|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
このブログが本になりました! ![]() ![]() ![]()
秘密の洗体レディーの日記 [全201件]
今年ももう2月。 今年の抱負は昨年の反省を踏まえる事にした。 昨年は私的にも大変だったので、記憶に残る1年であると同時に 今年にかけてのお灸的抱負を頂いている。 お題は「命とお金」に関して。 「意味のあるお金の使い方をしよう」と「今、この瞬間に命を十分に生かそう」だ。 我が家には今2匹猫がいる。 そのうち1匹、オスのグー太郎(1歳8カ月)はかなりヤンチャだ。 ![]() ヤンチャすぎてベランダの塀から落ちてしまった・・・ 我が家は8階 2階にマンションのエントランスの屋根部分が真下に飛び出していて 実質7階分の高さを落下した; グーは脱走癖が4回。 逃走防止に両隣りに行かないようベランダの塀を 飛び出してまで100均アミで囲ってある。 「飛び越えたらでイケるかもだニャー!」 と無謀にも思ったのか? 日中、洗濯するのに油断して窓あけっぱなしにしてた。 「なんか静かだ」とフッと窓の方に目をやると グーが塀から失敗して落ちる瞬間だった。 「ギャーーーーっ」 て言ってベランダに飛び出し見に行くと グーは真下のエントランスの屋根に落ち終わった瞬間で 足を引きずりながら隅っこの見えない所に行ってしまった。 「グーが落ちたぁァアー、グーが!グーーがあああぁ!」 と半狂乱の私に対し寝起きの旦那はその瞬間を見ていない為、妙に冷静。 それに腹を立てながら共にスッピンにジャージでグチャグチャの髪に ダウンをはおり、血マナコで2階に下りて行った。 でもエントランスの屋根は住人が登れるように出来ていない。 そこに行くにはエントランスとつながっている2階の住人のベランダから降りないと 行けない。 2階のフロアを順にまわり、3件目でやっと在宅してたお宅の奥さんに泣きながら 「すみません~モノ落としちゃって~」「てかっ、猫なんです~」 とお許しを貰いお邪魔させてもらった。 今考えるとなんで私がやらされたのか?だけど 2階のお宅のベランダをまたぎエントランスに降りる際 動揺して脚がおぼつかずゴデッと私もエントランスに落ちた。 「キャー大丈夫ですかっ!」 との2階の奥さんのビビり声に愛想笑いも出来ず、半泣きでグーを探すと 2階のベランダとエントランスの屋根の間に50センチほどの隙間があり 一番端のお宅のベランダの下に見た事ないような 挙動不審の眼と半開きの口でグーは固まっていた。 ホフク前進でもぐりこんでつかまえて、2階のベランダ内にいる旦那に猫を渡すと 旦那は私をベランダに引き上げてくれる事もなく、サッサと行ってしまい 私は「後日ご挨拶に来ますっ」と泣きながら退散させてもらった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 不思議なものでこんな時アクシデントは重なるものなのか? グーをバスタオルでグルグルに巻き、猫かごに入れ半べそ掻きながら タクシーを待っていると 赤い服を着た太いマルチーズが1匹で歩いている・・・。 『いつタクシー来るか?グーはどうなっちゃうんだ?』 と不安と恐怖でいっぱいなのに意識は犬に・・・。 なぜならば、どう考えても犬の飼い主が見当たらない。 あの赤くて太いマルチーズは迷い犬中だ。 「おいで!」て呼んだらなんかニコニコしながら?赤マルチーズは来た。 既にタクシーに乗り込んだ旦那が 「ナニやってんだ!置いてこいっ!」とブチ切れ絶叫。 でもグーも大事だが、この赤マルもほおっておいたら保健所行き。 「無理っ!置いてけない!!」とヤリあっている時 おそらく同じマンション住人らしい、これまた別の奥さんがいたのを捕まえて 「すみマセん~この犬迷い犬らしぃンんんですけどぅぉ~ ド~しても今行かなくちゃぃケなぃノデ~ 後カラ迎ぇに来ルかラ預かっテテ下サぃ~」 と完全メンタル不全でヘロヘロしながらにお願いした。 