狂う。
保護してもらうのが当たり前、依存するのが当たり前という、ものの考え方をする。
ある息子氏は、親にこう言った。

「地元で結婚式をやってやるから、結婚費用を出せ」と。
「地元で結婚式をやってやるから、感謝せよ」と。
(息子が親に、感謝せよと言ったんだぞ!)

 また20年ほど前のこと。
こう言った高校生がいた。
「親がうるさいから、大学へ行ってやる」と。

 私はその言葉に驚いた。
驚いて、当時書いた本の中で、それについて書いた。
が、当時は、このタイプの子どもは、まだ少数派だった。
が、今は、逆転した。
むしろここに書いたような若い人たちのほうが、多い。

●修復は不可能

 が、問題は、さらにつづく。

 一度、こうした親子関係(人間関係)になると、それを修復するのは、ほぼ不可能。
親の方は、「肉親だから……」という幻想をもちやすい。
「そうは言っても、親子だから……」と。

 が、息子(娘)のほうは、そうでない。
むしろ、逆。
親が死んでからも、してもらわなかったことを、恨む。
こう言った女性(当時、40歳くらい)がいた。

 「私は結婚するとき、親から1円も出してもらえなかった。
どうしてそんな親の墓参りをしなければならないのか」と。

●殺伐とした人間関係

 殺伐とした人間関係。
現在の親子関係を、一言で表現すればそうなる。
子どもたち自身が、ドラ息子、ドラ娘になりながら、それに気づいていない。
ちょうどバブル経済が、華(はな)やかりしころ。
その時代に、今の若い人たちは生まれた。

 生まれると同時に、「蝶よ、花よ」ともてはやされた。
飽食とぜいたくの中で、幼児期から少年少女期を過ごした。
苦労を知らない。
「ひもじい」という言葉の意味すら、知らない。
食べ物にしても、それがあるという前提で、生きている。

●団塊の世代 

 さらにショッキングな事実がつづく。

 私は、昭和22年生まれの団塊の世代。
強く意識したわけではないが、(……というもの、あくまでも結果論にすぎないので)、私たちの世代は、みなこう思っている。
「日本の繁栄を築いたのは、私たちの世代」と。

 しかし現実は、ちがう。
現在の若い人たちは、そうは思っていない。
むしろ、逆。
「日本の繁栄を破壊したのは、団塊の世代」と。

 こうした意識も、私たちの意識とは、180度、ちがう。
現在の若い人たちは、(繁栄)を前提として、生まれ、育った。
つまりこの日本は、奈良時代の昔から、(江戸時代でもよいが)、リッチだった。
それをつぶしたのが、団塊の世代、と。

●意識調査

 こうした事実を、如実に表しているのが、内閣府(総理府)による、意識調査である。
何度も取りあげているが、もう一度、ここに掲載する。
(2012年1月記)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●ゴミ?

 少し前、「ジジ・ババ・ゴミ論」について書いた。
私が「ゴミ」という言葉を使っているのではない。
若い人たちの書くBLOGに、そう書いてある。
最近の若い人たちの老人論には、辛らつなものが多い。
「老害論」から「ゴミ論」へ。
まさかと思う人がいたら、一度、若い人たちのBLOGに目を通してみるとよい。

 それについては、もう何度か書いてきた。
ここでは「なぜ?」について、書いてみたい。
なぜ、私たちはゴミなのか?

●「将来、親のめんどうをみる」

 「将来、どんなことをしてでも、親のめんどうをみる」と答える、日本の若い人たちは、世界でも最下位。
総理府、それにつづく内閣府が、数年おきに、同じ調査をしている。
「青少年の意識調査」というのが、それである。
それによれば、つぎのようになっている。
(第8回青年意識調査:内閣府、平成21(2009)年3月)

+++++++++++++++++++++++++++++++++

●年老いた親を養うことについてどう思うか

「どんなことをしてでも親を養う」

   イギリス66.0%、
   アメリカ63.5%、
   フランス50.8%、
   韓国35.2%、
   日本28.3%
(平成9年、総理府の同調査では、19%。)

 日本の若い人たちの意識は、28・3%!
アメリカ人の約半分。

 「親孝行は教育の要である。日本人がもつ美徳である」と信じている人は多い。
しかし現実は、かなりちがうようだ。
今どき、「親孝行」という言葉を使う、若い人は、いない!

●「自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたい」と思うか

『そう思う』:

   イギリス70.1%、
   アメリカ67.5%、
   フランス62.3%、
   日本47.2%、
   韓国41.2%

+++++++++++++++++++++++++++++++++

 平たく言えば、現代の若い人たちは、「経済的に余裕があれば、親のめんどうをみる」と考えている。
しかし「経済的に余裕のある若い人」は、ほとんど、いない。
どの人も、目一杯の生活をしている。
結婚当初から、車や家具一式は、当たり前。
中には、(実際、そういう夫婦は多いが)、結婚してからも親からの援助を受けている夫婦もいる。

金融広報中央委員会の調査によれば、現在、貯蓄ゼロ世帯は、23%。

全国約4000万世帯の、23%。
4世帯につき、約1世帯。

さらに生活保護を受ける世帯が、2011年度、最高数を記録した。
その数、150万世帯!

