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since 2009.05.01 [全288件]
大毅王座返上へ…近日中に家族会議 http://www.daily.co.jp/ring/kameda/2010/02/09/0002699912.shtml こいつらにとっては、タイトルなんて“スイーツのつまみ食い”くらいの感覚なんだろう。 ボクシング王座ってもんは、獲るより守る方が難しい。だからこそ、守り続けることで重みが出るし、王者として尊敬もされる。 兄貴もランダエタと2回やっただけで、同じように“減量苦”を理由にタイトル返上してたっけ…そんなに減量するのがイヤなら、ハナから減量せずに闘える階級で試合すればよかっただけのこと。ボクサーとして最低限の“仕事”でもある減量すら満足にできないで、何がタイトルだ。そんなタイトルに重みなどあるのか。 比べるのも胸糞悪いが、ヤツらのことを考えるにつけ、フェザーが適性ながら敢えて減量苦と闘い、2階級下のバンタムでタイトルを保持し続ける長谷川穂積の何と偉大なことか。神々しいことか。崇高なことか。内藤やデンカオといった、年齢的にも峠を過ぎたようなボクサーも満足に倒せないで、偉そうに返上などというな。これは【タイトル放棄】も同じだ。次戦として指定された坂田戦を拒否するなら、タイトルそのものを無効とされても文句は言えないのではないか。 この際、兄弟まとめて長谷川の爪のアカと鼻クソでも煎じずに丸呑みしてみたらどうだ。テクニックその他も含めて少しはマトモな試合ができるようになるかもしれんぞ(嘲笑) ぎっちょ
日本初の兄弟世界チャンプ誕生!などとやたらめったら騒がしい。 昨日の本稿でもお話ししたが、再戦が決まった段階で「こうなる」という結末に向けてのベクトルが一定方向に働きだしたのを感じたワタシは、ハナからこの試合はマトモに見るつもりはなく、後で結果だけ見て済ませるつもりでいた。大河ドラマ『龍馬伝』を見終わり、そろそろ最終ラウンドくらいか…それなら最後だけちょっと見てやるか、などと思いながらチャンネルを捻ったら、まだ7R終了のインターバル中だっていうんで、慌てて別のチャンネルに替えたくらいだ。そんなこんなで、王者の2度に渡る減点の是非や両者のグローブの大きさの違いなどといった、もはや亀の試合後における“風物詩”ともいえるイチャモンの数々もネット上に出回ったりしているが、ワタシは何しろマトモに試合を見ていないのだから、それらについてここでどうこう語るつもりはない。それでも、僅差ではあるがこちらが望んだ通り『龍馬伝』の方が数字的に上回る結果が出た点からも、騒がしかったのはマスゴミやファンも含めた亀田一家周辺の取り巻きくらいで、ボクシングはもとより格闘技というジャンルを愛する者も含めた一般の視聴者層は、今回の亀2の世界戦はかなり冷めた目で見ていた向きが多かったように思える。 キャラ的にも、以前の“チンピラのドーカツ”紛いの不遜極まりない物言いは影を潜め、それなりに場を弁え言葉を使い分ける“優等生”への成長みたいなものを兄弟揃って演じているようだが、逆に言えば“やんちゃ”というか物怖じせず不遜であることこそ彼らの存在意義でもあったハズで、今の“路線変更”は彼らにとっては痛し痒しと感じているに違いない。 まあどんなに表面を取り繕ったところで彼らに“イカガワシサ”が拭い去れないのは、やはりその試合ぶりや世界戦に辿り着くまでの経緯など見ていて、彼らの世界王者たる実力について大きな『?』をつけざるを得ないところではないだろうか。 プロボクサーたるもの、本来であれば四回戦…六回戦…日本タイトル…東洋太平洋タイトル…などと徐々に実績を作りながらステップアップしてくるのが筋で、いかに実力があっても世界戦にまで辿り着けるのはごく限られた存在であるべきだ。