自分はどこの誰かもテンパりすぎで名乗らないのに この親切な奥さんは9階の住人だと部屋番号教えてくれた。 無茶なお願いでも弱ってる時って、人様は助けてもらえるモノのようだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ で、グーの結果は・・・・超・奇跡的に助かった。 全治2カ月の骨折のみ。 動物病院の先生曰く、風向きが良かったのか? 落ちた際に浮力が効く事もあるらしく 速度が一定になり、強い衝撃を避けられたのかもしれない、と。 人間で言うと両足の甲の骨が1本ずつ骨折と顎の下すりむけただけで 他外傷がないとの事。 興奮してるためか、肝臓の数値が跳ね上がっており 念のため30日まで入院させることにした。 治療入院費、計7万4千円+交通費+2階の奥さんへの菓子折り代 かかることになった。 そして例の赤いマルチーズは 9階の奥さんが私達が行っちゃった後 30分くらい近所聞き歩いていたら 何か探し歩いている風の親子に出会い飼い主と判明。 無事引き渡してくれたそうだ。 この日、12月24日クリスマスイブで結婚記念日の出来事である。 ![]() 年末に私の父が具合悪いと聞き、正月は私の実家に行くか? 迷っていたが呑気な母も「別に来なくて大丈夫」と言うし 私も「パパより猫の方が可愛いから行かない!」 と言ったからバチ当たったのか?結局散財した。 でもこの出費は我が家にとっては【生き金】になった。 もちろん飼い主として大反省が前提だが この対価で「気付き」と「思い出」ができたからだ。 猫は大けがしたが、風向きや2階や9階の奥さんがいてくれた 様々な偶然のおかげで 「この程度で済んだのだ」と感謝できた。 今までどれだけ自分がペットに幸せと心の安定をもらい 同時に深く依存しているかがわかってしまった。 重要さと反省と自分の立派とは言えない価値観まで知った事実。 だからこそ、Now&Hereで猫との今を より大切にできるようになったし 支払った金額より、得た感情は多いと思えたから 「生き金」だと感じるのである。 もし死んでいたり、重症で助からないのなら? 回復の見込みない重症なら安楽死を選んだだろう。 もちろん一生の後悔になったと思う。 でも寝たきりになるのだったら? すぐには決断できなかっただろう。。 猫がそんな状態で生きながらえる事は現実的には厳しい。 金銭的にも肉体的にも飼い主である自分が困窮する事になる。 だが、その命をつなぐことは 【私の心を殺さないため】にかかるお金になる。 それは本当に正しいのか? 自分のエゴじゃないのか? 動物は自殺なんて観点ないから、どんな状態でも恐らく「生きたい」と思うだろう。 でも寝たきりで動けなくて、思うように生きられない 意思も伝えられない猫の幸せはどこにあるのだろう? そして猫じゃなくて疲労してきた自分と向き合う事になる。 今してる事は良き事か?と。 ・・・正解のない答えを出す事を迫られる。 飼い主には総合的に幸不幸も冷静に判断し決断する責任も荷っている。 だからいつその時が来ても、それ以上に思い出として残せる 「幸せなあの時」をいつでも「いま」沢山残さなければならないし その為に使う道具がお金なのだと思える。 ![]() 日常生活で私達はあまりにもなにげなく小さな幸せを買っている。 人はお金を使う時人は少なからず考える。 必ず無意識に損得勘定をするからだ。 お金を通して自分の人生と向き合う為にはそれは必要な思考だ。 人生はそうした小さな選択の積み重ねで出来ている。 人の真価をお金という面から計るなら 私は貯蓄額よりも消費の仕方でわかるものだと思う。 お金は道具だ。 幾ら使ったかではなく、どのように使ったかの方が重要だと思えるからだ。 