++++++++++++++++++++++++++++++

金融広報中央委員会の「家計の金融資産に関する世論調査(2006年)」によれば、
つぎのようになっている。

   20代は171万円、
   30代は455万円、
   40代は812万円、
   50代は1154万円、
   60代が1601万円、
   70歳以上が1432万円。

この調査は「20歳-79歳代の男女10,080人」を対象に調べたもので、
このうち貯蓄を持っているのは全体の、77・1%。
残りの22.9%は貯蓄ゼロ。

貯蓄ゼロの家庭は、年収が300~500万円未満でも21.1%。
500~750万円未満の家庭でも16.2%。

+++++++++++++++++++++++++++++

 なお、団塊の世代についてみると、8・1%の世帯が、貯蓄ゼロとなっている(「格差脱出研究所」調べ)。
ただしここに載っている数字にしても、あくまでも、「平均」。
70歳以上だけをみても、中に数億円以上もの金融資産を保有している人たちがいる。
大多数の人は、400~500万円程度と言われている(某経済誌)。

 「親のめんどうをみる」と答える、若い人たちの減少。
それと反比例する形での、「ジジ・ババ・ゴミ論」。
両者を関連付けるのは、危険なことかもしれない。
しかし無関係とは、これまた言えない。

●それまでにあの世行き

 今さら、社会改革などというのは、不可能。
若い人たちの意識を変えていくというのも、不可能。
意識というのは、そういうもの。
10年単位、20年単位の年月がかかる。
それまで待っていたら、間に合わない。
(つまりそれまでに、私たちは、あの世行き!)

 だったら、私たちは私たちで、(つまり老人組は老人組で)、それを前提として生きる。
老後の生活を組み立てる。
その上で、よき息子、よき娘、よき孫に恵まれれば、もうけもの。
そう考えればよい。
期待が大きければ大きいほど、落胆する度合いも大きい。
だから期待しない。

●38年後

 悲観的な意見ばかり書いてきた。
これを読んでいる人たちも、暗い気分になったはず。
が、これは何も、私たちだけの近未来像ではない。
2050年には、この状況は、さらに悪化する。
今から、38年後。

 つまりあなたの年齢に、38歳を足してみればよい。
そうすればあなた自身も、それがあなたの近未来像ということがわかるはず。
そのころこの日本がどうなっているか。
経済誌を少しでも読んだことがある人なら、それがわかるはず。
が、経済はそうなってもしかたないが、もうこれ以上、心まで破壊してはいけない。
ただ私は、こんな時代はいつまでもつづかないと思う。
つまり繰り返す。

 悪い時代も繰り返すが、一方、よい時代も繰り返す。
それを望むわけではないが、日本もやがてドン底に叩き落とされる。
トイレもボットン便所になるかもしれない。
そこにたまった便で、野菜を育てるようになるかもしれない。
が、そのとき、再び、日本は再生の道を歩き始める。

 ドラ息子、ドラ娘……結局は苦労するのは、彼ら自身ということになる。

(はやし浩司 教育 林 浩司 林浩司 Hiroshi Hayashi 幼児教育 教育評論 幼児教育評論 はやし浩司 親の面倒 親のめんどう 総理府 内閣府 青年の意識調査 サイコパシー サイコパス 依存性という悪魔 ドラ息子 ドラ娘 はやし浩司 千葉県 E.H.EH 団塊の世代)


Hiroshi Hayashi+++++++Feb. 2012++++++はやし浩司・林浩司

 




最終更新日時 2012年2月9日 10時58分8秒

2012年2月8日

0/3 マガジン(2-13より) 貧富の差

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 子育て最前線の育児論byはやし浩司     2月  13日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●1月5日

●怪談

 私は、子どものころから怪談が苦手。
どこかでそういうトラウマを作ってしまったらしい。
もともと閉所恐怖症だったから、暗い所や、狭いところが嫌いだった。
が、よく覚えているのは、映画。

 当時、猫化け映画や怪談映画が、流行(はや)った。
その中に四谷怪談とか牡丹燈籠というのもあった。
播州皿屋敷というのもあった。

 そういう映画を見に行くと、決まって映画館の通路に、祭壇がもうけてあった。
その上に、線香がたいてあった。
私たち子どもは、それを見ただけで、震えた。
私が小学1~3年生のころのことである。

●恐怖体験

 こうした恐怖体験は、子どものうちは、しないほうがよい。
今ではそれが常識だが、当時の日本には、まだそれがなかった。
子どもの心理がどうのこうのと、問題になるようなことはなかった。
おとなたちは、むしろ、そういうふうに子どもたちが怖がったりするのを、楽しんでいた。
映画館の中でも、私たちの恐怖心をあおりたてるようなことを、平気で言った。
「あれは本当の話だ」とか、何とか。

 そのこともあって、今でも、怪談が苦手。
日本の会談は、どこか湿っぽい。
あの湿っぽさが、苦手。
旅館に、古い行燈(あんどん)があったりするだけで、背筋に冷たいものを感ずる。

 ……実は、その古い行燈が、先日泊まった旅館の中にあった。
木製の、障子張りのものだった。
遠い昔、女性に化けた猫が、その行燈の油を、ペロペロとなめていた……。
ゾーッ!

