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「やっぱり斜めの所から始めている」 息子と二人で昼食を摂っていると 夫が自室から来て リビングと台所の間に立ってのたもうた。 一瞬、 何が「やっぱり」で何が「斜めから始めている」のかなと ぽかーーんとした。 夫の話は注意力を散漫にすると 理解不能な事が多々あるんである。 どうも夫の中で色んな事が進むと 他の人への配慮や説明が消えるので 本人しか知らない結末だけが飛び出すため 家族は(´゚д゚`)ポカーンとするんである。 しかし夫に鍛えられて29年(おお凄いぞ) うつ病と更年期障害で記憶力が消えかかっているとは言え、 前後左右の状況を捉えておく事を常としているため 私は5秒くらいで意味を解したものの、 家族が甘やかすと 夫の中に他の人への配慮が育たないので 「それでは意味が解りません」 と言ってみた。 言われ慣れている夫は 「主語述語がないと解らないのね」 などと納得したものの、 その後の説明はなく立ち去ったのだった。 そして我が家で一番の突っ込み兵(つわもの)の息子ラーは 全くの無言だったが、 それは「水曜どうでしょう」の録画再生を見ていたため 夫のはしょり発言なんぞどうでも良かったので 全スルーしたのだった。 つまり何が「斜めから始めた」のか と言えば、 地震で壊れかけた北隣家のブロック塀の工事が いよいよ始まったのだが、 それが一番斜めになった所から 工事が始まった、 と夫は言いたかったのだった。 隣家の夫人によれば 工事については早くから申し込んでいたものの、 家の土台や危険なものを優先したため 後回しにされたらしくて 大震災から1年2ヵ月半過ぎての開始となったそうだ。 またぞろガガガガガ!!! ゴゴゴゴゴゴ!!!!!の騒音地獄が始まり、 日中はどこかに逃げたくなっている。 そして騒音で眠れずに夜勤が辛くなり うつ病が悪化して退社となった夫は 未だに仕事が見つからずに 今日はようやくの面接にこぎつけた。 「年齢で弾く会社が多い中での面接は 胡散臭いかまともなのか見定めが肝心」 とは夫の言である。 夫に付き合って はしょり言葉を理解し過ぎると 夫のはしょりは激化するので、 このままちょいちょい 合いの手を入れて行くつもりである。 ●さて、斜め写真● ↓この写真が南から見た北隣家の外壁で 上の赤矢印→の所を見ると解るように 一段分下に落ちている。 下の矢印→の所は 真四角の隙間になって笹が生えている。 夫が言った「斜めになった所」と言うのが ここらへんの事である。 ついでにうちの西側のブロックが 10センチほど下がった写真。 お金がないから うちはこのまま行くのである( ̄ー+ ̄)ニヤリ こちらも西側の敷地端で、 ここに立つと右に傾いでしまう。 右(西)に落ち込んでいるため 西南の六畳間の障子2枚が外れなくなって 障子の張替えが出来ない。 ま、何とかなるので うちはこのまま行くんである( ̄ー+ ̄)ニヤリ
友人宅で主にやっていたちくちく縫い物は ヨーグルト保温ケースです。 コタツがなくなっても 美味しいヨーグルトが作れるように 手縫いでうち布をキルティングし、 外布との間にキルト芯を二重に入れた 保温ケースを作りました。 10日掛かってちくちく楽しく作ったのですが、 出来上がって見たら 大好きな布が思ったように素敵じゃないです(´・ω・`) もっとポップな布にすれば良かったかしら(´・ω・`) 春になって洋裁が楽しくなって来て うれしいです(*^_^*) そしていつもの夫に抱かれて 「うっとりく~たん」。 超うっとりでしょう? 見つめ合ってるのもあるんよぉぉぉ(((((^m^