その内容が豊かな消費であったかどうかを測るのは それが何年後であったとしても 「良かった」と思えるかどうか。 ただの消費を投資にするにはいつかその内容に 「感謝」を抱ける日が来る事であると思う。 グーは12月30日に退院し、ゲージからビッコ引きながら脱走して歩き 年明けには嫌がるメスのぷりしらに襲いかかり交尾していた・・・。 (グーが不在の6日間、グーが大嫌いなぷりは極楽そうな顔してたがこの仕打ち) 1ヶ月過ち、ぷりしらは最近食欲が旺盛で乳首がデカくなってきてる気がする。 グーの欲とエゴが生命力を強くしている。 それもまた良かれでもある。 【今日の教訓】 命もお金も意識すべきは・・・ それが「投資」か「消費」か「浪費」か
一昨日、なんと流産の手術(処置)をしました この時点でドン引きした方は他のブログへどうぞm( _ _ )m こんなこと書くべきじゃないのかもしれませんが 今まで散々色々書いてきたのに、自分の経験書かないのも不公平な気もしますし 【悲嘆ケア】では自己開示するのは心の回復にも良いみたいですし 私みたいな経験した人って本当は世の中ザラにいるみたいですが 表立たないから、ちょっと社会貢献?になるかも という事で・・・お暇な方はお付き合いをm( _ _ )m 私の場合【稽留流産】というヤツで 胎児(胎芽)が現れる時期に(妊娠6~7週)になっても 「胎児が確認できない」 あるいは「胎児は確認できたが心拍が確認できない」 「1度は確認できた心拍がその後止まってしまった」など で、7週の時点で心音が確認取れず 「稽留流産の可能性が高いけど来週確認してダメなら確定」と言われ・・・。 最初にそれを言われた時点で、アタマ真っ白になりながらも それから1週間心理学スクーリングとかそれのテストとか仕事とか (仕事も納棺済みのメイクのみだったから助かりました) むなしさを抱えながらも、ごくわずかの期待を持ち 再度検査に挑んだところアウトでした 2年前から子作りを始め、なかなかできなくて今春から不妊治療を始め 2回目のタイミング療法で妊娠できただけに なーんだ「ヤレばデキるんだ 夏に旦那の実家に帰省した際も「何かあったらいけないから」と喜ぶ旦那を 安定期まではと、口止めをしていましたがホントに何かあっちゃってトホホです。 手術(処置)は丸1日かかる日帰り入院 朝9:30前処置 昼12:30手術で空き時間は一端帰宅して良いとの事。 自宅からそんなに近くないので銀行と寝カフェでも行ってようかと思案。 ところが!この前処置が痛くて痛くて 子宮の子?を出すために 子宮口を広げる”マッチ棒”ぐらいの太さの細タンポン?を 何本か入れるのが吐く様な痛さ |ヽ(_ _|||)))) オェェェ!! (体質的にこういうのがダメなんでしょうか?) 痛み止めを飲む予定が、私があんまり弱ってるので手術待機部屋?で待機することに。 思えばこの時に一番号泣し 妊娠失敗したのが悲しいのか? お腹が激痛で泣いてるのか? 診察台で痛い事された事が屈辱で泣いてるのか? (私は不妊科でも毎回本当に診察台に乗るのが嫌だったし) きっと混乱していたのでしょう。 そして座薬と点滴打たれて休眠しました。 先生が昼前に外来終わり手が開いたのでしょう。 1時間早く手術する事に。 向いの手術室に入り、血圧と心音測られながら先生参上 「お酒強いですか?普通ですか?」 「では麻酔(?)入れます」で 気がついたら先ほどの手術待機部屋にいました。 麻酔?ってスゴイっす 気がついた時、看護師さんか?自らか? 両手が下腹部の上に置いてあって 「自分は7週間はお母さんだったんだのになぁ~ お腹空っぽになっちゃったなぁ~」 とまず思いました。 