そういった手順を一切踏まず、ロートルや階級がふたつもみっつも下の戦績すらあやふやなボクサーを金で連れてきては派手にKOして実績を“粉飾”し、民放キー局(糞TBS)とプラスアルファの見えない力とグルになって横入りのような形での世界挑戦。その世界戦にしたって、なぜかマスゴミでは詳しく語られることはないが、物議を醸した亀1の最初の世界戦からして、その判定結果以前に対戦相手のランダエタは本来亀1よりも階級が下のミニマム級の選手であったばかりか、当該階級であるライトフライ級としてはそれまで一度も試合したことがない選手であったし、もっと言えば亀1にしたってフライ級から階級を下げて試合していたのだから、実質的には両者の間には2階級の違いがあったことになる。体格差は歴然の試合でのあの内容…判定以上に、亀1の王者としての資質を疑われたのは、そういう部分にもあった。 その後も「減量がキツい」からと言って王座を放棄(返上なんてものではないとワタシは思っている)。亀2の“飛び級”にしたって、それに値するだけの幻想など抱かせる強さでも見せていたならまだしも、前述したような“上げ底”の戦績で、過去2度の世界戦も客入れて見せるに相応しいものなのか?と疑問符投げ掛けられまくりの内容で、ボクシングの世界王座をかける威厳や華々しさからは程遠かった。 「その反省も踏まえて、今回は努力していたではないか」って? まあそれなりに練習してはいたのだろうが、試合直前にも関わらず番宣兼ねてアトラクションゲームに興じるバラエティ番組で兄弟揃ってうつつを抜かしてはしゃいだり、(もし本当に自分で作っていたのなら、だが)勝利に備えて自作の歌作ってるヒマがあったら、その時間も惜しんで練習した方がもっと強くなれるんでないの?などと素人ながら直言のひとつもしたくなってしまうのである。 わずかに救いなのは、視聴者やスポンサーもそういった“マヤカシ”に気付いている向きが多い、ということだ。前述した視聴率の一件や、リングのコーナーポストに放送局名を入れざるを得ないほどスポンサー獲得には苦労しているようだし、今後の興行にあたってはかの糞局すら手を焼いている状況らしい。 最高視聴率とれるのにナゼ…TBS亀田戦手放す!?裏事情 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100201-00000005-ykf-ent かつて“格闘三大ヒール”と称された【亀田・秋山・朝青龍】。秋山は米国に主戦場を移し、朝青龍も角界を追われて、日本のリングや土俵の上で彼らの勇姿ならぬ“蛮姿”を見ることは、もうないかもしれない。現在のスポンサー獲得における苦戦ぶりを見ていると、いずれは亀田一家も何もなかったかのように淘汰される日が訪れるだろう。そうなった時の一番の被害者は、周囲の大人たちの都合でコロコロとキャラを路線変更させられたりしながら、一家の家計を支えるため必死に道化を演じ続ける三兄弟に他ならない。 ぎっちょ
亀田の世界戦…っていうと、いつも他に見るものがなかったり、本稿のネタ作りのためミュートにして実況が聞こえない状態で見たりして、見終わって必ずそこまでして見たことを後悔してしまうんじゃが(火暴)ゆんべはコレがあったおかげで、ワタシも躊躇なく亀田戦からチャンネルを遠ざけることができた。 『龍馬伝』 http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/ ドラマといえば我が家では、前クールから続く『不毛地帯』に加えて今クールから始まった寺脇康文の刑事モノと板尾さんのサラリーマンもの、そしてこの『龍馬伝』をチョイスしてみたのだが、寺脇&板尾は1話見てガッカリしながらリタイヤする中、福山龍馬は期待していた以上に興味深く拝見している。 