夫が仕事を辞めて半年、 震災と不景気に年齢で弾かれ、 なかなか面接にまで行きません。 半年夫と毎日一緒にいたら もうーーーーーイライラして そこにいるだけでイライラして こっちをチラ見しているだけでイライラして 些細な話が全く通じなくてイライラして イライラの極地に陥ってしまいました。 いわゆる退職した夫と毎日一緒にいて うつ病になった妻的な現状で、 ピーに話しかけられても イライラするようになりました。 それを心配した看護ウツで半引き篭もりの友人が 自宅に誘ってくれて、 車での送迎込みで4泊5日 お邪魔して来ました。 とは言っても友人もウツ病なのに 2匹の猫の看護も続いていて まとまって眠れず、 大変な中でのろりのろりと2人過ごして来ました。 是非見に行きたかった 鳴子温泉にある日本一の酸性瑚「潟沼」に 帰りに寄ってもらいました。 独身時代にこの友人宅に遊びに行った時に 一度連れて来てもらい、 霧に包まれたモノトーンの 無機質な世界が印象的だったので また見たかったのですが、 今回はお天気が良くてカラフルな世界でした! 潟沼から川渡温泉に抜ける山道を行くと 途中に牧草地と牧場があり、 サラブレッド(多分)がいました。 道路から写真を撮ろうとしたら うまくいなかなったので、 柵の脇の道に車を移動して降り立つと 友人が声を上げました。 驚いて見ると 運転席のドアを開けた友人が 外に一歩踏み出した所が 調度ヘビを踏んだんですって!!(_≧Д≦)ノ彡☆ 草むらが揺れて ヘビが逃げて行きました。 最高のタイミングですよねぇ(((((^m^ コントみたいな本当の話です~♪ 今地図を見ると たかともワンダーファームと言う 温泉・宿泊・食事・スポーツ・山菜取り などの複合施設でした。 友人宅では夜に寝て朝に起きて ちくちく縫い物をしていました。 帰って来たら、 また遅寝遅起きになってしまいましたが(^^ゞ ただし、夫を見ただけでイライラするのは すっかり収まりました\(^ー^)/ 事実を受け取るだけになりました~~\(^ー^)/ 気分転換ってこんなに大事だったんだと 初めて思い知りました。 友人に感謝感謝です。 自分だってしんどくて動けないのに ありがとうです~~\(^ー^)/
またご無沙汰しました。 先週は友人宅に4泊5日療養しに行き、 うまい具合に気分転換出来ました。 闘うぜっ(`・ω・´) 生きることを闘うぜっっ(`・ω・´) ところで最近その実力が認められたのか コラボやテレビドラマ「アンサー」の主題歌などで 元気盛り上がっている三浦大知情報です。 明日ミュージックフェアに出るんですって!! ● MUSIC FAIRに三浦大知が出演します! 5月26日(土)18:00~18:30 フジテレビ フジテレビに三浦大知が出るぅぅ!!く("0")>!! なんて画期的な事だろうか!! 何かが変わって来たのでしょう!!\(^ー^)/ 日本が誇れるダンサー&ヴォーカリストです。 やっほ~~~~~い+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+ 詳しくは↓ http://www.fujitv.co.jp/MUSICFAIR/ ●三浦大知:7月14日(土)東京国際フォーラム 『SOUL POWER SUMMIT 2012』出演決定!! 詳しくは↓ http://bit.ly/JgP2v8 http://www.visionfactory.jp/news/news_archives/1205251330_daichi.html 今一番好きな「Touch Me」がavexの公式動画になってました\(^ー^)/ ●三浦大知 / 「Touch Me」 from LIVE DVD「DAICHI MIURA LIVE TOUR 2010~GRAVITY~」 http://www.youtube.com/watch?v=u_QpSaJXzO0&feature=youtu.be どんどん活躍してね♪