その後、迎えに来てくれた旦那と話しながら 前日から飲食制限されていたので ボケボケしながらバクバク「こんな時は塩分うめェ~」と おにぎり・おしんこ軽食をむさぼり 帰宅前の内診 子宮に残留血液が残っているかのチェックなんですが それが全然出てこなくて、先生に「血液出る道を作ります」と 子宮口をツッツかれる処置がまた痛くて痛くて 男はこんな時何もできないのでしょうが、旦那が横でオロオロしながら 「よし気を紛らわすんだ!」と腕をツネられてました。 思えば、旦那も私の第一報で「赤ちゃんかわいそー 不妊科治療にも協力してくれ 彼のオシャレに欠かせない必須ハゲ飲み薬も何か月も止めてくれていて 彼なりに不器用に励ましてくれる人で良かったです。 今日はチョコも買ってくれたし 帰り際の診察で先生が 「今回は残念な結果になりましたが たしかに年齢的にリスクが高いのも事実ですが それでも2%の確率しかない事です。 今回は運が悪かったというだけで 最近は40代で初産の人も沢山いる訳ですし これまでの過ごし方が悪かったとか そういう訳ではありませんので」 って手術前に私が質問した内容をまたそっくりそのままオウム返ししてるだけじゃん って麻酔の醒めきらない頭でムッとしながら帰ってきました。 ここでちょっとツッこませて頂くと 私が行った病院まだ新設でたぶん何億かかけて設立したのでしょう。 少しでも患者の回転率あげたいでしょうし 私みたいなネガティブな患者さんに感情論で変に難癖つけられたら たまらないから、無難にやってるつもりなんでしょうか? 温かい感情は先生から感じず、変わりに看護師さんが優しく接し精神的にケアする形式でした。 先生の抱えているモノの大きさもわかるけど 感情論は看護師にまかせっきりの完全分業過ぎて世知辛さを感じたモノでした。 産婦人科医が減っている現代では 妊婦側も医師にまで優しさという精神的サービスを求めるのは 望みすぎなものなんでしょうかね…。 「人の人生を見送る事はできるけど 人の人生を作り出す事は出来ないのかな なんて思ったり 私の人生のプログラムで 「アラフォー8月に流産する」って組み込まれてたのかな? 7週で初めて「ダメかも」と言われた時点でピタっと悪阻が止まってしまったから 「私自身ダメだと決め付けたから赤ちゃんも死んだのか?」 なんて、先生言う所の「単なる運が悪かっただけ」よりも 運命論的に重く受け止めてしまうのは、落ち込んでいたのかもしれません。 まぁ一説によると流産後は妊娠しやすいとの事ですから もしかしたら年末ぐらいには悪阻でゲロゲロしてるかもしれないですが。 人は何か大切なものを失った時 自分の一部の喪失みたいなもので、その人それぞれで色んな悲しみの表現をします。 でもその体験を自分の中だけに止めてしまうと事実よりも辛い妄想のようなものがもっと自分を苦しめます。 「自分は世界一不幸だ」とか「なんで自分だけこんな目に」と。 現実には「1人困っていれば1万人同じ事で困っている」と言います。 自分だけがこんなに苦しいのも、その時は事実かもしれませんが 同じ苦しみや悩みを抱えている人が世の中にごまんといる訳です。 私の今回の流産事件も 私には特別だけど、たしかに「よくある不幸」なのかもしれません。 それだけで片付けるのも寂しいですけどね・・・。 でも「自分だけじゃない」と知るのは励ましになるはずです。 こんな事になり嫉妬から妊娠した芸能人をTVで見て 「チッキショーどうせ金の力で冷凍卵子で作ったんだろー な~んて呪ったりして 芸能人妊娠報告が子供を持てない人間にはとても辛いニュースだと ここ2年感じておりました。 賛否両論あるでしょうが、逆に向井亜紀とか野田聖子議員の気持ちも 私みたいな人間にはその行動が共感できて 少子化してるのになんで国内で彼女たちがした治療を認めてくれないのか? 不思議でならない気持ちもある。 最近、ダイヤモンドユカイ氏が不妊治療の本出したり あややが子宮内膜症の告白したりとありましたが 芸能人ですからもちろん商業的マーケットとイメージも考えての 告白としての要素もあるのかもしれませんが、さほどメリットもないでしょうが 人道的には、目立つ芸能人が辛い告白とか上手にしてくれたら 「自分だけが苦しい訳じゃない」と思える人も出るのになぁと思いましたね。 