学生の頃から歴史にはとにかく疎いワタシなのだが(汗)日本の歴史においても特に劇的な変化を遂げる幕末の物語は、時代劇に現代劇のようなテイストが加わって、非常に見やすいものになることが多い。6年前の大河でも、同じ幕末を扱った『新選組!』が放送されたが、敬愛する三谷幸喜脚本という取っ掛かりではあったがどっぷりとその作品世界に浸かってしまい、生まれて初めて大河ドラマ視聴を1年通して完遂してしまったものだ。 現代劇における福山の芝居は、やや台詞が棒読みすぎるきらいがあり、ワタシの中で今まではそれほど役者としての評価は高くなかったのだが、逆にその芝居がキャラにピタリとハマった『ガリレオ』はなかなか面白かったから、今回はどうかと思っていたらこれが『ガリレオ』同様福山の芝居が純粋かつ一本気な若き日の龍馬にドンピシャにハマった。ちなみに『新選組!』で龍馬を演じた江口洋介も、どちらかというと台詞は一本調子で棒読みするタイプ。そういう役者の方が、龍馬のイメージには合うのかもしれない? その他ニュースソースにもあるように、脇役にも芸達者が揃っていて期待していた以上の立ち上がりである『龍馬伝』で、何よりシビれるのはオープニングのタイトル曲だ。 http://www.youtube.com/watch?v=--9QzcXsJ84 勇壮かつ荘厳…すごく魂を揺さぶられる曲で、ドラマへの期待感を高める効果が絶大である。ワタシが今、格闘家としてリングに上がるなら、間違いなくこの曲を入場曲としてチョイスするだろうw10日に発売されるBoAちゅわんの新作と合わせて、既に発売されているならこの『龍馬伝』のサウンドトラックも購入する予定だ。 どんなに更生したフリをしても、亀田兄弟に対するいかがわしさが抜けないのは、多くのボクサーがそれなりの手順を踏みながらステップアップしていく中、格下ボクサー相手にいたずらに重ねたKO勝利を“実績”と偽り、王者に上り詰めてしまった経緯によるところが大きい。政治も政権交代はしたものの、生活するうえで明るいものは一向に見えてこない。 時代は、本物のヒーローを欲している。 日本国民の多くが抱いているであろうそんな思いが、颯爽とした福山龍馬への期待感となり、高評価に繋がっているのではないだろうか。視聴率などは明日あたり明らかになるのだろうが、是非とも龍馬には数字的にも亀田を龍馬して…もとい、凌駕してもらいたいと切に願うところである。 ぎっちょ
無理に連れ出され、さんざんイヤなことをされたせいか、去勢手術から帰宅して夜半を過ぎた頃になっても、ニャーニャのいつものクリクリまん丸黒目は戻ってこなかった。猜疑心に満ち溢れたような半開きの目線…麻酔の効果が少し残ってのことではと思いつつも、半ば無理やりに生殖機能を奪い取ったという負い目もあって、このまま永久にこんな目をして見つめられ、手術前のような楽しい日々は戻ってこないまま、こんなビミョーな距離感のまま生活していくことになるのでは…などと考えて、去勢手術などやはりするものではなかったのかな?などと、少し自分を責めたりしていた。 それでもニャーニャが、ワタシの足元にかけていた毛布の上でクルンと丸まって眠り始めたので、相方だけ寝室で寝かせて、ワタシはリビングで足元に丸まったニャーニャを乗っけたまま眠りにつくことにした。深夜2時を過ぎてもニャーニャは足元から動かず…なんとなく眠れなかったワタシもその頃になるとウトウトし始め、いつのまにか夢の中へ… ぱっと目覚めた時、部屋の電気をつけたまま眠ってしまっていたので、一瞬時間がわからなかったのだが、枕もとの携帯を見ると6時半の表示。起きたてでなんとなくボ〜っとしたままふとテーブルを見ると、相変わらず半目のニャーニャが座ってジ〜っとこちらを見ていた。 「おはよう」 声をかけてもニャーニャは微動だにしない。 「ゴメンな…イヤなことして。でもな、一緒に暮らすにはこうしないとニャーニャにもつらい目にあわせることになっちゃうんだよ。