お久しぶりです。 激しい低迷期が訪れて ブログを書くのも読みに行くのも出来なくて 地中に潜っており、 またぞろ自分を見直す機会になっています。 昨日は震災から1年2ヶ月目の5月11日で、 日テレで「風の谷のナウシカ」を放送していました。 アニメの中で一番好きで何度も見ているのですが 家事をしながら見ていたら やはり最後は泣きました。 人間が汚した地球。 原発でこんなに大変な目に合っても まだ平気な人が多いので 人間の驕りや間違いを感じてくれる人が 少しでもいたらいいなと思いました。 日テレさんありがとう。 またボチボチ頑張ります(*^-^)ノ 5月5日に元気をもらった木です。 桜が終わってからは人がいなくて 落ち着いて抱きついて来ました(*^_^*)
エンカウンター・グループ・カウンセリングで ヒントになった事をメモしてたものを読み返すと すごいお宝が埋もれていた。 2008年11月29日のEGCのメモ ――・――・――・――・――・――・――・――・―― 過去のノート ―→ ピーが「私は追い詰める」 ナンバープレート―→ お母さんにガミガミ言われる ○君 ―→ 優しい虐待 K氏の母―→ 優しい虐待 私は優しい虐待をしているのかもしれない K子ちゃん ―→ Eんちで平気だったよ。 あとで思うと、がんばってて平気じゃない。 自分と対応していない。 ・――――――――――――――――――・ 意識を自在に、外から5人を、自分を見る。 客観自我を育てる。 気持ちの切り替え。 環境の大きさ。 意識を飛ばす ―→ いろんな視点から 自分を見る。 全てを捨てた。 自分で限界を作っている。 エニヤグラム カバラ 「どうしたいか」自分に聞く その時、その時に自分を返して行く。 その場で返して終わりにして行くと、残らない。 いない人の話はしない。 自分の悩みの相談として聞いてもらう。 ←―いない人の話 推測を発展させない ―→ 悪いパターンに入る テンションが高くなったら、一度落としてみる。 これは誰の問題か、立ち返って考える。 ゲシュタルトワーク 10才までに作った脚本 ――・――・――・――・――・――・――・――・―― うおおおおおーーー! これは良い企画だ!! すでに沢山のヒントがあった!! まあ、 何の事か解らない事もあるけど(((((^m^ ・客観自我を育てる ・意識を飛ばす ―→ いろんな視点から自分を見る ・「どうしたいか」自分に聞く ・その時、その時に自分を返して行く。 その場で返して終わりにして行くと、残らない。 ・いない人の話はしない。 自分の悩みの相談として聞いてもらう ・推測を発展させない ―→ 悪いパターンに入る ・テンションが高くなったら、一度落としてみる。 ・これは誰の問題か、立ち返って考える。 つまり話しを聞いたり話している時に、 刺激を受けたり 内側から湧いて来たり 自分に必要だと思う事をメモした訳だけど それは何年経っても 私に必要な事なんだな~と思った。 ワークやカウンセリングに行けないので これからメモをチェックする事で 自分を知るヒントをもらえると思う。 すごいお宝発見してしまった気がする。 やはりメモしてて良かった。 今までの苦しみはこの時のためにあったのか! と思うほど腑に落ちた瞬間である。 再びの自画自賛~~~( ̄ー+ ̄) 何が~~(_≧Д≦)ノ彡☆ ――・―― ウィキペディアより ――・―― ■「エニヤグラム」は「エニアグラム」だった■ 「円周を九等分して作図される特定の象徴図形」 「エニアグラム性格論 」というものでは 1.批評家:職人。完全主義者。鑑識力が高い。神経質。融通が利かない。 2.援助者:人助け。細かい気遣い。八方美人。人を操作したがる。 3.遂行者:成功。計画実行。行動的。人を駒のように扱う。 4.芸術家:天才。孤高の志士。一番病。ナルシスト。 5.観察者:博士。分析屋。内向的。皮肉屋。有益性を重んじる。 6.忠実家:安全第一。石橋を叩いて壊す。新しい物事への拒絶。 7.情熱家:楽天家。好奇心旺盛。自由人。飽きっぽい。 8.挑戦者:唯我独尊。理想主義者。自信家。他人に操られるのを嫌う。 9.調停者:平和主義者。