このブログも泣きながら書くのか?なんて思ったら なんだか平気なのは旦那がくれたチョコ効果?でしょうか? 内閣府少子化対策大臣よ、アラフォーだけど頑張ってるんだから もっと優遇してもらえるとホント助かるんだけどな~ と、言うわけで落ち込んだ時の立ち直り方でした。 【今日の教訓】 カミングアウトは自分を取り戻すための有効な手段である。 客観的に自分を見つめるための手段としてカミングアウトは有効である
本日から放送開始の【それでも、生きてゆく】ご覧になりましたでしょうか? 現在グリーフケアと心理学猛勉強中につき「勉強になるのでは?」と心待ちにしておりました。 ------------------------------------------------------------ グリーフとは悲嘆の気持ちの事です。 その人にとって【大切な何か】を失くした時に起こる 大きな悲しみの気持ちです。 大切な人・物・場所でもその人にとっていわばアイデンティティともいえるような 大切なものを亡くした時に生じるどうしようもない悲しみのことです。 その気持ちの回復には個人差はあれど時間がかかります。 グリーフケア研究の第一人者のE・キュープラ・ロスの説を今日は取り上げますと ショック・怒り・やりとり、かけひき・孤立・受容・再創造などのプロセス 注)別の説もありますがまたいづれ 順番はこの通りに起こるという訳じゃなく どこかの感情でとどまったり、行ったり来たりなどそれぞれです。 再創造は大切なものをなくしたその気持ちに なにかの人生の意味や学びのようなものを見つけて ようやく生きていける力を取りもどす事ができます。 ------------------------------------------------------------ でも事件・事故などの被害者の遺族の方の場合は・・・? そのような方は立ち直るのが非常に難しいそうです。 死の原因となった、現実的に憎む相手がいるから余計に難しいのです。 ※逆に今回の震災のように 悼むべき人のご遺体がみつからないというのは いわば2重の喪失であり気持ちのやり場を どこに向けて良いかわからず 立ち直りが遅くなるそうです。 本日のこのドラマの中で 瑛太がAVを借りていた事がトラウマで童貞なのも 瑛太と榎本明が親子そろって自分を責めているのも 榎本明が死にたがったり、犯人を殺しに行こうとするのも(瑛太も) 榎本明と大竹しのぶが離婚したのも これは全部、被害者遺族にありがちな心境であり 実によく描かれていると思いました。 ・たとえ、死の原因である加害者がいたとしても 「あの時、家族である自分が~しなければ・・・」と 思ったりするのは悲嘆の中にいる人はありがちな心境です。 ・また、子供を亡くした夫婦というのはこのような事件がらみではなくても 8割ぐらいの確率で夫婦仲に亀裂や気持ちのすれ違いが生じるそうです。 それは男性と女性とでは悲しみの気持ちの表し方に、相反するものが時にあり お互いに相手の気持ちが理解できなくなり破綻するものと考えられます。 離婚に至るのもあり得る話です。 そして、犯罪被害者の心の傷は【怒り】が中心です。 理由や犯人がはっきりしているだけに怒りの気持ちから先になかなか進めないのです。 ・ですので「殺しに行かなければ、この悲しみは癒せない」と 思う激しい心情も大変理解できます。 ですが皮肉な事に被害者の方はその怒りこそが 生きていける力となるそうです。 ドラマの前半で半分死んでるような29歳の童貞男瑛太が 後半に柄本明の思い・妹への思いに気付き シャキーン!!と復讐に燃え上がる心情が 分かりやすく描かれていたような気がします。 