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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

一年で一番長い日 83、84

ちっとも美味くなさそうに酒を呑みながら、延々と自分を責めていた弟。俺は話を聞くくらいしか出来なかったけれど、弟は最後にはぐずぐずに潰れてしまった。

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あいつも、泣けなかったんだな。

一人暮らしの官舎に送っていくより、家の方が安心できると思って連れて帰ったが、翌早朝、飯も食わずに顔だけ洗って出勤していったと妻も心配していた。

当時は俺も会社があったから、酒臭いと注意されて朝から熱いシャワーを浴びさせられたんだっけ。・・・離婚前からキツかったな。胃にやさしい梅干し入りおじやを作ってくれたけど。

「・・・百害あって一利なしどころか、マイナスいくつになるか分からないシロモノだ、ドラッグっていうのは。弟はそう言ってた。・・・過剰摂取で死んだ人間の遺体を火葬にすると、骨すらも残らないんだそうだよ」

心と身体を奪い、破壊し尽し、骨までもボロボロにして奪ってしまう。麻薬とはそういうものだ。ただひと時の快楽のために払うには、大きすぎる代償だということに子供たちは気づいていない。

──そう呟いた弟の悲痛な声を、俺は忘れていない。

「夏子も同じようなこと言ってたわ。古い友だちを、それで亡くしたらしいの」
芙蓉も硬い表情で頷いた。

「夏子は止めさせようとかなりがんばったらしいわ。でも、結局その人は止められずに、というか、止めようとせずに・・・ドラッグを摂取し続けて、緩慢な自殺みたいにして死んでいったって・・・」

その話をした時の夏子が本当に辛そうだったから、絶対にそういうものには手を出さないと決めたのだと、芙蓉は言った。

「一回くらいなら大丈夫なんじゃないの、とか思ってたんだけどね。もちろんやったことはなかったけど。あたし自身はそういうのに興味なかったから・・・でも、夏子の話を聞いてからは一回どころか、目にしてもいけないと思うようになったわよ」

「それが正しいよ、絶対。目の前にあったら、好奇心で手を出さないともかぎらないからね。好奇心は猫をも殺す、っていうのはそういうことだ」

俺は好奇心で煙草を吸ってぶっ倒れたことがある。初めてなのに思いっきり吸い込んだせいもあるだろうが、身体に合わなかったようだ。よく知りもしないものにいきなり手を出すのはバカのすることだ。俺はそのことを身をもって学んだ。

どうせ好奇心を向けるなら、世の中にはもっと興味深いものがある。学校の理科の時間に初めてタマネギの細胞を見た時はびっくりしたもんだ。

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あの後しばらく顕微鏡が欲しくてしょうがなかった。無邪気なもんだ。

今の世の中、子供はいつまでも無邪気でいられない。そこに付け入る大人がいるかぎり、自衛することを覚えなければならない。・・・これも弟の言ってたことだ。



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「この趣味のせいで父に家から追い出された時のあたしはまだ十六歳で、子供で。そのままだったら落ちるところまで落ちていたかもしれない」

芙蓉はちょっと寂しそうにスカートの裾をふわりと摘んでみせた。

「それこそドラッグに手を出すようになっていたかもしれないわ。でも、夏子が手を差しのべてくれたから。あたしと同じ趣味を持ってる人間もたくさんいることを教えてくれて、居場所を与えてくれた」

ここがケータイの居場所!もう迷子にさせません!ポワール ツイード

「ちょうどそんな頃に出会ったあなたの弟さんは、あたしにとっては兄さんみたいなものだったわ。あたしのこと、気に掛けてくれてたみたい。・・・夏子から事情を少し聞いてたみたいね。彼、夏子との結婚式にも出てくれたわよ。写真あるからそのうち見せてあげるわ」

そう言った芙蓉は俺の方を見ていたが、その瞳は俺ではなく弟を見ているようだった。

「ああ、頼むよ。君と夏子さんの新郎新婦か新婦新郎姿も見てみたいしね」

なあに、それ、と芙蓉は笑う。葵は「新婦新郎・・・そうかも」と納得している。はは、と俺も笑った。

俺には俺の世界があって、弟にも弟の世界があって。普段は気にしたこともなかったけれど。ただ、写真を見るといつも奇妙な感じがしたものだ。

俺の行ったことのない場所に立つ弟。警察官の制服を着て、俺の知らない人間に囲まれている弟。

『まるでドッペルゲンガーだね』

そう言ったのは弟だ。俺も同じことを考えていた。

ドッペルゲンガー ドッペルゲンガー宮

その時、弟は俺の会社慰安旅行のスナップを見ていたのだが、急に笑い出してそう言った。俺も吹き出してしまった。実際には、弟の方が俺よりも筋肉がついて幾分たくましかった。警察官のたしなみとして剣道や柔道をやっていたからだ。だが、ムキムキマッチョになる体質ではなかったらしく細身で、写真だとそんな違いは分からない。

自分の仕事に関することは語らなかったから、俺は警察に入ってからのあいつのことはあまり知らない。酔いつぶれたあの夜、漏らした弱音が最初で最後になった。

「彼、キャリアだったんでしょう? それなのに、よくあちこち歩き回って、何か調べてるみたいだったわ」




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