もうこれで、しばらくあのイヤな場所に行くこともないからさ、安心しな♪」 そう話しかけると、ニャーニャの半目だった目線がたちまちいつものクリクリまん丸黒目に変わり、ゴロゴロとノドを鳴らしながらワタシの胸の上に乗っかってきて丸くなり、そのまま眠ってしまったのであった… 単に時間が経っただけのことだったのだろうし、起きたてでいささかワタシの頭もボ〜っとしていた部分もあったかもしれない。それでも、何となくワタシの語りかけがニャーニャーに通じたようにも思えて、去勢したことに対する後ろめたい気持ちが、少しは救われたような気がしたのであった。 一夜明けた今日…ニャーニャは手術前と変わることなく、ピンポン玉やゴルフボールなどのおもちゃを追いかけ、元気に部屋中を走り回っている♪ ぎっちょ
悩んだ末に決行したニャーニャの去勢手術が、本日無事に完了した。技術的にも信用の置ける院長先生による執刀。手術時間も30分もかからない手際よさで、麻酔からさめた夕方には退院して我が家に戻ってきた… のだが… まあ抜糸すら必要なく、いかに初歩的な施術ったって身体の一部を切られたりしているワケだから、ニャーニャの体調もカンペキではない。その上、寄ってたかって血液検査やら麻酔やらで注射されたりして、ちょびっと警戒心なども生まれたようで、部屋中ウロウロしたり、ちょっと触れただけで「ビクッ!!!」として飛び上がったり。目つきも、昨日までのクリクリした黒目ではなく、まるで人を寄せ付けない野良猫のような鋭ささえ漂わせている。いつもなら抱っこすると「ゴロゴロ」言いながらおとなしく腕の中で丸くなるのに、あからさまにイヤそうな鳴き声をしながらスッと降りてしまう。普通にジャンプして上がっていた流し台にも上がれず、なかなか落ち着いてくれない。夜の7時頃に帰宅して、ニャニャタワーの“一室”でようやく眠りについてくれたのは10時過ぎ。いつものようにワタシや相方に寄り添ってきた時には、もう日付も変わろうかというくらいになっていた。 今夜はキッチリ暖房もつけて部屋を暖かくして、ニャーニャに添い寝だ。一緒に暮らすために必要なことだったとはいえ、イヤな思いをさせちゃって…ゴメンよ、ニャーニャ。もう当分、イヤな病院には行かなくていいからね。 ぎっちょ
今から十年前の相撲界は、すでに晩年に差し掛かってはいたが曙や武蔵丸といったハワイ出身の横綱がまだ健在で、若貴兄弟横綱とともにしのぎを削っていた時代だった。200キロを超える体重を利してのパワー相撲は迫力こそあったものの、技を出し合いせめぎ合うという相撲本来の魅力からは程遠く、またそのパワーに対抗するべく無理に増量した影響もあってか好敵手たる貴乃花も病や怪我が増えて休場続き。ワタシが本格的に大相撲を見始めて今年で40年近くなるが、もっとも興味が薄れて場所の記憶があまり残っていないのが、1990年代最終盤から2000年代初頭のちょうどその頃だった。 そんなワタシを「むむっ!」と再び大相撲に振り向かせたのが、モンゴルからやってきた朝青龍その人であった。100キロそこそこの体重ながら、軽量ならではの身のこなしの素早さと、勝機を逃さない抜群のセンスで大きな力士を手玉にとっていく。加えて、いかにも負けん気の強そうな風貌。これはとワタシが見初めるや瞬く間に番付を駆け上がり、まだまだパワー全盛の風潮も強かった幕内の土俵で【相撲】とはこういうものというのを体現してくれていたのが、他ならぬ若き朝青龍だったのだ。 その真骨頂とも言える一番が、彼自身も思い出の一番として挙げた、新小結で迎えた平成13年夏場所初日の武蔵丸戦。自分の倍くらいもある大きな武蔵丸を翻弄した末に投げ捨てた一番に、ワタシは久々に【相撲】を見たような嬉しさを感じるとともに、次代を担うスター候補の出現を心から喜んで見ていたものだ。 そんなワタシの期待に違わず、それから2年も経たないうちに彼は大関を飛び越える勢いで横綱に上り詰めた。