●女たらし

 ほかにも、苦手なものがいくつかある。
その第一が、女性。
私は、団塊の世代がみなそうであったように、中学に入るまで、女の子と遊んだ経験がない。
女の子と遊んでいると、「女たらし」と言って、馬鹿にされた。
……というか、女の子と遊んでいる男を、「女たらし」と言って、馬鹿にした。

 女の子と遊ぶことは、悪いこと。
そう思っていた。

●腕白ボーイズ

 だからいまだに、女性が苦手。
ついでに言えば、女の子を教えるのも苦手。
どうしても一歩、退いてしまう。
距離を置いてしまう。

 半面、私がそうだったということもあって、腕白ボーイズが得意。
そういう子どもたちを相手に、ワイワイやっていると、そのまま私の子ども時代に、そのままタイムスリップしてしまう。

●傷

 このように人間の心というのは、その成長過程で、雑音のように作られていく。
「雑音」というのもおかしな言い方だが、それに近い。
種々雑多なことが、無秩序に積み重なって、心はできていく。
その途中で、「傷つく」ということも、ある。
が、傷つくことを恐れてはいけない。
だれしも傷まるけになりながら、おとなになっていく。
(もちろん傷にも、程度の差というものがあるが……。)

●ひ弱な子ども

 で、最近よくこんなことを考える。
今の若い母親たちは、神経質すぎる、と。
「もう少し、乱暴に育ててもいいのではないか」と思うときも、多い。
こうした傾向は、学校教育の場でも、みられる。

 このあたりの小中学校でも、子どもが学校で怪我をしたりすると、かならず病院へ連れていくことになっている。
とくに首から上の事故のばあいは、教師が診断書をもって、家庭訪問をすることになっている。
「そこまでするのですか?」と聞くと、「そこまでします」と。
ある小学校の校長が、そう教えてくれた。

 怪我の程度にもよるが、子どもというより、「子ども様々」。
こういう環境の中で、子どもはますますひ弱になっていく。
日本国内では、それでよいとしても、日本から一歩外に出れば、通用しない。
こんなニュースが、先週、どこかのサイトに載っていた。
記憶によるものなので、内容は不正確。

●強行着陸

 どこかの国の飛行機が、中国のある空港に着陸しようとした。
が、濃霧か何かで、その空港に着陸できなかった。
そこで50キロ離れた、別の空港に着陸しようとした。
残りの燃料は、10分を切っていた。

 そこへ中国国内の航空会社の飛行機が接近してきた。
「私のほうが先」と。
そこでそのどこかの国の飛行機は、上空で待機した。
が、燃料がいよいよ5分を切った。
そこで再度、「先に着陸させてほしい」と連絡したら、中国の飛行機の機長はこう言ったという。
「こちらは4分しかない。だから先に着陸する」と。

 そこで先に、中国の飛行機が着陸し、つづいてどこかの国の飛行機が着陸した。
どこかの国の飛行機は、燃料切れ寸前だった。
しかもギリギリの強行着陸。
あわや衝突事故……というような、ギリギリの強行着陸だった……という。

 が、ここからが実に中国らしい話。
あまりにも中国的!

 着陸したあと、中国の飛行機の燃料を調べたら、1時間分も残っていたという。
つまり中国の飛行機の機長は、ウソを言っていた。

 この先、すでに現在がそうだが、私たち日本人は、こうした連中を相手に商売をしていかねばならない。
今の日本の子どもたちに、その野生臭があるか?
(以上、記憶による話なので、内容は不正確。

●記憶錯誤

 ここで脱線。

 この事件について、調べてみた。
あちこちを検索したら、いろいろわかった。

 事件は2011年の08月28日に起きた。
ここに書いた「どこかの国」というのは、「カタール」のことだった。
また中国機(吉航空機)を操縦していたのは、韓国人のパイロット。
なお管制官にこうした虚偽の報告をしたり、支持に従わなかったばあい、パイロットは死刑になる可能性もあるという。

 記憶というのは、こういうものかもしれない。
ストーリーは覚えているが、枝葉の部分は、すべて消えてなくなる。
記憶錯誤が起きる。
それはともかくも、さて本題。

●「好きな子どうし並んでいい」

 日本を一歩、外に出れば、そこは野獣うごめく海千山千の世界。
食うか食われるか。
中国には、こんな格言すらあるという。
『だまされる前に、だませ。だまされたほうが、バカ』と。
きれいごとだけでは、生きていくことすらむずかしい。

 今の若い母親たちには、そういう現実が、まったくわかっていない。
それこそ先生に、子どもがプリントで頭を叩かれただけで、「そら、体罰!」と言って騒ぐ。
これも本当にあった事件だが、こんなことがあった。

 ある学校で、先生が子どもたち(小1児)の席決めをすることになった。
そのとき先生が、こう言った。
「好きな子どうしで並んでいい」と。
が、この言葉に1人の母親が、猛反発。
こう言ったという。
「うちの子のように、友だちがいない子どもは、どうしたらいいのか。そういう子どもに対する配慮に欠ける行為。許せない!」と。
校長室にまで怒鳴り込んでいって、「あんな教師、やめさせろ!」とまで言ったという。