明治時代以前の【仇討制度】はそう考えると 被害者遺族に優しい良い制度 ※ちなみに仇討は助っ人は何人でもOKですが 加害者に予告しなければいけないので 大勢VS大勢になり 暴走族の抗争のような状態になり、かなり危険で また、明治以前ですから犯人情報もなかなかつかむ事ができず 現実的には難しかったそうです。 水戸黄門ではたまにありますので、 助さん角さんのようなSP公務員が味方に ついてくれるのは実に心強いのだと思います。 心理学を勉強していくと、人の行動にはその行動を取るべく理由が必ずあり 犯罪者心理はまだ勉強不足なのですが(ロリコンでない事を祈ります) あの犯人の友達はたぶんあの絵の感じでは だいぶ反省しているはず・・・と私は思いました。 ネタばれでしょうか? テーマが重くて特殊なだけに 理解するのが難しい心情もあるかもしれませんし 見るのが辛い人もいるかもしれませんが 韓流と子供と犬に依存しない久々に考えさせられるドラマなので 大いに期待したく思います。
拡散お願いします 猫人さまのブログより拡散させて頂きました 『住む家が無い』 『避難所にペット連れで入れない』 転載元 URL http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1693312389&owner_id=12554588 http://m.mixi.jp/view_diary.pl?id=1693312389&owner_id=12554588&&mhome=1 ペットを連れて被災された行き場のない方を受け入れて下さるボランティアをして頂けています。 人が動物に救われている事があります。 それはお金では買えない、心の安らぎです。 生きているのがやっとの被災者の方が沢山いるのは十分承知ですが この危機をいつか乗り切れたとしても 被災に会われた人が取り戻す事ができないものがあります。 心の中に根付いた傷です。 その時、彼らを無条件で救ってくれるのが動物たちでもあるのです。 できましたら拡散よろしくお願いします。 ●日本のマスコミが放映しない真実です ニューヨークタイムス ![]() 写真は毎日新たに更新・追加されます 一部、ショッキングな画像も有りますが 皆さんにちゃんと見ていただきたく思います。 心理学的には「視覚のイメージ」は見た人間の脳にそのイメージがすり込まれて 被災していない人間も被災したのと同じ心理状態になる為 TV映像などは長時間見てはいけない とされています。 心理的二次被害にあわないために、このような災害時は 情報の取り方を自らコントロールしなければいけない と。 そのことはTV業界もわかっているでしょうから 通常放送に戻ってきているのは理解できるのです。 災害の悲劇にも負けず、この国を再建するために被災地の人々を 少しでも支援できるように、この国の経済を立て直さなければいけない。 経営をしなければいけない・繁栄しなければいけない・消費しなければいけない それが現実でもあるのです。 その為にも報道規制で、真の被災地の現状を伝えないという選択を取るのもわかるのです。 でも、やはり知って欲しいのです。 知る事によって 誰かの悼みを少しだけ受け止める事は、誰かの悼みを少しだけ少なくする事になるからです どうぞよろしくお願いします。
東北地方太平洋沖地震から10日たちました。 【拡散希望】 ★ 緊急!!無料!被災者受け入れ開始!≪ 大切な家族 ペットと共に暮らせます!≫ 東京にいる私でも、本と本棚の生き埋めになりかけたぐらいで五体満足 被災地に住んでいる訳ではありませんが 人間というのは生きている事そのものが奇跡なのだと気づかされた震災 当たり前の日常は幸福の連続だったと気づかされた震災 何も失わなかった私が、多くの人の命や幸せを奪った この【震災自体を憎む】気持ちを持つという事は きっとまだまだ余裕があり幸せなのだろうとも思えてきます。 