ところが、彼が地位を高め優勝を重ねていくにつれ、勝ちさえすれば何をしても許されると言わんばかりの不遜な態度はエスカレートしていく。ワタシの期待は不安に変わり、やがて怒りと化していった。 朝青龍が最後まで得られなかった“横綱としての品格”…外国人である彼にそれを求めるのは無理なことだったのだろうか?否、そんなことはない。確かに朝青龍は相撲の立ち合いの極意でもある『後の先(ごのせん)』という言葉すら知らなかったが、同じモンゴル出身力士を引き合いに出せば、白鵬は言葉や文化の違いを受け入れ、横綱として、相撲人としていかに振る舞うべきかを実によく弁えている。朝青龍は勝つためなら格下の相手に蹴手操りさえ厭わなかったが、日馬富士は体格に恵まれないながら立ち合いで小細工することを潔しとせず、口癖のように「お客さんの喜ぶ相撲を」と言い、それを心掛けている。もちろん、白鵬も日馬富士も未だ完璧ではない。時に闘志を履き違えているのでは?というような場面に出くわすこともあるが、彼らと朝青龍の違いは一度過ちに気付いたら、それを教訓として同じ過ちを繰り返さないことだ。さんざん批判を受けた、場所後恒例ともなっていた母国への帰国、勝負が決した後の駄目押し、ガッツポーズに代表される土俵に相応しくない見苦しい所作…これらのことを何度注意されても、されても朝青龍はなぜ是正できなかったかということに、彼が起こした一連の問題の根幹があるような気がしてならない。白鵬や日馬富士にできたことが、朝青龍にはなぜできなかったのか? こと朝青龍に関する問題は、彼の引退をもってひとつの結末を見た。しかし、彼を追放したところですべての問題が解決するワケではない。大相撲というものが単なるスポーツにとどまらず、日本古来からの伝統・文化を継承し後世に伝えていくという義務がある以上、それをないがしろにした時点で大相撲の存在意義はなくなる。そうならないために必要なのは、外国出身も含めたすべての力士において、本人の素養はもとより、師匠ら部屋経営に携わる者たちの指導力にかかる部分も大きいのではないだろうか。 本来ならここは「お疲れ様」という言葉をもって労うところだが、こと相撲内容だけ見れば豪快かつ多彩な技の切れ味などあって“魅せる”ことに長けていた彼が、このようなことで追われるように角界を去らなければならないような状況に追い込まれてしまったのが口惜しくてならず、そんな余力残しまくりのやめ方に対して「お疲れ様」などという言葉をかける気には到底なれないのである。 ぎっちょ
先頃行われた相撲協会の理事選で、圧倒的劣勢を伝えられていた貴乃花親方の逆転“うっちゃり”当選には、正直驚かされた。これについて、スポーツライターの玉木正之氏が、 「協会が改革に向かうという“ポーズ”を示すため、談合で貴乃花に票を回したのではないか」 という説を唱えておられたが、落選した大島親方の所属する立浪一門から貴乃花に流れたとされる2票のうちの1票を投じたことを明らかにした安治川親方(元幕内・光法)に関する一連の報道など見ていると、どうやら投票そのものは投票者本人の意思により行われたもののように思える。 本来【安治川】という名跡は、立浪一門の現役力士である安美錦の持ち株。それを借りる形で協会に残っている光法は言うなれば一門に対しても“借り”があるワケで、旧態依然とした相撲協会の封建的社会においては、これまでこうした“裏切り”行為はなかったし、一門の結束の強さゆえ造反者も出にくい状態で、さらには限られた世界でのことだからと世間的にも興味を持つ者は少なかった。しかし、ここ数年来不祥事が続発し、朝青龍の一件も含めたその対応の甘さが指摘されながら一向に変革の兆しが見えない相撲協会というものに対するあらゆるところからの不満が、貴乃花の“掟破り”の理事選出馬によって火がつき、一門外からもこのような追随者が現れるあたり、わずかながら変革の兆しはあるようだ。 