(この事件について書いた原稿があるはず。
記憶を正すため、探してみる。)


最終更新日時 2012年2月8日 8時36分22秒

1/3 貧富の差



●訂正

 1999年ごろに書いた原稿が見つかった。
そのまま紹介する。

『ある日一人の母親が私のところへやってきて、こう言った。
「学校の先生が、席決めのとき、『好きな子どうし、並んでいい』と言ったが、うちの子(小2男児)のように友だちがいない子どもはどうすればいいのか。
そういう子どもに対する配慮に欠ける行為だ。これから学校へ抗議に行くので、あなたも一緒に来てほしい」と』(1999年ごろに書いた原稿)と。

 ここでも記憶錯誤が起きている。
先に「小1男児」と書いたのはまちがいで、正しくは「小2男児」。
「校長室まで怒鳴り込んでいった」というのは、私の憶測。
が、そのときの雰囲気はよく覚えている。
その母親とは、道路でバッタリと会った。
「先生!」と声をかけられたから、振り向くと、その母親がそこに立っていた。
そこで、その話になった。
「これから学校へ抗議に行く。先生も(=私も)、いっしょに来てほしい」と。
ものすごい剣幕だった。

 そのときの原稿を読みながら、今、こう思う。

「小1の子どもではなく、小2の子どもだったのかあ……」と。
私はそのときの雰囲気で、「校長室へ怒鳴り込んでいく母親」を想像した。
だから今、記憶の中では、そうなっている。

 ついでに、そのとき書いた原稿を、全文、紹介する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●過関心は子どもをつぶす

 子どもの教育に関心をもつことは大切なことだが、しかしそれが度を超すと、過関心になる。
こんなことがあった。

ある日一人の母親が私のところへやってきて、こう言った。
「学校の先生が、席決めのとき、『好きな子どうし、並んでいい』と言ったが、うちの子(小2男児)のように友だちがいない子どもはどうすればいいのか。
そういう子どもに対する配慮に欠ける行為だ。
これから学校へ抗議に行くので、あなたも一緒に来てほしい」と。さらに……。

 子どもが受験期になると、それまではそうでなくても、神経質になる親はいくらでもいる。
「進学塾のこうこうとした明かりを見ただけで、カーッと血がのぼる」と言った母親もいたし、「子どものテスト週間になると、お粥しかのどを通らない」と言った母親もいた。
しかし過関心は子どもの心をつぶす。
が、それだけではすまない。
母親の心をも狂わす。

 子どものことでこまかいことが気になり始めたら、育児ノイローゼを疑う。
症状としては、ささいなことで極度の不安状態になったり、あるいは激怒しやすくなるのほか、つぎのようなものがある。
(1)どこか気分がすぐれず、考えが堂々巡りする、
(2)ものごとを悲観的に考え、日常生活がつまらなく見えてくる。さらに症状が進むと、不眠を訴えたり、注意力が散漫になったりする、
(4)無駄買いや目的のない外出を繰り返す、
(5)他人との接触を避けたりするようになる、など。

 こうした症状が見られたら、黄信号ととらえる。
育児ノイローゼが、悲惨な事件につながることも珍しくない。
子どもが間にからんでいるため、子どもが犠牲になることも多い。
 過関心にせよ、育児ノイローゼにせよ、本人自身がそれに気づくことは、まずない。
気づけば気づいたで、問題のほとんどは解決したとみる。
そういう意味でも、自分のことを知るのは本当にむずかしい。
『汝自身を知れ』と言ったのはターレス(古代ギリシアの七賢人の一人)だが、哲学の世界でも、「自分を知ること」が究極の目的になっている。

で、このタイプの親は明けても暮れても、考えるのは子どものことばかり。
子育てそのものにすべての人生をかけてしまう。
たまに子どものできがよかったりすると、さらにそれに拍車がかかる。
いや、その親はそれでよいのかもしれないが、そのためまわりの人たちまでその緊張感に巻き込まれ、ピリピリしてしまう。
学校の先生にしても、一番かかわりたくないのが、このタイプの親かもしれない。

 あなたがここでいう過関心ママなら、母親ではなく、妻でもなく、女性でもなく、一人の人間として、生きがいを子育て以外に求める。
ある母親は、娘が小学校へ入学すると同時に手芸の店を開いた。
また別の母親は、医療事務の講師をするようになった。
そういう形で、つまり子育て以外のところで、自分を燃焼させる場をつくり、その結果として子育てから遠ざかる。

●ターレス

 ハハハ、ここでまた記憶錯誤!

 先の原稿の中で、「ターレス」という名前を書いた。
が、「キロン」ではなかったのか。
それについて書いた原稿も見つかった。
日付は2009年6月になっている。
そのまま紹介する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●『汝自身を知れ』(Know Yourself)
古代ギリシャの7賢人、アポロン神殿)

++++++++++++++++++++++

おととい講演をしているとき、『汝自身を知れ』という
言葉の話をした。
しかしその場で、それがだれの言葉あるかを忘れて
しまった。
ショックだった。
あれほどまでに有名な言葉の作者を忘れてしまうとは!

