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2008年11月26日
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いまさら堕胎するな、流すななどとヤボったく吉行淳之介とその愛人に言ってみたいわけではない。誰も知るように、この世は死で満ち満ちている。

自分にとって父親同然の年代の吉行が、愛人に堕胎させていたこと。当然それ自体に衝撃はない。自分が感じるもの。それは、むしろあの大戦を生き延びて、都留重人に言わせれば「石器時代」のような戦後の飢餓を経験した世代。そして死と隣り合わせな日常をへて戦後の高度経済成長という繁栄期に辿り着いた吉行が、その素行で集約的なまでにふたたび授かった生命をかほどまでに粗末にすることで果たせる「暗室」が、さほど語るにたるものなのかという程度の是でも否でもない実に所在ない感慨だ。



実は、この時代の「勝ち組」とやらたちも吉行や大塚らの生活とくらべて果たしてどれほどどうなのだろう。



「飽食の時代」 ---私見ながら、いまに至る戦後の特異なまでの「飽食」ぶりは健常な精神にとっては最大の隘路だのではないか。そんな気がしたのだ。


実は、われわれに生きがいをあたえるのは糸も簡単なのだ。飢餓である。食えなくなることは、手のひらの握り飯をたちまちわれわれの生きがいのすべてに変える力がある。飽食こそが、我々の生きがいを見失わせた最大のものだ。



いま我々にあるとすれば、どの飽食で生きていこうか。快適になれるだろうか、という踏み込み。選択肢についての惑いだけなのではなかったか。



一方、その折々の惑い。はたまたおのおのの惑い。それぞれは良いにしよう。(とはいえ足が立ち尽くす処もある。早いはなし自分自身がよくぞ生まれて生きておれたな、という苦笑いもある。)結果として陥るこの生命へのあまりにも危うい乱費蕩尽ぶりは一体どうしたものなのだろうか。





























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最終更新日  2008年11月27日 05時12分20秒
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