その安治川に対する一門の対応や、一旦角界を去るとした後で「やめるのやめた」などと彼の態度が二転三転するあたりに、これまで“我関せず”を決め込んできた外部の声にも耳を貸さねばならないのかという協会の焦りのようなものが見えて、誠に興味深いものがある。 安治川親方が退職撤回=立浪一門にも残留 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/headlines/20100203-00000255-jij-spo.html 今まで通りなら、“裏切り者”の安治川を切って万事めでたしめでたしだったのが、協会内外から巻き起こる“一門の締付け”に対する疑問や怒りの声に、タマらず安治川の廃業を撤回させざるを得なかったあたり、少しは協会にも“周囲の目”を気にする器量ができたのかと感心したところだ。 政治の世界でも、民主党の小沢一郎に対して「院政」だの「独裁」だのという声がかまびすしいが、今度の貴乃花造反にも裏で暗躍する者がいるのだとしたら、それは元・貴闘力の大嶽なのではないか。と考えるのも、正直言ってワタシには、巷間言われているほど貴乃花が改革への明確な方向性を持って行動しているようには思えないというのがひとつある。また悩む安治川から相談を受け、アドバイスしたのが大嶽だったことのみならず、一門の枠を超えて大嶽が安治川に会見する場を与えたことからも、その片鱗が伺える。貴乃花も貴闘力も現役時代はガチガチのガチンコ力士として鳴らし、こと貴闘力は八百長を監視する“風紀委員”のようなことをやっていたなんて逸話もある。政界における小沢の“鳩操縦”は必ずしも国民のためになることばかりでもないようだが、実際に貴闘力が腹話術よろしく貴乃花を操り、またスポークスマン的役回りで内外から相撲界に対してチクチク物申していくのだとしたら、ちょっと面白い展開が期待できるかもしれない。 いずれにしても、相撲内容や新しい横綱・大関の誕生などといった話題ではなく、長年に渡ってはびこる“闇”の部分を暴かれるような話題ばかりで、最近の報道には相撲ファンの一人としては誠に心苦しいものがある。事実関係を精査してからのこととはいえ、朝青龍の問題なども対応を間違えたら大相撲そのものの存亡にもつながりかねないことを肝に銘じ、貴乃花には“真の改革者”たる毅然とした態度を待望したいところだ。 ぎっちょ
今週末、我が家のニャーニャが去勢手術を受けることになっている。ワタシ個人としては、そもそも生きとし生ける物が当たり前に持つ“生殖機能”というものを、人間の都合で無下に奪い取ることにどうしても納得がいかずギリギリまで悩んだのだが、癌等病気の予防にもなることや、室内飼いする上で問題となる“スプレー行動”(自分の存在をアピールするために、至る所におしっこする)を防止するなどの利点もあるらしく、逆に繁殖させる予定もないまま去勢せずに放っておくと物凄い声で鳴き叫び続けたり、エサを口にしなくなったりすることもあるので、最初の発情期前に施すのがベストなのだという助言もあって、ようやく決意できた次第だ。これは人間のエゴではなく、我々とネコとが快適に暮らすために必要最低限の“マナー”なのだと、自分に言い聞かせている。 幸いというか何というか、オスの場合は順調なら術後即日退院し、翌日にはいつもの状態に戻れるといい、手術費用もそれほど高額ではないらしい。またしても大嫌いな医者に連れて行かれてイヤなことをされるニャーニャこそいい迷惑かもしれないが、その分これからも相方ともども、ニャーニャに対してこれ以上ない寵愛をかけて、罪滅ぼしの日々だ。 何でも、交尾経験がないまま去勢したオス猫は太りやすく、また甘えん坊にもなるという。最初に獣医さんに診せた時、その前足を一目見て 「この子は大きくなりますよぉ〜♪」 と即座に言われ、今でも充分甘えん坊のニャーニャが、去勢後どれほどの巨大な甘えたになるのか。期待と不安が入り交じり、一種戦々恐々とも言えるw今はただ、無事に手術が終わることを祈るのみである。 ぎっちょ