スパルタのキロンだったのか?
それともギリシャのターレスだったのか?
スパルタだったのか、それともギリシャだったのか?

ソクラテスはその言葉に、電撃的な衝撃を受け、哲学
の本質を知った。

++++++++++++++++++++++


最終更新日時 2012年2月8日 8時35分50秒

2/3



●ターレス

 私は『汝自身を知れ』というのは、長い間、スパルタのキロンの言葉と思っていた。
あちこちの原稿に、そう書いた。
が、あるとき、掲示板にそのまちがい(?)が指摘されていた。
「キロンではなく、ターレスだ」と。

 そのとき書いた原稿をさがしてみる。
が、便利になったものだ。
いちいち自分の原稿を開かなくても、ヤフーの検索を使えば、即時にそれができる。
検索窓に、「はやし浩司 汝自身を」と記入して、(検索)ボタンをクリックすればよい。

 で、わかったことは、『汝自身を知れ』とは、ギリシャのアポロン神殿に刻まれている、
七賢者の一人、ターレスの格言ということがわかった。

 しかもターレスというのは、『古代ギリシア世界には7人の卓越した賢者がいたといわれるが、その7人が誰であるのかについては諸説あり統一的な見解は得られていない。
古代ギリシアの7賢人として一般的に知られている人物は、ターレス(タレス)、ソロン、ペリアンドロス、ビアス、ピッタコス、クレオブゥロス、ケイロンである』。

『ターレス(B.C.624-546)は、名門出身だったので、初め政治家としての
道を志すが、その後天文学など自然学の研究に熱意を燃やし、万物の根源(アルケー)
を探求する自然哲学の祖としての思索を行った』(以上、『』内、Biglobe・HP
より、転載)。

 キロンではなく、ターレスだった。
思い出した!
それにターレスというのは、古代ギリシャの7賢人の1人。
スパルタ、ではない。

 で、こうした記憶というのは、しっかりと上書きしておかねばならない。
また時間がたつと、その下の記憶が表に出てきてしまう。
記憶が混乱してしまう。

 古代ギリシャの7賢人の1人、ターレスが、ギリシャのアポロン神殿に残した言葉。
それが結論ということになる。
が、不安が残る。
このところ自分の脳みそが信用できなくなった。
こういうときは、どうするか?
どうすれば、記憶として、脳みその中に残すことができるか?
ウ~~ン……。
高校の受験生のように、クソ暗記するしかない。
キーワードは、「古代ギリシャ」「アポロン神殿」「ターレス」である。
どれもよく知っている言葉だが、どうかすると、ポンとそれらの言葉を思い出せなくなってしまう。
脳みその老化が進むと、そういう現象はよく起きるという。
「ド忘れ」ともいう。
これから先、そういうことが多くなるだろう。
心して、脳みその中に叩き込もう。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hirosh
i Hayashi 林浩司 BW BW教 ターレス はやし浩司 汝自身を知れ 
古代ギリシャ 7賢人 アポロン神殿 はやし浩司 キロン)

(こうして(↑)、検索ワードを書き加えておけば、ヤフーもしくは、グーグルでの検索
ができるようになる。
すでに多くの人もしていると思うが、私がオリジナルに考えた方法である。)

 またこういうことも言える。
私はすでに、この5年間だけでも、3万ページ以上(40x36字)の原稿を書いた。
が、2600年後に残る言葉など、一行もないだろう。
しかしたーレスは、アポロン神殿に、『汝自身を知れ』という言葉を残した。
たったの一言である。
しかしその一言が、2600年を経た今、哲学の(柱)になっている。
すごいことと思う。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hirosh
i Hayashi 林浩司 BW BW教 ターレス はやし浩司 汝自身を知れ 
古代ギリシャ 7賢人 アポロン神殿 はやし浩司 キロン)

●01月05日

 話が「怪談」から、「私の子どものころ」。
そしてさらに「ひ弱な子ども」から「記憶」へと脱線してしまった。
最後は「親の過関心」から「ターレス」。
脱線につづく脱線。

 ここまで読んでくれた人に感謝しながら、今朝はここまで。
今朝の私の脳みそは、ここに書いたエッセーのように、バラバラ。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 親の過関心 はやし浩司 過関心)


Hiroshi Hayashi+++++++Jan. 2012++++++はやし浩司・林浩司


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【拡大する、貧富の差】

●マグロ1匹、5649万円!

 まず、ブルームバークの記事より。
マグロ1匹が、5649万円で、競(せ)り落とされた、とか!

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

1月5日(ブルームバーグ):
東京・築地の中央卸売市場では5日朝の初競りで、青森県大間産の269キログラムのクロマグロが1本5649万円で競り落とされた。
1キログラム換算では21万円となる。
落札した寿司チェーン店「すしざんまい」を経営する喜代村の広報担当、梅原裕史氏が明らかにした。

マグロを競りに出した東都水産や、中央卸売市場ウェブサイト情報によると、記録のある近年の初競りの最高値は昨年の3249万円(北海道戸井産、342キロ)。
喜代村では、今回のマグロ1本をにぎり寿司にした場合、1万貫余りになるだろうとみている。(以上、Bloomberg記事より)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●計算

 どうも計算が合わない。
1匹が、5649万円。
キロ当たり、21万円。
このマグロで、1万貫の寿司が握れるという(Bloomberg)。
ということは、1貫につき、5649円。
わかりやすく言えば、寿司1個が、5649円。
しかもそれが原価。

 記事のまちがいではないのか。

 念のため、今度は、キロ当たりで計算してみる。
1キロで、21万円。
100グラムで、2・1万円。
10グラムで、2100円。
1グラムで、210円。
一円玉の重さのマグロが、210円!