器用な経営者。葛藤を嫌う。逃避。怠慢。 「九罪(9種類の、倫理上の罪)」では 憤怒(怒) 驕慢(驕) 欺騙(騙) 嫉妬(嫉) 貪欲(貪) 恐怖(恐) 大食(肥) 色欲(色) 怠惰(怠) ■「カバラ」とは■ カバラーはヘブライ語の動詞キッベール 「受け入れる」「伝承する」の名詞形で、 「受け入れ」「伝承」を意味する。 カバラーが登場する以前のゲオニーム時代には、 単に口伝律法を指す言葉として用いられた。 したがって、その後ユダヤ教神秘主義を指す呼称となった際にも、 個人が独自に体得した神秘思想というよりは、 神から伝授された知恵、 あるいは師が弟子に伝承した神秘という意味で用いられることになる。 「小史」 伝説では、アブラハムがメルキゼデクから伝授された 天界の秘密だとも、モーセが律法(トーラー)に記し切れなかった部分を 口伝として後世に伝えたものだともいう。 しかし、3世紀から6世紀頃に始まり、 16世紀頃にほぼ現在の体系が完成したとされる。 「数秘学」 聖書を神秘主義的に解釈する際、 ゲマトリアやノタリコン、テムラーと呼ばれる 一種の暗号解読法を用いる場合がある。 これらが後に世俗化し数秘学、 数秘術と呼ばれる運命解読の方法となった。
エンカウンター・グループ・カウンセリングの メモを探していたら、 「観察自我を育てよう。 一番の自分の味方で、 アリのままを受け入れてくれる。」 と大きな字で書いてあった。 2008年11月27日に書いていた。 3年半前に書いてあった。 そうだった。 いつも傍にいて 冷静にもの事を観察し 自分を見失わないように助けてくれる観察自我は 何年も前から育てようと思っていたのだけど、 やはり改めて言われないと うっかり忘れているもんだと思った。 そして私は最近、 左隣少し上空にいる冷静な自分と 右隣にくっ付いている子どものマイちゃんの 二人の自分としょっちゅう会話しているのだった。 左「さっきは頑張ったね!」 私「そうだよ、私にしてはすごく頑張った」 左「偉かったね!」 私「うん、ありがとう」 私「内臓さん、今日も頑張って仕事をしてくれてありがとう!」 左「寝ている間もお仕事してたよ」 私「そうだねーありがとう!」 私「さっき見たドラマはイライラした」 右「うん」 私「何でだろうイライラした」 右「優しい親の記憶があるだけましじゃんて思った」 私「思ってた!それかぁ~~」 右「それだぁ~~」 トイレとか家事しながらとかベッドに潜ってとか 家族に邪魔されない状態の時に 一人でこっそり語り合うのだった。 するとすごくホッとしたり 慰められたりするのだった。 それから自分で身体を撫でたりもする。 頭も自分で撫でたりする。 声を掛けながら撫でたりする。 手も撫でる。 ずっと付き合ってくれている手に ご苦労さんと言ってみたりする。 手の届かない脳も頭蓋骨越しに撫でる。 大変な事を一手に引き受けてくれている脳に 苦痛ばかりを与えてしまう事を詫びたりする。 両手で頭を撫でながら話をする。 その時は自分が脳に話し掛けている。 細かく記憶するのが嫌になったり 身体のバランスを取れない状態に追い込まれた脳に 大事にしなくてごめんねと言ったりする。 そんなところから「自分を大事にする」 を育てているのだけれど これってもしかして「観察自我」を育てているんじゃないか?!! と思った。 「観察自我」という事を忘れていたけれど 私にとってその存在は無意識のうちに必要になって 無意識のうちに育てて助けてもらっているんだ! おおおおーー。 我ながら素晴らしい。 と自画自賛してみる( ̄ー+ ̄) 4月2日(月) お風呂場のフタの上で寛いでたマシロ 温かいんだもんね~~~\(^ー^)/