地元CATV局が昨日、CS放送の大幅なチャンネル番号の変更を行った。いくつかの新規放送局の追加に伴うものだが、有料チャンネルも含めて同じ系統の放送局を極力似た番号に並べるという目的もあったようだ。 新しいチャンネル情報を自動的にセットするには、昨日の午前9時以降に一度チューナーの電源を入れる必要があった。いつもなら相方が家にいて『はなまるマーケット』なんかを見たりしているのに、昨日に限って所用があって相方が早い時間から実家に戻っており、帰りも遅くなる予定だったのに加えて昨日夕方から関東地方に雪が降ったこともあって結局戻れず、先に帰宅したワタシがチューナーに電源を入れたことで、ようやく新しいチャンネル番号に登録変更となったワケだ。 ところが、軒並み番号が変わった関係で、これまでの録画予約やリモコンのワンタッチチャンネル登録がすべて無効になっていて、一から入力し直す羽目となってしまった。番組予約においては、最近の機種によくある「番組名を登録しておけば自動的に録画してくれる」という機能も、地上波とBSデジタルの分はそのまま残っていたものの、CSの方はすべて入れ直し。これがまた、前の予約を削除したうえで入力し直すからめんどっちいったらありゃしない。その上、刑事ドラマと“すん様”目当ての【日経CNBC】の予約がやたら多くて、かなり時間を取られた。もちろん、変更していなかった昨日の予約分は全滅…午前中に降臨していたという“すん様”のキャプ用素材もすべてパァ…(;´Д`)'`ァ'`ァ もっと手間を食ったのが、ワンタッチでチャンネルを代えられるボタンの設定だ。デジタルチューナーを導入した、もうかれこれ1年半ほど前に一度設定しただけだったから、どうやるのかなんて説明書見なきゃわかんない。その説明書も、相方がどこかに片付けてしまっていて見当たらない!こんな日に限って相方がいない!!!ってんで軽くパニックになりかけたのだが、相方に電話して聞くまでもなくなんとか押し入れにしまってあった説明書を見付け出し、ひとつひとつチャンネルを設定。なんとか無事に格好がついた時には、もう時計の針は10時近かった! ちょっとしたドタバタの末、ようやく戻った快適ライフ…増えたのが自分が望むチャンネルだったならまだしも、これといってめぼしいものもなかったこともあって、軽く今回の“改編”にイラ立ちをおぼえたワタシなのであったO(`ヘ´#)Oぷんすかぷんすか ぎっちょ
朝青龍の暴行確認できず=高砂親方、理事会に報告へ http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/headlines/20100131-00000062-jij-spo.html もはや、殴ったかどうかなんて関係ないんだよね。 要は、場所中にも関わらず外に出て遊び歩くから こういうことに巻き込まれるんだろうが。 何より横綱として、力士として 心構えがどうなのよ? もっといえば、ちょっと人気があるからって 大甘な態度を取り続ける周囲の人間が… もっともっといえば、 こんなのに手も足も出ない 他の力士の存在が… ヤツを増長させてるんだろうが! もっともふさわしき処分は【解雇】ではない。 【降格】だとワタシは思う。 関脇からやり直せ。 大関、横綱と昇進していくにあたって 改めてその地位にふさわしき品位があるか じっくり見極めてやれ。 “勝てば官軍”というヤツにとってこれは、 ある意味相撲界を追われるより 屈辱を感じるのではないかと思う。 まあワタシとしては、そうまでして 今後もヤツの相撲を見たいとも思わないのだが。 ぎっちょ |一覧| |