 回転寿司屋で出される、薄い切手のようなマグロでも、5グラムはある。
ということは、1貫で1050円!
仮に1貫が5グラムとすると、269キロのマグロなら、269000(グラム)÷5で、5万3800貫ということになる。
つまり約5万4000貫の寿司が握れる。
が、それを1貫100円で売ったとしても、売り上げは、約540万円。
やはり1貫を1000円前後で売らなければ、採算は合わないということになる。

 ……こうして四方八方から計算してみるが、私にはどうしても理解できない。
計算が合わない。
どうなっているのか。
私の計算によれば、超高級料亭で、1貫、1万円程度で売らなければならない。
しかしそんな寿司を食べる人はいるのだろうか。

●貧富の差

 「不況、不況と言いますがね、1泊1名、10万円という旅館に泊まる人もいますよ」と。
(夫婦2人で、20万円!)

 岐阜県の下呂市(下呂温泉郷)に住む知人が、そう言った。
そういう客なら、1貫1万円のマグロ寿司を口にできるかもしれない。
で、そういう客は、例外的な客かと思ったが、実際には、そうでもないようだ。
「1泊9000円前後の宿に泊まる客と、1泊10万円以上の宿に泊まる客との、2極化が進んでいます」とも。

 これを貧富の差と言わずして、何という?

●バブル経済

 温泉街は、日本経済の縮図。
ときどきそう思う。
見た目には、超高級旅館。
しかし中は、それなりにボロボロ。
ちょうどバブル経済のころのこと。
こうした超高級旅館が、まるで雨後の竹の子のように、あちこちで建築された。

 そういった旅館が、今、大不況のドン底で、あえいでいる。
バブル経済が破たんして、22年※。
「それなりにボロボロ」というのは、どの旅館も、22年程度の月日を感じさせる。

(注※『日本の景気動向指数で見る景気循環における第11循環の拡大期にあたる。指標の取りかたにもよるが、概ね、1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51か月)間を指すのが通説である』(ウィキペディア百科事典、「日本のバブル景気について」))。

 そこで今、都会の資本が、こうした倒産寸前のホテルや旅館を、買い占め始めている。
丸ごと買い取るわけだが、その価格は、「驚くほど、安い」とのこと。
で、その結果生まれたのが、1泊8000~9000円前後の格安旅館。

●日本経済の象徴

料理は、バイキング方式。
布団敷きは、セルフ。
昔風のサービスは、ほとんどない。
仲居さんといっても、人材派遣会社から派遣された、言うなればパート。
旅館のことは、何も知らない。

 つまりこれが現代の日本経済を、そのまま象徴している。
わかりやすく復習すると、こうなる。

(1) バブル経済のころ、豪華な旅館がつぎつぎと、建った。
(2) バブル経済が、崩壊した。
(3) 旅館業は大不況の時代へと突入した。
(4) 温泉街は、真冬の時代を迎えた。
(5) 倒産も相次いだ。
(6) 大手資本が、そういった旅館を買いたたいた。
(7) 内装をしなおし、安い旅館として再生した。

 どうであるにせよ、日本は22年前に、時計の針を止めてしまった。
どこの旅館街も、またそこにある旅館も、22年前のまま。

●利得権

 そのはざまにあって、貧富の差は、急拡大している。
それもそのはず。
これだけ市中に現金をばらまけば、こうなるのは、わかりきったこと。
利得権や資格、保護に守られた企業や団体、個人は、こういう不況下にあっても、私が世の春を謳歌している。
公務員もその中に含まれる。
(今朝のニュースによれば、公務員のばあい、父母、孫にまで遺族年金が支払われているという(MSN)。
配偶者に支払われているという話は聞いていたが、父母や孫にまで、という話は知らなかった。
これは余談。)

 こうした貧富の差を測るバロメーターとして、「ジニ指数」というのがある。
「ジニ係数」ともいう。
そのジニ指数について書いた、私の原稿をさがしてみる。
「豊かさとは何か」という原稿が見つかった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【豊かさとは何か】

●相対的貧困層 

+++++++++++++

貧困かどうかということは、
相対的な満足度によって決まる。

家と車と家電製品をもっていても、
貧しい人は、貧しい。

その日、その日を生きていくだけで、
精一杯という人も、少なくない。

そこで最近では、国の豊かさを
測る尺度として、「相対的貧困率」
という言葉を使う。

+++++++++++++

 生活の豊かさは、「モノ」では決まらない。
いくら家と車と家電製品をもっていても、貧しい人は、貧しい。
その日、その日を生きていくだけで、精一杯という人も少なくない。