数年前、 エンカウンター・グループ・カウンセリングで 私がよくメモを取ることが 集中的に話題になった事がある。 子ども時代の私は発言を封じられていたせいか、 生来の性格もあってか 自分の感情に非常に鈍い。 自分の感情を知るためにも 味方のいない自分を励ますためにも 日記や思いを綴ったメモは大事なものだった。 そして今も自分を知るために大事なものだ。 時間を置いて読むと 自分の感情が見えて来る事がよくあるし、 文章が面白くて何度も読み返すこともある。 それを苦しんだ記憶に固執している と言われたため 私は攻撃されたと感じたらしく 乖離状態に陥った。 些細な事でも母に怒られ罵られ嘲られたので 少しでも非難されていると感じると 心が自己防衛体制に切り替わるようだ。 普段がへらへらしている分、 その状態に入ると逃げの一手か 反撃するかに追い詰められ 窮鼠猫を咬むになる事もたまにある。 その時の納得いかない思いが いつまでも残っていたので 昨日、久々に友人に会った時に話してみた。 彼女は当時、 私が被害者意識に浸るための道具として 日記やメモがあると感じたと話してくれた。 今は楽しい思いも色々書いてあると解ったので 以前のようには思っていないそうだ。 被害者意識は今もあるので いつか抜け出したいと思っている。 被害者意識があるうちは 過去の苦しみから飛び立って 自立して生きて行けない気がする。 人によって大事なものの存在は違い 内容も使い方も違うのだと思う。 だから私が気持ちや感想やメモを書いている マルマンのクロッキーブックには こんな事も書いているのにと言う 悔しい思いがあってPCに書き写していたものが 少しだけある。 何が悔しいのかと考えてみたが 文章が面白いと感じない人にとっては ゴミ同然だろうけれど 私には面白いし、 色んなヒントが隠されていて 自分を知るためには非常にありがたいアイテムなのにと 理解されないジレンマがあるようだ。 だけど何か言い訳めいて 益々自分がバカみたいに感じるのだけれど この際だから、 ブログには載せなかったものを載せてみようかと 思い立ったのだった。 ほんとバカみたいだけど 自分の書いたものが面白い事があるのだ。 何度読み返しても 違うものが見える事があるのだ。 確かに未だに私には被害者意識があって残念だけど それだけではないので面白いと感じるのだ。 それでも何か言われるとしたら もうそれはその人の問題だから わしゃーしらんぞぉ。 しらんのじゃぁーー(。-`ω-) ああ解った。 理解されていないと感じた人に 直接聞いてみるべきなんだな。 一度努力はするべきだと もう一人の高みで眺めている自分が言っているようだ。 恐いけどそうしよう。 ●2010・06・30・日 AM10:12 散歩で多賀城史跡に(沢山の枝垂桜と1つのベンチ) 枝垂れ桜の北側、 加瀬沼の方に行くと、 野原の向こうの森の中に広い道があった。 ふかふかの森のじゅうたんの道。 20メートルほどで終わったその道は、 上を見ると緑の葉の重なりの美しいこと、美しいこと。 木漏れ日のあかるいこと、あかるいこと。 下草のらせん模様の素敵なこと、素敵なこと。 いろんな鳥のさえずりが四方から聞えて、 木を抱きしめて 木が水を吸い上げる音を聞いた。 二本目の木は右耳で聞えないから、 試しに難聴で聞こえの悪い左耳を当てると、 よく聞えた。 不思議なものだ。 心地良くて、全身がゆったりした。 蚊が寄ってきたので長居をあきらめたのだが、 描き様のない空間だった。 ここにあったたった一つのベンチに座って 空気と風と鳥のさえずりと 陽のあたたかさを味わっていたら、 黒アゲハと黄アゲハが飛んで来た。 久々の上天気に孵化したのだろうか。 自分の呼吸を数える… をやってみた。 ワーク以来初めて10数えられた。 外は、 森は気持ちが良い。 この記憶は私のもの。 この感情は私のもの。 この記憶は私だけのもの。 この感情は私だけのもの。 ●2010・06・28・月 自室の机 ここから、 紫がかったピンクのツルバキアが見える。 放置しているのに何年も咲き続けている。 小さなプランターの中で、 毎年咲いてくれる。 バジルも少しずつ育っている。 