被災者の方は憎しみ以前に 失ったものへの悲しみ・恐怖と向き合っているのですから。 「日本は暴動が起きない秩序ある民族」と世界から言われて 「苦しいのは同じなのだから暴動など起こす方がおかしい」と思っていた。 でも、スーパーに行くと目の前で買い占めている人がいました。 ・・・これは日本人ならではの利己主義なのだと思った。 力で奪わなくとも、経済力で奪っている。 その事に買い占めている人は、気が付いていないのだろうか? 北に住む友人も、南に住む友人も「何か送ろうか?」と心配してくれるけど そこでも店頭から物が消えてきているそうだ。 他人の購買行動を止めることは出来ない。 理由があるのかわからないが・・・悲しい光景・・・止めてもらいたいです。 TVで被災された方が言っていました。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 本当は津波で流されてしまった方が楽だったんだと思う。 でも、生き残ったという事は運命なのだから 頑張って生きるしかない ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ なにもかも失った人の本心なのです。 人間の弱さであり強さでもあるこの言葉に胸が張り裂けるような思いがしました。 無力だけどまだ奇跡的に幸福である私に出来る事は何でしょう? その思いを見失わないのが私たちの課題ではないでしょうか?
●明けましておめでとうございます<(_ _)> 皆さま楽しいお正月を過ごされましたでしょうか? 私は結婚し2度目のお正月 主人の実家に帰省するのは2度目なのですが 今年も【正月】はありませんでした 田舎の風習なのでしょうね 親戚が亡くなっても お正月はしないのです。 今回は義母の本家の当主の方が亡くなりました。 喪中ってどこまでが区切りなのかわからないのですが 義父・義母ともに高齢で 親戚の方も皆さん年齢層高いし しばらくこんなこと続きそうです。 死因は年末ギリギリに交通事故です。 ●事情聴取 そもそも主人の家族は、気を使ってなのか? 私の事をさびしいくらい詮索しません。 「何かあれば手伝えるのになぁ~」と内心思っているのですが 事故死した当主の方の件も 葬儀終了後の事後報告だけでした。 エゲツない私としては「交通事故」と聞き 状況を聞きたくなってしまうのですが 結局教えてくれたのは 唯一気さくな主人のいとこのお兄さんだけで ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 彼の話だと ・状況~靄で視界が悪かった ・側道から出てきた親戚の当主さんの車と 公道を走ってきた車と出合い頭の事故 ・当主の車が2.3回転飛ばされて大破 ・意識不明のまま翌朝死亡 (事故相手の方は生きてる) ・当主の方の損傷は額に【青なじみ】だけで顔はキレイ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 大きな事故の割には 損傷が少なく穏やかなお顔だったとのことでしたが 田舎なのですぐ火葬し骨葬だったとか。 おそらく 運転席に座ってて直にドーンと追突された時に 額を激しくぶつけた時の青なじみで 死因はその衝撃に伴う脳内の損傷なのでしょう お会いした事もない方なのですが 一応一晩、延命の処置はされたのでしょうが ほぼ即時状態だと思います。 交通ルールを守らなかったのはどちらかわかりませんが 無責任ですが長く苦しまなかったのは当主の方には救いだろうし でも相手は「死亡事故を起こした」という 一生の重圧を抱えてしまった。 私はあえて 声を大にして言いますけど 高齢者が車を運転するのは反対です ●アクティブな高齢者の落とし穴 義父もいまだに車で遊んで歩きます。 実家が畑と山持ってて、縁側に干し柿つるすようなド田舎なので ワンセグも見れないような所 車ないと生きていけないんです。 