 そこで最近では、国の豊かさを測る尺度として、「相対的貧困率」という言葉を使う。
わかりやすく言えば、生活に対する満足度ということになる。

 それによれば、

 メキシコ  ……20・3(満足度が、もっとも低い)
 アメリカ  ……17・1
 トルコ   ……15・9
 アイルランド……15・4
 【日本】  ……15・3
 ポルトガル ……13・7
    ……
    ……
スウェーデン…… 5・3
チェコ   …… 4・3
デンマーク …… 4・3、だ、そうだ。

(OECD24か国平均……10・4)(2005年)


最終更新日時 2012年2月8日 8時34分26秒

3/3



 日本は相対的貧困率でみるかぎり、貧しい国としては、上位5位ということになる。
実際、「ワーキングプア」という言葉があることからもわかるように、この日本には、「働いても、働いても楽になれない」という人たちが、「全体の4分の1、400万世帯もある」(朝日新聞「キーワード」)そうだ。

 これらの人たちは、最低賃金や、生活保護以下の収入しか得られない人たちという。
つまりその分だけ、所得格差が進んでいる。
ジニ係数(ジニ指数ともいう)でみても、日本は、OECD25か国中、第10位ということになっている。
ジニ係数は、所得のかたよりを測る、「かたより指数」と考えてよい。

 たとえば高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占め、残りの4分の3の人たちが、残った4分の1の所得を分けあう状態で、ジニ係数は、0・5となる。
日本は、0・314(2005年)である。

 ……そういう意味では、この日本は、たしかに住みにくい国になりつつある。
何をするにも、お金がかかる。どこへ行っても、お金がついて回る。
まさに、マネー、マネー、マネーの国。
お金がないと、それこそ、身動きができない。

 そこで知恵をしぼって、たとえば休日でも、できるだけお金を使わないですまそうとする。
お弁当を用意して、無料の公園を散策したり、山歩きをしたりする。
が、それでもお金がかかる。
どういうわけだか、かかる。
そういうしくみが、できあがってしまっている。

 言いかえると、お金を使わないですまそうと思ったら、家の中で、ゴロゴロしているしかない。
しかしそういう生活を、だれも、豊かな生活とは言わない。
つまり今、日本人の多くが感じている貧困感は、そういうところから生まれている(?)。

 では、どうすれば、豊かに生きられるのか? 
「豊か」というより、「心豊か」と言いかえたほうがよい。

 私なりの実践法を並べてみる。

(1)家族が円満であること。
これは心豊かに生きるための、第一条件。
(2)みなが、健康であること。
これも心豊かに生きるための、第一条件。
かりにだれかが病気であっても、それを前向きに受け入れてしまう。
(3)収入の範囲で、ほどほどの生活をする。
できれば、常に最低限の生活を心がける。
(4)価値観を、(お金)から、(心)と(知恵)に移す。心の豊かさ、知恵の豊かさをもって、「豊か」と判断する。
(5)「私は私」という生き方を貫く。
世間体、見栄、体裁は無視。冠婚葬祭を含めて、儀礼を廃する。
つまり自分と他人を比較しない。

 私はとくに(4)が大切だと思う。
心や知恵は、みがけばみがくほど、そうでない人が、そうでなく見えてくる。
他人に対して優越感をもつことは、好ましいことではないが、しかしそのうち、愚かな人たちを相手にしなくなる。
「私は私」という生きざまを貫きやすくなる。

 ……ともかくも、相対的貧困率が高いということは、けっして望ましいことではない。
社会がそれだけ不安定化することになる。
また国の豊かさというのは、いかに弱者にやさしいかで決まる。
弱者にきびしい国というのは、それだけ未熟な国ということになる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

ジニ指数は以下のようにして、計算する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

**********以下、日本共産党のHPより***********

《ジニ係数の算出方法》

 ジニ係数の算出方法は、次の手順をふんで計算します。

 (1)対象となる集団に含まれるすべての数値間の差の絶対値を合計して、平均する(これを「平均差」という)。

 (2)全体の平均値を計算する。

 (3)平均差を全体の平均値の2倍で割る(2倍で割るのは、ジニ係数を0と1の間に収めるため)。この結果がジニ係数です。

 たとえば(245万円、362万円、826万円)のジニ係数は次のようになります。
 (1)(|245-362|+|245-826|+|362-245|+|362-826|+|826-245|+|826-362|)/6
=2324/6=387.3(平均差)

 (2)(245+362+826)/3=1433/3=477.7(平均値)

 (3)387.3/(2×477.7)=0.4054

 よって、ジニ係数は、0.4054
 
(注・| |は絶対値記号)

**********以上、日本共産党のHPより***********

●ジニ指数(係数)、0・5

 中国のジニ係数も、0・5を超えているのではないかと言われている。
先にも書いたように、0・5というのは、おおざっぱに言えば、高所得者の4分の1の世帯が、全所得の4分の3を占めることを意味する。
残りの4分の3の人たちは、残った4分の1の所得を分けあうことになる。