シソと一緒なので合うかどうか心配だったが、 今のところはどちらも育っている。 3センチくらい。 小学校に入るために自分の家に帰る前、 母の実家である大きなお寺に預けられて 平和に暮らしていた… と思い込んでいたが、 お墓の中を一人で歩いて遊んでいた時や 保育園で遊んでいて意地悪された時、 囲炉裏端で大人達が話し込んでいるのを 黙って聞いていた時、 何百回思い出したかわからない それらの思い出の中に 寂寞感がぴったり寄り添っている事に つい先日気が付いた。 私はお寺にいた頃でさえ 淋しくて心もとなかったんだと気付いた。 そしたら昨日、 久々に現れたインナーチャイルドは 3~4才の小さな私で、 シクシク泣いていた。 淋しかったんだね、 いつも一人で…と頭をなでてやった。 保育園で、 何故自分の教室から離れて M先生のそばにずーーーっといたのか、 ようやく解った。 誰も私のことを本気で気遣ってくれる人なぞ いなかったのだ。 小さな私はそれを知っていた。 弟に母をとられ、父とも離れ、 お寺で大人だけの中、 常に「傍観者」しか許されていなかった 小さなマイちゃんは、 全て他人事として見る癖がついたのだろう。 そして留めの小学3年間。 いつも一人だった放課後。 人が揃えばケンカになり、 闘いになる家で、 小さな私は一人でいる平和を選んだのだろう。 母は支配し、奪う人だ。 私は誰かに少しでも「支配欲」を感じると 警戒し、心のシャッターを閉じるようだ。 長い間夫は私を支配し 奪い続けてきた。 最近とても大人に成長したが、 未だに私の中では夫への警戒心は大きくて、 夫が家にいるだけで緊張して、 胸の左奥のしこりが堅くなる気がする。 支配し奪う人は大嫌いだ。 最近それを敏感に感じているようだ。 ●2010・10・02(土) 東北本線・電車の中 ―ワークで同室になった2人に瀬峰まで会いに登米へ― 塩釜を越えるとトンネルが3つほど続き、 緑豊かな田舎へと突入する。 松島駅は背を緑の山にした静かなところで、 そこを抜けると急に眺望が広がり、 住宅街に突入する。 線路と里山にはさまれた小さな田んぼは 稲の刈り取りが終わって、 黄色いじゅうたんになっているが、 所どころに刈り残した田んぼが金色に光り、 色彩の豊かなじゅうたんが織り成している。 そこを抜けると品井沼で、 その後は穀倉地帯の鹿島台があり、 空が広い。 平らな田んぼと里山の品井沼の先には 吉田川の土手が 空と地面の間を切り拓いている。 そしてまた防風林でできたような 小さな里山がぽこぽこ続く。 そこに人々は集まって暮らし、 平らな田んぼが広がる松山町は、 冬の暴風によってよく電車が止まったり、 遅延する所だ。 真冬の松山町は 凶暴な風雪で人間をいたぶる。 時速10キロで ノロノロ走る小さな電車をいたぶり、 結露でくもった窓からは、 冷たく恐ろしいものしか感じられない。 時々突風にあおられ、 電車は止まる。 小牛田にも川があったよ。 ―ここで瀬峰に着いたらしい―
昨日の夕方、 ピーをバイトに送ってからぐるっと廻って ガソリンを給油し、 壱番館の近くの八百屋に行った。 その八百屋は私の知りうる限り、 近所で大きくて肉厚の椎茸を扱っている唯一のお店だから。 私は椎茸が大大大好きなんである♪ そこでは椎茸・人参・ジャガイモ・玉ねぎ 大量の油揚げなどの他に 太くてでかい土ネギの束380円も買った。 そして後で庭に植え込もうと、 取りあえず台所の床に置いておいた。 日によってバイトの時間が変わるピーから 夜の9時15分にメールが来て迎えに行き、 帰宅して台所に入ったピーの第一声が 「なにこの荒ぶるネギは?」 私はピーのこの感覚表現が大好きである。 普通の華奢なネギの3~4倍の太さはある土ネギが 10本どっさり転がっている状況を 「荒ぶるネギ」と表現するピーの感覚! 今時の若い女子が皆こんな表現をするのかどうか 他の若い子との交流がないので知らないのだが ぽろぽろこぼれる彼女の感性は私のご馳走である( ̄ー+ ̄)V ありがとさん♪ ●これはピーお気に入りのジャンボにゃんこ先生クッション● (夏目友人帳に出て来るにゃんこ先生のジャンボクッションを クレーン上手な友人が取ってくれたそうだ)