でもこんなことあるとサスガに心配ですね。 出かけない時はTV見て 一日中なんか食べて、お昼寝してる義父なので 当然コレステロール高いし。 あえて義姉は気を使って 食事の準備や買い物は義理の父母に完全に任せています。 使命のない人生は生きる糧がないということ 充実した一生というのは 結局は人の役に立つことで得られる満足感によると思います でも! うちの義父ったらっ 2月にお友達とベトナム行くんですって 去年はいつのまにか、バンコク行ったんですって! 81ですよっ 私はもう10年近く海外行ってないよ~ アクティブすぎるし! 冒険しすぎなシルバーで 楽しんでるから うちはしばらく、ほっといても大丈夫そうです 【今日の教訓】「ミッション・パッション・ハイテンション」 そう言えば義父テンション高いです。 高すぎて義母にいつも怒られてます。
●8か月ぶりのお仕事 先週、以前よりごひいきにして頂いていた お葬儀屋さんに挨拶に行き 今日さっそく納棺のお仕事をご依頼いただきました すごい久しぶりで忘れちゃってるんじゃないかしら?と 思ったけど 結構以前より落ち着いてできました。 ・・・てか前より精神的に安定したみたい。 お仕事自体は 故人様も(ノーマル)特に問題なく ご葬家さまも皆様良い方ばかりだし順調でした。 故人様もと「国鉄」にお勤めだったらしく 喪主様にはご主人がその職務を愛していたことを 妻として誇りに思っていたのでしょう 副葬品に「国鉄」の社章を持ってきました。 金属は棺に入れられないのですが 故人様の誇りの象徴は彼に届けたい気持がよくわかりました。 …愛する人が働く姿を愛する。 うちの旦那もそうだったみたいです…。 いつもより彼も仕事してたし 家事もしてくれてた; おだやかに仕事も進み 親族の一人のおばあちゃんから 深々とお礼を言われたりとかして ひさびさの仕事の疲れは心地よいものですね。 フリーになってほぼ初めての仕事で まだ必要備品も揃いきっていないため 手配が大変でしたし 予想はしてましたけど、経費を抜くとやっぱそんなに儲からない 緊張感も今までの倍でけっこう今日はぐったりだけど 喜びと人への感謝は今までの数倍ですね 感謝だけではもちろんご飯は食べれませんが 信頼してお仕事を今もくれる人 アドバイスしてくれる人 将来一緒に仕事したいと言ってくれる人 お客様の純粋なお礼にも 自分の反応が鈍くなっていたけど みなさん実にありがたいです。 仕事を休む事を決めた時 どこにでもあるのでしょうが 不協和音が漂う空気とそれの凡庸 新しいものを吸収できず成長もできないと 理解したから飛び出しました。 今日は今までと変わらない仕事の内容だけど 会社員ではない違う立場から挑んだので 受け止め方が全く違います。 担当の葬儀屋さんも1人でお仕事されてる方ですが 私と同じアウトロー的な方でした。 今はとても順調で「少し休みたい」とは おっしゃっていましたが 「そのうちスタッフを雇うようになるのでは…」 とお見受けしました。 雇用される側とする側では 精神力・人間力ともにいつも向上させていないといけないのでしょう。 私もその彼もそれぞれの新しい階段を一段登り始めたばかりで ゴールがどこかわかりませんが 今、これでよかったんだと思い始めることができます。 故人様も葬儀屋さんも私も 自分の仕事に感謝できることが幸せです。 ちなみにお通夜後、ご親族が式場でムカデに刺されて大騒ぎになったそうで… 仕事にトラブルは付き物です…。 そして 「もう見れなくなるなぁ」と切なく思っていました。 お気に入りの懐かしい景色をまた見ることができました。 ![]() 読者の皆様に感謝です。 【今日の教訓】 愛する仕事を尊くおこなう 【今日のおまけ】 腹出てますよ、グー太郎! ![]() ぷりの年下の旦那です ![]() もっぱらプリには嫌われぎみです |一覧| |