 たとえば10世帯の人が、1億円を稼いだとする。
ジニ係数0・5の社会では、2・5人が、7500万円を自分のものにする。
平均所得は、3000万円となる。
残りの2500万円を、7・5人の人が分け合う。
平均所得は、333万円となる。
3000万円と333万円。
その格差は、約10倍となる。

 つまりジニ係数が0・5を超えるほどになると、不公平感が増大し、社会そのものが、不安定化する。
今の日本もあぶないが、中国は、もっとあぶない。
つまりこのジニ係数には、ひとつの盲点がある。

●ジニ係数の盲点

 ウィキペディア百科事典は、こんな例をあげている。
そのまま紹介させてもらう。

『……例えば、ある高級住宅地に年収10億円の人が99人、年収1兆円の大富豪が1人いるとする。
そこでこの高級住宅地に住む100人を対象にジニ係数を計算すると約0.91となり、非常に格差が大きいが、年収10億円でもかなりの高収入であり、この状態が悪いとは一概に言えない』と。

 つまり日本でいう「0・5」と、中国でいう「0・5」には、本質的なちがいがある。
不平等は不平等だが、年収333万円でも、何とかそれなりの生活を維持することができる。
年収3000万円の人を、ときに「うらやましい」と思うことはあるが、「まあ、そんなものかな」と、たいていは黙って見過ごすことができる。

 しかし中国のような発展途上にある国では、そうでない。
1人当たりの国民所得が全体的に低い国では、不平等感は相乗的に大きくなる。
今日の食費もままならない家庭が大半を占める一方で、外国製の大型車を乗り回す家庭が、その隣にある。

 中国政府がもっとも恐れている部分は、実はここにある。
アキレス腱といってもよい。
不公平感が、いつその矛先を中国共産党に向けてくるか。
ハラハラドキドキ!
あの天安門事件にしても、その不公平感が引き金となったことは、よく知られている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
 
●伊勢海老とイカ

 最近、私はこう思う。
この正月に、伊勢海老なるものを食べた。
(それだけでもありがたいことだが……。)
が、おいしいかったかというと、そうは思わなかった。
量も少なかった。
ただ自分にこう言って聞かせて、食べた。
「これは超高級食材だぞ」と。

 ところが、である。
同時に出されたイカ刺身のほうが、ずっとおいしかった。
味に甘味もあった。
で、こう思った。
「蟹や海老より、イカのほうが、本当はおいしいのではないか」と。

 蟹や海老は、稀少食材。
イカは、今のところ、まだふんだんに取れる。
だから値段も安い。
安いから、「おいしくない」という先入観が働いてしまう。

 つまり「貧富の差も、これに似ている」と。

●心の満足度

 だからといって貧富の差を放置しておいてよいというのではない。
深刻な社会問題である。
しかし「豊かさ」というのは、もっと別の尺度で測定されるべきもの。
「心の満足度」となると、さらにそうである。

 伊勢海老を食べたから、リッチということにはならない。
イカを食べたから、プアということにもならない。
おいしいものは、おいしい。
そうでないものは、そうでない。
いくら高級食材であっても、そうでないものは、そうでない。

 1泊10万円の宿に泊まったからといって、それで満足感が得られるというものではない。
(これはたぶんに、私のひがみによるものだが……。)
1泊8000円の旅館でも、楽しみ方によっては、じゅうぶん、楽しめる。
要は、心の持ち方。
それで決まる。

●マグロ

 で、最初の話に戻る。

 1貫1万円の寿司があったとする。
食べられる人は、それを食べればよい。
が、食べられないからといって、どうということはない。
が、1口、1万円というのは、常識で考えても、狂っている。
マグロ1匹が、5000万円というのは、もっと狂っている。
たかが魚1匹が、5000万円だぞ!

 こんなバカげたことのために、世界経済があるなら、世界経済などクソ食らえ!
もてる者が、「さらに……」と欲張るから、こういうバカげたことが起きる。
が、もてる者が、「私はこれくらいでいいです」と遠慮すれば、こういうバカげたことは起きない。

 ……たいへん残念なことに、今、その貧富の差が、この日本で急拡大している。
恐ろしいほどの勢いで、急拡大している。
同時に、庶民のもつ不公平感も、限界に近づきつつある。
そのひとつが、マグロ。
庶民感覚からすれば、ボッタクリもいいところ。

 1匹5000万円と聞いて、腹立たしく思う人がふえている。
1貫1万円の寿司と聞いて、腹立たしく思う人がふえている。
私もその1人だが、それはけっしてそれを口にすることができない者のひがみではない。
またそうとらえてもらっては、困る。

 「狂っている」という意味で、腹立たしく思う。
一貫、1万円のマグロをパクパク、食べている人がいる。
回転寿司で、2貫、100円のマグロを食べている人もいる。
これが日本の、今の現実ということになる。
ブルームバーグのニュースを読んで、そんなことを考えた。

さて、あなたはどう思うだろうか。

(はやし浩司 教育 林 浩司 林浩司 Hiroshi Hayashi 幼児教育 教育評論 幼児教育評論 はやし浩司 貧富の差 ジニ係数 ジニ指数 はやし浩司 まぐろ マグロ 1貫1万円)
はやし浩司 2010-01-07記


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最終更新日時 2012年2月8日 8時34分0秒

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