些細な事にも内心過激に反応して 激しくウツになったりカッとなったり 非常に心がかき乱されるので とても参っていると自覚している今日この頃です。 13日(金)、 ようやく叔母の用事のために山形に行きました。 今年は冬が特に厳しかったので 雪道の峠が恐ろしくて 一度も山形には行っていませんでした。 車も使えなかったり、 送迎で忙しかったので行けませんでした。 それが叔母の元へゆうちょから電話が来たので、 ケースワーカーさんが改めて郵便物をチェックして 叔母の個人年金の去年の10月期限の 現況はがきを見つけてくれたのでした。 オオゴトなので頑張って行きました。 手続き関係の書類に 名前や住所や郵便番号などを叔母に書いてもらうのは 一文字一文字教えながらなので 大層時間が掛かって大変です。 それで覚悟してゆうちょに行き、 あれやこれやを相談しつつ 結局2時間半掛かりましたーーー(´・ω・`) ゆうちょで2時間半。 ようやく全部が終わって外に出て車に乗り込み 「これで当分めんどくさい手続きは無しです。 終わったーーー!!」 と二人で拍手しました( ゚Д゚ノノ"☆パチパチパチパチ いえ、私が叫んで拍手したので 叔母はつられて拍手しました(((((^m^ 非常に疲れました。 叔母を送り届けて部屋を出たのが5時半で 途中で一人食事をし、 天童の八文字屋店内のスタバで珈琲を買っていると 地震で揺れました。 女性店員さんが「揺れてる!きゃーーっ揺れてる!」 と大騒ぎしました。 多分震度2くらいなので私は微小に感じ、 店員さんが血相を変えて大騒ぎしているのを 内心、このくらいでそんなに騒ぐ事か? と思いつつぼんやり見ていました。 そもそも私は 「キャー!」と叫ぶタイプではないんですけどね(^^ゞ 山形でこの位なら 震源地は結構揺れたのだろうかと思い、 ピーにメールで聞くと 福島県沖が震源地で震度4でした。 そのくらいで良かったと思い、 珈琲を飲みながら考えたのですが、 きっと震度2だって揺れたら恐いですね。 スタバの人が騒ぐのはごく自然なんですね。 福島県・宮城県・岩手県では 震度4はまあ揺れた程度だと思います。 震度5くらいから逃げる心の準備をします。 どこまで揺れるか測るのです。 このくらいなら大丈夫。 もしかしたら大きくなるか? 揺れ具合を体感で測ります。 大きい地震の時は地鳴りがします。 ゴオオオオオーと始めに音が聞えます。 車が通り過ぎる音とも似ているので 時々無駄に固まって 地震を待ち受けている事もあります。 揺れ具合を測るのです。 震度2では記憶に残らないくらいです。 でも本当は誰だって揺れたら恐いはずです。 全ては地面に立っているのですから、 全ての基の地面が揺れたら恐いし不安です。 だから震度2が記憶に残らないくらいになっている所は 実は非常にストレスが強いのに 毎日毎日揺れるから 一々恐いと思ったら生活できないので 自覚しなくなっているだけかもしれないと思いました。 本当は皆ストレスが一杯あるのに 自覚したら暮らせないから 恐怖を心の奥に仕舞っておいてるんでしょうね。 13日は地震についてそんな事を感じました。 抱えている恐怖心や不安感を自覚して 自分を大事にしたいと思いました。 またしても自分を脇に置いてしまっているから 脳がしんどいぜとSOSを出しているのですね。 いつの間にか心がガチガチになっていて 些細な事にも過激に反応している自分に気付いたので 心をなでなでなでなでヾ(-^ ) この所、自分に話しかけて 仲間にしています。 何でも聞いてくれる安心な仲間です。 ただいま心のリハビリ中です。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |